著者
和崎 春日 上田 冨士子 坂井 信三 田中 重好 松田 素二 阿久津 昌三 三島 禎子 鈴木 裕之 若林 チヒロ 佐々木 重洋 田渕 六郎 松本 尚之 望月 克哉
出版者
中部大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

「グローバル化時代における中下層アフリカ人の地球的移動と協力ネットワーク」現代社会において、グローバライゼーションを生きるのは、北側社会や特別なアフリカ人富裕層だけではなく、「普通の」アフリカ人たちが、親族ネットワーク等を駆使して、地球を広く縦横に生き抜いている姿が、本共同研究から析出された。その事実を基礎にした外交上の政策立案が必用になってくることを、本共同研究は明らかにした。
著者
阿久津 昌三
出版者
信州大学教育学部
雑誌
信州大学教育学部紀要
巻号頁・発行日
vol.65, pp.39-50, 1989-03-02

1 0 0 0 OA 瀕死の王

著者
阿久津 昌三
出版者
Japan Association for African Studies
雑誌
アフリカ研究 (ISSN:00654140)
巻号頁・発行日
vol.1990, no.36, pp.13-29, 1990-03-31 (Released:2010-04-30)
参考文献数
44

The idiom nana asumasi awu (‘king is dead’) was never used of an Asantehene. On such phrase as ‘king is absent’ or ‘king is departed’, and seemingly the commonest—dupon keseε atutu—described the death of an Asantehene in terms of the uprooting or fall gyadua (pl. gyannua), a mighty shade tree. The accession of the new king may occur immediately within forty days upon the death, or dethronement of the former monarch, since the funeral and enthronement of the king become part of the same sequence of events.On the death or dethronement of an Asantehene, the queenmother (Asantehemma) takes over as regent. Afterwards, the kingmakers (werempe) formerly asked an Asantehemma to nominate a candiate for their approval, and gave her three succeeding options at the end of which the councillors could in turn present a candiate for her approval. The Asantehemma plays an important role in the succession of the throne, and decide the new king according to the Asante rules of succession.In ontological terms, it is descent which is important to the structure of Oyoko dynasty; in phenomenological terms, it is marriage. But, in structural terms, from the viewpoints of the genealogical matrix and the pattern of marriage, the distribution of Asantehenes is regarded as a statement to the matrifiliation of the attributes of kingship as well as to the patrifiliation of the politics of kingship. Asante politics can be seen as streched taut between opposing forces: the centripetal one of matrifiliation and the centrifugal one of patrifiliation.In this paper, my concern is to try to lay out more precisely some of the factors involved in systems of Asante succession of the throne, to analyse the meanings of death and mortuary rituals, and to specify some of enthronement and mortuary rituals according to Akan calendar.
著者
阿久津 昌三
出版者
日本アフリカ学会
雑誌
アフリカ研究 (ISSN:00654140)
巻号頁・発行日
vol.2003, no.62, pp.43-55, 2003

アサンテの諺に「親族は死体を好む」というものがある。アサンテの人びとが生者のことよりも死者に対して重大な関心があることを告発する言説的表現として頻繁に引用される慣用句である。アサンテの葬儀は, 宗教的なものよりも政治的, 経済的な意味,「あの世」よりも「この世」のものであることを認識することが必要である。ここでは, 死と死者の地位との関わりで, 生と死とを媒介として, 二つの世界を結びつける死から生への象徴的置換あるいは隠喩的装置を検討する。<br>本稿は, 西アフリカ, ガーナ共和国のアサンテの事例をとりあげることによって,「民族誌のなかの葬儀」と「実践のなかの葬儀」というコンテキストにおいて, 葬儀の儀礼的プロセスの政治的意味を検討することが目的である。「民族誌のなかの葬儀」では, 民族誌のなかで, 生と死の世界, 悲しみの表現, 遺体の処理,「髪」の神秘性, 王の葬儀の主題がとのように記述されているかを分析した。「実践のなかの葬儀」では, 1999年2月25日のオポク・ワレ2世の崩御から4月26日のオセイ・ツツ2世の即位までの儀礼的な枠組を分析した。王位継承の儀式には, 二つの儀礼的な枠組があって, ひとつは, 王位継承の方式に従って, 王の選出機関 (つまり,「王母と評議員たち」) の手続きを経るという儀礼的枠組である。もうひとつは, 先王の葬儀を経て, 儀礼的認証を得て, 正式に王位に就くという儀礼的枠組である。前者の儀礼的枠組はいわゆるアクセッションからサクセッションに至る儀礼過程である。アクセッションとは, 王の崩御とともに, 王の選出機関の決定を経て, 次ぎの王に即時的に権力が委譲するものであり, サクセッションとは, 王位が継承されたのち, その事実を内外に告知する儀式である。<br>本稿は, オポク・ワレ2世の崩御からオセイ・ツツ2世までの儀礼的な枠組を現地での資料収集と聞き取り調査にもとづいて記述したものである。王位継承というドラマを通して「死」と「再生」の置換的なメカニズムを明らかにした。先王の死と新王の誕生という王権の継受という「死」と「再生」の置換的なメカニズムが機能していると同時に, 広義の即位式という儀礼的な枠組において「死」と「再生」の置換的なメカニズムが機能している。「王の母」という擬制的な親子関係にその「謎」があるのではないかというひとつの仮説を提示することができる。
著者
川合 隆男 鹿又 伸夫 熊田 俊郎 阿久津 昌三 片山 龍太郎
出版者
慶應義塾大学大学院社会学研究科
雑誌
慶応義塾大学大学院社会学研究科紀要 (ISSN:0912456X)
巻号頁・発行日
no.22, pp.p87-95, 1982

研究ノート〔I〕 はしがき〔II〕 P. A. ソローキンの社会移動論(一)〔III〕 P. A. ソローキンの社会移動論(二)〔IV〕 P. A. ソローキンの社会移動論の再検討
著者
阿久津 昌三 青木 澄夫 梅屋 潔 小泉 真理 澤田 昌人 阿部 利洋 ウスビ サコ
出版者
信州大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

本調査研究の目的は、現代アフリカにおける独裁者の虚像と実像に関する民族学的研究という研究課題のもとに、(1)軍事独裁、2)一党独裁(3)個人独裁という3つの政権の実態があることを探究することである。現代アフリカの7カ国、6独裁者(為政者)について現地調査を実施した。具体的には、ンクルマ(ガーナ)、セク・トゥーレ(ギニア)、ケニヤッタ(ケニア)、ニエレレ(タンザニア)、アミン(ウガンダ)、モブツ(コンゴ)である。本調査研究は、権威主義的政権及び指導者を探究することによって、通時的、共時的な独裁の包括的分析を提示した。
著者
和田 正平 吉田 憲司 小川 了 端 信行 A.B. イタンダーラ 阿久津 昌三 栗田 和明 江口 一久 小馬 徹 S B Pius A B Itandala
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1992

平成6年度は以下のような実績をあげることができた。1.カメルーン北西部州では、端が州都バメンダから離れたいくつかの村で調査を行ない、都市化、貨幣経済化の浸透のなかでの性による役割分担の変化を示した。男性のグループは、稲作農民組合を形成して水田耕作を拡大している。一方、伝統的な自給的農業の担い手であった女性もグループで土地を購入し、換金性の高い作物を栽培して貨幣経済に積極的にかかわっていく動きを見せている。男女それぞれが新しい社会経済的なニッチェを生み出している傾向が明らかになった。またカメルーン国北部で、フルベ族の女性の調査を行なった、フルベ社会ではイスラム教の影響で女性の社会的な立場は低いのとされ、仕事も禁じられている。しかし、実際には自活している女性も少なくなく、昔話の中にも女性の力を讚えているものもある。女性の生活を多面的に示し、実際の両性の関係を精密に記述する試みをした。2.セネガル国ダガ-ルで、小川は都市に住む人々の経済活動を調査した。インフォーマル・セクターでの女性の活躍が昨年度から指摘されていたが、全体像の記載の必要から男性も含めたインフォーマル経済従事者たちの活動状況を広く調査した。これらの経済活動と都市民の互助組織がセネガル国全体の経済、発展と密接な関連があることを示した。3.ザンビア国でチェワ社会とンゴニ社会での儀礼における性差に注目して、吉田が調査を行った。その結果、父系社会であるンゴニ社会から母系社会であるチェワ社会へ精霊信仰が導入され、その時点で信仰の主たる担い手が男性から女性へと変化したことがわかった。また、その信仰がチェワ社会の伝統的な儀礼組織の欠如を埋め、それを補完する形で浸透してきていることを示した。4.コートジボワール国ダブ郡で、茨木はアジュクル社会の女性の活動に注目した。最近の都市部での人口急増によってキャッサバを加工した食品、アチュケの需要が高まっている。アジュクルの女性はこの食品を加工生産する作業にふかく関わるようになり、その結果、農作業や日常の生活上の性別の分業に変化がみられるようになった。平成4年度から6年度にかけての本研究によって以下のような成果をあげることができた。1.本研究全体の主題は、女性、伝統と変化、に関わるものであったが、これは研究対象となったそれぞれの民族社会の理解をすすめる上で大きな意味をもつ問題であり、それぞれ有効な記述の観点を引き出すことができた。したがって、女性と変化を主題に研究する視点は、多くの社会にあてはまる普遍性をもち、これからの文化人類学研究の分野として重要であることが示唆される。2.特に変化を踏まえての記述は、多くの場面で有効であった。フェミニズム人類学やマルキズム文化論の影響下の人類学では十分に示すことができなかった、「現在起っている社会の変化に柔軟に対応して変化していく両性の役割」という研究視点を提供することができた。3.本研究にって提供された、女性の文化人類学に向けての研究視点として、具体的には以下のようなものを挙げることができる。それは、都市の中での女性の経済活動、都市と農村との関係で農村女性が果たす役割、農村女性の生活改善運動、他民族やキリスト教との接触による女性の役割の変化、両性の役割のノルムと実際、などである。とくに現在では国際的な経済活動、開発と援助の影響の下で大きな変化と対応を示している女性の諸活動に注目する研究視点が重要であると示唆された。
著者
和田 正平 PIUS S.B MASAO F.T 小田 亮 阿久津 昌三 栗田 和明 渡辺 公三 江口 一久 端 信行 PIUS S.B. MASAO F.T.
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1989

本調査はケニア、タンザニア、ザイ-ル、カメル-ン、ガ-ナを主要調査国として1989年から3年間(3年目は調査総括)伝統的政治構造と近代化の比較研究を目的に実施された。調査開始後の1990年頃からアフリカには「民主化」の気運が急激に高まり、複数政党制へ転換する要求運動が実現にむけて動きだした。1991年11月ザンビアで一党独裁が打倒され、12月にはケニアの一党制廃止がきまった。こうした独立時を彷彿させるような急激な民主化運動は社社主義の挫折という国際関係の大変化に呼応しているが、内実、根強い部族主義から噴出している面も否定できない。調査は政治人類学的な視角から住み込み調査法によって行なわれ、以下のような調査成果が得られた。ケニアでは、新しく結成された二大野党FORDと民主党の支持基盤について調査を行なった。民衆の民主化要求では裏面で小数派のカレンジン族出身の現大統領に対する反政府運動であり、新党の結成は新しい部族の対立と反目を生み出している。他方部族の基盤である農村では西ケニアを中心に住み込み調査を行なった。地方では、近代行政とは別個に伝統的権威をもった長老会議が実質的な力をもっていることが明らかにされた。具体的にはアバクリア族のインチャマのように長老会議は邪術者によって構成されているが、個別利害をこえて裁判等を行ない、その権威は正当化されている。タンザニアでは逆に伝統的な長老会議は衰退、共同体儀礼の消滅が記録された。調査したイラク族の村ではウジャマ-開発が強行された後、行政組織はCCM(革命党)に密接に関連するようになり、長老会議は家庭内のもめ事を解決するだけに機能が縮小した。しかし、かつて首長制があったニャキュウサ族ではCCMの影響もさほど強くなく、長老会議の権威がまだ維持されていて、土地の再分配等に大きな発言力をもっている。ザイ-ルでは1990年にカサイ州、クバ王国を調査した。現王朝は17世紀前半の王から数えて22代目にあたり、今日も伝統的権威をもった王が、実効的な統治を行なっている。今回は、王国に生きる人々の社会空間の場がどのようにつくられるかを目的に調査を行なった。具体的にはクバ王権とその傘下のショウア首長権を対比し、両者の最大の質的差異が女性の「集中=再分配」システムから発していることが明らかになった。王権の形成史を女性の授受関係を通してみることがいかに重要な視点であるかを明示できたと思う。カメル-ンでは19世紀末から20世紀初頭にかけて、北部フルベ諸王国で創作された抵抗詩「ムポ-ク」を採録した。「ムポ-ク」はヨ-ロッパ人の前では決して明かすことのなかったフルベ族の本心が、詩というメタフォリックな形で表現された貴重な資料である。伝統的な吟遊詩人「グリオ」が朗唱の中で暗に植民地政府を批判し、世論を形成していった社会状況がこの詩からうかがい知ることができる。また北西部州では、マンコン王国の伝統的王制と近代文明的価値をめぐって調査を行なった。歴代伝承されてきた王の伝統的諸儀礼と近代化に対応する社会と文化の変容過程に注目し、両者が功緻に融合している状態を観察し、その実態について民族誌的記録をとることができた。ガ-ナでは中部アシャンティ王国の王都クマシにおいて現地の歴史資料に依拠しつつ、歴代王位の継承方式のついて調査を行ない、アサンテ王における王位をめぐる相克の歴史を明らかにした。王朝は統合と分裂を繰り返したが、王母を核とする「血の原理」に着眼し、王位継承を論じたところに、今回の研究の新しい展開がある。ト-ゴでは、中部山岳地方に居住するアケブ族の首長制の形成と解体に関する調査を行ない、同地方の伝統的政治組織が海岸諸王国の奴隷狩りに対抗していたことを証明することができた。以上、調査を分担した各個は、成果報告として論文を作成中であり、国立民族学博物館論文報告や学会誌等に寄稿する予定になっている。