- 著者
-
足達 慶尚
小野 映介
宮川 修一
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
- 巻号頁・発行日
- vol.83, no.5, pp.493-509, 2010-09-01 (Released:2012-01-31)
- 参考文献数
- 38
- 被引用文献数
-
2
5
本稿では,ラオス中部のヴィエンチャン平野に立地するドンクワーイ村を対象として,1952年以降の水田の拡大過程と世帯増加・自然条件・農業政策との関連性を検討した.同村では,2005年時点で約90%の世帯が自給的な天水田稲作に従事している.天水田の開田は世帯数の増加に対応して進められ,その面積は1952年から2006年の54年間に約4.3倍に増加した.特に1980年代から1990年代にかけて急速に開田が進行し,雨季の河川の増水による湛水リスクのある低地へも天水田域が拡大した.政府による農業の集団化政策を受けて,村では1979年に農業組織の一形態である水田協同組合が組織されたが,生産米の分配方法に対する不満から大半の世帯は1年で脱退したため,同政策による天水田面積の増減は生じなかった.ただし,組合に残った一部の世帯は河川の氾濫原を利用した浮稲栽培や乾季の灌漑水田稲作を開始し,稲作形態が多様化した.浮稲栽培や灌漑水田稲作は,組合の解散後も受け継がれ,多くの村民が携わるようになったが,1997年以降の灌漑水田面積は微増にとどまっている.乾季作の作付面積は,割高な灌漑設備の維持・使用の費用と,雨季作の収穫状況を踏まえて増減調整がなされており,雨季作の不作時におけるセーフティー・ネットとしての性格を有する.