著者
渡邉 浩司
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.47, pp.495-508, 2015

キリスト教の聖人の祝日が記載されている中世の暦は,キリスト教世界の記憶と異教世界の記憶がぶつかり合う場であり,ヨーロッパの文化を理解するための重要な鍵となっている。本稿は,暦上でそれぞれ6月24日と12月27日に祝日を持つ,洗礼者ヨハネと福音史家ヨハネという2 人の聖ヨハネをめぐる神話学的考察である。2人の聖ヨハネの祝日がほぼ「夏至」と「冬至」に対応するのは偶然ではない。西洋の占星術伝承によれば,「夏至」と「冬至」はそれぞれ「蟹座」と「山羊座」に対応するため,2人の聖ヨハネは「至点の扉」の門番の役割を果たしているのである。門番の雛形は,2つの顔を持つ古代ローマの神ヤヌスであり,中世のキリスト教世界はヤヌスを 人の聖ヨハネとして再解釈した。一方で「蟹座」と「山羊座」の守護星がそれぞれ「月」と「土星」であることは,2人の聖ヨハネが「メランコリー」の影響下にあったことも示唆している。
著者
建部 正義
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.207-231, 2016

ベン・バーナンキの『危機と決断―前FRB議長ベン・バーナンキ回顧録―』(小此木潔訳、角川書店、2015年)が出版された。 筆者は,拙稿「バーナンキは変節したのか―『連邦準備制度と金融危機』を読む―」(『東京経済大学会誌―経済学―』第277号,2013年2月,に所収,後に,拙著『21世紀型世界経済危機と金融政策』新日本出版社,2013年,に収録)のなかで、バーナンキの『連邦準備制度と金融危機―バーナンキFRB理事会議長による大学生向け講義録―』(小谷野俊夫訳,一灯舎,2012年)を参照しつつ,以下のように結論づけた。 はたして,バーナンキは,FRB議長に就任し,その経験を積むことによって,マネタリスト的見地から変節するにいたったのであろうか。まさに,そのとおりである。筆者は,理論的にはともかくとして,実践的には疑いもなくかれは変節したと考えている。 本稿の課題は,以上の結論を,バーナンキの新著『危機と決断』を読み解きつつ,再確認することにあったが,その課題を完全に果たすことができた。 要するに,バーナンキは,FRB議長に就任し,金融危機に対処するなかで,理論的にはともかく,実践的には,否,理論的にさえ,疑いもなくマネタリストの立場から伝統的なセントラル・バンカーの立場に変節するにいたったというわけである。
著者
粟倉 大輔
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.45, pp.39-57, 2014-09-25

本稿の課題は,「再製茶女工」について描かれた当時の新聞・雑誌の記事を分析し,その変遷と社会的背景について論じることである。記事には,彼女たちを蔑視するものや,お茶場の熱気に苦しんだり,清国人監督から虐待を受けたりした彼女たちを憐れむものがあった。これら記事が書かれた社会的背景としては,居留地という不可視化された空間が職場であったことや,そこがコレラの侵入口でもあった開港場に近いことといった居留地の性格や,居留地内の日本人の警察権をめぐる問題や内地雑居の実施が関係した,当時の欧米人・清国人と日本人との間の摩擦や対立があげられる。他にも労働運動家の考えを規定した性別役割分担思想の存在などもあった。本稿で「再製茶女工」の記事を歴史的に分析した結果,製茶業史研究における「女工哀史的考察」にもとづく「再製茶女工」の評価は,明治期の一時期における新聞記事をもとにしたものに過ぎなかったことが明らかにされた。
著者
粟倉 大輔
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.843-878, 2012-09-28

本稿は、明治期日本において製茶再製に従事した女性労働者=「再製茶女工」について論じ、その再評価を試みるものである。この再製技術は中国から導入されたもので、製茶輸出時に施された「火入れ(=乾燥)」と「着色」のことをいう。再製は居留地外商が経営していた「お茶場」で行われ、その現場は中国人男性が監督していた。 本稿では、お茶場における労働内容や内部のヒエラルキー、労働環境、賃金を詳細に検討した。これらの他にも、「再製茶女工」となった女性本人についても論じている。さらに、当時の新聞・雑誌における彼女たちに関する報道の分析を通じて、そのイメージ形成についても検討を加えた。以上を通じて、「再製茶女工」に対する「女工哀史」的な見方を修正する必要があること、また明治期日本の産業発展に未婚・若年労働者だけではなく既婚女性も大きな役割を果たしていたことを明らかにした。
著者
金子 貞吉
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.67-103, 2018-10-10

本稿は,戦後日本経済の発展史をたどるために,どのように区分して,それをどのように特徴づけるか,考察することである。経済事象は連続しているので,それをただ時系列的に述べるのではなく,時期区分して,その特徴を明らかにしようとするものである。経済発展は,時期区分できるほど,きちんとした変動をみない。政策の転換や急変するような事態の発生などをメルクマールにして,区切りをつけることは可能であろう。しかし,それが全体に浸透して,変化をもたらすには,タイムラグがある。また,一つの要因で変化が起きるわけでもない。だから,時代を画する特徴をあげることが困難であった。景気循環やマクロ統計をたよりに,時代の特徴を析出することから始めた。次いで,これまでの斯界の論議を検証して,それぞれの時代の推進軸がなにか考察した。その上で,それぞれの期間に起きた事象を拾いながら,いかなる関連がみられるか分析し,その時代の特徴を説明するという手法をとった。経済事象には,それを構成する要素があり,その要素は複合しているが,経済を動かす要因となる。そういう要因は,国の政策等の国内的なものもあるし,外国からの変動が波及するものもある。それらが相互作用して経済関係に変化をもたらし,内部矛盾が高じると自壊して変化をおこすこともある。そのような変動を時期別に折出して,時期区分の特徴を明らかにすることとした。それを総括した試論表をマトリックスにして,末尾に示しているので,参考としてほしい。そういう意味で,本論の分析は試論的な,区分的特徴を述べることにした。
著者
前原 直子
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.723-754, 2015-09-30

『国富論』のアダム・スミスによれば,教育の役割は,《相対的幸福》の実現に寄与することにある。人間各人が,人生の目標を富の増大=物質的利益の増大に見定め,「利己心」を発揮し「勤勉」に自己「努力」を図り自己の境遇を改善すれば,物質的に豊かな経済生活を実現できる。こうして《相対的幸福》の実現を目指し,「勤勉」に自己「努力」する人間が増えてゆくならば,イギリスは生活水準の高い経済社会を形成するのみならず,国家の税収を増やし,道路の整備や港湾の建設などの公共事業を通じて,一国の資本蓄積を進展せしめ,豊かな経済社会を実現できる。 『国富論』においてスミスは,資本蓄積論と分業論を展開することによって,社会における「教育」の重要性を主張した。その意味でスミスは,経済的利益の増大と教育とが密接に関連していることを主張する教育経済論を展開しているといえる。具体的には,スミスの主張は国民教育の導入と大学教育の改革に向けられた。 これに対し,『道徳感情論』における教育の役割は,《絶対的幸福》の実現に寄与することにあった。人間各人は,他者との比較による物質的利益の増大,すなわち《相対的幸福》を実現したのちは,「生活必需品」と「便益品」を獲得すること以上の利己心の作用を「自己抑制」し,「心の平穏」を保持しなければならない。『道徳感情論』における教育の役割は,人間各人に高い「共感」能力を育成し,「心の平穏」を保持することの重要性,すなわち《絶対的幸福》の重要性を認識させることにあった。 総じていえば,スミスにおいて教育の役割は,「共感」能力の向上によって人生の目標を発見し,「利己心」の発揮によって自分の理想とする自分を創造する力の涵養,そして必要以上の「利己心」を「自己抑制」する「徳」を培い,自分の「才能」=自己「能力」に見合った仕事を通じて社会に貢献してゆく力の涵養,という点にあった。
著者
前原 正美
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.545-575, 2013-09-20

「人聞の幸福」=《相対的幸福》とは,他者や社会からより高い社会的賞賛=社会的是認を獲得するということであり,つまりは自分自身の存在価値の社会における他者と比較しての相対的優位性--富の大きさ,社会的地位や名声,能力や才能など--を獲得するプ ロセスのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福のことである。「入聞の幸福」=《絶対的幸福》とは,現実の不完全な自分自身 =「良心」に従えない現実の自分自身から. 「良心」に従える完全な自分自身へと自分自身を創造してゆくことのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福である。まさにそれは,スミスにとって真の意味での幸福であり,「良心」に従って自己を改善し.より完全なる自分を創造する.という意味で《絶対的幸福》 なのである。『道徳感情論』におけるスミスは. 「人間の幸福」 =《相対的幸福》論に加えて「人聞の幸福」論=《絶対的幸福》論を展開している。スミスの考えでは,最終的には「人間の幸福」は《絶対的幸福》を実現してゆ〈プロセスのなかにある。スミスは. 『国富論』において.資本蓄積の増進→富裕の全般化→高利潤・高賃金の実現→富の増大=物質的利益の増大→より高い社会的賞賛=社会的是認の獲得というプロセスのなかでの社会の全構成員の相対的地位の向上の実現可能性を資本蓄積論に基礎づけて論証したのだが,そうして万人が「人間の幸福」=《相対的幸福》の実現を目指し努力してゆけば.おのずと「見えざる手」を通じて万人が「人聞の幸福」=《絶対的幸福》の認識へと到達し 幸福の価値転換=意識転換を果たしてゆける機会を与えられてゆくであろう,と予想したのである。
著者
楊 川 野間口 隆郎 高 鶴 谷口 洋志
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.333-354, 2021-10-05

本稿では,コロナ禍における日本と中国の大学でのオンライン授業の比較を通じて,政府の支援策,オンライン授業のためのインフラ,オンライン授業の方式,オンライン授業の教育効果について考察した。 コロナ禍前には,日本の大学生は,他国の大学生と比べると勉強意欲が低いとされる一方,教師による学生評価は不透明で,学生同士の競争も少ないといわれてきた。コロナ禍発生後は,オンライン授業の導入により,教師と学生の間での情報共有が進展し,学生の学習意欲や姿勢も情報として把握されるようになったことから,学習への意欲や姿勢が強まった。こうした教育過程の可視化は学生間の競争を促し,教育効果の向上につながることが期待される。 以上の考察を通じて,本稿では,オンライン教育を通じて日本の大学の教育効果が上がっているという仮説を提示した。今後は,対面授業とオンライン授業を組み合わせたハイブリッド型授業とオンラインだけの授業との比較考察,とくに教育効果の違いについて検討する必要がある。
著者
松原 宏
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.737-756, 2012

日本のクラスター政策としては、 経済産業省による産業クラスター計画と文部科学省による知的クラスター創成事業が、21世紀初頭から始動してきたが、「事業仕分け」等により頓挫した状況にある。クラスター政策の再構築にあたって、政策の空間構造の検討が重要と考え、本稿では、東北・仙台地域と九州・福岡地域を事例に、政策展開の歴史的経緯や政策評価にかかわる空間構造特性について検討することを試みた。産業クラスター計画では、各地方経済産業局の管轄区域内での産業立地の状況や重点地域の選定が重要な要素を構成する一方で、知的クラスター創成事業では、地域内の研究開発基盤の歴史的蓄積や海外も含めた地域外との主体間関係の進展、中核機関の経路依存性や大学を中心とした知識フローの空間特性などが、地域イノベーションの成果にかかわっていることが明らかになった。
著者
村上 研一
出版者
経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.35-63, 2021

本稿では、地球温暖化の抑制をめざす各国の「脱炭素」の取り組みが自動車および関連諸産業に及ぼす影響について検討した。2020年には、中国や日本政府が目標年次を定めて温暖化ガス排出実質ゼロを実現する目標を打ち出し、環境問題を重視するバイデン氏が大統領選に勝利するなど、各国で「脱炭素」をめざす動きが進んだ。とくに自動車分野をめぐっては、EVやFCVなどゼロエミッション車の購入支援に加え、メーカーごとの排出量規制や、ガソリン車の販売を禁止する目標年次の設定などの施策が実施・予定されている。こうした政府の諸施策を受けて、世界の自動車メーカーのEVシフトが急展開している。テスラや中国メーカーがEV販売を拡大させる中、世界の既存自動車メーカーもEVの量産体制確立に向け、投資拡大や経営再編を進めている。また、車載電池やモーター、パワー半導体などEV関連部品・部材メーカーの生産拡大に向けた投資、原材料確保、技術開発などをめぐっても競争が激化している。さらには、充電インフラ整備や自動運転技術の開発・実用化など、社会システムの変革につながる動きもみられる。こうした状況の下、新興EVメーカーに加えて、新たに参入をはかるICT企業、政府支援を背景に急速に技術力・生産力を高めている中国企業など、多様なプレイヤーの動きが活発化している。
著者
柴田 徹平
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.253-275, 2017-10-10

2000年代半ば以降,大手製造業の現場で行われていた偽装請負が大きな社会問題になった。一方で建設産業においても同時期に偽装請負が行われていた。本稿では,建設産業における個人請負化の新たな段階として,2000年代以降に増加した偽装請負の問題を取り上げる。明らかになった点は以下のとおりである。 第1 に,一人親方の働き方の1 つである常用型の70.2%が偽装請負の下で働かされていることを明らかにした。第2 に,下請の重層化と90年代後半以降の零細企業を取り巻く厳しい経営状況の下で,下請零細企業に雇用されていた労働者が就業実態は変わらずに,契約形態のみ請負に切り替えられる(常用型化する)という偽装請負の状態に直面していたことを明らかにした。第3 に,零細企業が偽装請負を行っている背景には,元請ないし上位の下請などの大企業が現場労働者を直接雇用しない中で,零細企業が現場労働者の雇用を担い,その雇用の負担がのしかかる中で,やむにやまれず偽装請負が生じていること,の3 点を明らかにした。
著者
柴田 徹平
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.253-275, 2017

2000年代半ば以降,大手製造業の現場で行われていた偽装請負が大きな社会問題になった。一方で建設産業においても同時期に偽装請負が行われていた。本稿では,建設産業における個人請負化の新たな段階として,2000年代以降に増加した偽装請負の問題を取り上げる。明らかになった点は以下のとおりである。 第1 に,一人親方の働き方の1 つである常用型の70.2%が偽装請負の下で働かされていることを明らかにした。第2 に,下請の重層化と90年代後半以降の零細企業を取り巻く厳しい経営状況の下で,下請零細企業に雇用されていた労働者が就業実態は変わらずに,契約形態のみ請負に切り替えられる(常用型化する)という偽装請負の状態に直面していたことを明らかにした。第3 に,零細企業が偽装請負を行っている背景には,元請ないし上位の下請などの大企業が現場労働者を直接雇用しない中で,零細企業が現場労働者の雇用を担い,その雇用の負担がのしかかる中で,やむにやまれず偽装請負が生じていること,の3 点を明らかにした。
著者
鳴子 博子
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.487-508, 2021-10-05

本稿はレヴェイヨン事件,ヴェルサイユ行進,エタンプ事件という3 つの生存をめぐる民衆の直接行動とそれらの事件への為政者・中央権力の対応とを捕捉することを通して,フランス革命期の社会の矛盾・分断は何によってもたらされたのかを分析する。筆者はコルポラシオン(同業組合)を禁止して経済的自由を促進する1791年6 月制定のル・シャプリエ法に着目する。本稿が射程に収めるのは,93年憲法の採択された1793年6 月までであるが,萌芽的であるとはいえ生存権規定を含む93年憲法をなぜジャック・ルーは断罪したのか。91年憲法は失効したにもかかわらず,91年憲法体制を支えたル・シャプリエ法はなぜ1 世紀近くも存続したのか。『人間不平等起原論』でルソーが行った富者主導の国家のカラクリの暴露と,『社会契約論』で真の人間解放論としてルソーが提示した,すべてのassocié の生存を確保する新国家の構想とを分析視座に据えた本稿の分析によって,ル・シャプリエ法は「富者の正義」の法に他ならないこと,富者が中間団体否認論をルソーの意図に反して「巧みな簒奪」に利用したことが明らかにされる。現代の私たちの最大の社会課題は格差社会からの脱却にあろう。とすれば,この難問に挑むために私たちはルソーの残した政治構想を真剣に受け止める必要がある。
著者
程 天敏
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.315-340, 2018-10-10

近年,中国企業の海外進出が顕著になってきている。海外市場を獲得する一方,現地社会に対する責任への増加も一途を辿っている。そこで,中国企業の社会的責任の特徴とは何かについて社会的関心が寄せられている。さらに,海外進出が進む中,労働や環境などの社会的責任に関連する様々な問題がリスクとして顕在化しており,企業にも影響をもたらすようになってきている。従って,企業が海外進出を通じて,持続可能な発展を実現するためにも,企業の社会的責任の課題やリスクに的確に対応することが求められる。本論文は,海外進出を展開する大きな資本を有する企業に注目して,中国74社大手企業を対象に,彼らの企業の社会的責任への取組について分析を行い,企業の社会的責任を実施するために必要とされること,推進における課題を模索する。海外における中国企業が社会的責任への取組を取りまとめることおよび,各種課題にどのように対応すべきかを検討するための一助とする目的として研究を行った。
著者
松本 悠子
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.52, pp.125-144, 2020-09-15

第1 次世界大戦において,主戦場の1 つとなったフランスには,多様な地域から多様な人種民族を出自とする労働者が動員された。彼らがフランス地域社会で実際にフランスの人々と関わった時,フランスの人々の人種認識はどのようなもので,どのように変わったのであろうか。第1 次世界大戦前後,アメリカ合衆国のアフリカ系アメリカ人活動家が人種差別のない共和国として憧れた国の人種認識は,どのように構築されたのであろうか。さらに,人種認識は,どこの国,地域においても,必ずジェンダー秩序と深い関わりを持っている。「血」の継承という基本概念は,人種の境界を超えた親密な関係や再生産の問題と直結するからである。本稿では,戦時下フランスの軍需工場で働いていた女性労働者とインドシナ植民地から動員された労働者を中心に,人種,ジェンダー,さらに労働者という階級がどのように人種認識をつくっていたかを論じる。
著者
陳 波
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.123-160, 2012

潼南県は2004年に農業観光発展戦略を定め、戦略の1つとして蔬菜基地にすることやお茶の大量生産を目指した。2006年にはこの緑色戦略を広げ、「菜の花経済」を追求するようになった。崇龕鎮は2007年に菜の花を用いて観光地づくりの準備期に入り、菜の花祭りが2008年3月から毎年1回開催され、2011年3月に第4回が開催された。開催ごとに総合収入・観光人数が増大し、第4回の総合収入は第1回の2.5倍、観光客数も36万人から120万人へと増大した。2010年の菜の花祭りの総合収入は全県GDPの2.3%に相当する。中国内陸部の貧困県の鎮において観光客数が120万人に上るのは、観光開発や観光客誘致の成功と言って良い。加えて、地元農民のマナー向上だけでなく、農民の視野が広がり、地域資源の価値を確認でき、郷土愛を深める等の効果も見られた。 潼南県の菜の花祭りという観光地づくりはなぜ成功を収めたのか。菜の花祭りの開催によって、観光スポットづくりを始め、広報・宣伝・イベント活動や組織運営等において、イノベーションが行われたのである。同時に、これらのイノベーション的な活動は飲食・交通・道路インフラ整備・メディア等の多くの産業部門の発展を促進した。菜の花祭り開催の事前準備・開催・事後処理に伴って、工業・農業・サービス業に関わる多数の事業が発生し、産業の興隆をもたらしている。菜の花祭りによるスピルオーバー効果が発生し、3次産業の発展を促進している。本稿は主にその成功要因としての具体的なイノベーションを考察する。
著者
和田 重司
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.50, pp.195-222, 2018

Marxʼs reformation theory of social system had been a subject of severe controversy while the Russian revolution was connected with it. But, after the collapse of the Soviet Russia, its revolution has been regarded either as anti-Marxʼs theory or as a singular system which had no relevance with it. In accordance with this change, the controversy on Marxʼs reformation theory seems considerably to have lost its severity. But now at the present, when Marxʼs theory can be examined without any political concern, it might be rather more suitable and necessary than the past time, to investigate into the reality of Marxʼ s thought. The present paper tries to show the theoretical themes of Marxʼ s reformation theory, in particular, the relation between the theory of "Das Kapital" and Marxʼ s special researches into the social forms of primitive "communes" of the human-beings.
著者
浅田 統一郎
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.591-634, 2015-09-30

In this paper, we compare two dynamic theories of monetary policy with nonnegative constraint of nominal interest rate. The first approach is the mainstream nonlinear ‘New Keynesian’ (NK) dynamic model, and the second approach is the alternative nonlinear ‘Old Keynesian’ (OK) dynamic model. Both models are formulated by means of nonlinear twodimensional differential equations. We show that the nonlinear NK dynamic model produces several anomalous results that are inconsistent with the empirical facts, while the nonlinear OK dynamic model is able to resolve such anomalies.
著者
鳴子 博子
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.385-405, 2018-10-10

人民の歴史家ミシュレは1789年のバスチーユ攻撃とヴェルサイユ行進を「男の革命・女の革命」と呼んだ。本稿は,ルソーの革命概念と性的差異論という独自の視座からこれら2つの民衆の直接行動,暴力行使を対比的に分析することを通して,フランス革命最初期における暴力とジェンダーの関係を新しい形で浮かび上がらせようとする試みである。ヴェルサイユ行進では,6-7000人からなる武器を携えた女性集団が,家族の生活領域を飛び出して公的空間に現れ出てパンを要求し国王をパリに連れ戻した。バスチーユ攻撃に見られる男性集団の暴力とヴェルサイユ行進の女性集団の暴力との差異はどこにあるのか。ヴェルサイユ行進は,フランス革命の進展にいかなる貢献をなしたのか。18世紀末に行われた,能動化した女性たちによるこの稀有な直接行動は,人類史上どのように位置づけられるだろうか。本稿は,フランス革命における暴力および暴力と道徳の関係を追究する論考の最初の論文である。
著者
渡邉 浩司
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.47, pp.495-508, 2015

キリスト教の聖人の祝日が記載されている中世の暦は,キリスト教世界の記憶と異教世界の記憶がぶつかり合う場であり,ヨーロッパの文化を理解するための重要な鍵となっている。本稿は,暦上でそれぞれ6月24日と12月27日に祝日を持つ,洗礼者ヨハネと福音史家ヨハネという2 人の聖ヨハネをめぐる神話学的考察である。2人の聖ヨハネの祝日がほぼ「夏至」と「冬至」に対応するのは偶然ではない。西洋の占星術伝承によれば,「夏至」と「冬至」はそれぞれ「蟹座」と「山羊座」に対応するため,2人の聖ヨハネは「至点の扉」の門番の役割を果たしているのである。門番の雛形は,2つの顔を持つ古代ローマの神ヤヌスであり,中世のキリスト教世界はヤヌスを 人の聖ヨハネとして再解釈した。一方で「蟹座」と「山羊座」の守護星がそれぞれ「月」と「土星」であることは,2人の聖ヨハネが「メランコリー」の影響下にあったことも示唆している。