著者
金 セッピョル
出版者
総合研究大学院大学文化科学研究科
雑誌
総研大文化科学研究 (ISSN:1883096X)
巻号頁・発行日
no.8, pp.177-193, 2012-03

本稿の目的は、日本社会において自然葬という新しい葬送儀礼に与えられてきた意味を社会文化的コンテクストから明らかにすることである。 近年、従来の地縁・血縁を基盤とする墓、つまり居住地域の旦那寺に設けられ、長子によって継承される墓の形態が問い直され、継承を前提としない新しい選択肢が増えている。海、山などに骨灰をまく自然葬もその一つである。このような変化は、これまで家族構造の変化と人口移動という側面から説明されてきた。しかし、人生において重大な意義をもつ葬送のような通過儀礼は、当面する墓の購入と継承の問題だけでなく、これまでの生を締めくくり死に備える契機として、何らかの意味をもって実践される。本稿は、自然葬という新しい葬送儀礼にみられる重層的な意味の一面を、自然葬を実践する側に比重をおいて考察した。 その結果、自然葬は「近代日本的価値の拒否」という意味付けがあり、それが自然葬の登場と定着を支えてきたことが明らかになった。敗戦と戦後の民主化、大衆消費社会化、国際化の時代を生きてきた自然葬選択者たちは、「葬送の自由をすすめる会」のマスター・ナラティブに影響されながら、家族国家イデオロギー、軍国主義、集団主義と閉鎖性などを認識するようになり、それらを自ら拒否しようとする。しかし彼らは主体的個人、合理主義を求めるが、そのような理想のもとに人生を送ってきたわけではない。むしろ実践し切れなかった理想を自然葬に託しているように考えられる。 また、このような思想的背景をもって進められてきた自然葬は、現在、商業化され拡散している。商業化と、そこで発生している「すすめる会」の差別化戦略のなかで、自然葬の意味がどのように再編されていくかについては今後の課題でもある。This article investigates the meanings given to shizensō in a Japanese socio-cultural context. During the 1990s, new and alternative systems of death rituals appeared in Japan, mainly due to social changes such as urbanization, dissolution of family structures, etc. One of these new rituals is the scattering of cremation ashes, shizensō. I argue that the meanings given to shizensō and the practice thereof are connected with the rejection of modernity in Japan. Practitioners of shizensō who had experienced World War II and the student movement in the late 1960s and 1970s, described themselves as persons who had suffered oppression during these historical events. They expressed rejection of the traditional family structure which had been used as a model for the state and the ideology of militarism. Moreover, practitioners of shizensō who were brought up in the era of globalization, and could experience foreign culture directly, developed a feeling of opposition and strong criticism to group consciousness and the closeness of Japanese society. They considered these to be the side effects of Japanese modernity and expressed their rejection in choosing shizensō. I conclude that the adoption of shizensō is a way of breaking away from the constraints of Japanese society. This resulted in the birth of shizensō.
著者
山田 慎也 金 セッピョル 朽木 量 土居 浩 谷川 章雄 村上 興匡 瓜生 大輔 鈴木 岩弓 小谷 みどり 森 謙二
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

現代の葬儀の変遷については、整理を進めている国立歴史民俗博物館蔵の表現文化社旧蔵の葬儀写真を順調にデジタル化を進め、約35000のポジフィルムをデジタル化をおこなった。昨年度、さらに追加の資料が発見寄贈されたので、デジタル化を進めるための情報整理を行っている。また近親者のいない人の生前契約制度等の調査は、それを実施している横須賀市の具体的な調査を行った。一定の所得水準以下の人だけを対象としていたが、それ以上の人々も希望があり、死としては対応を迫られていることがわかった。また相模原市や千葉市などでも行政による対応がなされ、千葉市の場合は民間業者との連携が行われていることがわかった。また京都や大阪での葬送儀礼や墓の変容については、その歴史的展開の相違から東京という政治的中心とは異なる対応をとってきていることが調査によって判明した。そこでその研究成果について、民間の文化団体と協力して「上方で考える葬儀と墓~近現代を中心に」というテーマで、大阪天王寺区の應典院を会場にでシンポジウムを開催した。当日は人々の関心も高く、約150名ほどが集まり会場は立ち見が出るほど盛況であった。また3月には、葬儀の近代化によって湯灌などの葬儀技術や情報が東アジアに影響をおよぼし、生者と死者の共同性に影響を与えていることを踏まえ、東南アジアの多民族国家における葬儀と日本の影響を把握するため、マレーシアの葬祭業者や墓園業者などの調査を行い、またマレーシア死生学協会と共催で国際研究集会「葬送文化の変容に関する国際比較―日本とマレーシアを中心に―」を開催し、両国のおける死の概念や葬儀産業の役割、専門家教育などについて検討を行った。
著者
金 セッピョル
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本年度は、主な調査対象であるNPO法人「葬送の自由をすすめる会」において、初めての会長交替による変化が著しく現れた年であった。その変化を捉えるために、既存のメンバーと新しく加わったメンバーとを分けて、インタビュー調査、各種集まりでの参与観察を行った。新しい会長は、今年61才で、70~80代が中心メンバーになっていた会の中では若い世代に属する。また、いわゆるポスト団塊世代であり、これまでの戦争体験者、団塊世代の会員たちとは異なる方向性を持っているようである。既存の会の方向性が、画一的な葬法や家制度、葬式仏教への反発と脱却だったとしたら、新会長が掲げる方針は、より合理主義に基づいている。このような方針に対して既存のメンバーたちが見せる反応や対応を調べると同時に、新しい方針に賛同して集まってくるメンバーたちに対してインタビューおよび、ライフヒストリー調査を行った。既存の世代の特徴が、①遺骨を「撒く」ことにこだわること、②国家・家・仏教といった既存の葬送を大きく形づける社会関係の拒否、③「個」の追求にあるとしたら、現段階で考えられる新しい世代の特徴は、①遺骨を「撒く」ことにこだわらないこと、②当たり前となった「個」である。彼らは、国家、家制度、仏教などが目に見える形で社会全般を支配していた頃とは違い、「個」という考え方が前提となっている時代に生まれ育った。従って既存の世代のように、ある意味、過激な形でそれまでの社会関係を否定する必要はなく、遺骨を「撒く」ことにこだわらないのではないか、という暫定的な結論が導出された。