著者
佐藤 温子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.45, 2017 (Released:2018-07-01)

本稿は、フィンランドにおける放射性廃棄物処分政策形成を巡る歴史的背景を、ドイツとの比較の視座から分析することを目的とする。Högselius(2009)の挙げる、世界の使用済み核燃料処分政策の相違に関する5つの説明要因のうち、特に軍事的野心と核不拡散、政治的文化と市民社会、エネルギー政策を扱う。両国とも核兵器を所有しないが、ドイツにおいては冷戦を背景に一時核武装論へと傾斜、核不拡散条約を巡り公に国内で対立、核武装疑惑につながりうる再処理を1989 年まで追求した一方、フィンランドにおいては北欧非核兵器地帯(NWFZ)協定構想が提案され、1980 年頃に再処理の選択が放棄された。さらにフィンランドでは東西両陣営からの原発を有しており、反原発運動が分断された。フィンランドが世界で初めて高レベル放射性廃棄物処分場計画を決定した理由の一つに、冷戦の文脈で、強い反原発運動が不在だったことが指摘されうる。
著者
槌田 洋
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.67-80, 2006 (Released:2018-10-01)

スウェーデンで行われているリージョン(広域自治体) の設置をめぐる実験事業の経過は、今後の地域政策の主体となるのが主要都市を核としたネットワーク化か、それとも広域自治体への分権化かをめぐる議論として見ることが出来る。本稿ではヨーロッパ規模でのリージョン政策を踏まえて、スウェーデンの広域自治体改革の経過と背景を、地方統治システムの従来からの特徴と経済グローバル化への対応という二つの側面から整理する。 またリージョン政府の役割と地域内のコミューンや中央政府との相互関係について、 リージョン実験の事例を踏まえた検討を行う。最後に、リージョン改革をめぐる論点を、福祉国家のシステム転換という側面から捉え直すこととする。
著者
柴山 由理子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.67-80, 2020

国民年金機構Kelaは、1937年国民年金法の制定によって議会直属の機関として設立されたフィンランド社会政策の主要な担い手である。本稿では、フィンランド社会政策の特徴をKelaの歴史的発展経緯から考察する。同組織は設立当初から農民政党との結びつきが強く、政治的な組織であることが指摘できる。Kelaは農民政党の意向を反映しながら管轄業務を拡大し、一律給付方式の保障や現金給付の割合の高いサービスを実現してきた。一方、社会民主党の役割は限定的で、同党が志向した所得比例方式の保障は妥協の産物としてKelaによる社会保障の枠外に置かれた。フィンランド社会政策の対立軸は「農村」対「都市」であり、Kelaを中心とする政治的対立に注目することは同国の社会政策の特徴を捉える上で意義深い。本研究では、フィンランド社会政策研究に「Kelaの視点」を加える必要性を主張し、比較福祉国家論の「社会民主主義レジーム」に多様性がある可能性を示す。
著者
田渕 宗孝
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.37-45, 2018

N.F.S. グロントヴィを「政治」から捉えなおす研究が近年増加している。しかしその検討にあって、グロントヴィのフォルクおよびナショナリズムはどのように捉えられているのだろうか。フランス革命を批判するグロントヴィは、「学問性」を取り戻すことを主張し、そのためにも宗教の「直観」や「感情」「声」に依拠した啓蒙を薦めようとした。そしてそれは母語や神話等に依拠するナショナリズムによって裏打ちされるものである。「人々の声」や「自由」というグロントヴィの基本概念が、政治という観点からの考察で言及される場合、それは安易にも彼を民族主義から「サルベージ」してしまうことにはならないのだろうか。グロントヴィの「直感」や「声」からfolkelighed という彼のキーワードへの流れにみられるのは、宗教と民族主義の融合したものでもある。
著者
浅野 由子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.11-22, 2021 (Released:2022-07-03)

本年スウェーデンは、SDGsの世界ランキングで1位に位置づけられ、世界から注目されている。特にウプサラ市は、2018年と2020年に世界自然保護基金(WWF)主催の"One Planet City Challenge 2018,2020"で、世界一気候に優しい都市として選ばれている。本研究では、そのウプサラ市において、持続可能な社会に向けてどのような環境政策が行われ、またそれが持続可能な開発目標(SDGs)とどう関係し、「質の高い教育」に貢献しているのか、①世界自然保護基金(WWF)主催の持続可能な都市プロジェクト②スウェーデンイノベーションシステム庁(VINNOVA)助成のイノベーションプロジェクトを研究対象とした。調査の結果、ウプサラ市の環境政策ではESDが重要な役割を占め、数多くのプロジェクトが、国・自治体・企業・学校・NGO等の民間団体が協働して、SDGsを促進していることが明らかとなった。最終的に、今後の新しい「学び」の変革を考える上でも、若者のアクティブ・ラーニングは、貴重であることが明らかとなった。
著者
福地 潮人
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.23-35, 2021 (Released:2022-07-03)

スウェーデンの賃金補助金は同国の障害者に対するアクティベーション政策の枢要を成している。しかし、同制度をめぐっては近年、「ロックイン効果」と雇用主による不正取得という二つの問題が生じていた。2017年の制度改革では、重度の障害や疾病のある参加者に配慮しつつも、教育訓練的側面が強化され、前者の問題への対応が積極的に行われた。が、これに比して、後者には十分な対応がなされているとは言い難い。後者の問題に対応する上では、労働組合や障害者団体などの市民社会組織のガバナビリティの一層の強化が求められよう。
著者
石田 祥代 松田 弥花 本所 恵 渡邊 あや 是永 かな子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.37-51, 2021 (Released:2022-07-03)

本稿では、文献調査と聞き取り調査を通して、スウェーデンの義務教育からの移行支援およびインクルーシブ教育の構造を明らかにする。スウェーデンでは、義務教育後の進路の選択肢は、後期中等教育機関としての高校・知的障害高等部・聴覚障害高等部・肢体不自由高等部があり、セーフティネットとしての若年者支援プログラムとリカレント教育としての社会教育機関も受け皿として存在する。移行支援では、キャリアカウンセラーと特別教育家が連携し、最適な学習環境の視点からの進路選択、進学希望先への見学促進、教育的支援の情報伝達を行っている。後期中等教育におけるインクルーシブ教育システムを支えるのは子ども健康チーム、対応プログラム、高校の入門プログラムであった。特徴としては、途切れのない障害児教育システム、前期・後期中等教育間の接続、移民の子どもへの教育的支援、学習を保障する生涯教育システムが挙げられた。
著者
倉地 真太郎
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.53-63, 2021 (Released:2022-07-03)

本研究は、デンマークにおけるコロナ下のレジリエンス(危機時の行政・政府の能力や回復力)を、財政と財政をめぐる政治的合意システムの観点から検討することを目的とする。多くの先進諸国はコロナ対策として、類を見ない規模の財政措置を実施してきた。本稿で取り上げるデンマークは一時的な現金給付や付加価値税減税を実施するのではなく、所得保障制度を活用しつつ、政労使の合意により賃金補償を行うなど、既存のセーフティネットを利用・充実させることで雇用を維持している。その結果もあり、政府の対応は有権者から高い評価を得ている。 地方財政に目をむけると、デンマークでは毎年度行う地方財政計画の政府間合意によって地方政府にミクロレベルでの財源保障を行うことができている。また、これらの措置や対策が比較的早いスピードで、労働組合全国連合や地方政府代表組織を巻き込んだ緊密なインフォーマルな協力関係のもとで統合的な意思決定を行ったことも特徴的である。
著者
中丸 禎子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.65-78, 2021 (Released:2022-07-03)

スウェーデンの作家セルマ・ラーゲルレーヴは、日本において、「キリスト教作家」および「平和主義作家」として受容された。一方、日本の受容を媒介したと考えられるドイツにおいては、ナチ政権下で人気を博した。本稿では、反戦とナチズムという、一見対照的な作用をもたらした両国の受容が同じ根を持っていたという仮説を立て、ラーゲルレーヴ受容に大きな功績を果たした香川鉄蔵とイシガオサムがいずれも無教会とかかわりを持っていたことに着目する。まず、近代日本におけるキリスト教の流れを内村を中心に概観し、内村の「デンマルク国の話」とその受容、内村とドイツの接点であったヴィルヘルム・グンデルトの経歴、内村の北欧に関する記述を通じて、内村の北欧受容のあり方を検討する。次に、香川鉄蔵、イシガオサムのラーゲルレーヴ受容を通じて、日本における「血と土」思想の定着のあり方を考察する。
著者
尾崎 真奈美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.79-90, 2021 (Released:2022-07-03)

本研究は、フィンランドにおける社会距離拡大におけるポジティブな人間関係とwellbeingの可能性を、オンラインインタビューを通してケーススタディしたものである。2020年のロックダウン直後の6,7月にフィンランド在住フィンランド人9人を対象にオンラインによる半構造化面接を行った。その結果、以下の特徴が報告された。すなわち、物理的隔離においても様々な工夫により、対人関係の貧困化は見られずむしろ豊かになった。また、自然との触れ合いが増して自己との対峙の時間ができ、より内省的になった。社会問題により意識的になった。このようなポジティブな変化は、秀逸なIT環境・社会福祉制度という外的な要因が大きいと推測されるが、本研究は、社会距離拡大を通して、一人でいることを楽しむ精神性や態度が個人のwellbeingに関与している可能性を示した。
著者
柴山 由理子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.91-103, 2021 (Released:2022-07-03)

フィンランドの農民政党は、国民連合党と社会民主党とともに長年に渡り主要政党の一つに位置付けられている。その創設は、初の普通議会選挙が実施される前年の1906年と、北欧諸国の中でも比較的早いタイミングであった。農民同盟の 創設者サンテリ・アルキオ(Santeri Alkio)は、民族ロマン主義運動、啓蒙思想や進歩主義の思想に影響を受け、独立運動を支持し、議会開設を求める自由主義政党の青年フィンランド人党での活動後に、農民同盟の前身となる地域政党を立ち上げた。中心的なイデオロギーとして、「地方」や「農民」を重視するほか、アルキオは「土地の精神」を掲げ、フィンランド人のアイデンティティを模索した。ここに、フィンランド語を重視した民族主義運動の流れをくむ愛国主義的側面を見い出すことができる。一方、個人主義や自由主義、特に社会自由主義の思想の影響も強く、中道右派政党の出発点に社会自由主義の思想が埋め込まれていたことが指摘できる。本稿ではアルキオの思想から、フィンランド農民政党の特徴を考察する。
著者
Rydén Lars
出版者
Japan Association for Northern European Studies
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.1-9, 2021 (Released:2022-07-03)

Living in the Safe and Just Space for Humanity is the double outcome needed to reach the Sustainable Development Goals (SDGs) adopted by the UN in 2015. We need both to stay within the planetary boundaries identified by a group of scientist in 2009 and reach the social goals of reducing poverty and hunger, safeguarding health, protecting equality, providing education etc of the 2030 Agenda. Goal 12 Responsible production and consumption has a central position among the SDGs. For cities goal 12 of resource management is dominated by energy, waste and water. Here we see much collaboration between cities and universities. While cities implement, universities and researchers develop and research the technologies needed. This may be of general character, but there are many cases where a close collaboration between a city and its university has developed. Cases to be examined include: Energy production and efficient use especially for heating; Waste management and biogas production from organic food waste to be used for the city buses; Mobility management and biking with a focus on improved conditions for biking to reduce car driving and air pollution while supporting health and wellbeing; Urban planning, densification and greening, analyzing the conflict between densification and urban green as well as how building multifamily housing in wood reduces climate impact and makes more sustainable housing.
著者
尾崎 俊哉
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.53-66, 2020 (Released:2021-07-01)

デンマークは、EUでも小国の1つである。しかしOECDによると、直近5年の平均GDP成長率は年2%程度と、先進国としては顕著に経済が拡大している。その理由の1つが、世界的に高い競争力を持つ企業を多く輩出している点である。なぜかくも小さな経済から、これほど多くの世界的企業が輩出されているのか。その国際的な競争優位は、何らかの「デンマーク的な経営モデル」によってもたらされているのだろうか。 本稿は、企業経営の特徴を国の次元で考察する意義と理論を検討し、導かれた仮説をケーススタディの手法で検証する。そこから、デンマークの主要な多国籍企業が、小国でグローバル競争のなかに翻弄されていることを、労使が政策立案者と共有していることを示す。その上で、ガバナンス、労使関係、能力構築、企業間取引において、きわめてユニークな制度を持つこと、そのような制度的な条件を比較優位として取り込む経営努力を行っていることを明らかにしたい。
著者
柴山 由理子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.67-80, 2020 (Released:2021-07-01)

国民年金機構Kelaは、1937年国民年金法の制定によって議会直属の機関として設立されたフィンランド社会政策の主要な担い手である。本稿では、フィンランド社会政策の特徴をKelaの歴史的発展経緯から考察する。同組織は設立当初から農民政党との結びつきが強く、政治的な組織であることが指摘できる。Kelaは農民政党の意向を反映しながら管轄業務を拡大し、一律給付方式の保障や現金給付の割合の高いサービスを実現してきた。一方、社会民主党の役割は限定的で、同党が志向した所得比例方式の保障は妥協の産物としてKelaによる社会保障の枠外に置かれた。フィンランド社会政策の対立軸は「農村」対「都市」であり、Kelaを中心とする政治的対立に注目することは同国の社会政策の特徴を捉える上で意義深い。本研究では、フィンランド社会政策研究に「Kelaの視点」を加える必要性を主張し、比較福祉国家論の「社会民主主義レジーム」に多様性がある可能性を示す。
著者
Chino Yabunaga
出版者
Japan Association for Northern European Studies
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.91-102, 2020 (Released:2021-07-01)

This comparative study examined the direction of welfare reforms across different levels of governments and investigated the welfare transition in Finland and Japan, based on the discussion by Sellers and Lidström (2007) and Häusermann (2011). Finland’s four cases revealed some variations in both the central–decentral direction and the retrenchment or protection type of welfare transition. With respect to the three Japanese cases, the reforms demonstrated a tendency in transferring municipality tasks to second-tier authorities and they indicate a retrenchment or protection type of welfare transition. The fundamental purpose and motivation of the reforms were to maintain the lives of people in the welfare state with an ever-changing environment and an ageing population during austerity. Therefore, the nature of the reform cases in the two countries can be categorised as a protection type rather than a retrenchment type, although these reforms implied a centralised nature, which is an evident retrenchment type of welfare transition rather than a decentralised one. These reforms displayed the potential for service innovation and welfare development through the use of innovative Information and Communications Technology (ICT) and Artificial Intelligence (AI) environments in a changing post-industrial society, especially in Finland.