著者
五十嵐 由紀 緒方 茂樹
出版者
琉球大学
雑誌
琉球大学教育学部障害児教育実践センター紀要 (ISSN:13450476)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.109-123, 2001-03-31

本研究では、特に知的障害特殊学級に在籍する自閉的傾向を伴う知的障害児の事例について、教科としての音楽の枠組みにとらわれずに、学校生活全般にわたる各場面で音楽を活用した取り組みを行った経過とそれに伴う子どもの発達についてまとめ、事例を通して障害児教育における「音楽を活用した取り組み」の有効性について検討を加えた。小学校1年生から本児を実際に担当した2年間の取り組みの内容から、音楽や歌遊ぴを活用した取り組みを続けることで、自閉的な傾向をもつ知的障害児の全般的な発達を促すことができた。すなわち、歌に含まれる歌詞の意味を少しずつ理解することで、ある程度他人の気持ちを理解できるようになり、その結果として対人関係の改善がみられた。また当初は覚えているだけで言葉として理解されていなかった歌詞の内容が、教師との歌遊びを通じて有意味なものに変化するなかでコミュニケーション能力の発達が促され、場に応じた言葉の使い方などを身につけることができた。その他にも算数や図工の教科の時間に、数や色の概念を含んだ歌を歌いながら指導することで教科の内容の理解が進んだ。本児は歌を歌うことにきわめて大きな興味・関心を示す特異的な事例であったが、自閉的な傾向を伴う知的障害児に対する音楽を活用した取り組みの有効性が示されたと考えられる。
著者
緒方 茂樹 相川 直幸 Ogata Shigeki Aikawa Naoyuki
出版者
琉球大学教育学部
雑誌
琉球大学教育学部紀要 (ISSN:13453319)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.361-379, 2004-02
被引用文献数
1

精神生理学的なアプローチの方法を、学校教育現場などのような実践場面すなわち、実験室以外のフィールド場面に応用していくことは、今後の教育分野の科学的な理論構築を考えていく中で新たな可能性をもつと考えられる。本報告では将来的にこのようなフィールドワークを行う際に必要な方法論的な工夫のひとつとして、特に子どもや発達障害児を対象にした場合を想定しながら、artifactsの除去という面から重点的に検討を加えた。その結果、従来的な各種フィルタリング(アナログフィルタと移動平均)の手法によるartifacts除去に関わる課題を指摘し、特に障害児を対象とした記録で混入が予想される「体動および筋活動電位によるartifacts」については、直線位相FIRデジタルフィルタを当てはめることで、視察的な面からみて十分に除去することが可能であることを明らかにした。さらにこのFIRデジタルフィルタについて、脳波波形認識法に関わる前処理としての有効性についても検証し、今後のアルゴリズム簡略化の可能性を示した。将来的なフィールドワーク、特に障害児教育への精神生理学的研究の応用に当たっては、この方法論はきわめて有効な手段のひとつとなりうると考えられる。
著者
緒方 茂樹
出版者
琉球大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009-04-01

本研究ではまず、沖縄県教育委員会と連携してえいぶるノートの試作を行った。さらに、宮古圏域における「縦断型ネットワークシステム」への拡充を目指して、定期的な教育相談会と巡回による学校支援・保育所支援を進めた。一方で宮古島における地元の専門家育成を行った。2010年には宮古島市の予算で発達障害児(者)支援室「ゆい」が設置され、先の心理士が専門相談員として採用されたことで、外部からの支援に頼ることなく現地リソースによる支援体制が構築できた。いわゆる「入口」の充実を目的として、児童家庭課と連携した保育所支援を行ったことで支援対象児の早期発見・早期対応が可能となった。
著者
緒方 茂樹 相川 直幸
出版者
琉球大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

本研究は障害児教育における「音楽を活用した取り組み」をより効果的に行うことを目的として計画されたものである。「音楽を活用した取り組み」を理論的に計画し、さらにその教育効果について科学的に評価するためには、音楽が人間に及ぼす効果や影響について客観的に知る事が不可欠である。初年度は琉球大学内にまず脳波計を軸とした生理学的な指標全般の計測システムを整備した。この琉球大学内に整備した計測機器を用いて今年度も引き続き実験的検討を進め、特に健常者を対象とした基礎実験を継続的に行った。この実験的検討から得られた所見として、音楽鑑賞時の脳波変動には、特に「心理的構え」の相違がきわめて大きな影響を与えていることが明らかとなった。次の段階としては障害児を直接的に対象とする前に「心理的構え」について重点的にデザインされた実験的検討を行うことの重要性を指摘した。そのことによって音楽鑑賞時に生じる意識変動の特異性について、今後さらに詳細な所見が得られるものと考えている。さらに昨年度には学校現場や臨床場面での計測を可能とするために小型の計測機器を導入し、その使用の可能性と有効性を検証した。今年度は解析のためのソフトウェアを導入しながら様々な状況での計測を試みた結果、将来的に学校現場やフィールドにおける有用性を実証することができた。一方、混入雑音が多くみられる障害児からの生理学的指標に関わるデータの分析には、デジタル信号処理を応用したフィルタリングの手法を用いた検討を進めてきた。これまでに265次のFIRデジタルフィルタを用いた広域遮断型の特性が有効であることが明らかとなっている。今年度は従来的なアナログフィルタと移動平均との方法論的な比較を行うことによって具体的な波形変化を示しながらその有効性を明らかとした。
著者
緒方 茂樹
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.219-222, 1997-12-28

第1章序論 音楽がもつ治療効果を巧みに用いた音楽療法の技術にみられるように,音楽は生体の心身両面に対してきわめて効果的な影響を及ぼしうる媒体である。音楽行動のひとつである鑑賞という場面を考えた場合,そこにはまず音楽があり,次に聞き手としての生体の存在がある。聞き手にとって音楽は外部環境として捉えられ,一方で生体自身がもつ内部環境として,身体の生理過程が作り出す生理的状態と,それに密接に結びつく意識あるいは心理的状態が存在する。特に受動的音楽鑑賞という音楽行動において,身体的には静的な状態におかれている場合が多く,その際の生理的状態である覚醒水準は容易に低下する可能性があると考えられる。一方,心理的状態は,まず外部環境としての音楽自体と接することに対して動機づけられた態度,すなわち心理的「構え」のあり方が問題とされねばならない。その上で,主観的な報告として聞き手が外部環境としての音楽を享受していたとするならば,そこには音楽に対する興味や注意,あるいは情緒的反応のような特異的な心理的状態の存在を推定することができる。本研究の目的は,音楽を鑑賞することによって生じる心理的状態の変動を,生理的状態の変動から客観的に明らかにすることが可能かを検証することにある。この領域における従来の研究の多くは,音楽鑑賞時に明らかな覚醒を維持した状態のみを資料として扱っており,生理的状態の変動である覚醒水準の変動そのものを取り扱った研究はみられない。本研究では従来の考察枠組みに対する反省に基づき,脳波を生理的状態の指標とし,音楽が生体に与える影響を一連の覚醒水準の変動として捉えた。一方で生体の心理的状態の変化を知るために,音楽に対する聞き手の主観的な体験についても同時に求めた。この生理的状態と心理的状態の関係から,受動的音楽鑑賞時における生体の覚醒水準の変動について検討を試みた。このことによって,精神生理学の分野にあって未だ包括的な知見が得られていないこの領域において,音楽療法あるいは環境心理学等に関わる基礎的な理論構築に有効な所見が得られるものと考えられる。第2章実験1. 音響的環境条件と心理的「構え」が脳波的覚醒水準に及ぼす影響 本研究ではまず,受動的音楽鑑賞時における生体の全般的な覚醒水準の変動パタンを把握するための実験的検討を行った(実験1)。実験場面,すなわち外的環境は聞き手にとって可能な限り演奏会会場に近い,自然な音楽鑑賞の場面を設定するよう努めた。対照条件は,従来行われてきた研究との比較のために無音響と一定音圧の白色雑音を用いた。さらに実験中の入眠について統制する心理的「構え」に関する条件を付加した。受動的音楽鑑賞時において,生体の覚醒水準は明らかな覚醒状態を維持するとは限らず,半睡状態(入眠移行期,段階S1)にあることが多いことが明らかとなった。さらに主観的体験として被験者は「睡眠状態にあった」とする自覚体験に乏しいことも明らかとなった。また実験中に可能な限り覚醒状態を維持するよう求めた場合(心理的「構え」の条件),脳波的にみて特徴的な所見が認められた。すなわち,音楽鑑賞時と白色雑音聴取時の間の脳波活動の相違は,特に入眠移行期において認められ,その相違は少ないが,徐波帯域成分値あるいはスペクトル構造の相違として捉えることができた。このことは,音楽を鑑賞することによって鎮静効果がもたらされた可能性を示唆するものである。一方,各脳波的覚醒段階の出現比率に関しては,音楽鑑賞時と対照条件との間に有意な量的差異が認められなかった。従来の研究の多くが用いてきた一定音圧の白色雑音は,対照刺激としての妥当性に問題があった可能性がある。今後は,生体の覚醒水準の変動に直接的に影響を及ぼす,楽曲に固有の音響的な要素(音圧等)を統制する方法論的な工夫が不可欠である。第3章楽曲の定量化と新たな対照刺激の開発 脳幹網様体賦活系の働きを重視する古典的な理論では,覚醒水準は刺激入力の強さあるいは量に依存して変動すると考えられている。ここで音楽のもつ物理音響的側面からみた3大要素には,高低(pitch),音圧(loudness),音色(timbre)がある。音楽という外部環境が,生体の内部環境である覚醒水準に影響を与える場合,刺激入力の量あるいは強さは,これらのうち音圧の要素が最も直接的に関わっていると考えられる。このことから本研究では,まず音圧の要素に着目した楽曲の定量化を試み,次に楽曲のもつ音圧の時間的な変動をシミュレートした白色雑音を出力させる変調装置を開発した。この変調装置は,元の楽曲のもつ音圧変動を選択的に抽出し,その変動パタンに従って,一定音圧の白色雑音を変調するものである。このことから,元の楽曲と同一の音圧変動をもつ白色雑音を,対照刺激として呈示することが可能となった(変調雑音)。
著者
石本 隆士 緒方 茂樹
出版者
琉球大学
雑誌
琉球大学教育学部障害児教育実践センター紀要 (ISSN:13450476)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.155-168, 2002-05-01

本研究は、長期的な不登校の状態にある児童に対して行われた取組を取り上げ、特別な支援教育に必要な概念構造を発展させることを目指して計画した事例研究である。通常、学校現場における事例研究は、注目すべき事例の経過報告という形で終わるものが多い。そこで、本稿では、取り上げた事例が学級担任制をとる小学校において実践された意義をふまえ、特に組織の役割とその在り方について焦点を絞り検討を行った。本稿は、事例の中に存在する様々な要素を統合し、いくつかの概念としてまとめ上げていこうとする試みであることから、学校現場における事例研究の方法論的なモデルを示す試みでもある。今回の事例において通常学級に在籍する児童に対する特別支援教育の要素として抽出されたものは、1)状況に対する枠組みの継続的な捉え直し、2)システム論的な観点に立った支援体制の形成、3)こころの有り様に注目し自発的な変容を促す児童中心の関わりの3つであった。そして、支援組織に関する総合的な考察を行う中で、特別な支援教育の発想を具現化していくために必要だと思われるいくつかの方向性について整理した。そこでは、これまで特殊教育と呼ばれる分野で培われてきた専門性を、通常の教育の場において子どもに日常的直接的に関わる教育職員と共有する際の専門性について検討することが必要だと考えられた。また、そのような専門性共有のコミュニケーションに関して検討する際には、時間や空間の共有過程で専門家同士の間に起こっているプロセスに注目していくことが重要であるとも考えられた。本事例では、支援組織の調整役である情緒障害通級指導教室担当者が行ったことを吟味する中で、特別な支援教育を推進していく者の立つ位置として「隙間(を埋める)」という位置がいかに適切であるかということが確かめられたと考えている。
著者
緒方 茂樹
出版者
琉球大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

●本研究は島嶼圏を抱える沖縄県の地域的な特殊性に鑑み、離島地域である宮古島の地域性を最大限に活かした今後の特別支援教育の在り方を、地域ネットワーク作りを通じて考えていこうとするものである。●平良市教育委員会、宮古教育事務所と連携して、特に公立学校の担当者を対象とした研修会と学校支援を進め、最終年度は伊良部島も含めて全ての地域まで範囲を広げることができた。●平成17年度にまず毎月行われている県の巡回医療相談・訓練に宮古養護学校と連携しながら教育相談窓口を同時に開設した。これを受けて平成18年度はこの相談活動を「出張教育相談」として、宮古地域特別支援連携協議会の事業として正式に取り入れ、養護学校職員が巡回アドバイザーとして正規に相談に当たれるように図った。平成19年度は3年目という事もあり、相談窓口への相談件数が増加し、特に就学前の相談件数が増えたことが特徴的であった。●平成17年度に宮古地域特別支援連携協議会が立ち上がった。平成19年度は、特に専門家チームの在り方や教育相談、学校支援に当たっての課題を整理し、宮古教育事務所及び宮古島市教育委員会と連携しながら学校支援の件数を増やしていった。●最終年度は、教育、医療・保健、福祉、労働の4つの関係分野に加えて特に就学前についても視野を広げ、これまでに個別に行われてきた障害児支援の現状と課題についてさらに調査、研究を進めた。
著者
赤嶺 太亮 緒方 茂樹 Akamine Taisuke Ogata shigeki
出版者
琉球大学教育学部附属発達支援教育実践センター
雑誌
琉球大学教育学部発達支援教育実践センター紀要 (ISSN:18849407)
巻号頁・発行日
no.1, pp.29-39, 2009

調査1では、学校内における校内支援体制の進展及び課題を明らかにするため、沖縄県の公立学校及び特別支援学校のコーディネーターを対象に悉皆調査を行なった。その結果、「校内委員会の設置」といったいわゆる支援体制の「形式」は出来つつあるが、機能面である「質」に焦点を当てると、依然として課題が見られた。その主な背景には、コーディネーターの職務に対する環境調整が十分にされていないことが明らかになった。また、調査3においては沖縄県のスーパーバイザー的な立場にいる公立学校及び特別支援学校のコーディネー夕ーを対象に、教員間の「共通理解」に関するノウハウ、実態及び課題を明らかにするために質問紙調査及び聞き取り調査を実施した。その結果、コーディネーターは、日常勤務における工夫・改善を図りながら共通理解に取り組んでいることが明らかになった。得られた所見から、今後、特別支援教育における機能的な校内支援体制を整備していくためには、1校内支援体制の質的課題、2コーディネーターが取り組みやすい環境調整の必要性とそれを支える管理職の理解、3「子どもの変容」を中心とした全職員での共通理解のあり方、4共通理解を図る上での「場や時間の有効活用」、が重要であることを指摘した。
著者
石本 隆士 緒方 茂樹
出版者
琉球大学
雑誌
琉球大学教育学部障害児教育実践センター紀要 (ISSN:13450476)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.137-154, 2002-05-01

本研究は、長期的な不登校の状態にある児童に対して行なわれた取組を取り上げ、特別な支援教育に必要な概念構造を発展させることを目指して計画した事例研究である。特に本稿では、不登校における児童の変容と支援チームの取組について、事例の経過にそって詳細に記述し、注目すべきいくつかの点について考察を行なった。まず小学校入学時から不登校に至るまでの様子についてみていく中で、対象児童は周囲の状況を的確に把握し、その期待に応えようとする傾向が強いこと、低学年の段階から自分の自然な感情を無意識に抑えてきていることが予想された。そして、不登校の状態は自身の内面にある葛藤の現れであると捉えられた。次に、小学校最終学年における約1年間の様子を経過を追いながら詳細にまとめた。その中では、特別室登校から在籍学級復帰に至る段階的な変容とそれぞれの時期に出現し周囲から問題とされた行動が注目された。最後に、取組後の経過について、中学校の協力に実施された自尊心に関するアンケート結果も含めた記述を行なったところ対象児童は、小学校卒業後2年を経過しようとする時点でも無遅刻無欠席を続けているという事実と内面的な解決の途上であることが確かめられた。取組の初期において支援チームが行なったことは、現象面だけでなくこころに注目した取組を主眼とすることであった。これにより、児童が変容する過程で観られた問題行動について過剰に反応せず背景にあるこころの有り様を観ていこうとする姿勢が貫かれることになった。そして、このような事例に対する状態の捉え直しを繰り返し行い、その時点でできていること、すでに持っているもの等の中に存在する解決に向かうために利用できる要素を、「資源」という形で支援計画に位置づけていったことは、支援チームの帯びた特徴的な傾向の一つだと考えられた。