著者
清水 洋邦 松尾 紀子 増田 俊一
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.50, pp.791-816, 2018

西多摩地域1)をひとつの地方自治体と仮定すると,行政規模が人口30万〜50万人未満の広域な都市(面積:500㎢以上)である中核市(10団体)とほぼ同水準となる。広域合併都市にみられるように都市的区域・郊外・農山村を内包し第2次産業を核として発展してきており西多摩地域は都市型社会と農村型社会が混在した地域といえる。中でも青梅線,五日市線に点在する住工混在地域は駅へのアクセシビリティが高い。また,西多摩地域は古くから歴史・文化・経済・生活など多くの面で共通性と結びつきを持ち,ひとつの生活圏・経済圏といえることから「西多摩をひとつに」するといった新たな行政圏域の形成が望まれる。
著者
金子 貞吉
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.183-206, 2016

アベノミクスは異次元の金融緩和策を軸にしているが,その理論的根拠も間違っている。円安・株価上昇では金融的効果をあげたが,目標の消費者物価上昇率2%は達成せず,実体経済での成長戦略は失速し,肝心の国民生活を低下させた。 日銀政策を追跡すると,日銀の保有資産のなかで増加しているのは国債であり,その対価である準備預金だけが当座預金のなかに過大に積み増されている。それに対して,現金や貸出金の増加率は微増で,市中に通貨は流れていない。異次元的金融緩和策は,大量の国債を日銀が引き取る「財政ファイナンス」になっているといっても過言ではない。この供給通貨は,旧来の不況対策を復活させ,公共事業の資金に回り,民間投資には貢献していない。それは金融取引だけを増やし,実体経済には向かっていないことが明らかである。 もともと貨幣は実体経済の活動から発生するが,今日の銀行の信用創造は,企業の投資活動の資金需要に応ずる性格ではなくなっている。日銀も公信用をもって通貨を膨張させたが,国債は証券化して,マネー経済の核にすらなっている。
著者
後藤 弘樹
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.515-548, 2017

現在でもアメリカの口語,俗語,方言の中にはイギリスの古い時代の英語語法が多数残存しているのが見うけられる。本稿で取り上げた動詞の活用変化の中には地域によって,例えば,アメリカの南部諸地域では古い時代(主に17世紀,18世紀)のイギリス英語の姿が垣間見られることがよくある。それも当時,極めて交通の便が悪く,文化の流入も滞りがちな人里遠く離れた南部の奥深い山間部では,特にそうである。現在も尚,イギリスのかつては正用法として用いられていた古い時代の英語語法が,急激な社会情勢の大変革から時代にそぐわなくなり,本国イギリスでは既に廃語廃用となった所謂古語がアメリカに多数残存していて,それが日常庶民の発話の中で今も尚用いられている。本稿では特に言葉の根幹をなす古い時代の動詞の活用変化(現在,過去,過去分詞)を英米の文学作品を通して検証することにする。
著者
福住 多一
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.193-216, 2014-09-25

最後通牒ゲームの実験で被験者達にステロイドホルモンの1 つであるテストステロンを投与すると,公平な配分提案が増えることを,Eisenegger et al.(2010)は見出した。彼らは,応答者が拒否を選ぶことによって提案者に与えられた資源配分の権限が台無しになることを提案者が恐れ,その結果,公平な提案が増えるというステイタス仮説を提唱している。本論文は,この実験結果を説明するステイタス仮説の理論モデルを提示する。我々は,各プレイヤーは他のプレイヤーの効用を考慮に入れないとする。これが利他主義や公平性という最近の行動ゲーム理論における社会的選好の理論と,我々のモデルの大きな違いである。本論分はプロスペクト理論を応用し,損失回避の傾向と参照点を持つプレイヤーを想定する。そこで,テストステロンの増加がプレイヤーの参照点の上昇をもたらすと考えることで,Eisenegger et al.(2010)の実験結果をモデルは首尾よく説明することができる。提示したこのモデルは,信頼ゲームの実験でオキシトシンを投与したKosfeld et al.(2005)の実験結果も,うまく説明することができる。高い水準のテストステロン,すなわち我々の仮定のもとで高い水準の参照点を持つとされるプレイヤーは,自らの資源を相手に与える傾向が強まる。よって,その性質が世代を超えて安定的に保持されていくのかどうかは定かではない。本論文は,高い水準の参照点を選好として持つプレイヤーが,適応度に基づく進化動学によって内生的に出現することを,進化的安定性の概念を用いて説明する。
著者
佐藤 晴彦
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.50, pp.293-314, 2018

少子化対策や社会保障施策の効率性の検証とその打開策を検討した。少子化対策については,政府施策は無効性が少なく,重複額も小さかった。しかし,全体的にバランスが取れていたかどうかという点では,外面性(夫婦の共有時間,保育,家計収入)1)からも内面性(結婚の価値観,夫婦関係,子供を持つことの価値観)2)からも評価は低く,体系性に欠けていた。この意味では効率が悪い施策だったと言える。社会保障対策については,少子・高齢化の進行,非正規社員の増加,女性のワーク・ライフ・バランス問題,高齢者の就業問題に対応した改革は,一筋縄で進めるのは至難の業である。これらは家族にまつわる問題であるため,さまざまな案件とその法律作成はスムーズに進められるべきである。そのためには、諸事案の解決は、体系的に構築され、さらに1つ1つの解決案には、重要度の順位が付されているべきである。そうなれば、アジェンダ設定として、法律化には効率的に運ばれうる。「家族省」を設立されればそれは一層可能になる。
著者
建部 正義
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.207-231, 2016

ベン・バーナンキの『危機と決断―前FRB議長ベン・バーナンキ回顧録―』(小此木潔訳、角川書店、2015年)が出版された。 筆者は,拙稿「バーナンキは変節したのか―『連邦準備制度と金融危機』を読む―」(『東京経済大学会誌―経済学―』第277号,2013年2月,に所収,後に,拙著『21世紀型世界経済危機と金融政策』新日本出版社,2013年,に収録)のなかで、バーナンキの『連邦準備制度と金融危機―バーナンキFRB理事会議長による大学生向け講義録―』(小谷野俊夫訳,一灯舎,2012年)を参照しつつ,以下のように結論づけた。 はたして,バーナンキは,FRB議長に就任し,その経験を積むことによって,マネタリスト的見地から変節するにいたったのであろうか。まさに,そのとおりである。筆者は,理論的にはともかくとして,実践的には疑いもなくかれは変節したと考えている。 本稿の課題は,以上の結論を,バーナンキの新著『危機と決断』を読み解きつつ,再確認することにあったが,その課題を完全に果たすことができた。 要するに,バーナンキは,FRB議長に就任し,金融危機に対処するなかで,理論的にはともかく,実践的には,否,理論的にさえ,疑いもなくマネタリストの立場から伝統的なセントラル・バンカーの立場に変節するにいたったというわけである。
著者
前原 正美
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.47, pp.601-620, 2015

本論文では,①豊臣「政権」が公武合体思想に基礎づけられていること,②ゆるぎない豊臣「政権」の構築のために,石田三成は豊臣「家」の構築が不可欠である,と考えたが,秀吉は,秀頼の誕生後,豊臣「家」の一元化を企図したため,かえって豊臣「家」の瓦解の原因をつくってしまったこと,③豊臣「政権」の特質である公武合体思想において,「公」の主たる意味内容は預治思想にもとづく諸大名に対する土地所有権=土地使用権の強化を目指す内容となっていること,したがって豊臣「政権」の主たる政策もまた,土地所有権の改革に主たる比重が占められていること,さらに「武」の主たる意味内容もまた土地問題=領地問題の内容となっていること,そのために秀吉は朝鮮出兵を余儀なくされたこと,④豊臣「政権」は天下人豊臣秀吉と「政権」中枢の石田三成らによって構成されていたが,このことが武力拡大路線(土地=領地の拡大路線)を目指す秀吉派と国内の政治安定を優先する平和路線の石田三成派との政治的対立構図を生みだし,その結果,豊臣「政権」の 分裂の原因を生みだしてしまったこと,⑤全体としていえば,石田三成にとっては,何よりも「大一」の政治思想としての天の視点=「公」の視点に立脚した人生の絶対的視点に立脚した政治を司ることが重要視されていること,を明らかにした。
著者
前原 正美
出版者
中央大学経済研究所 ; 1971-
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.50, pp.169-193, 2018

本論文の目的は,第1に石田三成の旗印「大一大万大吉」には《「愛」の政治思想》が示されており,したがってまたそこには《「愛」の理念》が示されていることを明らかにすること,第2に,三成の旗印「大一大万大吉」に示される《「愛」の政治思想》は《「大一」の政治思想》,《「大万」の政治思想》,《「大吉」の政治思想》という3つに分類して,その具体的内容が示されていること,第3に,三成の《「愛」の政治思想》は,老子の《「陰陽」の政治思想》,聖徳太子の《「和」の政治思想》を継承した《「積善」の政治思想》を発展させた政治思想であるが,そしてまた政治経済思想に関連づけていえば,J. S. ミルの功利主義思想と共通する内容が示されているのであるが,一言でいえば,三成は人間各人は「私」の心を乗り越えて「公」の心=他者や社会に対する「愛」の心を涵養しないかぎり,決して幸福にはなれないこと,いいかえれば人間各人は自分が幸福になるためには,「愛」の心に従って,他者や社会のために自らの生命を役立てて貢献する,という意味での「公共哲学」を有して生きることが極めて重要なことだと天下万民に示したこと,第4に,人生には,《相対的幸福》の視点と《絶対的幸福》の視点の2つの視点に立脚した《幸福の価値観》があるが,人間の幸福は「私」の心に従って,物質的利益(立身出世)の増大を図る生き方から「公」の心=「愛」の心に従って他者や社会の利益の増大を図る生き方への幸福の価値転換が不可欠なのであり,それゆえに三成は,敵と味方,主流派と非主流派といった対立の状況を乗り越えて調和的状態をつくりだすには,「大」=「天」=「神」の心,すなわち「公」の心=「愛」の心をもって天下万民が生きることの重要性を主張したこと,第5に,三成の使命は,秀次事件以後,秀頼の豊臣「家」と豊臣「政権」の構築にあったが,三成はその使命を合議制=連帯制による豊臣「政権」の構築によって武力社会から知力社会への政治的,社会的構造転換によって実現しようと企図したこと,それは同時に知的ネットワークの形成による合議制=連帯制=共同制という特質を帯びた豊臣「政権」に基礎づけられた国家構想であったこと,その実現によって秀頼の豊臣「政権」もまた安泰化となり,天下万民のための天下人の世の実現が達成されてゆくこと,を示してゆくことにある。
著者
前原 正美
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.567-616, 2017

本論文では,石田三成の旗印「大一大万大吉」のなかには老子の道教思想の影響が色濃く反映されていることを明らかにする。老子の道教思想に基礎づけられた宇宙論に従えば,宇宙=天上では「太」=北極星=「大」=「天」=「神」が不動の位置を占め,その周辺を「八」の星が動いているが,地上では,この「太」=「大」=「天」=北極星=「神」=「一」と「八」=支持者・補佐役との関係が映し鏡となって反映している。「太」=「大」と同じ意味であり,「太」=「大」は,「天」=「神」を意味する。 聖徳太子(厩戸皇子),皇極天皇(斉明天皇),天智天皇,天武天皇の後を受けた持統天皇,藤原不比等は,地上を支配する「太」=「大」=「天」は,具体的には高天原であり,唯「一」の存在である「神」は天照大神であり,そして「神」=唯「一」の存在は天皇=持統天皇である,と位置づけた。そして「八」とは天皇を支持し補佐する官僚(制度)を意味する,と位置づけた。したがって古代以後の日本では,政治思想=道教思想に基礎づけられた宇宙論,いいかえれば《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》が継承されてきたのである。 石田三成は,こうした古代における宇宙論=《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》の伝統を受け継いで,「太」=「大」を「天」=「神」と理解したうえで,①「天」=「神」の意思に命令を受ける唯「一」の存在こそ「天皇」であり,それゆえに「天皇」こそが政治の頂点に立つ存在であること,しかし現実には,「天皇」の代理人としての「為政者」である「一」=天下人が天下国家の政治を運営・指導する存在であること(《「大一」の政治思想》),②したがって「天皇」の代理人としての「一」=「為政者」=天下人=豊臣秀吉は,「公」の政治,つまり天下万民=「公」民のために「愛」の心を降り注ぐ「愛」の政治を司るために「公」家=関白太政大臣となって「天皇」を支えること,同時に「武」家の棟梁として確固たる豊臣「家」を構築し,かつまた強力な「武」力を背景として,「武」家の棟梁として「武家」=天下の諸大名に官位制度を適用し,そうして「公」「武」一体となって「公」家と「武」家との融和=調和を図ること,いいかえれば道教思想に基礎づけられた宇宙論,つまり《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》を適用した豊臣「政権」の構築を企図した。すなわち《唯「一」の存在=「天皇」とその代理人としての「一」なる「為政者」=天下人豊臣秀吉》+《「八」=基本的な枠組みとして石田三成を中心とした「八」人の支持者・補佐役(側近ブレーン)》から構成される「公」儀=豊臣「政権」=連合「政権」を構築し(《「大万」の政治思想》),③そうして地上のゆるぎない「万」機としての豊臣体制(政治体制)=中央集権国家体制のもとで天下万民のための天下泰平の世の構築の実現を目指したのである(《「大吉」の政治思想》)。 加えて三成は,反戦平和主義,戦争回避主義の立場に立って,日本国内における経済優先主義の主張を展開したのであった。そしてそのために三成は,《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》に基礎づけて,「一」=天下人豊臣秀吉のもとでの「八」=豊臣「政権」における三成を中心とした武家=諸大名の協力を得ながら,何としても天下万民のための天下泰平の世の構築を実現しようと全身全霊を傾けたのであった。 石田三成における《「大一大万大吉」の政治思想》は《「愛」の政治思想》であるが,それは古代における宇宙論=《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》の延長線上に位置づけられるのであった。その意味で三成の天下国家論=中央集権国家論=公武合体論は,古代国家論の再編を目指したのである。
著者
和田 重司
出版者
中央大学経済研究所 ; 1971-
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.50, pp.195-222, 2018

Marxʼs reformation theory of social system had been a subject of severe controversy while the Russian revolution was connected with it. But, after the collapse of the Soviet Russia, its revolution has been regarded either as anti-Marxʼs theory or as a singular system which had no relevance with it. In accordance with this change, the controversy on Marxʼs reformation theory seems considerably to have lost its severity. But now at the present, when Marxʼs theory can be examined without any political concern, it might be rather more suitable and necessary than the past time, to investigate into the reality of Marxʼ s thought. The present paper tries to show the theoretical themes of Marxʼ s reformation theory, in particular, the relation between the theory of "Das Kapital" and Marxʼ s special researches into the social forms of primitive "communes" of the human-beings.
著者
前原 正美
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.44, pp.545-575, 2013-09-20

「人聞の幸福」=《相対的幸福》とは,他者や社会からより高い社会的賞賛=社会的是認を獲得するということであり,つまりは自分自身の存在価値の社会における他者と比較しての相対的優位性--富の大きさ,社会的地位や名声,能力や才能など--を獲得するプ ロセスのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福のことである。「入聞の幸福」=《絶対的幸福》とは,現実の不完全な自分自身 =「良心」に従えない現実の自分自身から. 「良心」に従える完全な自分自身へと自分自身を創造してゆくことのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福である。まさにそれは,スミスにとって真の意味での幸福であり,「良心」に従って自己を改善し.より完全なる自分を創造する.という意味で《絶対的幸福》 なのである。『道徳感情論』におけるスミスは. 「人間の幸福」 =《相対的幸福》論に加えて「人聞の幸福」論=《絶対的幸福》論を展開している。スミスの考えでは,最終的には「人間の幸福」は《絶対的幸福》を実現してゆ〈プロセスのなかにある。スミスは. 『国富論』において.資本蓄積の増進→富裕の全般化→高利潤・高賃金の実現→富の増大=物質的利益の増大→より高い社会的賞賛=社会的是認の獲得というプロセスのなかでの社会の全構成員の相対的地位の向上の実現可能性を資本蓄積論に基礎づけて論証したのだが,そうして万人が「人間の幸福」=《相対的幸福》の実現を目指し努力してゆけば.おのずと「見えざる手」を通じて万人が「人聞の幸福」=《絶対的幸福》の認識へと到達し 幸福の価値転換=意識転換を果たしてゆける機会を与えられてゆくであろう,と予想したのである。
著者
下野 恵子
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.41-68, 2016

この論文では,2008年に開始されたEPAによる外国人看護師・介護福祉士候補の受入れ政策を取りあげる。なぜ日本人の税金で,しかも日本語で,外国人の看護師・介護福祉士を育成しなくてはならないのであろうか。 この政策には2つの大きな問題点がある。第1は,政策目的が不明確なことである。政府は「将来的に外国人看護師・介護福祉士の受入れを目標とするものではない」と述べているが,外国人看護師・介護福祉士を雇用したい施設は多い。第2として,看護師・介護福祉士育成策として非効率であることである。多額の税金を投入しながら,EPA看護師・介護福祉士候補の資格試験合格率は看護師候補10%程度,介護福祉士候補40%弱にとどまる。日本人看護師・介護福祉士を育成するほうがよほど効率的である。 さらにこの受入れ政策はマクロ面からも問題である。日本人で看護師・介護福祉士資格保有者で就業していない者は多く,人材が有効活用されていない。この論文では,就業を継続できない日本の医療・介護現場の状況を説明し,その改善策を提示する。
著者
永井 保男
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.45, pp.653-687, 2014

わが国では,戦後の経済成長に伴い人口の大都市圏への集中がおこった。とくに1940年代の後半以降,若者を中心とした都市圏への大量の人口移動はその後,地方における人口減少と高齢化が大きな社会問題として取り上げられることとなった。現在の国土交通省では,1962年に始まった全国総合開発計画(全総)における「都市の過大化の防止と地域格差の是正」計画以降,「地方定住構想」が国土開発の重要テーマのひとつにかかげられた。各地方自治体でも人の移住受け入れに対する取り組みが行われてきているが,地価の低下や職住接近志向などにより,都心近郊から都心部への人口回帰現象などに動きがみられるものの,排出先であった地方圏にいたる大規模な人の移住現象はみられていない。本稿では,国による国土開発計画と人口政策にかかわる人の移動,定住促進に対する取り組みの変遷を振り返るとともに,地方自治体における定住促進事業の現状について,その内容と実績を分析することとした。
著者
長野 ひろ子
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.277-298, 2017-10-10

『富岡日記』は,官営富岡製糸場の伝習工女和田(旧姓横田)英が,後年になり自らの製糸工女時代を回顧した記録である。本稿では,『富岡日記』に関し2 つの問題を提起した。1 つは,旧武士身分に属する英が,家を離れ工場労働に従事することをなぜ世間が許容し本人も納得したのかということ,他の1 つは,女工問題が社会問題として取り上げられていた明治末~昭和初期にあって,当時エリート一族の一員であった英が何故『富岡日記』を刊行したのかということである。前者については,英が少女時代を過ごした江戸時代における衣料生産と女性との関係性ならびに衣料生産を女性性と結び付けるジェンダー・イデオロギーの存在を明らかにし,同時に維新変革期のジェンダーの再構築過程におけるジェンダー秩序の変容として解釈を加えた。後者については,英が,『女工哀史』的言説に満ち溢れた現実社会への理解とは異なった位相において日記を執筆したとの見解を提示した。
著者
栗原 由紀子
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.541-567, 2012-09-28

調査データからのエビデンス獲得において、重要な変数の欠落により分析が困難な場合の1つの対処法として統計的マッチングがある。しかしながら、統計的マッチングでは異なる複数のデータセットから1つの融合データセットが作成されるため、そこから得られる推定量の精度やその有用性が問題となる。本研究は、ノンパラメトリック・マッチングにより得られる推定量(相関係数)について、実用的で精度の高い推定値を得るためのマッチング・プロセスを明らかにする。そのために、条件付き独立性の成立または条件付き従属性の程度、推定に利用する変数とキー変数との相関関係、重複率などをコントロールしたモンテカルロ・シミュレーションを実行した。その結果、重複標本でない場合には目標変数との相関が高いキー変数の選択が不可欠であり、また重複標本の場合には、条件付き従属性の強弱の計測が可能であり、実用的な精度での推定量が得られることを明らかにした。
著者
西澤 俊雄
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.45, pp.365-384, 2014

今日,わが国は少子高齢化の急速な進展により総人口の4分の1を65歳以上の高齢者が占める社会がやってこようとしている。医療,介護,年金といった社会保障政策はこの高齢者の需要に十分応えることができず,高齢者の将来生活への不安は切実である。 高齢者の将来への不安を解決する1つの方法が年金補填のスキームとなるリバースモーゲージである。わが国ではリバースモーゲージ制度は歴史も浅く,知名度も少ないため広く普及するに至っていない。 本稿は主要各国のリバースモーゲージ制度の歴史を探求し,その普遍的な性質を探ることにより普及への一助とするものである。 リバースモーゲージ制度はフランスに始まったビアジエと呼ばれる独特の方式で,イギリスでその不動産担保金融として,スキームを確立し,アメリカで政府の金融的保証に支えられて発展してきた。それと同様のスキームを韓国では2007年以降,政府の全面的保証を受けて導入され,急速に拡大している。第1次世界大戦以降の英,米,韓,日本のリバースモーゲージのスキームは,それぞれの時代や社会経済制度の違いによって異なった性格を帯びて発展してきている。わが国の制度は1981年から始まったが,この制度の持つリスクや適用対様の制約から広く行き渡るに至っていない。そこで,各国の制度の変遷と内容の比較を行う。次に,わが国の制度の変遷とスキームの違いを比較していく。各国の制度の比較,わが国との比較を通してリバースモーゲージの本質を探り,リバースモーゲージとは何かという定義を探るものである。 「自宅に住み続けながらその自宅を担保に不動産を処分することによって融資金を返済するものである」という定義はリバースモーゲージが不動産融資と金融商品の両面の性質を持つ金融システムの1つのスキームとして確立されたものとなる。
著者
粟倉 大輔
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.843-878, 2012-09-28

本稿は、明治期日本において製茶再製に従事した女性労働者=「再製茶女工」について論じ、その再評価を試みるものである。この再製技術は中国から導入されたもので、製茶輸出時に施された「火入れ(=乾燥)」と「着色」のことをいう。再製は居留地外商が経営していた「お茶場」で行われ、その現場は中国人男性が監督していた。 本稿では、お茶場における労働内容や内部のヒエラルキー、労働環境、賃金を詳細に検討した。これらの他にも、「再製茶女工」となった女性本人についても論じている。さらに、当時の新聞・雑誌における彼女たちに関する報道の分析を通じて、そのイメージ形成についても検討を加えた。以上を通じて、「再製茶女工」に対する「女工哀史」的な見方を修正する必要があること、また明治期日本の産業発展に未婚・若年労働者だけではなく既婚女性も大きな役割を果たしていたことを明らかにした。