著者
川上 華代
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.141-153, 2013-03-19

本稿では、「問題や症状が維持され、変わらない学生の姿」に疑問を持ち、現代学生の心理的特徴とその支援について先行研究を概観した。多くの先行研究から、現代学生の心理的特徴として、葛藤を抱えられない断片的なこころの構造があり、身体化や行動化が生じやすいというメカニズムが見出された。また、そのようなこころの構造や現代の密着した親子関係などによって、主体性が育ちにくく、修学・進路の課題を抱えやすいことも示された。学生相談では、これらの特徴を理解した上で、洞察を促す従来の心理療法モデルに固執するのではなく、またニーズや要求に即座に応じるサービス的な支援に偏ることのない、柔軟で粘り強い支援を行っていくことが重要であるといえる。また学生の心理面・修学面での支援を一層有効なものにするためには、学生相談室の活動のみに留まらず、学内全体の学生支援体制を模索していくことが望ましいといえる。
著者
小林 正典
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.11, pp.23-42, 2018-03

建国当初、中国のガイドは、社会主義中国を代弁する政治的、外交的役割を担っていたが、改革開放後は旅行社との契約関係の下、その役割もビジネスの分野に傾斜していった。さらに中国人の渡航規制が緩和されるにつれ、旅行社とそこに所属するガイド及び添乗員の制度が確立し、ガイドと添乗員は中国の旅行遊覧事業を牽引する大きな役割を果たすようになった。ところが、ガイドと添乗員は制度的に独立した地位になく、現行制度上もその地位は旅行社との契約関係に従属する形でのみ保持しうるため、顧客獲得の競争激化に伴って、その賃金や報酬は徐々に削減されていった。その結果、悪質な手口で収入を得るガイドや添乗員が増加した。かかる問題に対し、中国政府は法整備によって旅行社、ガイド及び添乗員の活動を規制し、最近では行政改革の流れに呼応し、高度な情報処理技術を駆使した新たな監督管理制度を導入し始めている。リアルタイムで不正な行為をチェックできるようになると、悪質な業者は中国から駆逐されていくが、活動拠点は海外に移ることとなる。悪質な業者が流入する国や地域においては、これまで以上にトラブルを生じる可能性がある。問題を未然に防止するには、国際的に共通の取引約款やグローバルな監督管理のルールを整備し、第四次産業革命に向けて突き進む中国の監督管理システムと情報を共有しうるネットワークを構築するのが有効である。しかしながら、どの国や地域にとっても、中国の方式に組み込まれていくことには世論の反発が少なくないであろうから、グローバルな監督管理システムの構築は容易でないと考えられる。
著者
瀧 大知
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.13, pp.81-92, 2020-03-05

本研究ノートは「選挙ヘイト」と呼ばれた2019年の統一地方選、相模原市議会選挙を事例とした調査報告である。選挙演説が可能な選挙告示日翌日から投票日前日までを対象としている。主に警察の対応に焦点を当て、これまでのヘイトデモや街宣との違いについて記述、整理をした。調査から警察対応の変化が候補者の行動に影響を及ぼしているという特徴が見られた。研究ノート
著者
菅野 恵
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.177-184, 2019-03-08

In schools across Japan, the issue of students refusing to go to school is increasingly becoming more complex and varied. Recent trends have shown that the percentage of elementary and middle school students who refuse to go to school is at an alltime high. Thus, attention has been focused on free schools as a place that supports children who refuse to go to school. Free schools welcome students who have become unable to go to school. On the other hand, due to the higher awareness of the issue of children who refuse to go to school, there are many university students who wish to learn about this issue in university classes. However, in universities, the focus is on learning and acquiring knowledge about the issue itself; opportunities are rare for university students to interact with children who have experienced this issue.This paper reports the implementation and progress of a program through which university students who had an interest in the issue could interact with elementary school students who attend a free school. Through the program, both the university students and free school students developed deeper relationships through such activities as games and exploring the university campus. Moreover, a survey was distributed to the university students, and a qualitative analysis was conducted on changes in the state of mind of the university students before and after the program. As a result, it was suggested that before the program, the university students held anxieties about interacting with the children and had biased views of the issue of children refusing to go to school. After the program, the university students saw changes in their impressions of this issue and felt that their perspectives were widened. Furthermore, this paper discusses the significance of university students learning about the issue of children refusing to go to school through practical experience.
著者
村瀬 公胤
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.129-139, 2013-03-19

本稿は、1960年代に誕生した科学教育研究運動である仮説実験授業において、討論と読み物という学習活動が導入された過程を、史料に基づき整理する研究ノートである。仮説実験授業の特徴である討論が仮説実験授業に導入された背景として、本稿は、当時の首都圏の私立学校教員たちの理科教育改革の機運を仮定した。また、従来の研究では触れられてこなかった、仮説実験授業における読み物の意義についても、討論の導入を補完するものとして着目した。整理の作業として、まず、仮説実験授業の前史として当時の私立小学校の教育研究の事例を取り上げる。つぎに、仮説実験授業の初めての授業中に討論が発生した過程を史料から再構成し、教育心理学的な意義について検討する。さいごに、その後の私立小学校の科学教育運動と仮説実験授業の相互作用について概観する。これらの作業によって、科学的概念の協同構成という現代の学習科学の視点から、仮説実験授業における討論の導入の意義を検討する資料を提供する。
著者
瀧 大知
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.12, pp.133-150, 2019-03

本稿は警察によるヘイトデモへの対応を分析し、その課題を明らかにすることを目的としている。そのために、筆者によるフィールド調査のデータをもとに、警察とカウンター行動との関係に注目した。分析の結果、本稿では以下の点を明らかにした。まず、警察の目的はヘイト・スピーチを止めることではなく、デモを安全に終わらせようとするのみであること。つぎにそのような姿勢の警察にとって、カウンターはデモ隊と衝突を起こす危険性のある「挑発行為」としか捉えられておらず、一般通行人にとっての「迷惑」行動とされていること。その背景には日本に人種差別を規制する法律がないことを指摘した。そのうえで「ヘイトスピーチ解消法」の課題を提示している。
著者
松岡 浩史
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.85-104, 2015-03-13

本稿は『ハムレット』に表象される狂気を同時代の一次資料を援用して分析し、作品の悲劇性を論じるものである。第一に、亡霊の表象史を概観し、ハムレットに描かれる亡霊が、セネカの系譜上のプロローグ・ゴーストから、幻覚の可能性を包摂した内在的な存在へと変遷していることを述べ、悪魔と幻覚にかんする言説と作品との関連性を指摘した。第二に、前述の悪魔、そして幻覚の作用因として想定されていたメランコリーについて、四体液学説の観点から論じ、メランコリーという術語の多義性に基づいて概観したうえで、作品に登場する二種類の狂気について分析を加え、同時代の医学理論では説明不可能な領域が開けていたことを指摘した。第三に、同時代の診療記録を分析し、シェイクスピア時代は女性の社会ストレスが圧倒的に高く、また相対的に自殺率の高い時代であったことを指摘し、狂気が『ハムレット』の劇世界において多層的に表象されていると結論した。
著者
瀧 大知
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.149-168, 2018-03-13 (Released:2018-06-19)

本稿では、日本における排外主義勢力が、どのような言説をもって排外主義を「正当化」してきたかを考察することを目的としている。「中国」に関連した排外主義者の言説戦略が、「池袋チャイナタウン」と「横浜中華街」とでは差異があることに着目し、比較分析をおこなった。「池袋チャイナタウン」で現れた言説は、新華僑を「脅威」、老華僑を「同化」した存在であると認識することで、「同化主義」による排外主義の「正当化」がおこなわれていた。さらに「反日教育」による「反日」的な国民/民族であると規定されることによって、新華僑と老華僑が「分断」されていった。また2 つのチャイナタウンの文化的な差異にも、それが表象されていることを明らかにした。最後に、その根底に「植民地的まなざし」があることを仮説として提示している。
著者
太田 素子
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.213-223, 2015-03-13

The An'nodo is a Terakoya school in Aizu-Bange, said to have been established in the Kanbun era(1661-1673)of the Edo period and to have closed in 1875, the eighth year of the Meiji period. The head of the Yuki Family (later changed from Namae) served as the teacher at that school for generations. The Yuki were originally mountain ascetics. From epitaphs and copies of textbooks, it is clear that the foundation of the Terakoya was laid in the early Kyoho era (1716-1736). From the register of the pupils, first recorded in the Bunka era (1804-1818), the total number of pupils ranged from 50 to 120 every year. From the Sekigaki (exam records), we can surmise that pupils entered the school between the ages of nine and 11 and stayed for about 5 years until the age of 15. They proceeded from writing to reading, and judging from the textbooks still in existence, the teacher tried to match the textbooks with the pupils' level of achievement.
著者
小林 正典
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.10, pp.41-58, 2017-03

中国政府は2013年に旅遊法を制定し、「零負団費」に象徴される悪質なパッケージツアーを規制するための条項を設けた。その結果、「零負団費」については立法上の対策が講じられているが、残された課題も少なくない。例えば、航空券とホテルを組み合わせた旅遊商品は、そのサービス内容如何によって旅遊者の権利利益を損なう危険性を孕んでいる。また、旅遊者が契約した業者が無登録旅行社であれば、契約自体が無効になる可能性もある。さらに、包価旅遊契約の解除によって代金が返還される場合、代金から差し引かれる「必要な費用」の範囲は必ずしも明確でない。「転団」には、現行の法律法規の枠内で解決できない問題がある。最近では制度上の弱点を狙って、旅遊法の厳しい規制を回避するパッケージツアーが登場し、周辺諸国を巻き込んで様々な影響を与えている。中国では早くも旅遊法改正の必要性が指摘されており、周辺諸国にとっても、中国の法整備の状況を注目しながら、消費者の権利利益の保護とツーリズム秩序の安定に資する政策の実施が求められている。
著者
杉浦 郁子
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.7-26, 2015-03-13

近代以降の日本社会は「女同士の親密な関係」「女を愛する女」に対してどのような意味を与えてきたのだろうか。「女性同性愛」言説の変容をたどる研究成果を「性欲」の視点から整理することが本論文の目的である。ここで「性欲」の視点とは、大正期に定着してから現在まで様々な仕方で構築されてきた「性欲」という領域が、女性同性愛に関する言説をどのように枠づけてきたのか、反対に、女性同性愛に関する言説が「性欲」をどのように枠づけてきたのか、という視点のことをいう。したがって、本論文が注目するのは、「性欲」が女同士の親密性をめぐる経験や理解の仕方に関わっていることを示し得ているような研究成果である。この「性欲」の視点を軸にして、「女性同性愛」言説をめぐる歴史研究の現在における到達点と今後の課題を明らかにしたい。
著者
西村 史子
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.43-54, 2008-03

1951(昭和26)年に導入された大学入学資格検定は、高等学校に代わる唯一の高等教育機関へのバイパスであった。勤労青年に励みを与えるための制度は、1980年代に高等学校への全入時代に突入して高等学校中途退学者が増加し、1990年代の小中学校での不登校児童生徒の増加と社会的ひきこもりの顕現化により、その目的と意義を変えた。すなわち、学校教育の非適応者に社会への復帰を果たすための救済装置となって、大学受験を自明とする富裕層出身の少年達が同試験を受けるようになっている。さらに2005(平成17)年に高等学校卒業程度認定試験に名称を変更し、受験資格を大幅に緩和して迎えた新たな段階では、高等教育への多様なアクセスが可能になる中で、新たな意義づけと具体的な制度保障が求められている。
著者
奥平 康照
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.7-24, 2008-03

1950年前後から数年、生活綴方を核にあるいは基礎にした教育実践が全盛を極めた。厳しい労働をともなう貧しい生活への対峙と新生活への展望、家族と村の旧い共同体規制からの解放と新しい共同性の獲得、その二つが、この時代を特徴づける実践的課題であった。その実践課題に、生活綴方の方法はきわめて有効にはたらいた。しかし50年代後半に貧困からの脱出に可能性が現われ、旧共同体規制が衰弱し始めると、生活綴方実践は後退し、新しい実践の方向と方法がもとめられるようになる。そして教育実践の中心から「生活」が消えていく。当時の教育実践にとって「生活」とはなんだったのか。