著者
徳丸 宜穂
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.13-25, 2018 (Released:2019-07-01)

技術変化やグローバル化などに対応すべく、先進諸国で新しいイノベーション政策が試行されている。本稿では、北欧諸国がフロントランナーである「イノベーションの公共調達」政策が、どのような制度的・組織的条件の下で施行されつつあるのかを検討するために、フィンランドで当該政策の施行に関与する諸組織の機能・配置と、そのミクロ的基礎である人材移動について、質的・定量的に分析・考察を行った。その結果、第1 に「触媒作用」と呼びうる機能を果たす諸組織が補完的に分厚く存在していることを、主に環境志向的な公共調達を促す諸組織への聞き取り調査に基づき明らかにした。第2 に、部門をまたがる人材移動が盛んであるという事実を、LinkenInから取得したデータの分析から見出した。これらの事実は、コーポラティズムや人材流動性といった、北欧モデルを構成する諸要素が、新しい政策の実施にとって有益に作用している可能性を示唆している。
著者
田辺 陽子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.27-36, 2018 (Released:2019-07-01)

本稿の目的は、ノルウェーの先住民高等教育機関・サーミ大学において成人向けに開講されている「北サーミ語初心者実践コース」に注目し、受講生の学習動機、言語復興に関する学習の成果や課題を提示することである。インタビュー調査の分析によって明らかになったのは、主に次の事項である。①学習動機に関しては、サーミ以外の受講生に「道具的志向」と「統合的志向」が目立ったのに対し、サーミの受講生には「連続的志向」がみられた。②学習成果としては、地域社会や自然・文化資源を学習環境の一部として取り入れたプログラムに対する生徒からの評価は高く、特に会話力の向上を指摘する声が多かった。その一方で、辞書や補助教材については課題が幾つくか残っている。次世代への言語継承には親世代の取組みが重要となるが、サーミ語を学ぶ成人向け教育プログラムが言語復興に果たす役割は大きく、今後の重要な研究課題の一つとなるだろう。
著者
佐藤 桃子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.21, 2017 (Released:2018-07-01)

デンマークの保育所では、他の社会サービスと同様に利用者委員会の設置が義務化され、保護者が積極的に保育所運営に関与している。本稿では、保護者会の制度化、保育サービスの民営化という歴史的背景から、保育サービスにおいて保護者の関与が拡充されてきた経緯をまとめ、さらにA 市の公立保育所と私立保育所の保護者に対するインタビュー調査の分析を行い、保護者が参加する経路がどのように確保されているかを考察した。A 市の事例より、公立保育所と私立保育所では異なる経路で保護者が運営に関与しており、私立保育所では保護者会が予算や園長の人事などを担う直接の運営主体になっていることが明らかになった。保護者の参加の経路は公立・私立保育所で大きく異なるが、保育サービスの歴史的な発展の中で保護者の関与が大きな役割を果たしていることが示された。
著者
長谷川 紀子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.67-76, 2016 (Released:2017-12-01)

ノルウェー、ヌーラン県ハットフェルダル・コムーネ(kommune)に、少数先住民族サーメ児童・生徒のための基礎学校がある。1951年、国立の寄宿制サーメ学校として創立され、特に1980年以降、南サーメ言語・文化教育をノルウェーの普通教育に取り組んだ独自の教育を展開してきた。しかし、2000年以降、徐々に児童・生徒数が減少し、現在は通年の学校として機能していない。本稿の目的は、スウェーデンにあるサーメ学校と比較の観点から、学校の教育的特徴を分析し、児童・生徒数減少の要因と実情について明らかにすることである。学校は、現在、短期セミナーや遠隔教育を駆使して南サーメ言語・文化を伝承する役割を果たしている。しかし、通年で 通う児童・生徒を確保できないがために新たな課題に直面している。この学校は、今後どのような教育機関として位置づけられていくのだろうか。
著者
田中 里美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.37-45, 2016 (Released:2017-12-01)

フィンランドでは2015年、経済的な持続可能性の保障、行政運営方法の改良とともに、 民主主義の強化を目的として、自治体法が改正された。ここでは、民主主義の強化と関連して、自治体が設置可能な機関として、地域の委員会が取り上げられた。本稿では、これに先行して地区委員会を運営してきたロヴァニエミ市を取り上げ、自治体が、住民の参加と影響力行使の権利を保障するしくみの具体と課題を、現地調査、文献調査によって明らかにする。地区委員会設立後まもなく、ロヴァニエミ市によって行われた調査では、地区委員会の理念、意義について、肯定的な評価が多くみられたが、試行終了を翌年に控えた2015年現在、市の地区委員会担当者は、経費の大きさ、決定にかかる時間の長さから、現状での存続を危ぶむ見方を示している。ロヴァニエミ市地区委員会の例からは、近隣民主主義を実行に移す際の難しさがあらためて明らかになった。
著者
丸山 佐和子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.23-35, 2016 (Released:2017-12-01)

本論ではスウェーデンの欧州単一市場への統合に伴う経済制度の変更を以下の二つの側面から分析する。第一に、欧州単一市場への統合、すなわち4つの移動の自由の導入のために直接的に生じた制度変更である。第二に、欧州単一市場への統合を前提に実施した国内制度の調和のための制度変更である。続いて制度変更がスウェーデン企業や経済に及ぼした影響を考察した結果、次の三点が明らかになった。第一に、モノ・サービス・資本の移動の自由化はスウェーデン企業の海外展開の障壁を引き下げ、多国籍的活動を後押しするものであった。第二に資本規制が緩和されたことで外資の流入が増加し、スウェーデン企業の資本関係が大きく変化した。第三に、制度の調和のための各種改革はスウェーデンの市場をより開放的で効率的なものに変え、スウェーデン企業を取り巻く経済環境や競争条件も大きく変えた。
著者
是永 かな子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.39-52, 2015 (Released:2018-10-01)

本稿ではスウェーデンにおける高齢者の自立を支える制度と理念について、 高齢者支援にかかわる市中央地区行政当局、 ホームヘルプサービス事務所、 高齢者集会所、 高齢者住宅の現地調査に基づいて考察した。具体的には、イェーテボリ市の各機関において共通項目を用いて聞き取り調査を実施した。 結果として今回の調査研究からは、第一に孤独の回避やコミュニティケア等の予防的かかわり、第二に個別の介護サービス判定に基づく介護と看護の保障、第三に支援内容決定における高齢者の主体的参加の重視という、高齢者の自立を支える制度と理念の近年の傾向が明らかになった。
著者
田中 里美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.67-77, 2014 (Released:2018-10-01)

フィンランドでは、2000 年代後半に加速した自治体合併、および投票率の低下等をきっかけとして、地域レベルでの民主主義があらためて問われている。人々が自治体の運営に参加し、影響力を行使するための制度的、集団的な手段の一つとして期待されているのが、地区委員会である。国内の類似の組織の中で最も強い権限を持っているとされるロヴァニエミ市ウラケミヨキ地区委員会は、20年にわたり、地区住民へのサービスの手配および地域開発の2つの役割を担ってきた。ロヴァニエミ市は2013年から、このしくみを旧ロヴァニエミ市=中心部をのぞく全市に拡大している。本稿は、地区委員会が、フィンランドの農村地域で取り組まれてきた村運動の伝統を生かした参加型民主主義のしくみであることを指摘する。またこれが、身近な地域で利用できるサービスの減少について農村部住民が感じる不安に対して、具体的な解決策を講じていることを指摘する。
著者
小川 有美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.1-9, 2015 (Released:2018-10-01)

共に北欧型福祉国家デモクラシーと呼ばれながらも、スウェーデンとデンマークは、移民の包摂や「福祉排外主義」の定着において異なる姿を示す。 その差異は、民主的な福祉国家に至るレジーム形成局面に遡って分析することができる。すなわち、1. 北欧各国ではナショナル・レジーム、民主レジーム、社会レジームの三つが重層的に成り立っているが、各レジームの確立するタイミングとその政治的規定力は異なった。2.スウェーデンの場合、社会を国家が包摂する社会包摂ステイティズムが先に確立し、ナショナル・レジームの問題が大きな影響をもつことはなかった。3. デンマークの場合、ナショナル・レジームの問題が繰り返し政治化し、「小国」としての民主的なナショナル・レジームが確立した。それは国民国家の枠組みを強調するリベラル・ナショナリズム的な性格を有するものとなった。
著者
吉岡 洋子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.27-37, 2015 (Released:2018-10-01)

スウェーデンの福祉に関わる政策や議論で、コミュニティワークという言葉をきくことが殆どないのはなぜか? 本稿の目的は、スウェーデンにおいて、コミュニティワークの機能を誰がどのように担っているのかを考察し解明することであり、ソーシャルワークの内側と外側という視覚から考察を行った。また、コミュニティワークの諸機能を枠組みとして分析を行った結果、ソーシャルワークの一技術としてのコミュニティワークは、1980 年代以降のスウェーデンでは概念また実践としてもほぼ消滅していることが分かった。しかし、より広い視点から探究したところ、住民参加や地域組織化、ソーシャルアクションといったコミュニティワークの諸機能は、市民社会における組織団体の伝統や、福祉国家の理念や特徴により、担われていることが明らかになった。
著者
徳丸 宜穂
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.55-64, 2013 (Released:2018-10-01)

先進国におけるイノベーション政策の重点が、エネルギー、ヘルスケア、環境など、規制・法制度や文化のあり方がイノベーションに大きな影響を与える領域にシフトするにつれて、政策アプローチにも刷新が必要になることは十分予想される。 本稿では、この事態に果敢に挑戦しているEU、フィンランドのイノベーション政策を検討し、近年の政策アプローチの変容を明らかにする。第1 に、政策文書の検討により、新しいアプローチである「需要・ユーザ主導型イノベーション政策」がEU レベルで採用されており、フィンランドは理念面・ 実践面でこれを先導していることを示す。第2 に、この政策転換は政策プロセスの変質を伴っており、現れつつある政策プロセスは「進化プロセス・ガバナンス型」と呼びうることを明らかにする。 この変質は政策担当者に新たな組織体制と能力を要請しているが、公的部門がイノベーション推進に果たしうる一つの可能性を示唆している。
著者
長谷川 紀子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.73-82, 2013 (Released:2018-10-01)

ノルウェーでは、ナショナルカリキュラムの中で、サーメのための教育の項が設けられ、サーメが居住する地域の学校で示唆に富んだ実践が展開されている。特に、南サーメ地域は、現存するサーメ学校における言語教育の保障や、1800年代後半のノルウェー化政策期におけるサーメ学校設立の要求運動など、サーメ教育に重要な役割を果たしてきた。本稿は、南サーメ地域の教育の特質を明らかにする研究の第一段階として、キリスト教布教期の「サーメ学校」に着目した。この学校の実態を詳細に描くことにより、キリスト教布教を目的としたサーメへの啓蒙活動が、当時の南サーメの教育に与えた影響を明らかにした。キリスト教化と国防・ 国家統治を主目的とする布教活動であったが、結果的には、サーメ社会で尽力した宣教師による「サーメ学校」が、サーメの生活向上の一端を担いサーメ教師を育成した。それは、南サーメ地域における教育の源流ともいえる。
著者
ケットゥネン ペッカ 藪長 千乃
出版者
Japan Association for Northern European Studies
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.25-34, 2014 (Released:2018-10-01)

Mergers are seldom straight-forward, usually creating tension between the national and local levels and dividing political parties, with various interest groups, including the representatives of the local populace, attempting to influence the outcome of the process. In the 2000s, Finland and Japan experimented broadly with municipal amalgamation as a means for local government reform, but both ended with problems. We compare and explain those reforms by focusing on the respective political processes and interactions between the concerned political actors. The cases used in comparison represent very different cultures; hence the concepts of municipal autonomy or political power might be interpreted differently depending on the context. On the other hand, our analysis identifies both similarities and differences which can be discussed. We can see that municipal reforms resemble each other, and in particular, amalgamations as a solution for enlarging municipalities. Amalgamation processes are politically sensitive and often create both supporters and opposers. We see that political parties are important. In addition, councils seldom decide against the will of the majority of the citizenry, although the role of citizens can vary.
著者
大溪 太郎
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.41-51, 2014 (Released:2018-10-01)

1864 年に設立されたクリスチャニア・スカンディナヴィア協会は、ノルウェーの歴史的・政治的現実に立脚した独自のスカンディナヴィア主義を模索した。本稿では、協会の中心人物の一人ドーによる1860年代と第1次スリースヴィ戦争期の言説を比較し、 ドーが独自に唱えていたスカンディナヴィア主義が、後に協会の議論を先導したことを論じた。ドーはデンマーク人・スウェーデン人との民族的親近性を論じる一方で、「ナショナリティ」の歴史的議論と同時代の政治的関係との峻別を主張した。こうした背景には、民族の混合と接触による発展を肯定する「開かれた」ネイション概念があった。また、小国の生存への危機意識、軍事的規模の拡大の主張、スウェーデン重視の統合方針などが協会の政治的構想の基礎となった。ノルウェーの自由と独立を称揚する「愛国派」でもあったドーの影響力は、ノルウェーにおけるスカンディナヴィア主義の思想的基盤の多様さを示している。