著者
日比野 啓 林 廣親 山下 純照
出版者
日本演劇学会
雑誌
演劇学論集 日本演劇学会紀要 (ISSN:13482815)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.3-25, 2009 (Released:2018-01-12)

This paper first addresses the general academic inertia in the research on Japanese theatre during the Fifteen-Years War (1931-1945). A few shingeki-centered studies have emphasized the government's repression of theatre, but more detailed, evidence-based examination (rather than emotionally charged accusations based on limited experiences on the part of “victims”) will reveal the complex and complicated situation in which Japanese theatre was bogged down from 1931 through 1945.Second, it redefines Ozasa Yoshio's argument that the “National Theatre” (kokumin engeki) concept was not a detestably successful example of the nation's cultural control but a failed enterprise broadly supported by theatre practitioners who were encouraged by the nation's first attempt to support theatre. The National Theatre concept was so abstract and vague that government official, critics and scholars, shingeki people, and production companies could put their different ideals and plans on it, with the result that it failed to provide a unified vision of the National Theatre, whether it was based on shingeki or kabuki.Third, it proposes a new perspective on mobile theatre. The “uncontrollability” of theatre arts was most tellingly reflected in the realities of Japanese mobile theatre during World War II. These realities should be further examined not only by excavating unfound documents told by the performers and the leaders of the mobile theatre, but also by exploring the experiences of audiences in villages and factories.Lastly, the paper concludes that unlike the Nazi Theatre, which Japanese government official and scholars set an example of, Japanese theatre during the Fifteen-Years War was not so organized or unified that the government could control its broad activities. Although research on the influences of the Nazi theatre policies on Japan's National Theatre concept should be continued, they are expected to be limited ones.
著者
下河辺 美知子 巽 孝之 舌津 智之 日比野 啓
出版者
成蹊大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

本研究はモンロー・ドクトリンの文化的・政治的意味を検証してきた。モンロー大統領の言葉は歴史を通して行為遂行的効果を発揮し、西半球・東半球という概念を喚起した。この洞察は19世紀アメリカの政治的無意識への理解を深め、20世紀ポストコロニアル研究へ有効な視座を与え、球体として地球を見直す新たな視点につながり21世紀の世界情勢分析のための有効な概念であることが証明された。研究成果は、国内海外の学会発表(61件)、論文(41件)著書(31件)として発表されており、2014年3月にはシンポジウムを行った。テロと核を抱える21世紀世界における惑星的共存への提言として成果物出版計画が現在進行中である。
著者
日比野 啓 神山 彰 井上 優 中野 正昭 大原 薫 川添 史子 鈴木 理映子 舘野 太朗 袴田 京二 和田 尚久
出版者
成蹊大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

主として商業演劇に携わった三十五人の演劇人・評論家・研究者に聞き書きを行った。一回の聞き書きに費やした時間は二時間から四時間で、聞き書きとして記録に残された文字数はそれぞれ二万字から五万字にのぼる。その後、研究協力者による編集・再構成を経て、研究代表者・研究分担者による歴史史料との付き合わせとイントロダクション執筆、最後に当事者チェックをしていただき、その一部はウェブサイト・日本近代演劇デジタル・オーラル・ヒストリー・アーカイブに公開された。こうした聞き書きを積み重ねてきた結果、商業演劇を中心に人間関係のネットワークが築かれていき、日本近代演劇全体に通底する美学が構築されたことを明らかにした。
著者
渡辺 研 日比野 啓一 本田 富義 熊谷 禎晃 森 一耕
出版者
愛知県環境調査センター
雑誌
愛知県環境調査センター所報 = Bulletin of Aichi Environmental Research Center (ISSN:21864624)
巻号頁・発行日
no.45, pp.19-24, 2018-03

2011年3月,東京電力福島第一原発事故により,人工放射性核種が環境中に放出された。愛知県が実施している環境放射能水準調査においても,土壌,大気浮遊じん及び降下物から,自然放射性核種と比較して十分低い放射能濃度ではあるが,人工放射性核種の134Csや131Iが検出され,事故由来物質の本県への到達が推定された。今回,本県内における環境放射能レベルを把握し,原発事故の影響を評価するために,2013年度から2016年度にかけて,県内全域を網羅し,かつ環境放射能水準調査の地点を含む計24地点の土壌調査を実施した。その結果,本県東部に位置する東三河地域の調査地点において,自然放射性核種と比較して十分低い放射能濃度ではあるが,原発事故由来と推定される人工放射性核種を検出し,さらに,その地理的な分布状況を把握した。この人工放射性核種が検出された領域は,WSPEEDIによる137Csの積算沈着量の試算結果が示す領域とよく整合していた。
著者
下河辺 美知子 巽 孝之 舌津 智之 日比野 啓
出版者
成蹊大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究は19世紀アメリカの拡張運動を牽引したマニフェスト・デスティニーの文化的・政治的意味を検証し、その心理的・精神的効果が情動を操作するナラティブとしていかに機能してきたかを小説、政治言説、大衆文化、映像などを使って分析した。その結果、アメリカ国家の拡張運動を地球規模の中で見るための道筋を得ることができた。19世紀アメリカの政治的無意識への新たな理解は、球体として地球を見直す視点につながり、本研究が21世紀の世界情勢分析に有効であるという見通しを得た。2018年3月に最終シンポジウムを行い、それをもとに、21世紀世界における惑星的共存への提言として2019年3月に成果物出版の予定である。