著者
橋川 裕之
出版者
静岡県立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、東ローマ/ビザンツ帝国において展開した教会と修道院を対象とする改革運動を体系的に考察し、その特質を包括的に把握することを意図したものである。同時代の記述史料の分析と修道院遺跡の地誌的調査を同時に進めた結果、改革の多くの局面で、生活規律の強化ないし古代的伝統への回帰を追求する修道士集団が主導的な役割を果たしており、彼らの政治的理想が改革の範囲と方向を規定していたことを明らかにした。
著者
橋川 裕之
出版者
静岡県立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究はビザンツ帝国のキリスト教、すなわち正教の信仰生活に関連して成立した、ヘシカズムと呼ばれる神秘主義について、その起源と展開の解明を目指したものである。本研究の主たる成果は、心身技法をともなう形式の神秘主義的霊性がアトスのニキフォロスによりテクストにおいて定式化された13世紀半ばよりも前に、何らかの、具体的には明かされない神秘主義的実践の伝統があったことを示した点にある。
著者
八巻 和彦 矢内 義顕 川添 信介 山我 哲雄 松本 耿郎 司馬 春英 小杉 泰 佐藤 直子 降旗 芳彦 橋川 裕之 岩田 靖男 芝元 航平 比留間 亮平
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

<文明の衝突>から<文明の対話>への道は、各社会が己の価値観を絶対視することなく、互いの相違を外的表現の相違であって本質的な相違ではないことを認識することによって確保されうる。たとえば宗教において教義と儀礼を冷静に区別した上で、儀礼は各社会の文化によって表現形式が異なることを認識して、儀礼の間に相違が存在するから教義も異なるに違いないとする誤った推論を避けることである。キリスト教ユニテリアニズムとイスラームの間の教義には本質において相違がないが、儀礼形式は大いに異なることでしばしば紛争が生じ、他方、カトリックとユニテリアニズムの間では教義は大いに異なるにもかかわらず、儀礼が類似しているとみなされることで、ほとんど紛争が生じない、という事実に着目すれば、われわれの主張が裏付けられるであろう。
著者
橋川 裕之
出版者
大阪市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

今年度はビザンツ帝国末期における写本生産の問題を検討した。いわゆるビザンツ写本の研究は従来、美術史家と文献学者の独壇場であったが、近年、写本の作成経緯や利用のされ方が歴史学者の注目を集めている。言うまでもなく写本は書かれ、読まれ、さらには売買や貸借の対象となる中世の書物メディアであり、写本とそのコンテクストの関係を精査することで、研究者は同時代の社会や文化の知られざる諸側面に迫ることができる。本研究で具体的に取り上げたのは、現在、パリ国立文書館に所蔵されている一写本、パリ・ギリシア語写本857番(Codex Parisinus Graecus857)である。この写本は13世紀ビザンツのとある修道院で作成(コピー)されたものであり、11世紀の修道士パウロス・エウエルゲティノスの箸作『シュナゴゲ』(古代の修道文献のアンソロジー的作品)の第四部を内容とする。一部の学者は、この写本の作者(写字生)が写本末尾に書き込んだ韻文に現れるいくつかの固有名詞に注目し、13世紀から14世紀にかけて二度コンスタンティノープル総主教を務め、特異な教会改革を試みたアタナシオス(在位1289-93年、1303-9年)がその作者であると推測した。この特定の写本は二つの問題を提起する。一つは、一部の学者が推測するとおり、パリ写本の作者が総主教アタナシオスその人であるのかという問題、もう一つは、『シュナゴゲ』というテクストの普及度とその影響の大きさである。今年度の研究では、二つ目の問題を視野に入れたうえで、一つ目の問題に照準を合わせた。すなわち、従来の研究者が提示した状況証拠に加え、写本のテクスト『シュナゴゲ』の読書の痕跡が総主教アタナシオスの思想と行動に確認できる点から、ガレシオン(エフェソス近郊の山岳修道院共同体)のアタナシオスと名乗る写字生と後の総主教アタナシオスが同一人物である可能性が高いと結論づけた(拙稿「ガレシオンの修道士アタナシオスとは何者か」『史林』90巻4号)。一方、『シュナゴゲ』の写本は13世紀以降、大量に生産されており、ビザンツ末期の修道世界におけるその人気と、それが修道士らに与えた影響は甚大であったと考えられる。この問題については現在検討を進めている。