著者
権丈 善一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.43, no.4, pp.33-59, 2000-10

経済学のなかで,消費者需要の神聖不可侵性は,先験的公準-論理体系の基本的な前提として措定せざるを得ない証明不可能な先験的な命題-として取り扱われる。ところが,この消費者需要の神聖不可侵性という経済学上の約束事に対して,ガルブレイスは『ゆたかな社会』のなかで異議を唱えた。この本のなかで彼は,消費者の欲求は,自立的に決定されるものではなく,依存効果によって創られるもの-すなわち,生産の過程で,生産者による宣伝や消費者相互間の見栄の張り合いに依存して創られるもの-という論点を用いた。そしてガルブレイスは,依存効
著者
権丈 善一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.75-106, 2000-04-25

多くの社会科学研究には,問題設定をした瞬間に,ある程度結論が決まっているような側面があり,結論をどの方向に持っていくかということは,問題設定というスタート地点に強く依存している。社会保障研究は,少子・高齢化社会危機論という問題設定からスタートすることが多く,この立場から,社会保障の研究をスタートすれば,分析を待たずとも,結論は自ずと見えてくる。しかしながら,少子・高齢化社会危機論には,いくつかの事実誤認に基づくものがある。ここでは,その事実誤認を指摘する。とともに,少子・高齢化社会の社会経済問題は,資源の量が絶対的に不足して,日本国民の生活水準を低下させるというようなマイナス・サム社会の分配問題ではなく,わずか1%未満の経済成長を持続することができれば,プラス・サム社会のなかでの分配問題となることを論じる。ただし,この分配問題を解決するさいに,どうしても制度改革が必要となるし,租税・社会保障負担率は高くなる。日本の統治者たちは,この変化を国民に受け入れさせるために,危機論のキャンペーンをはるという政治手法をとってきたようである。だが,その手法は行き詰まりをみせている。そこで結論として,この政治手法の他の手法,すなわち,国民の制度不信を払拭する努力を行い,制度への信頼を高めながら,制度改革,租税・社会保障負担率の引上げを実現していく方法もあることを論じる。そして,所得保障,医療保障などについて,その具体的な方法に若干触れる。なお,ここでは結論を導き出すために,次のような議論を展開している。それは,経済学者・人口学者の予測能力を過信してはならないこと,"公平"というような多義的な価値規準に,絶対的でユニバーサルなものは存在せず,これはそれぞれの社会の成りたちと不可分な形で考えるべきであること,さらに,経済学に登場する利己的な合理的個人のモデルを鵜呑みにした公共政策を実行すれば,政治家をはじめとした日本の統治者たちは,国民からの支持を失う可能性があること,などである。
著者
権丈 善一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.4, pp.33-53, 2001-10-25
被引用文献数
1

ここでは,政府は社会保障の財政方式として普通税と目的税のいずれを望み,その望みを実現するためにいかなる政治戦略をとるのかを,政府の意思決定モデルを構築することにより考えてみる。具体的には,国民から人気のある商品を「社会保障」とみたて,不人気な商品を社会保障以外の「他政府サービス」とみたててみる。そして,政府は,これら両方の商品を販売しているのであるが,政府自身は,「社会保障」よりも「他政府サービス」の方をより多く販売したいと思っているとする。さらに,政府は,キャンペーンを行い,国民の選好に影響を与える権力をもっているものとする。この時,政府はどのような政治戦略をとるのか,という問題を設定する。考察の際,政府の意思決定モデルとしてブキャナンの財政選択モデルを参考にする。考察の結果,政府は国民に社会保障の重要性を認識させる政治的キャンペーンを行いながらも,消費税や相続税の福祉目的税化には強く抵抗することが,理論的に予測されることになる。この抵抗の際,政府は,主に,目的税がもつ財政の硬直化問題を理由にあげることになる。しかし,財政の硬直化は,目的税にかぎらず普通税のばあいにも,生じることをわれわれは知っている。そこで,なぜ,財政はいつも硬直化問題をひき起こし,どうして,目的税の方が普通税よりも財政の硬直化が深刻となるのかを,財政方式と政治家の政治力との関係に焦点を当てた政策形成モデルにもとづいて考察する。そしてさらに,目的税が道路のようなストックの供給に用いられるばあいと,社会保障にみられるように,主にフローを賄うのに用いられるのでは,その財政硬直化の弊害の度合いも,随分と異なる可能性があることを論じる。
著者
権丈 善一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.24-46, 1992-06-25

ここでの関心は,これまで日本の社会保障政策がスカンジナビア諸国に代表されるヨーロッパの小国よりも消極的であった原因を探るとともに,現在の高福祉国家がこれからも高福祉政策を継続する蓋然性,および,今後の日本の社会保障政策が急激に積極化する蓋然性を確かめることにある。分析にはキャメロン・モデルを発展させた"社会保障と経済政策"モデルを利用する。キャメロン・モデルは,先進資本主義諸国のなかでもヨーロッパの小国の多くが,他の先進資本主義諸国よりも公共経済の規模の大幅な増加を経験した現象を説明するものであり,"社会保障と経済政策"モデルは,キャメロン・モデルを社会保障と経済政策との関係に引きなおしたものである。そして,この社会保障と経済政策モデルにもとづく限り,現在の高福祉国家群はこれからも高福祉政策をとり続ける可能性が高いこと,および,今後の日本の社会保障政策が急激に積極化する可能性は低いことを,本稿では予測する。