著者
福岡 万里子
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.2_13-2_41, 2022 (Released:2023-12-15)
参考文献数
49

安政の五ヵ国条約が天皇の承認を得ず調印されたことは同時代的にも国内に広く知れ渡り幕末の政治動乱を引き起こす重要な契機となったが、無勅許調印の事実は、1859年以降日本に着任した西洋外交官らには幕府により秘匿され、それをおそらく察知していたと見られる米国駐日総領事ハリスも、その経過については外交団内で沈黙を守った。そのため、駐日外交団や居留外国人の間で、日本の主権者により現行条約が批准されていない事態として、条約無勅許をめぐる認識が形成されるようになるまでには、最も早く見積もって1862年頃までの数年間がかかった。本稿は、こうして生じた西洋外交官らの間の日本認識上のギャップが、通商開国後に浮上した度重なる外国人襲撃殺害事件や開港開市延期問題等に関する彼らの対日外交に水面下で影響を与え、西洋駐日外交団の間の外交方針の分裂や転回を引き起こしていた実態を論じ、条約勅許獲得が最終的に外交団の政策目標になっていく経過を展望する。
著者
瀧井 一博 大久保 健晴 勝部 眞人 植村 和秀 永井 史男 谷川 穣 前田 勉 國分 典子 五百籏頭 薫 小川原 正道 松田 宏一郎 島田 幸典 佐野 真由子 塩出 浩之 福岡 万里子 中村 尚史 牛村 圭 今野 元 山田 央子 清水 唯一朗 岩谷 十郎 奈良岡 聰智 Breen John
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

明治維新から150年が経過した。日本は今、明治日本という西洋近代に対する稀有なキャッチアップを遂げた自らの歴史的経験を振り返り、その経験を学術的に分析して、その功罪を人類の歴史的遺産として今後似たような歩みをするかもしれない世界中の他の国々や地域に対して提供する使命を有しているといえる。本研究課題においては、明治日本の世界史的意義を学際的かつ内在的に把握するための研究ネットワークを構築することが掲げられた。そのために、海外の研究者とも積極的に連携して、明治史のグローバルな関心と日本の学界を接合することを促進した。
著者
箱石 大 福岡 万里子 ペーター パンツァー 宮田 奈々
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

戊辰戦争期の維新政府が、諸藩・国内民衆・外国人に対して行なった情報・宣伝活動を政治史的観点から分析し、その成果を公表した。とくに諸藩関係では、触頭制という情報伝達制度の重要性を指摘し、民衆関係では、画像史料も活用しながら、新政府軍の宣伝歌であるトコトンヤレ節の流布状況を解明した。外国人関係では、海外所在の未紹介史料を収集し、維新政府を悩ませたプロイセンの反政府的活動に関する新事実を明らかにした。
著者
福岡 万里子
出版者
山川出版社
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.119, no.6, pp.1073-1098, 2010-06
著者
福岡 万里子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度は、(1)幕末維新期における日独関係の基礎を築いたプロイセン東アジア遠征をテーマとする博士論文の執筆を進め、また(2)ドイツ・オランダにおいて短期の研究調査旅行を実施した。以下、(1)・(2)の具体的内容を略記し、(3)でその意義を述べる。(1)博士論文執筆:プロイセン東アジア遠征は、東アジアとドイツ諸国との間の通商関係樹立のため、プロイセン政府が1860〜62年にかけ日本・中国・シャムへ派遣した外交使節団である。博士論文は、(1)同遠征実施の誘因となった19世紀中期における東アジア・世界情勢の変容過程を明らかにした上で、(2)遠征が幕末動乱期の日本に英・米諸列強に遅れて到来するに当たって生じた諸問題を、マルチ・アーカイヴァルな手法に基づき、実証的に解明することをねらいとしている。この博士論文を構成する章として、本年度は一連の論考を執筆した。学会誌『洋学』17(2008年度)号(査読有・未公刊)への掲載が決定している論文「19世紀中期の東アジアとドイツ諸国」、及び後記「研究成果欄」に記載した、学会発表「日蘭追加条約をめぐる「誤解」に関する考察」は、その成果の一部である。(2)研究調査旅行:年度末にはベルリン・ライデンを計3週間の日程で訪問し、プロイセン枢密文書館、ベルリン国立図書館、ライデン大学図書館等で資料調査・収集を行った。その結果、19世紀中期の日本・東アジア情勢に関する欧米側理解、プロイセン東アジア遠征、及び幕末のオランダ対日政策に関する、一連の貴重な外交一次史料・文献を入手した。オランダでは加えて、幕末日蘭関係史の専門家であるヘルマン・ムースハルト博士を訪問し、研究上の指導を受けた。(3)意義:幕末の日本開国史については、国内的な政治・外交過程分析、及び日米・日英関係史などの観点から、多くの研究が蓄積されてきた。しかしそこでは、遅れた近代化過程の渦中にあったドイツが、プロイセン東アジア遠征によって日本・東アジアの開国過程に遅れて参と与した際、その「遅れ」の故に、どのような特徴的な諸問題に遭遇し、日本開国過程にいかなる影響を及ぼしたのか、といった問題は、全く考慮されてこなかった。本研究の意義は、プロイセン東アジア遠征の実施過程をこのような観点から分析することによって、日本近代化の出発点となった幕末史を、19世紀中期の世界史的潮流の中に置き直そうとする点にある。