著者
松本 悠哉
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.123-144, 2017-09-30

形容動詞語幹は格助詞を伴うことがあり、実際には多く使用されているものの、形容動詞という品詞について考察される際には例外的な用法とされてきた。これまで言及されることのなかった格助詞を伴う形容動詞語幹の用法を指摘すると共に、形容動詞語幹と格助詞の共起には容易には一般化できない語ごとの多様性が存在していること、形容動詞語幹と格助詞の共起を促す決まった語によってさらに多くこの用法を用いることができるようになることを示す。論文 Articles
著者
阪口 慧
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.233-257, 2019-09-30

本稿では日本語形容詞「痛い」の多義性に対する考察を行う。これまで、形容詞の意味に関する研究においては意味分類に重きが置かれてきたが、多くは典型的な意味、用法のみを扱ったものである。これらの意味分類はそれぞれの語彙を提示する(また依拠する理論が提示する)タイプのいずれかに当てはめようとし、語の意味の豊富さを矮小化して記述してしまう恐れがある。本項ではこれを意味の極小主義的アプローチと呼ぶ。これに対し、語の参与項、及び参与項間の関係性の豊富さをありのまま記述するアプローチであるフレーム意味論を意味の極大主義と位置づけ、これを本稿における意味記述の方法的枠組みとして採用する。なお、本稿では日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)から採取した例を観察し、「痛い」には〈身体的苦痛〉〈金銭的損失〉〈精神的苦痛〉〈評価〉〈程度性〉といった様々な意味、用法を有することを示す。また、身体的苦痛を根源的意味と位置付けた場合、どのように他の意味に拡張したか考察する。論文 Articles
著者
田中 太一
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.41, no.TULIP, pp.295-313, 2019-09-30

中野 (2017) によって提唱された「認知言語類型論」は、ラネカーによる認知文法は認知D モードに基づいているために主体的表現の分析には適さないと批判し、日本語はその深層において文字を持たない言語であり、認知PA モードによって主体的に事態を捉える言語であるために、態や時制などの、英語には存在する文法カテゴリーは創発しないという結論を提示する。本稿では、本書を批判的に検討し、その主張が誤解に基づくものであり、多くの誤りを含むことを示す。
著者
佐藤 らな
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.41, no.TULIP, pp.279-293, 2019-09-30

「-すぎる」は、形態論的に非常に生産性が高く、動詞、形容詞、形容動詞に後接することが知られている。さらに、近年では「天使すぎる」ように、「-すぎる」が名詞に後接する例も主に口語的な表現においてしばしば現れるようになっている。本稿は、「-すぎる」が名詞に後接するものを「Nすぎる構文」と呼び、その意味を分析する。Nすぎる構文は名詞に結び付いた典型的な物語を背景に、そこに含まれる性質の過剰を表すことを主張する。
著者
松本 悠哉
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.38, no.TULIP, pp.123-144, 2017-09-30

形容動詞語幹は格助詞を伴うことがあり、実際には多く使用されているものの、形容動詞という品詞について考察される際には例外的な用法とされてきた。これまで言及されることのなかった格助詞を伴う形容動詞語幹の用法を指摘すると共に、形容動詞語幹と格助詞の共起には容易には一般化できない語ごとの多様性が存在していること、形容動詞語幹と格助詞の共起を促す決まった語によってさらに多くこの用法を用いることができるようになることを示す。
著者
酒井 智宏
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.35, no.TULIP, pp.277-296, 2014-09-30

この論文の目的は、メンタル・スペース理論が、表面上は認知言語学の理論の一つであるとされながら、実際には認知言語学者によって敬遠され、認知言語学の概説においても取りあげられることが少ない原因を明らかにすることである。メンタル・スペース理論の主たる研究対象は、自然言語そのものではなく、自然言語を手がかりにして作り出される認知的構築物である。この認知的構築物の構成要素であるメンタル・スペースは、定義が不明確で、明確に定義しようとすればするほど明確な定義から遠ざかるというジレンマを抱えている。また、この認知的構築物がもつとされる性質や制約は、実はわれわれの自然言語に関する理解を密輸入したものであり、独立の根拠によって正当化されたものではない。これらの点で、メンタル・スペース理論の枠組みでの研究は、言語現象をよりよく理解されている認知過程によって直観的に分かりやすいやり方で説明するという標準的な認知言語学の研究手法とは大きくかけ離れている。これが、メンタル・スペース理論が認知言語学者によって敬遠される原因にほかならない。
著者
松倉 昂平
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 電子版(eTULIP) = Tokyo University linguistic papers (eTULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.e1-e31, 2017-09-30

石川県加賀市塩屋方言は、母音の広狭、子音の有声性といった語の分節音の構造によってアクセント核の置かれうる位置が厳しく制限されるという特徴を有する。語音の構造に加え、語の長さ、語種、形態素境界の位置といった要素も複雑に関与する。これらの特徴は金沢市方言(上野・新田 1982, 1983)など石川県加賀地方の諸方言に広く共通する性質とみられるが、加賀地方南部にありながら子音の有声性がアクセントの分布に密接に関与する点など、従来報告のあった近隣の方言(加賀市大聖寺方言など)との相違点も認められる。論文 Articles
著者
Honkasalo Sami
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.65-73, 2013-09-30

Old Chinese possessed a complex system of negation, the exact nature of which has been under academic discussion for a long time. This study deals with the formative history of the Old Chinese negative adverb 弗 *put, using oracle bone inscriptions as the source material. It is argued that these inscriptions provide the most reliable view into the early history of the negative system in Old Chinese and should consequently be preferred over transmitted texts that have often been taken as a starting point by many scholars. Furthermore, it is argued that the oracle bone inscriptions provide significant corroborative evidence for the formation of 弗 *put as a contraction of the negative 不 *pə and the pronoun 之 *tə. The view suggested in this paper also explains why the negative 弗 *put evolved into a negative of highly transitive verbs, leading into the development of a system of negation that is encountered rather infrequently cross-linguistically.上古漢語は比較帝に複雑な否定体系を有した。本研究では、殷代の甲骨文資料のコーパスに基づき、否定副詞「弗」*putの成立について考察を行う。代名詞目的語否定文の分析により、否定詞「弗」は否定詞「不」*pə及び代名詞「之」*təの融合によって生まれたという長年論争されてきた仮説が正しいと主張する。論文 Articles
著者
大槻 知世
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.245-254, 2012-09-30

本論文では、青森市津軽方言の推量形式の一つである「ビョン」が意味変化を経験したと思われることを報告し、その変化の仕組みを考察する。田附(2008)によると「ビョン」は「ベ」と「オン」に由来する。「ビョン」はかつては町の女性が用いる上品なことばであった。しかし、現在は町や村、男女を問わず用いられ、断定的で押し付けがましく響くこともある。この変化を、「ビョン」の起源の一つと考えられる「オン」の変化によるものと考える。すなわち、「オン」はもともと女性語であり、断定を避け語調を和らげる働きをもっていたが、しだいに、意味の一部がパースペクティヴ化(Perspectivization)を受けた結果、むしろ断定的で一方的な伝達の形式に変化したと考えられる。In Tsugaru Japanese, byoN is used as one of the forms of epistemic modality. The form byoN is said to have originated from the combination of be, which is used in large areas from the Kanto region to the Tohoku region, and on, which is attached to the end of sentences. In this paper, it is made clear that byoN went through some semantic change. That is, though byoN was once a polite epistemic modal that women in urban areas used, it no longer implies politeness, and has a slightly different meaning. In addition, it is now widely used in many areas and by both men and women. In order to explain the mechanism of this change, I applied to the particle on the notion of Perspectivization (Dirven 1982), concluding that the change in on may have affected byoN.論文 Articles
著者
酒井 智宏
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.131-151, 2015-09-30

この論文の目的は、固有名に関する記述主義をサポートする証処とみなされてきた非存在言明のパズルが、実は、記述主義と相反する立場である単称主義をサポートするものであることを示すことである。固有名に関するもっとも素朴でもっとも直観にかなった考え方は、「固有名=個体につけられたラベル」というJ.S.ミルに代表される考え方である。ところが、この考え方のもとでは「ペガサスは存在しない」のような非存在言明がパズルを引き起こすことが知られている。「ペガサス」によって指示される個体についてそれが「存在しない」と述べるのは矛盾でしかないからである。そこで、ラッセルは、自然言語の固有名が実は固有名ではなく偽装された記述であるとする記述主義を唱えた。しかし、クリプキが指摘したように、固有名に関する記述主義には問題が多い。それゆえ、もし可能であれば、ミル説と非存在言明の問題とを両立させることが望ましい。この論文では、非存在言明を文法的注釈とみなす野矢(2002/2006)の考え方と、「切り裂きジャック」のような記述名を「いずれ記述を介さずに対象を指示できるようになることを期待された名前」とみなすRecanati(1993)の考え方を統合し、「PNは存在しない」が「『PNはQだ』は単称命題ではない」(Qは任意の述語)を意味すると考えることで、ミル説と非存在言明の両立が可能であることを示す。「『PNはQだ』は単称命題ではない」という意味記述は単称主義を前提とするため、この意味記述を採用すれば、単称主義のもとで非存在言明のパズルが自動的に解決されることになる。The purpose of this paper is to show that the puzzle of non-existential statements, which has long been considered to support Descriptivism, can in fact be accounted for within Singularism as suggested by J.S. Mill. The Millian view on the semantics of proper names regards proper names as labels for individuals. This view, however, is known to give rise to a puzzle when confronted with a non-existential statement such as "Pegasus does not exist", to the extent that the statement denies the very existence of Pegasus denoted by the subject NP. According to Descriptivism as defended by Russell, this puzzle suggests that alleged proper names in natural language are not proper names in the true sense of the term, but disguised descriptions. Since Descriptivism raises more problems than it solves, however, it is better to find a solution for the puzzle within the Millian framework. By drawing on Noya's (2002/2006) idea that non-existential statements are nothing but grammatical statements on the use of proper names, as well as on Recanati's (I 993) view that de Jure any proper name demands that its referent be thought of non-descriptively, this paper argues that the statement "PN does not exist" means that for any predicate Q, "Q (PN)" fails to express a singular proposition. The fact that this semantic description presupposes Singularism as opposed to Descriptivism suggests that, as against the traditional conception mentioned above, non-existential statements raise no puzzle for the Millian view on proper names.論文 Articles
著者
鴨志田 聡子
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.145-159, 2018-03-31

本稿では、執筆者がカイロ (エジプト) とイスタンブル (トルコ) において 2017 年 8 月に実施したユダヤ教徒とその言語についての調査の概要を示し、それぞれの地域のユダヤ教徒の活動の特徴と今後の調査の可能性について考察する。ユダヤ教徒はカイロには全部で 6 人、イスタンブルには 1万 5 千人から 1 万 8 千人ほど住んでいる。イスタンブルにはユダヤ・スペイン語 (通称ラディノ語) の話者が現在でも一定数住んでいると確認でき、今後の調査の可能性が広がった。
著者
氏家 啓吾
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.251-273, 2018-09-30

「地図をたよりに、駅まで歩いた」のように、述語のない「X をY に」という形が従属節として主節を修飾し、付帯状況を表す構文がある。これを「地図をたよりに」構文と呼ぶ。この論文は「地図をたよりに」構文の精緻な記述を提示することを目的とする。まず、従属節と主節の間の意味的関係のパターンとして、従属節が主節の表す事態の〈成立要因〉を表すもの(「〜を手がかりに」など)と〈タイミング〉を表すもの(「〜を契機に」など)の2 種類の意味関係のスキーマが存在することを示す。そして、この構文の事例に多数含まれる慣習的表現に着目し、それらの多くが上位のスキーマに動機付けられているということを主張する。「地図をたよりに」構文の全体像は、抽象的なパターンだけでなく具体的な表現を含んださまざまなレベルの言語知識が共存するネットワークとして捉えられる。Among the constructional idioms in Japanese is what I refer to in this paper as the "chizu-o tayori-ni" construction, a sentence with a subordinate clause 'X-o Y-ni' that lacks a predicate verb. This paper provides a detailed description of this construction. It is shown that the construction has two major subschemas, each of which has a distinct semantic characteristic that pertains to the relationship between the main clause event and the subordinate clause event: the enabling sense and the timing sense. In addition, it is argued that there are many conventional expressions which instantiate "chizu-o tayori-ni"construction, and that higher-level constructional schemas, including the enabling schema and timing schema, provide motivation for these conventional expressions. The "chizu-o tayori-ni" construction can therefore be seen as a network that consists of constructions with various levels of abstraction and different degrees of productivity.論文 Articles
著者
湯本 久美子
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.321-352, 2017-09-30

本論では、外部照応・内部照応の "it"、impersonal it文および It分裂文の "it"は連続体を成していると考え、「何が」そして「どのように」連続しているのかを問うことを目的としている。最初に、外部照応の "it"を分析し、A定性・B非人間性・C Imposter性(文法的形式と指示的価値のミスマッチ)の3つの特質を確認する。次にこれらのA・B・Cの特質が内部照応の "it"、impersonal it文そしてIt分裂文の各々の特徴とどのような関わり合いを持っているかを考察していく。分析の結果、各々の特徴とA定性・B非人間性・C Imposter性そしてそれぞれの拡張特質―広指示性・非ダイクシス性・トピック性・弱人間性―との密接な繋がりが観察され、そのことにより外部照応、内部照応、impersonal it文および It分裂文の "it"には連続性があると考えられることを述べる。本論は、"it"が指示的意味を持っており(Langacker 2007/2011)、語彙と文法は連続体であるという認知文法の主張(Langacker 2008:5)に沿うものである。The present paper argues that it is referential and that the exophoric it, endophoric it, impersonal it and it in It-cleft form a continuum, attempting to find out the factors which underlie this continuity. For this purpose, we firstly define the distinctive features of the exophoric it, which is believed to have the clearest referential properties. We find "definiteness", "in-human" and "imposter - mismatches between the grammatical forms of person markers and their referential value" the basic features of the exphoric it. Then, we confirm that those three features and their extended characters – "wide reference", "non-deixis", "topic" and "human defocusing" - are in accord with some of the significant characteristics of the endophoric it, the impersonal it construction and the It-cleft construction. These findings are in accordance with basic principles of Cognitive Grammar, wherein it is claimed to be meaningful and the lexicon and grammar form a gradation consisting solely in assemblies of symbolic structures.論文 Articles
著者
伊藤(神庭) 真理子
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.119-126, 2018-03-31

日本手話は、視覚で認識する言語であり、語は常に手の形・手の向き・位置・動きの要素からなる。先行研究では、異なる2つの空間利用のシステムが提案されている。本論文では、この2つのシステムが並存しうるかどうかを明らかにするため指さしに関する調査を実施した。名詞の種類により2つの異なるシステムが利用されている可能性があることを示す。Japanese Sign Language is perceived by visual perception and its word is consisted of Handshape, Orientation, Space, Movement. Earlier studies exhibit two different space systems. This paper is about an investigation into pointing to judge whether the two systems can work. They can be available if they are related other noun groups.
著者
松倉 昂平
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.101-122, 2017-09-30

福井市内の沿岸部及び東部山間部の 29 地点でアクセント調査を行った結果、沿岸部の広い範囲が三型アクセント及び二型アクセントの分布域であること、東部山間部には式の対立のない多型アクセントが分布することが確認された。本稿では、各地点のアクセント体系の概略を示すとともに、複合名詞のアクセントや類別語彙との対応関係を対照・比較することで、共時的な性質と歴史的な関係の両面から見た各体系の特徴・相違点を明らかにする。