著者
鹿野 理子
出版者
日本行動医学会
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.65-70, 2016 (Released:2017-06-23)

アレキシサイミア(失感情症)は、シフネオスが古典的心身症患者の臨床観察から、心身症患者にみられる性格特性として提唱した概念である。アレキシサイミア傾向者は、情動の認識や表現ができず、情動を介したコミュニケーションが不得手で、情動体験を言語などの象徴化機能を通じて表現できない。そのため、しばしば心理療法が成立せずに治療が難渋する。アレキシサイミアの問題は情動制御の困難さにあるとされ、心身症のみならず、様々な精神疾患、死亡率や心臓死率にも関連することが報告されたが、情動制御が身体症状に関連するメカニズムは十分に解明されてはいない。過敏性腸症候群は、器質的所見がないものの、便通異常に伴う腹痛を慢性的に示す症候群で、ストレスがその発症や症状の増悪に影響する。最もよく見られる典型的な心身症のひとつである。過敏性腸症候群においてもアレキシサイミア傾向との関連が報告されている。アレキシサイミアでは特に陰性感情を調整することができずに、陰性情動に伴う身体的過覚醒の状態、自律神経系、および神経内分泌反応が亢進し、それらが身体症状の発症、および増悪因子となると推測されている。これまでのアレキシサイミア研究では、疫学研究はアレキシサイミアと心身症を含む様々な疾患群との関連を示し、神経生理学的研究、および脳科学研究はアレキシサイミアの特徴をこの仮説を支持する形で提示している。しかしながら、特に多くの神経生理学的研究では臨床症状を呈さない健常者でのアレキシサイミア傾向が高いものを対象としており、情動が身体症状に影響するメカニズムを解明するにあたり、疾患群での検討が必要である。本総説では、これまでのアレキシサイミアと過敏性腸症候群の関連を検討した先行研究を総括し、自験例を示し、過敏性腸症候群の脳腸相関の病態へのアレキシサイミア傾向の影響を考察する。
著者
田代 学 鹿野 理子 福土 審 谷内 一彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.88-96, 2005 (Released:2005-04-05)
参考文献数
49
被引用文献数
2 2

現代社会の複雑化とともに,うつ病や不安神経症,心的外傷後ストレス症候群(PTSD)といった多くの精神疾患の患者が増えている.その解決に向けた基礎的・臨床的研究が重要である.ヒトの情動メカニズムを解明するための方法論として,脳イメージングが注目されている.患者の頭部を傷つけることなく(非侵襲的に)生きた脳活動を観察できるのが大きな特長である.核磁気共鳴画像(MRI)を用いて扁桃体や海馬の形や大きさを調べる形態画像研究に加えて,生体機能を画像化する機能画像研究も精力的に行われている.機能画像では,ポジトロン断層法(PET)などを用いた脳血流や脳糖代謝の測定だけでなく,セロトニン,ドパミン,ヒスタミン神経系の伝達機能測定も行われている.研究デザインは,安静時脳画像を健常人と患者群の間で比較するものと,課題遂行中の脳の反応性を観察する研究(脳賦活試験)に分類される. うつ病では,前頭前野や帯状回における脳活動低下に加え,セロトニンやヒスタミンの神経伝達機能の低下がPETを利用した研究で明らかにされている.また海馬や扁桃体の体積減少も報告されている.ストレス障害であるPTSDでも類似した結果が報告されており,うつ病とストレス障害の関連が強いことが推測され,ストレスが様々な精神疾患の発症に関与していることも推測される.精神疾患の発症には性格傾向も強く影響しているといわれている.不安傾向や,自身の情動変化を認知しにくいアレキシサイミアなどの脳イメージング研究がすでに行われている.最近では,セロトニントランスポーターの遺伝子多型とうつ病発症率との関係や,遺伝子多型と扁桃体の反応性の関係なども調べられており,今後,遺伝子多型と脳の機能解剖学が融合される可能性がでてきた.ヒトの情動研究における今後の発展が大いに期待される.
著者
福土 審 青木 正志 金澤 素 中尾 光之 鹿野 理子
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

脳腸相関とは、中枢神経系と消化管の機能的関連を言う。これは発生学的に古い現象であるが、不明な点が多い。脳腸相関には大きく分けて2つの現象・経路がある。一つはストレスにより、中枢神経系興奮が自律神経内分泌系を介して消化管機能を変容させる現象・経路である。もう一つは、消化管からの信号が求心路から中枢神経系に伝達され、中枢神経機能を変容させる現象・経路である。われわれは、ストレスにより、あるいは、消化管刺激により、脳の特定部位でcorticotropin-releasing hormone(CRH)を中心とする神経伝達物質が放出され、局所脳活動を賦活化する、そして、過敏性腸症候群においてはこの現象が増強されている、と仮説づけた。本研究は、この仮説を動物実験とヒトに対する脳腸検査によって検証することを主目的とし、positron emission tomography(PET)と脳波power spectra、topographyをはじめとする脳機能画像と併せ、脳腸相関におけるCRHならびにその他の物質の役割を明確にした。平成15-18年度の科学研究費により、過敏性腸症候群の動物モデルを作成することができた。この動物モデルの病態はCRH拮抗薬により改善した。また、消化管への物理ストレスにより内臓痛が生じ、視床と辺縁系で脳血流量が増加した。同時に、脳波power spectra、topogramが変化し、腹痛とともに不安が生じた。この時、消化管運動も変化した。過敏性腸症候群ではこれらの現象が顕著であるが、これらもCRH拮抗薬により改善した。過敏性腸症候群あるいはその病態を示す動物では、辺縁系におけるCRH遊離がこれらの結果を招くことが示唆された。これらの知見を平成15-18年度に得たことにより、脳腸相関におけるCRH系の関与を明らかにするという研究目的を達成することができた。