著者
井上 あずみ
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.145-153, 2003-12-30 (Released:2009-11-19)
参考文献数
12

我々は言語発達遅滞児の視覚的弁別や単語の聴覚的理解・表出訓練で,はめ板や絵カードを用いている.しかし健常児のそれらの課題における達成度の詳細なデータは少ない.本研究は,1,2歳台児の健常児52名を対象とし,はめ板・絵カードを用いて,(1)事物名称の聴覚的理解と表出の習得年齢,(2)事物絵の視覚的弁別の習得年齢について調査し,さらに(3)健常児における聴覚的理解と視覚的弁別の関係を明らかにすること,また(4)対照群として生活年齢2歳2ヵ月から4歳4ヵ月で,発達年齢1歳前半から2歳後半の言語発達遅滞児12名についても同様の検査の一部を施行し,健常児と比較検討することを目的とした.その結果,本研究で用いた課題では聴覚的理解と視覚的弁別の関係は,健常児は2歳になると両者に差がなく発達するが,言語発達遅滞児の中には,比較的良好な視覚的弁別に比し,聴覚的理解が遅れるという健常児と異なる発達様相を呈す事例がみられた.
著者
松浦 晴美 本多 留美
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.41-46, 2005-04-30 (Released:2009-11-19)
参考文献数
5

介護老人保健施設(老健)等に勤務するSTは増加の一途をたどっているが,そうした場でのST業務のガイドラインは確立されていない.老健等のSTに対し2004年に小規模な調査を行った結果から,自分達の役割を病院のSTとは異なるものとして積極的にとらえている一方,さまざまな悩みを抱えている姿が見えた.本稿では,養成校を卒業したてのSTが老健に就職し,卒業校の教員達のスーパーバイズを受けながら,老健でのSTの役割や業務を模索していくようすを報告する.老健での経験を通じて,STの役割を「生活の場でのコミュニケーション,QOLの向上に関わる」「個人に合ったコミュニケーション環境を整える」「認知症の方への評価やアプローチを行う」「スタッフ,家族,地域住民にコミュニケーション障害への認識を高める働きかけを行う」と考えるようになった.こうした視点は,生活を軸にした新しいリハビリテーションの概念と通じるものである.
著者
高見 葉津
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.102-110, 2007-08-30 (Released:2011-04-13)
参考文献数
27

わが国における食べることが困難な障害児への言語聴覚士(以下STと略す)の関わりについて歴史的経過を概説し,STが実践する支援についての考え方や方法について知見を述べた.支援を実践する際に大切なことは,まずは対象児の主たる基礎疾患によって発達上にみられる障害の特性を理解することである.そして出現する食べることに関する多様な困難性を子どもの全体像を理解した上で分析し,子どものライフサイクルを見据えながら養育者や家庭状況を考慮して,各ライフステージに必要な支援を実践する.子どもへのアプローチは,摂食・嚥下に関する感覚運動の正常発達を参考にしながら,子どもにみられる問題に対して仮説を立て,治療的アプローチを行い,そのアプローチの妥当性を検証しながら進める.そこには,STの独創性や工夫がなされることが望まれる.特にSTとしては,食べることはコミュニケーションや認知の発達に関連することにも注目していく必要がある.
著者
MENN Lise 田中 裕美子 荻野 恵
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.127-138, 2005

言語障害をもつ人々の言語産生能力を,ナラティブで評価するのは難しい.しかし,ナラティブ能力の測定法は,言語障害が一次的なものか認知障害と合併しているものかにかかわらず,また発達性(SLI,精神遅滞,自閉症)であっても,後天性(流暢・非流暢性失語,認知症,脳外傷等)であっても,コミュニケーション能力の全体像を把握する過程において欠かせないものである.今回の発話サンプルには,語彙や統語能力の問題を含む幅広い言語の問題がみられる.また,いくつかの物語の内容を混ぜ合わせたり,必要な情報を提供しようとしないなど,認知/情動障害から二次的に生じていると思われる問題もみられる.現在使われている一面的な測定法は,このような問題を把握するためには十分でない.それぞれの言語において,研究者は信頼性・安定性・感度・妥当性のある多面的な測定法を開発することが必要である.
著者
涌井 恵
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.63-73, 2003-08-30 (Released:2009-11-19)
参考文献数
16
被引用文献数
1

本研究は発達障害児集団において短期援助スキル訓練を行った後,強化の随伴単位をペアとする集団随伴性が標的行動(相談やりとり)に及ぼす効果と自発的な援助行動の会話調整機能について個人随伴性と比較した.その結果,対象児3名中2名には,集団随伴性が標的行動の獲得に及ぼす効果は明確には示されなかった.介入終了後の集団随伴性の理解度についてのアセスメントから,残りの1名は集団随伴性の相互依存性を全く理解しておらず,実際は集団随伴性期に漠然とした個人随伴性による強化が働いていたことが示された.先述の2名は,相互依存性を理解していたものの,ペアの強化まであといくつ正反応が必要か逆算できず,また,ペアの不足(誤反応)分を自分が補えることを知らなかった.自発的な援助行動には三者三様の結果が示された.本研究から,発達障害児集団に集団随伴性を適用する際に考慮すべき条件の1つとして対象児の数的処理能力が指摘された.
著者
林 耕司
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.41-45, 2006-04-30
参考文献数
3

「命を救うような気持ちで言葉を聴いてほしい」「良い環境とは周囲に響き合う魂があることである」「ゆっくり話し良く聞いて虹の橋」筆者はこのようなコミュニケーション障害者が語ってくれる言葉たちに力を得てコラボレーションセラピーを展開してきている.コミュニケーション障害の現場はSTの手によって深く耕され,滋養を与えられていかなければならない.そのためにはコミュニケーション障害者とコミュニケーションパートナー(家族・専門家・会話ボランティア)が協働し,心を響かせ合いながら具体的な方策を展開し,より良い環境を創り上げ未来を切り拓いていく必要があると考えている.この協働=響同作業をコラボレーションセラピーとよびたいと思う.次の4つの方策を展開している.(1) 芸術活動を通した楽しみの共有.(2) 会話ボランティアの養成.(3) コミュニケーション障害者を取り巻く専門職への教育.(4) 失語症友の会支援やグループ訓練の継続.
著者
後藤 慶子 浅野 和海
出版者
Japanese Association of Communication Disorders
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.99-105, 2004-08-25
被引用文献数
1

1歳5ヵ月時に口蓋形成術を受けた硬軟口蓋裂児は,2歳2ヵ月の言語初診時に,軟口蓋の形態は良いが顕著な開鼻声と声門破裂音を示し,その後鼻咽腔閉鎖機能不全の状態が続いた.3歳3ヵ月でストロー使用と/p/の構音が可能になり,4歳を過ぎて破裂音/p,t,k/の構音が一貫して可能となるのと平行して,鼻咽腔閉鎖機能は良好になった.摩擦音,破擦音の習得のために4歳7ヵ月から1年間,系統的構音訓練と文字・音韻意識を活用する働きかけを行った.本児は言語理解に比し表出が遅れ,随意的口腔運動や模倣的な表出に困難さが認められた.特異的言語発達障害と呼ばれる臨床像に近く,聴覚情報の処理と構音運動の企画に問題があると思われた.鼻咽腔閉鎖機能良好の判定に術後3年と長期を要し,口蓋裂に合併した特異的言語発達障害の影響が示唆された.
著者
小林 久子
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.35-40, 2004-04-25 (Released:2009-11-19)
参考文献数
10

失語症を克服するのではなく,失語症とともに生きるという視点でのコミュニケーションの環境づくりという立場から,失語症者と社会とのコミュニケーション上のスロープとなる「失語症会話パートナー」を養成した.3年間に,失語症者をもつ家族,ホームヘルパー,看護師,ボランティアを含む88名を養成した.養成は6ヵ月間にわたり4回の講習とその合間を縫った5回の実習で構成されていた.細かいグループ討論とロールプレイ,実際に失語症者と会話をする機会をもつ実習を必須とした.このうちボランティアの定着率は84%である.東京で開始したが,同様の試みは少しずつ広がりをみせている.通常の社会生活への参加や介護保険を含む医療・福祉のさまざまな現場で,失語症者が有しているコミュニケーション上のバリアを取り除き,失語症者が生きやすい社会を作る一助となることを願っている.
著者
藤澤 和子
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.23-29, 2004-04-25 (Released:2009-11-19)
参考文献数
11
被引用文献数
1

話しことばのない青年期の自閉症者1名に対し,シンボルと文字を使ったコミュニケーションの個別指導を3年間行った.その結果,話題を共有した相互的なやりとりが増えた.生活場面でも,自発的なコミュニケーション行動が増加し,両場面で他者の視点を理解したコミュニケーション行動が認められた.本事例では,AAC手段による指導や情緒的に安定できる日常的な人間関係が,自閉症の対人機能に改善をもたらしたと考えられた.
著者
吉田 敬 長塚 紀子 荻野 恵
出版者
日本コミュニケーション障害学会
雑誌
コミュニケーション障害学 (ISSN:13478451)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.100-108, 2005-08-31 (Released:2009-11-19)
参考文献数
34

本稿では,成人の脳損傷者の談話・会話データの発話分析について考察した.分析対象,データの量,データの種類,分析方法といった発話分析に際して考慮すべき観点を述べた後,先行研究を概観した.さらに,形態統語論的な観点と談話分析的な観点から,流暢性失語症者と認知症者の発話の分析を試みた.流暢性失語症者の発話では助詞の誤用のような形態統語論的な誤りが目立った.認知症者の発話では形態統語論的な誤りはみられず,脱文脈の命題が用いられるなど談話レベルでの不適切さがみられた.最後に,対象者,分析目的,データ収集・分析に要する時間などを考慮し,適切な分析方法を採ることの重要性について強調した.