著者
宮野 道雄 望月 利男
出版者
地域安全学会
雑誌
地域安全学会論文報告集
巻号頁・発行日
no.1, pp.1-9, 1991-05

第二次世界大戦終結前後に、わが国では鳥取地震、東南梅地震、三河地震、南海地震、福井地震とたてつづけに大地震が発生している。これらの地震はいずれも大きな被害を生じさせているが、被害の甚大さの割には詳細な調査資料を見出だすことが難しい地震が多い。その理由として、当時が社会的混乱期にあり、種々の視点からの被害調査が行えない状況にあったことや実施された調査も結果を公の報告書として発行することが困難であったことなどが考えられる。これらの地震は、全て1000人前後以上の死者を出しており、いわば古典的地震の最後のグループに属するものである。したがって、人的被害や避難などの人間行動を解明するための貴重な事例といえる。しかし、地震当時から40年以上を経過した現在、被災経験者から直接被害実態を聴取することが年々困難になっており、早急に追跡調査を実施する必要がある。以上の視点に基づき、本研究では1946年南海地震の被害追跡調査を行ない、和歌山県新宮市の延焼火災発生地区における人的被害と人間行動こついて検討を加えた。調査は同市の延焼地域に属する5つの老人クラブの会員を対象として、調査票を用いた面接形式で行った。ただし、調査実施日に調査会場へ来られなかった人には老人クラブ役員に調査票の配布を依頼し、後日郵送してもらう方法をとった。調査票は全部で30の設問から成り、回答者の当時の住宅特性・個人属性と物的・人的被害および地震の最中、直後の行動、地震後の避難行動などを尋ねている。回答総数は65票(回収率54%)であった。得られた結果を要約すればつぎのようである。すなわち、新宮市では出火点が一ヵ所であり、同時多発火災のような混乱が生じなかった。また、火災の拡大がゆるやかであったため、広域避難行動も行ないやすかったと考えられる。調査により得られた死亡原因内訳によれば、延焼地域においても焼死と断定できるものはなく、家屋倒壊による圧死が多かった。死者の属性別の死亡率をみれば、男性では高齢者において高く、女性では全年齢にわたってほぼ等しくやや高い値を示した。
著者
望月 利男 江原 信之 谷内 幸久
出版者
東京都立大学都市研究センター
雑誌
総合都市研究 (ISSN:03863506)
巻号頁・発行日
no.37, pp.p169-192, 1989-09

1987年12月17日に発生した千葉県東方沖地震での市町村の対応に関し、市町村の防災担当者らを対象にアンケート調査をおこなった。市町村の震度と地震後の対応について検討した結果、震度が低く測定され住家等の被害が少なくても、組織的な対応をおこなった市町村と、震度、被害ともに大きくても組織的対応をおこなわなかった市町村が存在した。災害対策本部の設置、避難勧告、応急給水活動などの対応は、おおむね震度4.5以上(気象庁震度V)で始まっており、地域防災計画等で計画化されている対応の基準とほぼ調和した。地震直後の被害情報の収集は多くの市町村でおこなわれたが、報道機関や県庁からが多く、近隣住民からの情報収集が少なかった結果、被害状況の把握に長時間を要した市町村が存在した。また住民への地震情報の伝達は、震度に関わらず沿岸部の市町村で活発におこなわれ、津波に対する警戒を目的としたものであった。市町村の対応で、長時間にわたりおこなわれたのは、ガス施設の復旧作業や今回の被害で特徴的であった、屋根瓦の被損した住家へのビニールシートなどの貸出しなどであった。Generally, disaster preperedness plans of municipality are supposed to that operate emergency countermesures in a case of earthquake with a seismic intencity V (I_JMA = 5, MSK;7^+ ~ 9^—) announced by neighboring observatory. However, the intensity of V has wide range from sligtly to rather severe damages. In addition, distributions of ovserbatory are not sufficient as compared with number of municipality which has not observatory in the jurisdiction, the person in charge of disaster prevention is apt to confuse to judge the seismic intensity of his region. Even if such the municipality which has observatory, there is difficult problem how he performs emergency operations and/or decides the extent of them. The 1987 CHIBAKEN TOHO-OKI Earthquake subjected moderate damage as result, and so post-earthquake countermesures of municipalities where implemented variously. The object of this study ; 1) estimating the proper seismic intensity of each municipality ; 2) inspecting and considering the actual response of all municipalities with the seismic intensities at their sites in Chiba prefecture ; 3) proporsing how to make the decision of optimum emergency countermesures for such a critical earthquake in future. The results of this investigation can be summarized as follows. 1) The relationship among the seismic intensities and various damages in each municipality as follows : Casualties and damage of houses occured in some municipalities where were estimated the intensity above 4.2. At the intensities above 5.0, the number of municipalities in which occured the damage of human, dwelling houses, public facilities (including life-line systems) and so on. increased remarkably. 2) Setting up the disaster countermeasure headquarters which is the 1st step of emergency operations by municipality goverment were begun at the intensities above 4.5, moreover, it became remarkably at above 4.8. But, there were some municipalities which did not set up the headquarters, nevertheless their seismic intensities were estimated more than 5.0. 3) Municipal response, such as the orders for evacuation to the residents for preventing to casualties due to landslides, were recognized at the intensity above 4.5. and the response, such as temporary water supply and rending many waterproof shirts to dwelling houses which damaged to their roofs, impremented in the areas of above 4.2, moreover, aforementioned operations incresed remarkably above 4.5. 4) Various kind of disaster information activities to the inhabitants were more quickly and actively carried out in the coastal municipalities than the hinter areas in the case of the same seismic intensities. Because, the former areas have the dangerous tsunami potentials and the various communication system for them.
著者
望月 利男 吉田 義実
出版者
東京都立大学都市研究センター
雑誌
総合都市研究 (ISSN:03863506)
巻号頁・発行日
no.47, pp.5-22, 1992-12

1991年台風19号は、9月27日夕方、長崎県佐世保市に上陸し28日午後3時、オホーツク海で、温帯低気圧にかわった。この間、各地の観測史における最大風速記録を更新して、その史上まれにみる強風で各地に大被害をもたらした。この報告は、広大な被災地のうち、特に大都市広島市に的を絞り、かつ主として電力途絶による都市機能支障・市民生活への影響さらには組織と住民の対応、電力を中心とする応急復旧の実態の調査に関するものである。電力はライフラインの要である。台風による直接被害とその後の塩害による停電、それに伴う断水、電話支障などが3日以上継続した地域もあった。一般的にいえることだが、大地震を別とすれば、長期停電・断水など我国では起こりえないと誰もが考えている。建物とその諸設備、その他の都市施設はそれを前提として造られ、維持されている。それゆえ、電力途絶時に広島市で起こった正に末端に至るまでの都市機能・生活支障の実体は大きな教訓を私達に与えてくれる。この報告では、それらの事実をできるだけ伝え、東京大都市圏など大都市の脆弱性を多分野の防災研究者・実務者と共に考え、日頃の備えの重要性を広く呼びかけたい。
著者
望月 利男 吉田 義実
出版者
東京都立大学都市研究センター
雑誌
総合都市研究 (ISSN:03863506)
巻号頁・発行日
no.47, pp.p5-22, 1992-12

1991年台風19号は、9月27日夕方、長崎県佐世保市に上陸し28日午後3時、オホーツク海で、温帯低気圧にかわった。この間、各地の観測史における最大風速記録を更新して、その史上まれにみる強風で各地に大被害をもたらした。この報告は、広大な被災地のうち、特に大都市広島市に的を絞り、かつ主として電力途絶による都市機能支障・市民生活への影響さらには組織と住民の対応、電力を中心とする応急復旧の実態の調査に関するものである。電力はライフラインの要である。台風による直接被害とその後の塩害による停電、それに伴う断水、電話支障などが3日以上継続した地域もあった。一般的にいえることだが、大地震を別とすれば、長期停電・断水など我国では起こりえないと誰もが考えている。建物とその諸設備、その他の都市施設はそれを前提として造られ、維持されている。それゆえ、電力途絶時に広島市で起こった正に末端に至るまでの都市機能・生活支障の実体は大きな教訓を私達に与えてくれる。この報告では、それらの事実をできるだけ伝え、東京大都市圏など大都市の脆弱性を多分野の防災研究者・実務者と共に考え、日頃の備えの重要性を広く呼びかけたい。This report shows the lifeline system interaction and its resulting socio-economic effects occurred in Hiroshima City during the large-scale suspensions of supply of electricity caused by the Typhoon 19 of 1991 and sequential injury from salt. On September 27,strong south winds struck the city and began the power failure for about 390,000 household (≒99% of customers),which lasted for the next five days for some customers. This is the first large-scale lifeline functional disruption occurred in those urban regions (cities) in Japan which have more than a population of one million after the World War II. Based on the facts reported five newspapers between Septemer 28 and November 28,we decided the way how we shall carry the on-the-spot survey. The Survey was executed in it was obtaining the data and hearing from the various public organizations including 4 hospitals,which implemented their emergency operations during pre-,and post-typhoon. Also,we carried on the interviews some private sectors and residents on their responses to this disaster. The electric power company had little prepared itself for the damage by injury from salt. Therefore suspension of supply of electricity continued long time as mentioned above. Power disruption also created vast and profound effects on the various kinds of urban and daily life function: the suspensions of water supply,heavy congestions of traffic and communication systems and so on. It emphasized the various kinds of vulnerability of the society depending on high technology.
著者
望月 利男 江原 信之
出版者
東京都立大学都市研究センター
雑誌
総合都市研究 (ISSN:03863506)
巻号頁・発行日
no.34, pp.p65-91, 1988-09

1987年10月1日に発生した地震は,大都市ロサンゼルスにおける16年ぶりの被害地震であり,合衆国内でも災害対策が進んでいるカリフォルニア州での地震という点で注目に値する。筆者らはロサンゼルス市を中心に,主として行政組織の地震後の対応について現地調査を実施した。また,過去における地震災害や,災害対策制度の変遷を理解することにより,それらの教訓や諸制度が,今回の地震にどのように生かされたかを学んだ。少なくとも今回の地震は,大被害に至らなかったものの防災関係機関にとって,被害特性や規模の正確な把握に基づく対応優先順位のつけ方や,地震対応範囲の早期決定を行ううえで微妙な規模,影響を与えた地震であり,今後の地震対策を考えるうえでいくつかの教訓を生んだ。特に,地震後にロサンゼルス市建設安全部の行った建物の危険度判定に見られる,危険建物に対する迅速な退去命令や安全性の判定は,今後のわが国の緊急対応においても十分教訓に成り得るものであった。また,ロサンゼルス市の抱える今日的問題が,地震という災害によって表面化し,移民を含めた公共情報の伝達方法の改善や,建物の耐震化などの対策は大都市ロサンゼルスにとって急務の課題である。
著者
望月 利男 宮野 道雄 四戸 英雄 田代 侃
出版者
東京都立大学都市研究センター
雑誌
総合都市研究 (ISSN:03863506)
巻号頁・発行日
no.11, pp.39-46, 1980-12

1978年6月12日に宮城県沖に生じたマグニチュード7.4の地震は,宮城県並びにその周辺に少なからぬ被害を与えた。この地震の被害の特徴は,仙台市を中心とする都市型地震災害といわれ,多面的な被害調査がなされたが,この報告は,震死者の筆頭原因をなしたブロック塀の被害実態を主として仙台市において調査したものである。この地震により宮城県では27名の死者を生じたが (この他福島県で1名: 石塀倒壊による) ,そのうち13名は仙台市での発生であり,7名がブロック塀倒壊の犠牲となっている (宮城県全体では10名)。これに対し家屋倒壊による死者は5名であるから,比較的古い地震の人的被害の発生状況に比べ,その原因がかなり変質してきていることを推測させる。すなわち,かつての大地震において家屋倒壊による震死者数 (あるいはそれに伴う類焼死)が圧倒的に多く,その他の原因によるものは相対的に著しく低かったと考えられる。例えば,門柱・石塀の倒壊による死者も7名 (28名のうち)生じており,これだけでも家屋倒壊による死者数を越えるが,これらの構造物はかなり古くから存在していたはずである。筆者らは人的被害に及ぼす影響という観点から,構造物としては従来軽視されてきた (しかし使用量は極めて多い)ブロック塀について,その被害実態を調査し,その地震時危険度を検討した。調査地域は各種被害が多発した仙台市であり (一部泉市を含む),その倒壊率等と地形 (地盤)・震度との関係,残存プロック塀について検討することにより我が国各地の既存ブロック塀の地震時危険度と対策を考究するための基礎資料を得ること並びに今後,施工されるこの種の塀の安全性の確保のためのデータを提供すべく,この調査を実施した。
著者
天国 邦博 呂 恒倹 望月 利男
出版者
東京都立大学都市研究センター
雑誌
総合都市研究 (ISSN:03863506)
巻号頁・発行日
no.57, pp.87-103, 1995

人口密集地域の直下で発生したM7.2の1995年兵庫県南部地震(1月17日午前5時46分)は、神戸市を中心として、阪神・淡路地域において極めて大規模な人的、物的被害を与えた。災害に備え、同じ被害を二度と発生させないために、多くの研究者は、今回の地震災害、震災対応などに対して、様々な角度から調査、研究を行っており、震災に関する情報が多く報告されている。しかし一方では、今までの震災や、調査報告は、その内容がほとんど被害の大きい地域に関するものであり、被害規模が相対的に小さい地域に関する報告が比較的少ない。例えば大阪府のような被災周辺地域の被害については、せいぜいトータル的な人的被害と物的被害の集計値を報じ、被害内訳に関する比較的詳細な報告が少ないと思われる。このことは、大阪府などのような被災周辺地域における被害の数告は、神戸市、西宮市、芦屋市などの大規模被災に比べて、その規模が小さいために生じた調査、報告の偏りであると考えられる。しかしながら、災害の全体像を把握するためには、被害の波及範囲の究明が重要であり、震災周辺地域における被災様態に対する調査は不可欠と考える。また、被害規模が比較的小さい地域に対する調査、分析は、重大な被害を受けた地域に対する相対的・副次的現象、また、見落としやすい現象や、被災者及び避難者の実状などの掌握の補充に寄与するものと考えられる。本論文は、大阪府内の主な被災地である豊中市において発生した家屋被害、ライフライン・道路の被害、また人的被害及び避難者の実態などにつてまとめたものである。
著者
荏本 孝久 望月 利男 神奈川大学工学部 東京都立大学都市研究所
雑誌
地域安全学会論文報告集 = Papers of the annual conference of the Institute of Social Safety Science
巻号頁・発行日
vol.6, pp.293-298, 1996-11

阪神・淡路大震災から約1年8ケ月が経過し、都市再生・生活再建へ向けて各方面で復旧・復興に掛わる活動が行われている。戦後最大の震災は、地震災害に関するそれまでの常識を根底から覆えした。地震の被害による犠牲者は6千人を超え、全・半壊した家屋も約20万棟にのぼった。建築・土木構造物の膨大な被害は、社会的に大きなインパクトを与えた。震災直後から約1年間程度に亘っては、人的・物的被害,震災対策,防災対策,経済・社会的影響,復旧・復興,市民生活等々、震災に関わるあらゆる側面の情報が新聞・テレピ・ラジオ等を通じて報道された。約2年を経過しようとする現在、これらの情報は極めて限られたものとなり、震災の教訓から取り上げられた多くの課題は、解決に向けてどのように展開しているのかも知ることが困難になりつつある。この震災を記憶に刻み、同じ様な災害を再び繰り返さないために、今回の大震災に関する全容と時間的経過を記録整理し、分析を行うことは大変重要なことであると思われる。本研究では、阪神大震災発生直後からあらゆる分野の被害状況および対応を記録に残すために新聞記事によるデータベースを作り、震災の課題の整理と問題解決の糸口を検討するために、震災の時系列分析を行うことを目的としている。本報告は、震災後1年間の新聞記事のデータ整理と若干の分析について報告する。
著者
天国 邦博 呂 恒倹 望月 利男
出版者
地域安全学会
雑誌
地域安全学会論文報告集
巻号頁・発行日
no.5, pp.29-41, 1995-11

人口密集地域の直下で発生したM7.2の1995年兵庫県南部地震は、神戸市を中心として、阪神・淡路地域において極めて大規模な人的、物的被害を与えた。災害に備え、同じ被害を二度と発生させないために、多くの研究者は、今回の地震災害、震災対応などに対して、様々な角度から調査、研究を行っており、震災に関する情報が多く報告されている。しかし一方では、今までの震災や、調査報告は、その内容がほとんど被害の大きい地域に関するものであり、被害規模が相対的に小さい地域に関する報告が比較的少ない。例えば大阪府のような被災周辺地域の被害については、せいぜいトータル的な人的被害と物的被害の集計値を報じ、被害内訳に関する比較的詳細な報告が少ないと思われる。このことは、大阪府などのような被災周辺地域における被害の報告は、神戸市、西宮市、芦屋市などの大規模被災に比べて、その規模が小さいために生じた調査、報告の偏りであると考えられる。しかしながら、災害の全体像を把握するためには、被害の波及範囲の究明が重要であり、震災周辺地域における被災様態に対する調査は不可欠と考える。また、被害規模が比較的小さい地域に対する調査、分析は、重大な被害を受けた地域に対する相対的・副次的現象、また、見落としやすい現象や、被災者及び避難者の実状などの掌握の補充に寄与するものと考えられる。本論文では、大阪府内の主な被災地である豊中市において発生した家屋被害、ライフライン・道路の被害をまとめ、これらの物的被害と地盤・地形および市街地形成時期との関係について考察を加えた。また人的被害に対して、被害原因の内訳、被災者の個人属性などについて検討を行った。さらに、避難者の健康状況、住宅所有などに対して考察した。