著者
村瀬 敬子
出版者
佛教大学
雑誌
社会学部論集 (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.1-19, 2010-09-01

戦前・戦時期において国民教化メディアであったラジオは,女性の社会教育を目的とした「婦人・家庭向け」の番組を放送していた。本稿では「婦人・家庭向け」の番組のうち,料理放送に注目し,1930年代を中心に,ラジオが視聴者としての女性,なかでも「主婦」とどのような関係をとり結んでいったのかを明らかにした。「料理献立」は都市部に居住する一定以上の階層の「主婦」に向けて,料理の調理法をほぼ毎日,放送する番組であった。番組には栄養や味や家計等に配慮して,毎日異なる副食を家族に提供すべきだとする近代的な家事規範が織りこまれており,その背景には料理を「教養」としてとらえる文化があったといえる。一方で聴取者調査や番組にかかわる言説の分析からは,「料理献立」が,近代的な主婦へと女性を「統合」するだけでなく,階層や地域などの差を顕在化させる,いわば「分断」の契機をもはらんでいたことがわかった。それにも関わらず,日々の料理放送が1941年まで継続した背景を,戦時期における「栄養」と「団攣」という観点から考察した。
著者
村瀬 敬子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.297-313, 2020 (Released:2021-09-30)
参考文献数
32
被引用文献数
1 1

本稿は,戦後の『主婦の友』を主な資料として,郷土料理/郷土食の「伝統」が強調されていき,「主婦」をその伝承者とする語りが,どのように構築されていったかを明らかにした.本稿では「伝統」を,昔から続いているとする「継続性」に加え,良いものとして価値づける「美化性」のまなざしによって構成されるとし,1979 年までの「郷土料理/郷土食にかかわる記事」において,これらの語りの分析を行った. 本稿の考察結果は次のようになる.(1)1960 年代半ばまで,従来の郷土料理/郷土食を改良したり,新しく生み出すことが推奨されている記事が登場しており,郷土料理/郷土食の「伝統」は強調されていなかった.(2)著名人の郷土料理/郷土食に関するエッセイが,1950 年代半ばから数多く掲載され,その多くで自らの故郷の郷土料理/郷土食が賛美されていた(美化性).(3)1960 年代半ば以降,「おふくろの味」が賞揚され,「おふくろの味」と郷土料理/郷土食は,長い間,伝承されてきたものだとされ(継続性),女性による伝承が規範化していった.(4)このことは「主婦」に新たな役割を与え,揺らぎはじめたジェンダー秩序の維持に寄与した.
著者
高井 昌吏 谷本 奈穂 石田 あゆう 坂田 謙司 福間 良明 村瀬 敬子
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

ポピュラー・カルチャーのなかで形成される戦争の表象を、ジェンダーの視点から考察した。たとえば、男らしい戦争イメージの形成では、『男たちの大和』『連合艦隊』などの映画、さらに「大和ミュージアム」や知覧という観光、あるいはプラモデルなどが大きく絡んでいる。女らしさやこどもらしさについては、むしろ『ガラスのうさぎ』『火垂るの墓』などの児童書・アニメの影響が大きい。こうした点を考慮し、それぞれの戦争(沖縄戦、原爆、空襲など)が社会的に受容されるうえで主に寄与したポピュラー・カルチャーに着目し、それらを横断しながら構築される戦争イメージについて分析した。
著者
村瀬 敬子
出版者
佛教大学社会学部
雑誌
社会学部論集 = Journal of the Faculty of Sociology (ISSN:09189424)
巻号頁・発行日
no.71, pp.47-66, 2020-09

本稿の目的は1950年代後半から60年代前半を代表する料理研究家であった江上トミを文化仲介者と位置づけ,家庭料理とジェンダーの結びつきという観点からその表象を分析した。特に階層文化のあり方に注目し,主婦自らが料理を作るべきだとする規範(「手づくり規範」と呼ぶ)の強さの背景にどのような理由があるのかを考察した。江上トミ(1899-1980)は初期のテレビの料理番組に出演し,多くの料理にかかわる本にかかわり,料理学校の経営も行っていた料理研究家である。その特徴あるアピアランス(外見やキャラクター)や良妻賢母と料理を結びつけた言説によって,「理想の母」というイメージを持ちながら,幅広い活動によって有名性を獲得していた。「理想の母」としての江上トミのイメージは二つの「知」によって支えられている。ひとつは料理研究家としての正統性を象徴する〈高級文化〉としての「世界の料理」であり,もうひとつは地方名家の母から娘への「伝承」である。江上トミにおける両者の結合は,「世界の料理」を女性が「手づくり」することが「階層の表現」ともなる文化を生み出した。こうしたことから,本稿では,家庭料理の「手づくり規範」の背後には「手づくり」を「愛情の表現」とするだけでなく,「階層の表現」ともする二重の意味づけがあることを指摘し,この二重性によって,主婦自らが料理を作ることに強い規範性があるのではないかと考察した。料理研究家江上トミ文化仲介者手づくり規範階層