- 著者
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福土 審
- 出版者
- 一般社団法人 日本心身医学会
- 雑誌
- 心身医学 (ISSN:03850307)
- 巻号頁・発行日
- vol.57, no.4, pp.335-342, 2017 (Released:2017-04-03)
- 参考文献数
- 48
- 被引用文献数
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ストレスは21世紀の心身医学が真剣に取り組むべき重要な問題である. 過敏性腸症候群 (irritable bowel syndrome : IBS) を代表格とする機能性消化管障害の研究は, ストレス関連疾患を考えるうえで重要な成果をあげている. IBSはストレスにより発症・増悪する内科疾患であり, 代表的な心身症である. IBSは脳からの遠心性信号による小腸・大腸の機能異常の病態を有する. ストレスにより視床下部の室傍核からcorticotropin-releasing hormone (CRH) が放出されると仙髄副交感神経を活性化して大腸運動が惹起される. また, CRHは, 大腸粘膜の肥満細胞を脱顆粒させ, 粘膜透過性を亢進させ, 内臓知覚を過敏にする. IBSの内臓知覚過敏とは, 消化管から中枢へのシグナル伝達の病態である. 中でも, 大腸からの求心性信号による局所脳の変化, 特に, 膝下部前帯状回, 膝上部前帯状回, 中部帯状回, 前部島皮質, 後部島皮質, 扁桃体中心核, 扁桃体基底外側核, 海馬, 視床下部, 背外側前頭前野, 内側前頭前野, 眼窩前頭皮質, 背側線条体, 腹側線条体, 中脳中心灰白質の変化が明確にされてきている. これらは脳領域間結合からの分析も進んでいる. ストレスは腸内細菌の多様性を変化させ, IBSの腸内細菌も健常とは異なっている. IBSは不安・うつ・失感情症に関連することが証明されている. このようなストレスによる機能的変化と心理的変化の背景には, 検出方法を工夫すれば, 器質的変化が存在する. 換言すれば, 心身医学においては, 機能的変化と器質的変化の差異は程度の問題にすぎず, 生体の変化の精密・定量的な測定が鍵である. 重度ストレスはグルココルチコイド受容体遺伝子のプロモーター領域のメチル化を招き, CRHのネガティブフィードバック機構を障害して視床下部-下垂体-副腎軸の病的活性化を招く. IBSは遺伝子環境相関の面でも注目され, 有力な候補遺伝子がCRH受容体遺伝子も含め同定されている. IBSに対する治療法は, 薬物療法と心理療法の根拠が高水準になり, 先進的なニューロモデュレーションが開発されつつある. IBSにおいては, 分子生物学と脳科学からストレスと脳腸相関の法則を得るとともに, 認知行動療法を中心とする心身医学を日常診療に応用することが臨床医の重要な役割になり, これは他領域に応用可能なモデルになると予言する.