著者
池口 明子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.14, pp.858-886, 2002-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
36
被引用文献数
2 4

本研究は,ベトナム・ハノイを対象として鮮魚流通における仲買人・露天商の商業活動を明らかにした.特に,近郊生産地における生産者-仲買人-露天商の取引ネットワークの形態を,仲買人の取引台帳を用いて養殖生産との関係から分析し,その形成条件を考察した.ハノイの鮮魚露天商は,ドイモイ(刷新)後に参入した近郊農村居住者およびハノイ居住者が多くを占める.ハノイ居住者は市内に立地する単一の卸売市場から仕入れ,主として海産魚を販売する.これに対し,近郊農村居住者は主として農村で採捕・生産される淡水魚介類の流通を担っている.仕入れには,ハノイへの経路上に位置する農村市場や,市内の卸売市場での仕入れのほか,産地仲買人を中心に形成される取引ネットワークを利用している.近郊農村における淡水魚養殖は,複数の魚種を組み合わせた複合的生産が常態である.その取引ネットワークは地縁をきっかけに,多様な生産形態と,都市および近郊の市場の発達に対応して形成されてきた.ハノイの鮮魚露天商の活動基盤は,販売地である都市の露天市場のみではなく,集魚圏内の都市近郊生産地の市場も含めて理解する必要がある.
著者
池口 明子 横山 貴史 橋爪 孝介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2019年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.188, 2019 (Released:2019-03-30)

磯焼けへの対応には藻場造成と漁業のシフトがあり,漁家は後者を迫られることが多い.日本では各種補助金による漁場整備,資源増殖のほか,代替魚種の資源化,観光化など多岐にわたる事業が実施されている.気候変動への順応をテーマとするコモンズ論では共時的制度の記述から,通時的な制度変化の分析を重視するようになっている.分析概念として,漁業者の生態知を核とした生態-社会関係が用いられる点で,生態地理学と接合しうる.ガバナンス論はより広い政治的文脈や行政の再編に制度変化を位置付けることを可能にすると考える.本報告では,磯焼けによる資源の減少や魚種交替に対応した資源管理制度の変化をガバナンスの視点から明らかにし,地理学的課題を考察する.2017年7月,10月に長崎県小値賀町,2018年9月に北海道積丹町,寿都町において漁協・自治体水産課に聞き取り,および事業報告書等の資料収集をおこなった.また小値賀町では漁業者12名に漁法選択を中心に聞き取りをおこなった.2.磯焼けへの順応と漁村・漁場磯焼け,およびその認知の時期は地域によって異なる.積丹町では1930年頃,小値賀町では1990年頃に漁業者が認識している.したがって漁法選択や生業選択のあり方は,その時期の地域社会が置かれた状況に依存する.磯焼けで起こる資源変動も海域によって異なる.積丹町ではウニとコンブは共同漁業権漁場の水揚げの主力である.磯根資源の減少に対し,資源増殖のほか観光との結びつきを強めるなど多次元化が図られている.一方,温暖海域に位置する小値賀町では180種以上の魚種が利用されてきた.資源シフトとブランド化が磯焼けで減少した磯根資源に代わって漁家経営を支えている.3.漁法選択とガバナンスの変化:小値賀島の事例 小値賀島におけるアワビ資源管理は古くは1899年に記録があり,以来多くの取り組みがなされてきた.1966年のウェットスーツの導入で乱獲が危惧されるようになると,1976年に総量規制によるアワビの資源管理が開始された.しかし,1987年の台風被害からの復興資金として過剰な漁獲が起こった上,磯焼けで餌料不足,成熟不良となり資源減少が加速した(戸澤・渡邉2012).1996年には漁業集団・漁協・町役場・県水産センターからなる「小値賀町資源管理委員会」が発足した. アワビに代わって漁家経営を支えるようになった魚種がイサキである.1977年に夜間の疑似餌釣りが導入され,1999年にブランド化された.漁業者集団によって「アジロ」(縄張り)ルールが形成され,漁協-漁業者集団によって選別ルールが形成された.4.資源ネットワークと地域的条件 小値賀島では沖合のヒラマサ・ブリといった回遊魚が生計に重要な位置を占めるなど資源の選択肢が多い.漁協は市場との取引経験が長く,これらの資源ネットワークが柔軟性を支え,漁場と市場の学習を可能にしてきた.この背景として,共同出荷への切り替え,小値賀町の単独自治など,流通と行政の再編経験が考えられる.市場との関係を軸としたガバナンス形成は一方で,よりローカルなスケールの調整,すなわち村落組織を基盤とする紐帯や仲間関係を必要とし,新規参入という点で工夫が必要と考えられる.
著者
池口 明子 岡本 耕平
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.48-58, 2013 (Released:2013-04-19)
参考文献数
21
被引用文献数
1

本稿は,海外フィールドワークによる地理的知の還元の1つのモデルとして,大学地理学教育への還元を提案し,その課題をラオスにおける実践例に基づき検討した.市場経済化にともなう土地利用計画の変化や観光化を受けて,ラオス国立大学ではGIS(地理情報システム)や地誌教育のニーズが高まっている.GIS教育への還元において筆者らは,単にコンピューターの操作や地図情報の提供ではなく,地図を作成するプロセスを重視し,ラオス農村で自ら用いたGPSによるデータ作成法を教員らと実践した.地誌教育においてはフィールドワークの成果に合わせて日本の農山漁村の問題も提示するなどの工夫により,調査する側とされる側の双方の研究教育機関による地理的知の創造を目指す必要がある.
著者
野間 晴雄 野中 健一 宮川 修一 岡本 耕平 堀越 昌子 舟橋 和夫 池口 明子 加藤 久美子 加納 寛 星川 和俊 西村 雄一郎 鰺坂 哲朗 竹中 千里 小野 映介 SIVILAY Sendeaune 榊原 加恵 SOULIDETH DR.MR. Khamamany BOURIDAM MS. Somkhith ONSY Salika CHAIJAROEN Sumalee 岡田 良平 的場 貴之 柴田 恵介 瀬古 万木 足達 慶尚 YANATAN Isara 板橋 紀人 渡辺 一生
出版者
関西大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2006

東南アジア大陸部に位置する天水田農業を主体とした不安定な自然環境における平原地帯(東北タイドンデーン村とラオスのヴィエンチャン平野ドンクワーイ村)における多品種の稲や植物,魚介類や昆虫など様々な動植物資源の栽培・採集・販売などの複合的な資源利用の実態とその変化の態様を地域の学際的・総合的共同調査で明らかにした。両村ともグローバル市場経済の影響が認められるが,ドンデーン村ではかつて存在した複合的な資源利用が平地林の消滅や都市近郊村落化によって失われており,ドンクワーイ村はグローバル化や森林伐採で変容を遂げつつあるが,インフラの未整備によって伝統は保持されている。
著者
池口 明子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.23, 2005 (Released:2005-11-30)

1.背景 自然と社会の関係を扱う地理学において、近年課題とされてきたのは、「自然」をいかにして分析枠組みに取り戻すか、ということであった。「自然」の社会構築論や、資本主義的農業による自然の搾取を描く政治生態学は、いずれも自然を受身で均一な存在として描いている。これに働きかける主体としての社会も、アプリオリに設定された社会集団の名の下に均一なものとして表象される。このような人間-自然の二元論が繰り返される限り、現実に存在する関係性をとらえることは難しい。では、自然あるいは社会に働きかける力:エージェンシーをどのように概念化すればよいのか。このような模索のなかに歓迎されたのがActor-network theory(アクター・ネットワーク理論:ANT)である。 ANTは、Michel Serresの思想に影響をうけつつ、Bruno Latour、Michel Callon、John Lawら人類学者・社会学者が科学技術研究(STS)を通して提示した一連の概念の集合である。それらの概念は、自然と社会のみならず、主体と客体、ローカルとグローバルなどの二元論をも超える可能性をもつとの期待から、地理学者を含む多くの論者により吟味されているが、食の地理学において具体的事例を扱ったものは未だ少ない。2.概念とその意義 ANTでは自然-社会関係とその変化をとらえるにあたって、人間だけではなく、人間以外の機械や動物、数式といった人間以外のものnonhumanも同様にアクターととらえる。これらのアクターが何であるのかは、アクター間の関係性によってのみ定義され、それは常に変化する可能性がある。アクター間の相互定義の過程を分析するときは、社会が自然を定義する、というように一方を主体とした非対称性を避け、互いが互いに定義するという対称性symmetryを原則とする。この人間と自然が入り混じった異種混合体Hybrid collectifが、社会関係を変えていくエージェントであり、その関係性は脱中心化され、偶発的なものである。人間以外のアクターは、時間・空間を超えて移動するものimmutable mobileでもあり、この循環・流通に着目することで、固定され均一化された空間と社会の相互の表象を揺るがせる。3.「食」の地理におけるアクター・ネットワーク 「食」とは動物あるいは植物であり、商品であり、人の身体の一部であり、これを取り巻く様々なアクターとの関係性の異種混合体である。このような観点からは、すべての食をめぐる関係性がANTによる分析の対象となりうるが、これまで比較的多くみられる分析対象は、科学者や科学の組織がアクターとなるような食の地理である。例えば、Fitzsimmons and Goodman(1998)は小麦の大量栽培種の開発、狂牛病、拒食症をアクター・ネットワークの部分として素描し、Whatmore(2002)も遺伝子組み換え食品が作られる過程を科学者や企業・NPOらを含むアクター・ネットワークとして描いている。 これらの分析はモノと人との関係としての食の地理が変化するプロセスを繊細に追うことを可能にしているが、モノとモノの関係や生態を組み込んだ詳細な分析は少ない。この点は、地理学の課題として考える必要があるだろう。主要文献Callon, M. 1986. Some elements of sociology of translation: Domestication of the scallops and the fishermen. In Power, Action, and Belief, ed. J. Law, 196-229. London: Routledge.Fitzsimmons, M. and Goodman, D. 1998. Incorporating nature: environmental narratives and the reproduction of food. In Remaking reality: Nature at the Millenium, eds. B. Brawn and N. Castree, 194-220. London: Routledge.Law, J. and Hassard, J. eds. 1999. Actor Network theory and after. Oxford: Blackwell. Latour, B. 1993. We have never been modern. Cambridge: Harvard University Press. Murdoch, J. 1997. Inhuman/nonhuman/human: actor-network theory and the prospects for a nondualistic and symmetrical perspective on nature and society. Environment and Planning D 15: 731-756.Whatmore, S. 2002. Hybrid Geographies. London: Sage Publications.
著者
池口 明子
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.574-589, 2001-12-28 (Released:2009-04-28)
参考文献数
45
被引用文献数
2 3

This study aims to examine the environmental adaptation of diving fishery groups with special attention to individual differences in fishing ground use.In Wagu, a diving fishery is operated mainly around small islands and rocky reefs located about 2km offshore. Five types of abalone, a turban shell, a topshell and some other less-economically valued organisms are the target species. The divers (Ama) have three different types of operation: an individual operation (Hamako), an operation undertaken by by one diver and one operator who are primarily kin (Funedo), and an operation involving several divers and one boat operator (Kachido). Since the latter is becoming the predominant operational type, an analysis of Kachido's activity space is therefore crucial to an examination of the relationship between operation types and the fishing ground environment in Wagu.The fishing grounds are divided into categories in relation to the abalone habitat. The largest is Iso, which consists of rocky bottom habitats identified by a specific name. In each Iso, there are small areas called Shima. These are dimensional but also topographical categories of the fishing ground. The selection of Shima is performed by individual Ama for all operational types, while that of Iso is performed differently. For Kachido, the boat operator recognizes available Iso for the day's operation in relation to the tidal current, water depth, and the Ama's diving ability.In the practice of Kachido, the behavioral patterns of individual Ama are variable. Abalone collecting is most profitable, but the physical ability of older Ama to collect these shellfish is constrained. Instead, these Ama are able to collect turban shells and topshells in the course of searching for Shima, or when brought to shallower Iso by the boat operator. Ama with experience in recognizing Shima may collect more abalone than other Ama, however. It can be seen from these behaviors that fishing grounds recognized by the boat operator or Ama result in variability in shellfish collecting activities by individual Ama.From the analysis, two significant characteristics of fishing ground use for Kachido operation are identified. The first is the recognition by the boat operator of the relationship between topography and tidal currents for the selection of Iso. The second is the use of different resources by Ama of variable age and experience that are adaptive to biophysical diversity within Iso.
著者
若林 芳樹 岡本 耕平 今井 修 山下 潤 大西 宏治 西村 雄一郎 池口 明子
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

本研究は,日本で本格的にPPGIS(参加型GIS)を実践していくための方法論的基礎を確立することを目的として,内外での既存の実践例を調査した上で,日本の実情に即したPPGIS の応用の仕方を検討した。研究にあたっては,課題を次の四つのサブテーマに分けて取り組んだ:(1) PPGISの理論的・方法論的枠組み(2) PPGIS のための技術開発(3) PPGIS の実践例の調査(4) PPGISの実践的応用。