著者
中島 貴子
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 = Journal of engineering ethics (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.51-77, 2007-11-30

戦後日本の食環境の変化を象徴する食中毒事件と不安訴訟において、各々の事例の重要な社会的意思決定の場面に存在する科学的知見の不確実性に注目すると、不確実性は「無関心」「未解決」「未知」「不知」の4類型に分類できる。4類型の不確実性は、どの事例にも存在するが「無関心」「未解決」型の不確実性が発生する背景を歴史的にみると、個人的な要因から制度的・社会的要因に比重が移っており、科学技術を扱う専門家には、より複雑な倫理的課題が与えられている。
著者
伊勢田 哲治
出版者
名古屋工業大学 技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 = Journal of Engineering Ethics (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.1-36, 2016-11-30

フォード・ピントの設計上の欠陥の事例は, その設計のもとになったとされる非倫理的計算を示す「ピント・メモ」とともに, 日本の技術者倫理教科書の中で頻繁に言及されてきた. しかし、この事例についての「通説」には多くの不正確な点があり, とりわけ, 「ピント・メモ」は実はピントの設計に直接は関係しない文書であることが分かっている. この問題についての注意喚起はすでになされているが, 技術者倫理教育コミュニティの反応はそれほど敏感とはいえない. 本論文では「通説」の不正確な部分をより一次資料に近い文献をもとに確認するとともに, 現行の技術者倫理教科書でこの事例がどのように扱われているか, 具体的に検討し, 分類する. さらに, 現行のさまざまな取り上げ方に長短があることを踏まえ, 本論文で「フィクション派」と名付ける, 別の取り上げ方を提案する.
著者
伊勢田 哲治
出版者
名古屋工業大学 技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.1-36, 2016

フォード・ピントの設計上の欠陥の事例は, その設計のもとになったとされる非倫理的計算を示す「ピント・メモ」とともに, 日本の技術者倫理教科書の中で頻繁に言及されてきた. しかし、この事例についての「通説」には多くの不正確な点があり, とりわけ, 「ピント・メモ」は実はピントの設計に直接は関係しない文書であることが分かっている. この問題についての注意喚起はすでになされているが, 技術者倫理教育コミュニティの反応はそれほど敏感とはいえない. 本論文では「通説」の不正確な部分をより一次資料に近い文献をもとに確認するとともに, 現行の技術者倫理教科書でこの事例がどのように扱われているか, 具体的に検討し, 分類する. さらに, 現行のさまざまな取り上げ方に長短があることを踏まえ, 本論文で「フィクション派」と名付ける, 別の取り上げ方を提案する.
著者
斉藤 了文
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.1-20, 2006
被引用文献数
1

テクノロジーを理解する枠組みを提案する。その基本は、「人工物に媒介された倫理」である。人工物をつくるエンジニアにとって、その責任とか、人工物を使うユーザの位置づけを考える上で、人工物に媒介されているという観点は興味深い論点を含んでいる。 さらに、テクノロジーが使われている社会とその制度の記述を基に考察を進める。その基本が、不法行為法の変遷である。このポイントは、過失に焦点を当てると、それを通じて自律的な人間というユーザの位置づけができなくなる、ことである。この場合に、社会的行為者として責任を取ることのできるものは、メーカーつまり法人という「奇妙な人工物」になってしまう。また、エンジニアも専門家団体の一員として(医師や弁護士のように)損害賠償責任を負うことになれば、テクノロジーと共に暮らす社会の責任ある行為者となりうる。
著者
伊勢田 哲治
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 = Journal of engineering ethics (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.1-36, 2016-11-30

フォード・ピントの設計上の欠陥の事例は, その設計のもとになったとされる非倫理的計算を示す「ピント・メモ」とともに, 日本の技術者倫理教科書の中で頻繁に言及されてきた. しかし、この事例についての「通説」には多くの不正確な点があり, とりわけ, 「ピント・メモ」は実はピントの設計に直接は関係しない文書であることが分かっている. この問題についての注意喚起はすでになされているが, 技術者倫理教育コミュニティの反応はそれほど敏感とはいえない. 本論文では「通説」の不正確な部分をより一次資料に近い文献をもとに確認するとともに, 現行の技術者倫理教科書でこの事例がどのように扱われているか, 具体的に検討し, 分類する. さらに, 現行のさまざまな取り上げ方に長短があることを踏まえ, 本論文で「フィクション派」と名付ける, 別の取り上げ方を提案する.
著者
斉藤 了文 サイトウ ノリフミ Saito Norifumi
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.129-135, 2012

大石敏広『技術者倫理の現在』と比屋根均『技術の知と倫理』の二つの著書の批評を通じて,技術者倫理について考えていく. 3 つの方向で論じて行く. まず第一に,この 2 著の感想,もしくは概観を通じて,技術者倫理の研究の方向性について,そして各著作の論点の幾つかについて取り上げる. 第二に,新たな現代的事例に対して,新しい技術者倫理の著者たちは,どう応えるのだろうか.ここでは,東電の福島原発の吉田所長の事例を提示してみる. 第三に,補足的ではあるが,私自身このごろまた考えている技術論,技術の知識に関して,比屋根さんの論点から触発された論点や議論を提示してみたい.
著者
藤木 篤 杉原 桂太
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.23-71, 2010

本稿では、日米両国における工学倫理の教科書の変遷過程を概観し、その後のわが国に適した教科書を作成する上での課題について述べる。アメリカにおける近年の出版動向を確認すると、従来アメリカ式の工学倫理の特徴とされたプロフェッショナリズムはさらに強調され、同じく特徴として挙げられてきた個人主義的傾向は勢いを弱めつつあることが明らかになる。一方わが国の教科書は、アメリカに強く影響を受けているにもかかわらず、上記の点、すなわちプロフェッショナリズムを前提とする社会契約モデルを採用するか否か、また個人主義的傾向をとるか否かについて、執筆者ごとのスタンスの違いが表れるため、未だ標準化という方向へ向かっていない。こうした状況は、工学倫理導入当初からわが国において議論され続けてきた問題、すなわち「専門職概念をどのように受容するべきか」という問題へと帰着する。つまり、わが国で技術者が置かれている実際の立場と、社会契約モデルが前提とする技術者像の間に乖離があるために、両者の間に齟齬が生じ、結果的にこのような複雑な状況を生み出しているのである。したがって、われわれは今後、技術者の社会的地位とその責任について議論を行う必要がある。日本に適した工学倫理の教科書を作成するためには、我々はあらためてこの問題に向き合わねばならない。
著者
松井 貴英
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 = Journal of engineering ethics (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.41-55, 2006-09-30

社会的に蓄積されていく財あるいはストックとしての建築物、特にマンションやオフィス用のビルディングに関して、スクラップ・アンド・ビルドという従来の方法ではなく、リニューアルや適切なメンテナンスにより古い建築物の寿命を延ばすことの可能性を探る。ロングライフビルディングとしての建築物を再生し再利用するための方策として今後一層注目されるべきである使用方途の転換(コンバーション)や建築物のもつ働きや機能の更新(リノベーション)について検討する。そして、建築物の用途を変更することがどのような効果を生み出すかを念頭に置いた建築物の再生・再利用の可能性を考察する。
著者
瀬口 昌久
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 = Journal of engineering ethics (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-21, 2009-12-31

ファイル共有ソフトWinnyを自己のホームページ上で公開し、それをダウンロードした者が犯した著作権法違反を幇助した罪に問われて開発者が起訴された事件は、一審の京都地裁では有罪、二審の大阪高裁では逆転無罪となり、司法判断に大きな違いが生じ、検察の逮捕や司法判断の妥当性をめぐって社会的関心を広く集めて盛んに論じられている。Winnyの事件には、ソフトウェアの技術開発者に著作権法(公衆送信権)違反の幇助罪を適用したことが、司法判断として妥当かという法的解釈にとどまらず、インターネットの発展した世界でのデジタルコンテンツの著作権のあり方や、技術開発者が負うべき責任の範囲や判断について重要な問題が含まれている。本論では、一審と二審判決について検討し、アメリカのMITの学生は通信詐欺で起訴されたラマッキア事件と対比し、新しい技術開発における技術者が負う倫理的責任のガイドライン設定の問題を考察する。
著者
瀬口 昌久
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-21, 2009

ファイル共有ソフトWinnyを自己のホームページ上で公開し、それをダウンロードした者が犯した著作権法違反を幇助した罪に問われて開発者が起訴された事件は、一審の京都地裁では有罪、二審の大阪高裁では逆転無罪となり、司法判断に大きな違いが生じ、検察の逮捕や司法判断の妥当性をめぐって社会的関心を広く集めて盛んに論じられている。Winnyの事件には、ソフトウェアの技術開発者に著作権法(公衆送信権)違反の幇助罪を適用したことが、司法判断として妥当かという法的解釈にとどまらず、インターネットの発展した世界でのデジタルコンテンツの著作権のあり方や、技術開発者が負うべき責任の範囲や判断について重要な問題が含まれている。本論では、一審と二審判決について検討し、アメリカのMITの学生は通信詐欺で起訴されたラマッキア事件と対比し、新しい技術開発における技術者が負う倫理的責任のガイドライン設定の問題を考察する。
著者
杉原 桂太
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.37-57, 2016

今日,自動走行車が社会的期待を集めている。本稿では,自動走行技術を社会的に望ましいものとするために,アクターネットワーク理論(Actor-Network Theory:ANT)による構築的テクノロジー・アセスメント(Constructive Technology Assessment:CTA)を自動走行車に適用する必要性について技術者倫理(Engineering Ethics)の視点を踏まえて考察する。自動走行技術については正の側面だけではなく負の側面も指摘されている。社会的に望ましい自動走行車像を描き出すには、技術者と行政,市民が議論する場が必要である。
著者
斉藤 了文
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.129-135, 2012

大石敏広『技術者倫理の現在』と比屋根均『技術の知と倫理』の二つの著書の批評を通じて,技術者倫理について考えていく. 3 つの方向で論じて行く. まず第一に,この 2 著の感想,もしくは概観を通じて,技術者倫理の研究の方向性について,そして各著作の論点の幾つかについて取り上げる. 第二に,新たな現代的事例に対して,新しい技術者倫理の著者たちは,どう応えるのだろうか.ここでは,東電の福島原発の吉田所長の事例を提示してみる. 第三に,補足的ではあるが,私自身このごろまた考えている技術論,技術の知識に関して,比屋根さんの論点から触発された論点や議論を提示してみたい.
著者
瀬口 昌久
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-21, 2009

ファイル共有ソフトWinnyを自己のホームページ上で公開し、それをダウンロードした者が犯した著作権法違反を幇助した罪に問われて開発者が起訴された事件は、一審の京都地裁では有罪、二審の大阪高裁では逆転無罪となり、司法判断に大きな違いが生じ、検察の逮捕や司法判断の妥当性をめぐって社会的関心を広く集めて盛んに論じられている。Winnyの事件には、ソフトウェアの技術開発者に著作権法(公衆送信権)違反の幇助罪を適用したことが、司法判断として妥当かという法的解釈にとどまらず、インターネットの発展した世界でのデジタルコンテンツの著作権のあり方や、技術開発者が負うべき責任の範囲や判断について重要な問題が含まれている。本論では、一審と二審判決について検討し、アメリカのMITの学生は通信詐欺で起訴されたラマッキア事件と対比し、新しい技術開発における技術者が負う倫理的責任のガイドライン設定の問題を考察する。
著者
藤木 篤 杉原 桂太
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.23-71, 2010

本稿では、日米両国における工学倫理の教科書の変遷過程を概観し、その後のわが国に適した教科書を作成する上での課題について述べる。アメリカにおける近年の出版動向を確認すると、従来アメリカ式の工学倫理の特徴とされたプロフェッショナリズムはさらに強調され、同じく特徴として挙げられてきた個人主義的傾向は勢いを弱めつつあることが明らかになる。一方わが国の教科書は、アメリカに強く影響を受けているにもかかわらず、上記の点、すなわちプロフェッショナリズムを前提とする社会契約モデルを採用するか否か、また個人主義的傾向をとるか否かについて、執筆者ごとのスタンスの違いが表れるため、未だ標準化という方向へ向かっていない。こうした状況は、工学倫理導入当初からわが国において議論され続けてきた問題、すなわち「専門職概念をどのように受容するべきか」という問題へと帰着する。つまり、わが国で技術者が置かれている実際の立場と、社会契約モデルが前提とする技術者像の間に乖離があるために、両者の間に齟齬が生じ、結果的にこのような複雑な状況を生み出しているのである。したがって、われわれは今後、技術者の社会的地位とその責任について議論を行う必要がある。日本に適した工学倫理の教科書を作成するためには、我々はあらためてこの問題に向き合わねばならない。
著者
藤本 温
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 = Journal of engineering ethics (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.123-141, 2007-11-30

本稿では、技術者倫理の要であると言われる「(技術者は)公衆の安全、健康、福利を最優先する」という規程における「公衆」概念を検討する。日米の工学系学協会による倫理綱領の分析から始めて、インフォームド・コンセントという概念を用いて「公衆」を規定するM.Davisによる提案の可能性と問題点を考察する。
著者
中里 公哉
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 = Journal of engineering ethics (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.143-171, 2007-11-30

航空会社の技術者は、最も人命の安全に関わる仕事に携わっているといえる。航空機整備の責任者を長く務めた技術者としての経験を通し、日航ジャンボ機墜落事故などのさまざまな飛行機事故の分析と教訓から、いかにしてヒューマン・エラーを防止し、航空機の安全を守るかについて論じる。
著者
小出 裕章
出版者
名古屋工業大学技術倫理研究会
雑誌
技術倫理研究 = Journal of engineering ethics (ISSN:13494805)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.1-44, 2014-11-07

「原子力発電所は決して大事故を起こさない」と宣伝されてきた.しかし,残念ながら福島第一原子力発電所で破局的な事故が起きた.どこにどのような責任があり,一人ひとりの人間,特に技術者が原子力に対してどのように向き合うべきか論じる.