著者
田中 里美
出版者
広島国際学院大学現代社会学部
雑誌
現代社会学 (ISSN:13453289)
巻号頁・発行日
no.10, pp.75-84, 2009

本稿は、Julia Lynch『福祉国家における年齢』(原題、Age in the Welfare State)の議論を追いながら、日本の社会政策における高齢者福祉政策の位置づけを国際比較の視点から捉える試みである。近年、人々が自立した生活を営むために重要な存在であった労働市場と家族は変化し、福祉国家への期待がますます高まっている。しかし先進各国の社会政策は、一人の人間が人生の各局面で直面するリスクへの対応について見ると、それぞれ独特の「年齢指向」を持っている。リンチはこの違いを、1900年前後に選ばれた社会政策の基本路線(市民権ベースか職業ベースか)、および、それぞれの国の政治競争の様式(制度化された競争か個別主義的な競争か)から説明する。社会支出に占める高齢者向け政策の割合を見ると、日本はアメリカと並んで世界で最も高齢者を優遇するグループに分類される。これは、職業ベースで組み立てられた社会政策を、個別主義的な政治競争が補強した結果と説明される。日本の社会政策の高齢者偏重の性格は1990年代にさらに強化されている。 The paper attempts to understand the positioning of Japan's social welfare policiesfor senior citizens in the broad picture of the nation's social policies from a viewpoint ofinternational comparison, following the discussion by Julia Lynch in her book entitled Age inthe Welfare State. In recent years, the function of labor market as well as family has changed,and we further expect on the state-led welfare system. However, when we look at the socialpolicies of each industrialized country especially on the point of how welfare states cover therisks associated with different stages of the life course, the characteristics of each state's "ageorientation" become clear. According to Lynch, the difference between the policies of thestates is due to the structure of early welfare state programs as well as the type of politicalcompetition characteristic of a party system. The ratio of expenditure for senior citizens out ofthe whole expenditure for social policies shows that Japan can be categorized to be one of thetop runners along with the U.S.A. giving prioriy to the policies for senior citizens. This can beexplained that the original social policy based on the principle of occupational attainment hasbeen supplemented by the particularistic competition.
著者
田中 里美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.37-45, 2016 (Released:2017-12-01)

フィンランドでは2015年、経済的な持続可能性の保障、行政運営方法の改良とともに、 民主主義の強化を目的として、自治体法が改正された。ここでは、民主主義の強化と関連して、自治体が設置可能な機関として、地域の委員会が取り上げられた。本稿では、これに先行して地区委員会を運営してきたロヴァニエミ市を取り上げ、自治体が、住民の参加と影響力行使の権利を保障するしくみの具体と課題を、現地調査、文献調査によって明らかにする。地区委員会設立後まもなく、ロヴァニエミ市によって行われた調査では、地区委員会の理念、意義について、肯定的な評価が多くみられたが、試行終了を翌年に控えた2015年現在、市の地区委員会担当者は、経費の大きさ、決定にかかる時間の長さから、現状での存続を危ぶむ見方を示している。ロヴァニエミ市地区委員会の例からは、近隣民主主義を実行に移す際の難しさがあらためて明らかになった。
著者
田中 里美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.67-77, 2014 (Released:2018-10-01)

フィンランドでは、2000 年代後半に加速した自治体合併、および投票率の低下等をきっかけとして、地域レベルでの民主主義があらためて問われている。人々が自治体の運営に参加し、影響力を行使するための制度的、集団的な手段の一つとして期待されているのが、地区委員会である。国内の類似の組織の中で最も強い権限を持っているとされるロヴァニエミ市ウラケミヨキ地区委員会は、20年にわたり、地区住民へのサービスの手配および地域開発の2つの役割を担ってきた。ロヴァニエミ市は2013年から、このしくみを旧ロヴァニエミ市=中心部をのぞく全市に拡大している。本稿は、地区委員会が、フィンランドの農村地域で取り組まれてきた村運動の伝統を生かした参加型民主主義のしくみであることを指摘する。またこれが、身近な地域で利用できるサービスの減少について農村部住民が感じる不安に対して、具体的な解決策を講じていることを指摘する。
著者
田中 里美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.13-22, 2013 (Released:2018-10-01)

フィンランドでは1990 年代の不況期を経て地域間の格差の拡大に関心が高まった。差は、都市部自治体と農村部自治体の間で見られ、農村部の自治体の中でも、都市近郊農村自治体と過疎自治体の間に認められる。格差拡大の抑制のため、現在、人口流出が続く過疎自治体においても、十分な人口が確保される必要がある。 フィンランドには、他のOECD諸国に先駆けて、農村をターゲットにした農村政策が登場した。現在では、これが農村住民の生活の維持、農村の活性化に働いている。また、フィンランドには、1970年代に遡る村運動が存在している。フィンランドでは1995 年のEU 加盟後、EUの農村開発手法であるリーダー事業を取り入れ、EUの農村開発資金が活用できるようになった。これにより、住民による農村の維持、活性化が強化されている。
著者
田中 里美
出版者
都留文科大学
雑誌
都留文科大學研究紀要 (ISSN:02863774)
巻号頁・発行日
vol.92, pp.129-150, 2020

福祉供給における公的責任の大きさによって特徴づけられてきた北欧型福祉国家におい ても、その成立を支えた条件の変化に伴い、市場化を含む制度改変が行われ、財政の健全 化と福祉供給の維持、効率化と平等の両立、さらには選択の自由の拡大が目指されている。 北欧型福祉国家に分類されるフィンランドでも、社会福祉、医療保健サービスの分野では、 民間、非営利組織の利用が進んでいる。一方、学校教育に関しては、私立学校は例外的な 扱いに留まり、自治体が財政、供給を担う公教育中心の体制が続いている。この体制の下、 1990年代の不況期以降、自治体による学校(とくに日本の小・中学校に相当する総合基 礎学校)統廃合の決定が相次いでいる。多くの地域で、私立学校化による学校の維持存続 の試みがとん挫する中、総理府の実験プログラムを利用し、公教育の枠組みの下で、地域 住民が社会的企業を立ち上げ、コミュニティ組織、地域の企業をつなぎつつ、自治体のパー トナーとして学校を維持する試みが、中央ポホヤンマーマークンタ、カンヌス市エスコラ 地区で行われている。この事例は、フィンランドの総合基礎学校が、1970年代の発足以来、 堅持してきた教育機会の平等の理念とともに、学校に対する地域ごとに多様なニーズに対 応する制度に変化するかを見る上で、重要な意味を持っている。
著者
藤井 和佐 西村 雄郎 〓 理恵子 田中 里美 杉本 久未子 室井 研二 片岡 佳美 家中 茂 澁谷 美紀 佐藤 洋子 片岡 佳美 宮本 結佳 奥井 亜紗子 平井 順 黒宮 亜希子 大竹 晴佳 二階堂 裕子 中山 ちなみ 魁生 由美子 横田 尚俊 佐藤 洋子 難波 孝志 柏尾 珠紀 田村 雅夫 北村 光二 北川 博史 中谷 文美 高野 宏 小林 孝行 高野 宏 白石 絢也 周藤 辰也 塚本 遼平 町 聡志 佐々木 さつみ
出版者
岡山大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

研究課題に関する聞きとり調査、質問紙調査等から、地方社会における構造的格差を埋める可能性につながる主な条件として(1)地域住民の多様化の推進及び受容(2)生業基盤の維持(3)定住につながる「地域に対する誇り」が明らかとなった。過疎化・高齢化が、直線的に地域社会の衰退を招くわけではない。農林漁業といった生業基盤とムラ社会の開放性が住民に幸福感をもたらし、多様な生活者を地域社会に埋め込んでいくのである。