著者
高橋 貴 栗田 和明 渡邉 道斉
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.347-358, 1993 (Released:2018-05-01)

本研究では,インドのケーララ州とラジャスターン州,ネパールのクンブ地方の3か所で約1か月ずつ調査を行なった。目的はそれぞれの伝統建築にみられる特徴,技法を明らかにし,それが今日どのように変貌しつつあるかを探ることにあった。1.インド・ケーララ州1つの地域に20~30みられるカーストの中から,上層力-ストであるブラーマン(ヒンドゥー祭司),ナヤール(農民)の大家屋を調査対象とした。彼らの大家族制度と両者の間の特別な婚姻関係は今日解消して久しいが,そうした建物はまだ残っているし,何よりもそこに見られる建築理念や技術は姿を変えながらも継承されているからである。特にここでは大地の神ウァーストプルシャンと八方位神,建築儀礼,職人の変化について述べた。2.ネパール・シェルパ人 ネパールのサガルマータ山近くに住むシェルパ人を調査対象とした。彼らは牧畜,交易,農耕を伝統的な職業としてきたが,1970年代になると登山ガイドや商売をする人が増え,生活は一変する。ここでは伝統家屋の特徴,構造,材料とそこに見られる神観念,例えば,なぜ窓が小さかったのかを説明した。また,近年の変化の例としてナウジェ村をとりあけた。3.インド・ラジャスターン州 インド砂漠の南縁に位置する乾燥地帯で調査を行なった。家屋は ,2階建て,陸屋根平屋建て,草葺き平屋建てという3つの分類ができ,このうち2階建ては都市部,他は農村部に見られることを説明した。またこの分類と四角形,円形という平面プランとの関係,屋根材(数種類の草)壁材(れんが,日干しれんが,草)との関係も明らかにした。
著者
和田 正平 吉田 憲司 小川 了 端 信行 A.B. イタンダーラ 阿久津 昌三 栗田 和明 江口 一久 小馬 徹 S B Pius A B Itandala
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1992

平成6年度は以下のような実績をあげることができた。1.カメルーン北西部州では、端が州都バメンダから離れたいくつかの村で調査を行ない、都市化、貨幣経済化の浸透のなかでの性による役割分担の変化を示した。男性のグループは、稲作農民組合を形成して水田耕作を拡大している。一方、伝統的な自給的農業の担い手であった女性もグループで土地を購入し、換金性の高い作物を栽培して貨幣経済に積極的にかかわっていく動きを見せている。男女それぞれが新しい社会経済的なニッチェを生み出している傾向が明らかになった。またカメルーン国北部で、フルベ族の女性の調査を行なった、フルベ社会ではイスラム教の影響で女性の社会的な立場は低いのとされ、仕事も禁じられている。しかし、実際には自活している女性も少なくなく、昔話の中にも女性の力を讚えているものもある。女性の生活を多面的に示し、実際の両性の関係を精密に記述する試みをした。2.セネガル国ダガ-ルで、小川は都市に住む人々の経済活動を調査した。インフォーマル・セクターでの女性の活躍が昨年度から指摘されていたが、全体像の記載の必要から男性も含めたインフォーマル経済従事者たちの活動状況を広く調査した。これらの経済活動と都市民の互助組織がセネガル国全体の経済、発展と密接な関連があることを示した。3.ザンビア国でチェワ社会とンゴニ社会での儀礼における性差に注目して、吉田が調査を行った。その結果、父系社会であるンゴニ社会から母系社会であるチェワ社会へ精霊信仰が導入され、その時点で信仰の主たる担い手が男性から女性へと変化したことがわかった。また、その信仰がチェワ社会の伝統的な儀礼組織の欠如を埋め、それを補完する形で浸透してきていることを示した。4.コートジボワール国ダブ郡で、茨木はアジュクル社会の女性の活動に注目した。最近の都市部での人口急増によってキャッサバを加工した食品、アチュケの需要が高まっている。アジュクルの女性はこの食品を加工生産する作業にふかく関わるようになり、その結果、農作業や日常の生活上の性別の分業に変化がみられるようになった。平成4年度から6年度にかけての本研究によって以下のような成果をあげることができた。1.本研究全体の主題は、女性、伝統と変化、に関わるものであったが、これは研究対象となったそれぞれの民族社会の理解をすすめる上で大きな意味をもつ問題であり、それぞれ有効な記述の観点を引き出すことができた。したがって、女性と変化を主題に研究する視点は、多くの社会にあてはまる普遍性をもち、これからの文化人類学研究の分野として重要であることが示唆される。2.特に変化を踏まえての記述は、多くの場面で有効であった。フェミニズム人類学やマルキズム文化論の影響下の人類学では十分に示すことができなかった、「現在起っている社会の変化に柔軟に対応して変化していく両性の役割」という研究視点を提供することができた。3.本研究にって提供された、女性の文化人類学に向けての研究視点として、具体的には以下のようなものを挙げることができる。それは、都市の中での女性の経済活動、都市と農村との関係で農村女性が果たす役割、農村女性の生活改善運動、他民族やキリスト教との接触による女性の役割の変化、両性の役割のノルムと実際、などである。とくに現在では国際的な経済活動、開発と援助の影響の下で大きな変化と対応を示している女性の諸活動に注目する研究視点が重要であると示唆された。
著者
和田 正平 PIUS S.B MASAO F.T 小田 亮 阿久津 昌三 栗田 和明 渡辺 公三 江口 一久 端 信行 PIUS S.B. MASAO F.T.
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1989

本調査はケニア、タンザニア、ザイ-ル、カメル-ン、ガ-ナを主要調査国として1989年から3年間(3年目は調査総括)伝統的政治構造と近代化の比較研究を目的に実施された。調査開始後の1990年頃からアフリカには「民主化」の気運が急激に高まり、複数政党制へ転換する要求運動が実現にむけて動きだした。1991年11月ザンビアで一党独裁が打倒され、12月にはケニアの一党制廃止がきまった。こうした独立時を彷彿させるような急激な民主化運動は社社主義の挫折という国際関係の大変化に呼応しているが、内実、根強い部族主義から噴出している面も否定できない。調査は政治人類学的な視角から住み込み調査法によって行なわれ、以下のような調査成果が得られた。ケニアでは、新しく結成された二大野党FORDと民主党の支持基盤について調査を行なった。民衆の民主化要求では裏面で小数派のカレンジン族出身の現大統領に対する反政府運動であり、新党の結成は新しい部族の対立と反目を生み出している。他方部族の基盤である農村では西ケニアを中心に住み込み調査を行なった。地方では、近代行政とは別個に伝統的権威をもった長老会議が実質的な力をもっていることが明らかにされた。具体的にはアバクリア族のインチャマのように長老会議は邪術者によって構成されているが、個別利害をこえて裁判等を行ない、その権威は正当化されている。タンザニアでは逆に伝統的な長老会議は衰退、共同体儀礼の消滅が記録された。調査したイラク族の村ではウジャマ-開発が強行された後、行政組織はCCM(革命党)に密接に関連するようになり、長老会議は家庭内のもめ事を解決するだけに機能が縮小した。しかし、かつて首長制があったニャキュウサ族ではCCMの影響もさほど強くなく、長老会議の権威がまだ維持されていて、土地の再分配等に大きな発言力をもっている。ザイ-ルでは1990年にカサイ州、クバ王国を調査した。現王朝は17世紀前半の王から数えて22代目にあたり、今日も伝統的権威をもった王が、実効的な統治を行なっている。今回は、王国に生きる人々の社会空間の場がどのようにつくられるかを目的に調査を行なった。具体的にはクバ王権とその傘下のショウア首長権を対比し、両者の最大の質的差異が女性の「集中=再分配」システムから発していることが明らかになった。王権の形成史を女性の授受関係を通してみることがいかに重要な視点であるかを明示できたと思う。カメル-ンでは19世紀末から20世紀初頭にかけて、北部フルベ諸王国で創作された抵抗詩「ムポ-ク」を採録した。「ムポ-ク」はヨ-ロッパ人の前では決して明かすことのなかったフルベ族の本心が、詩というメタフォリックな形で表現された貴重な資料である。伝統的な吟遊詩人「グリオ」が朗唱の中で暗に植民地政府を批判し、世論を形成していった社会状況がこの詩からうかがい知ることができる。また北西部州では、マンコン王国の伝統的王制と近代文明的価値をめぐって調査を行なった。歴代伝承されてきた王の伝統的諸儀礼と近代化に対応する社会と文化の変容過程に注目し、両者が功緻に融合している状態を観察し、その実態について民族誌的記録をとることができた。ガ-ナでは中部アシャンティ王国の王都クマシにおいて現地の歴史資料に依拠しつつ、歴代王位の継承方式のついて調査を行ない、アサンテ王における王位をめぐる相克の歴史を明らかにした。王朝は統合と分裂を繰り返したが、王母を核とする「血の原理」に着眼し、王位継承を論じたところに、今回の研究の新しい展開がある。ト-ゴでは、中部山岳地方に居住するアケブ族の首長制の形成と解体に関する調査を行ない、同地方の伝統的政治組織が海岸諸王国の奴隷狩りに対抗していたことを証明することができた。以上、調査を分担した各個は、成果報告として論文を作成中であり、国立民族学博物館論文報告や学会誌等に寄稿する予定になっている。
著者
吉田 憲司 江口 一久 端 信行 和田 正平 栗田 和明 竹沢 尚一郎
出版者
国立民族学博物館
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1998

アフリカにおいては、民族意識の高揚にともない、とくに1980年代以降、民族の伝統を再編し、民族独自の文化を創造しようという文化運動が各地で活発化している。本研究は、こうした文化運動に焦点をあて、その実態を明らかにするとともに、そうした運動によるエスニシティ形成のメカニズムを明らかにすることを目的として発足した。調査対象は、アフリカ全体を視野にいれた比較研究を実施するという視点から、地域的にはアフリカ各地にまたがり、また運動の形態の上でも、宗教運動から美術や音楽・舞踊、祭礼の創造・再編に代表される芸術運動から、さらには博物館建設運動に至るまで、多岐にわたった。それらの比較検討を通じて、エスニシティの編成を大きく左右する要素として、祭りやスポーツの展開、伝統工芸の処遇(交易や展示)、普遍宗教の動向、そして人口の移動といった事象が抽出されてきた。また、単にアフリカ内部だけでなく、ディアスポラにおける民族意識のありかたや、欧米における先住民権支援運動の動向も、エスニシティの編成に大きな影響をもっていることが明らかとなった。これまでの調査により、文化運動の基本的類型は概ね把握できたと考えられる。一連の研究を通じて、とくに芸術に焦点をあてた文化運動は、欧米人による介入が運動の成立とその後の展開の大きな要因になっていることが確認された。一方で、宗教運動や人口の移動や集中にともなう生活運動のなかには、外的な影響を契機としつつも、その後の展開においては極端に排他的な展開をみせる運動形態も存在する。ただ、いずれにせよ、文化運動の動向とエスニシティのありかたは、それぞれの民族の外部世界とのグローバルな相互関係の網の目のなかで編成されてきていることが浮き彫りにされた。いわば、アフリカ文化をめぐるグローバル・エスニック・ネットワークの存在を確認したことが本研究の最大の成果である。