- 著者
-
土居 浩
西 訓寿
- 出版者
- 人文地理学会
- 雑誌
- 人文地理学会大会 研究発表要旨
- 巻号頁・発行日
- vol.2008, pp.P04-P04, 2008
ライトノベルは《どこを》描写しているのか,ライトノベルは《どこに》存在しているのか.文化現象に対してむしろ「場所・空間フェティシズム」(参照:森正人『大衆音楽史』中公新書,2008)をより徹底化させることで,場所・空間研究の立場から,ライトノベル研究ひいてはポピュラーカルチャー研究に寄与することができないか.この目論見を素描することが,本発表の目的である. ライトノベルは《どこを》描写しているのか,との問いで注目するのは,安藤哲郎(「説話文学における舞台と内容の関連性」人文地理60-1,2008)が「舞台」と呼ぶ対象とほぼ同義である.安藤は「舞台」を「登場人物などに何らかの行動がある場所,由緒や出身地としての説明がある場所」として,院政期に編纂された説話集からその「舞台」を抽出した上でさらに分析軸を加える.本発表も安藤と同様に,登場人物の行動を追いかけることで作品の「舞台」を抽出するが,分析軸については安藤の方法をとらない.それは対象とする作品群の違いに拠る.つまり安藤における説話集と異なり,本発表におけるライトノベルが文学研究の対象としてようやくみなされつつある現状を前提としている. 文学作品を対象とする地理学研究に対して小田匡保は,「地理学研究者が文学を扱う際に,文学研究者の研究史を踏まえ,それに(地理学的観点から)何か新しいことを付け加えるのでなければ,文学の人には相手にされないだろう」(「文学地理学のゆくえ」『駒澤地理』33,1997)と指摘している.すでに10年以上経過した現在においてもなお有効な指摘であることを認め,本発表ではライトノベル研究を踏まえつつ,まずは「文学の人」に相手にされる研究を試みた. ライトノベル研究の現状については,大島丈志(「ライトノベル研究会の現在」日本近代文学78,2008)の整理が参考になる.大島は「ライトノベル市場が拡大し影響力を増す一方で,ライトノベルに関する研究は文学研究の落とし穴のような状況になっている」と指摘した上で,ライトノベル研究会で蓄積された知見を紹介する.そのひとつとして,ライトノベルの成立期におけるTRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)の影響がある.この点に関連し発表者はライトノベル研究会に参加し,ライトノベルが描写する「舞台」について直接に研究会参加者たちと意見交換する中で,「舞台」の時期的変遷が参加者たちにある程度共有されつつも,いまだ実証的検討が試みられていないことに気がついた. ライトノベル研究に場所・空間研究の立場から寄与すべく,本発表ではアスキー・メディアワークス(旧メディアワークス)主宰の小説賞である電撃小説大賞を対象とし,その大賞・金賞受賞作品は《どこを》描写しているのか,作品の「舞台」を抽出し整理を試みた.その結果,90年代の受賞作品と,00年代の受賞作品とでは,その「舞台」の明確な差異が指摘できた.ライトノベルはより《学校を》描写するようになってきており,端的に述べればライトノベルの「舞台」は《学校化》しているのである. 以上は作品内部の分析である.では作品外部はどうか.これに対応する問いが,ライトノベルは《どこに》存在しているのか,である.森前掲書の「重要なキーワード」である「聴衆,音楽産業,商品化,物質化,アイデンティティ,政治,歴史,地理(移動,場所,空間)」は,冒頭の二語を「読者,出版産業」等に置換すればそのままライトノベルの語り口としても適用可能かつ重要なキーワードとなる.とはいえこれらキーワードが示すメタ次元の問いを発する前に,本発表ではベタな実地踏査を試みた結果を報告する.その意味では断片的報告であり,トポグラフィならぬトポグラフィティを名乗る所以でもある.