著者
田代 学 鹿野 理子 福土 審 谷内 一彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.88-96, 2005 (Released:2005-04-05)
参考文献数
49
被引用文献数
2 2

現代社会の複雑化とともに,うつ病や不安神経症,心的外傷後ストレス症候群(PTSD)といった多くの精神疾患の患者が増えている.その解決に向けた基礎的・臨床的研究が重要である.ヒトの情動メカニズムを解明するための方法論として,脳イメージングが注目されている.患者の頭部を傷つけることなく(非侵襲的に)生きた脳活動を観察できるのが大きな特長である.核磁気共鳴画像(MRI)を用いて扁桃体や海馬の形や大きさを調べる形態画像研究に加えて,生体機能を画像化する機能画像研究も精力的に行われている.機能画像では,ポジトロン断層法(PET)などを用いた脳血流や脳糖代謝の測定だけでなく,セロトニン,ドパミン,ヒスタミン神経系の伝達機能測定も行われている.研究デザインは,安静時脳画像を健常人と患者群の間で比較するものと,課題遂行中の脳の反応性を観察する研究(脳賦活試験)に分類される. うつ病では,前頭前野や帯状回における脳活動低下に加え,セロトニンやヒスタミンの神経伝達機能の低下がPETを利用した研究で明らかにされている.また海馬や扁桃体の体積減少も報告されている.ストレス障害であるPTSDでも類似した結果が報告されており,うつ病とストレス障害の関連が強いことが推測され,ストレスが様々な精神疾患の発症に関与していることも推測される.精神疾患の発症には性格傾向も強く影響しているといわれている.不安傾向や,自身の情動変化を認知しにくいアレキシサイミアなどの脳イメージング研究がすでに行われている.最近では,セロトニントランスポーターの遺伝子多型とうつ病発症率との関係や,遺伝子多型と扁桃体の反応性の関係なども調べられており,今後,遺伝子多型と脳の機能解剖学が融合される可能性がでてきた.ヒトの情動研究における今後の発展が大いに期待される.
著者
段 旭東 洪 蘭 田代 学 呉 迪 山家 智之 仁田 新一 伊藤 正敏
出版者
国際生命情報科学会
雑誌
Journal of International Society of Life Information Science (ISSN:13419226)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.343-354, 2006-09-01

バーチャルリアリティ(Virtual Reality, VR)視聴覚刺激に対して個体差を解明するために、本研究は初めて、性格傾向と視聴覚刺激による生体反応の相関性を焦点としてアプローチした。対象は健常成人男子ボランティア12名とし、被験者の心理スケーリング傾向は「A型傾向判別表」を用いて分析した。実験は20分間安静させ、次に「Descent」というVR三次元射撃ゲームを20分間施行させた。ゲームとコントロール時の比による変化率と、数量化された心理スケーリングスコアとの相関関係を求めた。その結果、実験後症状の合計得点とTOIの間に正の相関があった。したがって、タイプAはゲームに熱中しやすい、熱中になると、脳への血流量、血液酸素の要求も増加しやすいという傾向があると推定できる。
著者
段 旭東 田代 学 呉 迪 山家 智之 仁田 新一 伊藤 正敏
出版者
国際生命情報科学会
雑誌
国際生命情報科学会誌 (ISSN:13419226)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.383-395, 2006
被引用文献数
3

精神的負荷の反応は自律神経機能の変化として捉えられる。その評価の指標としてホルター心電図による心拍変動(heart rate variability)解析を用い、ラベンダーの香りが自律神経活動の変動に及ぼす影響について検討した。また、ポジトロン断層装置(PET)を用いて脳内集積を画像化し、ラベンダーの香りによる脳の活動度も検討した。対象は健常成人女性10名(平均年齢23.8±2.5歳)とした。ラベンダー香りを含んだ湿布を30分間添付したことにより、HFが上昇し、LF/HFが低下することがみられ、副交感神経が増加すると考えられた。また、PETによりこのとき、左後部帯状回の活動の上昇が、右側頭葉での活動の低下が見られた。これらの脳部位は、リラクゼーションのみでなく覚睡レベルの上昇の可能性を示唆するものであった。
著者
伊藤 正敏 田代 学 藤本 敏彦 井戸 達雄
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

中等度強度の運動によって脳内ドーパミン分泌が生じているか否かを明らかにする目的で[^<11>C】Raclopride-PETを用いて脳内ドーパミンD2濃度の定量を行った。8人の健康な男性(年齢は21.4±2.0歳)の協力を得て、一回は安静状態で、もう一回はエルゴメータ運動を行いながらPET撮影を行った.エルゴメータ運動は強度VO2Max35〜60%で50分間行い、運動開始後20分で[^<11>C]racloprideを静脈投与した.運動に随伴する頭の位置のずれを最小にするために、Plastic face maskによって強固に頭を固定すると共に、数学的動き補正を行った.ソフトウエアは、Welcome Institute開発のSPM5を使用した.次に、この加算画像を用いて脳標準画像に対して形態的標準化を行った.この画像に対して関心領域(ROI)を左右の尾状核、被殻および小脳にとって[^<11>C]raclopride集積の時間変化曲線(TAC)を得、小脳を参照領域として、D_2受容体結合能(BP)、をSimplified Reference Tissue Model(SRTM)、Logan NonInvasive Method(Logan)、Ichise Multilinear Reference Tissue Model(MRTM2)を使って計算した.解析ソフトはPMODを使用した.解析の結果、左右の尾状核および被殻における[^<11>C]racloprideのドーパミンD_2受容体への結合が運動中、一様に減少し手いるのが判明した.その減少の程度は-12.9〜17.0%(P<0.01)であった.運動に際しての[^<11>C]racloprideのD_2受容体への結合の減少は、脳内ドーパミンが分泌されたことを強く示唆するもので、運動に際しての爽快感などの情動感覚と関係すると考えられる。
著者
田代 学 藤本 敏彦
出版者
東北大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

健康な日本人若年男性を対象として、一過性の全身運動直後の急性効果および数日間の継続的運動による慢性効果が細胞性免疫機能(ナチュラルキラー細胞活性 : NKA)および局所脳活動にいかなる影響を与えうるかを本研究で調べた。NKAは一過性運動終了後に軽度上昇し、その後低下する傾向を示した。継続的運動後ではNKAが軽度上昇する傾向が観察された。全身運動に伴う局所脳活動とNKAの関係については、急性運動時および慢性運動時の影響に差異が観察された。一過性運動後にNKAの値と有意に正の相関を示した脳領域は、中心後回および前回、上側頭回、小脳半球であり、負の相関を示した領域は前および後帯状回、頭頂葉であった。継続的運動後の安静時測定では、NKAの値と有意に正の相関を示した領域は前頭葉、側頭葉、頭頂葉にわたる広い範囲であり、負の相関を示した領域は側頭葉、後頭葉、小脳虫部であった。また、全身運動前後に心臓、肝臓、筋肉などの各臓器におけるエネルギー消費の再分配がおこっていることも本研究で明らかになった。健常人においてNKAと局所脳活動との間に相関が示されたことは重要な所見と考えられた。前頭葉の活動とNKAの正の相関が継続的運動の実施後のみで観察されたことから、継続的運動後のNKA値の変化に高次脳活動が関係し、側頭極および下前頭回が情報伝達路として機能している可能性が示唆された。本研究において、全身運動による脳-免疫相互作用が明らかになっただけでなく、全身運動により多様な全身機能の調整が起こり、脳が調節機能を発現していることが示唆された。上記の成果により、PETの健康科学への応用がより現実的となった。
著者
田代 学 関 隆志 藤本 敏彦 谷内 一彦
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

健常被験者を対象として、安静状態と連続暗算課題による精神的ストレス下における脳内ヒスタミン遊離量を比較したところ、被験者は暗算課題による心理ストレスを感じていた一方、PETでは差は検出できなかった。一方、頸部痛、肩こりのある男性を対象として、代替医療のカイロプラクティック施術後と無治療時の脳糖代謝の差を比較したところ、PETで測定した脳糖代謝変化が自律神経活動の変化と関連している可能性が示された。また、動物介在療法に関連した課題においてもストレス緩和に関連した所見が観察された。このようにPETを用いた脳糖代謝測定によって、代替医療の治療効果を評価することが可能と考えられた。