著者
和田 崇
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100011, 2017 (Released:2017-05-03)

本研究は,「映画のまち」と呼ばれる広島県尾道市と映画とのかかわりについての全国的な認知状況,さらに尾道市における映画を活用したまちづくりに対する認識を把握,整理したものである。 旅行先を決定する際に参考とするメディアについて尋ねたところ(MA),「旅行雑誌」が最も多く(38.3%),「テレビ旅番組」(33.2%),「知人・友人からのクチコミ」(24.3%),「旅行代理店パンフレット」(21.9%)が続いた。テレビ旅番組以外の映像メディアは「テレビCM」が10.1%,「映画」が9.1%,「テレビドラマ」が6.6%となり,一定の情報源となっている状況が確認できた。 これに対して,実際に映画やテレビドラマで映し出された場所や作品の舞台となった場所を観光で訪れたことのある者(フィルム・ツーリスト,以下「FTs」)の割合は回答者全体の38.3%に達した。年齢や性別による違いは確認できないが,近畿と関東以北の居住者,および映画鑑賞本数の多い者ほど,その割合が大きくなる傾向が認められた。FTsのうち直近5年以内にそうした観光を行った者は72.1%で,そのうち90.5%が個人で,14.8%が団体で旅行している。 個人旅行の訪問先をみると,国内では北海道が最多で(25件),長野(9件),東京(8件),京都(6件)などが続いた。北海道は映画「北の国から」「幸せの黄色いハンカチ」のロケ地を訪ねた者が,長野はNHK大河ドラマ「真田丸」やNHK連続テレビ小説「おひさま」の舞台を訪ねた者が多い。外国のロケ地等を個人で旅行した者も18件と多く,国別にみると,「千と千尋の神隠し」の舞台といわれる台湾,「ローマの休日」ロケ地のあるイタリアを旅行した者が比較的多い。団体旅行でも,個人旅行と同様に,外国(11件)と北海道(6件)を訪ねた者が多かった。 尾道市が「映画のまち」と呼ばれていることの認知状況を尋ねたところ,「知っている」と回答した者は26.6%であった。年齢性別では40~50歳代の女性が,居住地では中国・四国と関東の居住者が,また映画鑑賞本数が多いほど,「知っている」と回答した者の割合が大きかった。 尾道でロケが行われた映画等(以下「尾道ロケ映画」)を鑑賞したことがある者の割合は59.2%であり,作品別にみると,「時をかける少女(1983年)」が37.3%,「てっぱん(NHK連続テレビ小説,2010年)」が19.0%,「転校生(1982年)」が18.4%,「男たちの大和/YAMATO」が17.3%,「東京物語(1953年)」が10.5%と1割を超えた。年齢別にみると,60歳以上は「東京物語」を,40~50歳代は「時をかける少女」「転校生」などの大林宣彦監督作品を鑑賞した者の割合が大きく,「てっぱん」は年齢の高い女性ほど鑑賞率が高まる傾向がみてとれた。なお,男女とも20~30歳代において尾道ロケ映画を鑑賞したことのない者の割合が他世代と比べて20%以上高い結果となった。また,それらが尾道でロケが行われたことを知っている者は35.9%にとどまった。 次に,尾道市で行われている映画関連活動の認知状況を尋ねると,いずれかの活動を知っている者は回答者全体の14.4%にとどまった。活動内容別にみると,「大林宣彦監督作品ロケマップ」が最多で(6.8%),その他は「おのみちフィルム・コミッション」3.5%,「シネマ尾道(NPO運営映画館)」2.9%,「おのみち映画資料館」2.5%と低率にとどまった。また,「大林宣彦監督作品ロケマップ」を知っている者は40歳代,「おのみち映画資料館」を知っている者は50歳代以上が中心で,20~30歳代はいずれの活動も知らない者が多かった。 尾道に観光目的で訪れたことのある者は19.2%で,そのうち「映画のまち」と知ったうえで訪れたことがある者は5.4%,「映画のまち」と知らずに訪れたが訪問後にそのことを知った者が3.9%,「映画のまち」と知らずに訪れ訪問後もわからなかった者が9.5%であった。 また,尾道市で開催されれば参加したいと考える映像関連イベントを尋ねたところ,「映画より他の観光施設等を楽しみたい」と回答した者が21.6%と最多であったが,「ロケ地訪問ツアー(マップ配布・個人)」が19.2%,「ロケ地訪問ツアー(ガイド付・団体)」が13.8%,「尾道ロケ映画愛好者による交流会」が10.1%など,映画鑑賞本数の多い者や20~30歳代の女性を中心に,映画関連イベントに対するニーズの存在も一定程度確認できた。
著者
岩間 絹世 小野寺 淳
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100354, 2017 (Released:2017-05-03)

享保2(1717)年,長久保赤水は常陸国多賀郡赤浜村(現,高萩市)の農家に生まれた。本年は赤水生誕300年を迎える。赤水は「改正日本輿地路程全図」をはじめ,「大清廣輿図」などの中国図,本研究で扱う世界図「地球萬国山海輿地全図説」を刊行し,江戸時代中後期を代表する地図製作者として広く知られる。長久保赤水作製の地図については,すでに数多くの優れた研究がある。この中で,赤水作製の世界図は赤水のオリジナルではあるものの,参照した世界図が古典的であるとの評価がある。さらに,世界図の刊行は赤水主導か否か,むしろ板元の浅野弥兵衛から持ちかけられて出版したのではないかとの見解もある(金田・上杉2012),本研究では,これらの評価に対する検討を意図するものではなく,科研によって見出された長久保赤水の子孫宅や長久保赤水顕彰会収集の資料群から得た「地球萬国山海輿地全図説」に関する知見を報告する。 「地球萬国山海輿地全図説」は,寛政7(1795)年ころに刊行されたとされる(金田・上杉,2012)。当初は無刊記で発行され,板元の記載も無く,現在この初板の無刊記板は神戸市立博物館,国立歴史民俗博物館,長久保和良家(子孫の一家)所蔵(写真参照)の3鋪の現存が確認されている。その後,大坂の浅野弥兵衛より刊行され(一軒板)や,浅野弥兵衛を含む5つの書肆より刊行された五軒板があり,これらはいずれも大型版である(表1)。すでに蘭学系世界図が刊行される一方で,赤水没後には,長久保赤水閲とされる天保15(1844)年の中型版や小型版が嘉永3(1850)年まで刊行された。 ところで,享保5(1720)年,原目貞清「輿地図」が江戸の書肆出雲寺より刊行された。本図は最初のマテオ・リッチ系世界図の刊行とされ,赤水の「地球萬国山海輿地全図説」は本図を参照し,実際赤水の書き込みが残る「輿地図」(明治大学図書館蘆田文庫)が残されている。本報告では,長久保和良本と蘆田文庫本の比較,長久保赤水の子孫宅や長久保赤水顕彰会収集の資料群の検討を行った結果を報告する。 なお,本研究は科学研究費基盤研究(C)「長久保赤水地図作製過程に関する研究」(代表者:小野寺淳)の成果の一部である。
著者
本岡 拓哉 土屋 衛治郎 松尾 忠直 中島 健太
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100184, 2017 (Released:2017-05-03)

1.はじめに フィールドワークは、地理学や文化人類学をはじめとした様々な学問分野の研究手法となっており、教育手法としてのアクティブラーニングにおいても多用されている。地域に入り込み、地域に根差した調査を行い、地域のリアルな記述を目指し、さらには、地域に潜む有益な知識・知見を取り出す活動といえる。文部科学省(2014)高等学校学習指導要領解説には「地理的な見方」として「諸事情を位置や空間的な広がりとのかかわりで地理的事象として見出すこと」とある。その教育手法として重視されるフィールドワークにおいて、教員からフィールドのどこをどのようにみればよいのかという見方の伝達や、学生それぞれの見方を推進するといった教育がなされているともいえる。 これまでのフィールドにおける「地理的な見方」の教育手法として、現場実習的な伝達や学習者自身での気づき・獲得が多かった。一方、記録を用いた教育実践はあまりみられなかった。先人の「地理的な見方」を直接的に記録し、後進への財産として残し活用することは、文化をデジタルデータとして記録し保存、活用しようとするデジタルアーカイブにも通じるだろう。   2.アクションカメラを用いた「地理的な見方」の記録 フィールドワークに関して記録方法とされるものは多々あるが、大別すると、フィールドそのものをありのまま残そうとする「素材」の記録(例えば、画像や動画記録)と、テーマや問いに即しフィールドワークの全体的結果をまとめ、他の調査内容とも合わせて説明が加えられた「解説・論」の記録(例えば巡検報告や論文)に分けられると考える。この中から「地理的な見方」が残せる記録方法は、フィールドのどこに注目するかという「素材」性と、その素材に対する解釈や説明など「解説」性の両面が保持されているものではないだろうか。小林(2012)は「そもそも地域研究とは、フィールド(地域)をどうみるか、フィールドをどう捉えるかが基本となる」と述べた。フィールドのどこを見て、どう解釈するかという記録が「地理的な見方」に近づく可能性が高い。本研究では調査者の視点と発話をアクションカメラを用いた動画記録として取得した。   3.アクションカメラ動画の効果検証 アクションカメラPanasonic HX-A1HとHX-A500とヘッドマウントオプションにより利用者の視線動画撮影を行った。テスト撮影を重ねたところ、アクションカメラの動画には閲覧者にとって学習する価値ある情報が入り、地理的見方学習に活用できる可能性が示された(土屋ほか、2016)。 本研究では、アクションカメラを用いた動画と、ハンディビデオカメラを用いてフィールドワークの様子を引き気味に撮影した動画を比較し、アクションカメラが「地理的な見方」記録につながるか検証した。フィールドワークは大学近隣の植生調査を教員役(主調査者)と学生役(主調査者に指導を受けながら調査)の2名でアクションカメラを装着し実施した(図2)。ハンディカメラは両名の背後から広角で撮影した。 それぞれのカメラの動画を、上記の2名とハンディカメラ撮影者2名が閲覧し、各動画の印象と差について意見を表1のようにまとめてもらった。アクションカメラを用いると、よりフィールドにいる当人の説明活動を追跡できることや、地図などフィールドにおける資料やツールの利用方法など把握できる可能性が明らかになった。一方で、デメリットとして、そもそもどのような活動をしているのかという文脈情報は把握しづらく、引きカメラなどとの掛け合わせの利用の必要性も明らかになった。
著者
松本 裕行
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100350, 2017 (Released:2017-05-03)

2015(平成27)年は,戦後70年としてアジア・太平洋戦争の終結前後における日本の史実についての活発な議論が行われた.占領期日本の空間社会的変容は,戦後日本の歩みと現代日本の立ち位置を知る上では重要である.米軍進駐により接収された土地や建物,いわゆる接収不動産は「占領」という影響を多大に受けた対象であった.これまで,占領軍専用住宅の概要や(商工省工芸指導所1948),その建設方法と生活用品の仕様に関する分析(小泉ほか 1999),既存の一般住宅の接収に関する東京や京都を対象とした調査がなされてきた.また,接収にともなう改修工事の実例とその特徴,生活設備の産業技術的な側面に焦点を当てた調査も進められた(松本 2014・2016). 接収不動産をめぐる占領軍の意図や生活環境の日米の差異と戦後日本への影響などといった事柄は,今後も検討されるべき余地が残されており,接収不動産の実態をより精査することも,占領下の日本社会に与えられた影響の一端を明らかにできるものと考えられる. 本発表では,一次資料を重点的に調査して実証的分析を進めてきた中で,これまで具体化されてこなかった占領期大阪の接収不動産に関する総合的な調査結果と,今後の研究展望について報告するものである.
著者
後藤 秀昭
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100167, 2017 (Released:2017-05-03)

1. はじめに 中央構造線活断層帯は,四国だけでも190kmに及ぶ日本で最も長大な活断層であり,平均変位速度は10mm/yrにも達する可能性があるとされてきた(Okada,1980)。しかし,説得力のある変位基準で,高精度に変位速度を求めたものは極めて少ない。GPS による測量では,中央構造線の横ずれ変位速度は約5mm/yr(Tabei et al., 2002)や0~5.5mm/yr(Aoki and Scholz, 2003)とのされており,これらとの対比を行うためにも,地形学的な時間スケールでの高精度な変位速度の検討が求められている。 中央構造線の古地震学的な研究では,最新活動時期について,中世を中心に歴史時代の活動が多数の地点で報告されている(後藤ほか,2001など)。しかし,それより前の活動時期や活動間隔についてはほとんど分かっていない。地震危険度の評価において大きな問題となっており,高精度な変位速度の提示が求められているといえる。 一方,地形学の研究では,多視点の写真データから作成された高密度な点群データなど,デジタル化された地形情報が用いられるようになっている。人工改変の激しい地域では,撮影年代の古い空中写真を用いて地形を復元して分析することが可能となり,変動地形でも積極的な利用が進みつつある(後藤,2015など)。 本研究では,中央構造線の池田断層,父尾断層に沿って認められていた後期更新世の変位地形を,1970年代の空中写真を用いて数値標高モデルとして復元し,変位ベクトルを検討するとともに,堆積物から得た試料の放射性炭素年代測定値に基づき,高精度な変位速度の算定を試みた。 2.地形モデルの作成と地形面区分 1974年撮影の約8000分の1カラー空中写真(CSI-74-8および9)を20μm(1,270dpi)の解像度でスキャンした画像を用い,国土基本図を評点として1m間隔のDEMとしたものを用いた。空中写真を実体視したのと同じ程度の判読が可能な画像となるよう測量間隔やブレークラインが設定されている。 対象とした地域周辺では,後期更新世以降の段丘面は中位面,低位1面,低位2面の3面に区分できる。 3.池田断層の東部の変位速度 池田断層東部の馬来谷川付近では中位面,低位1面が変位を受け,中位面で43m,低位面で7mと累積的な上下変位量が認められる。中位面の段丘崖の横ずれが複数地点で確認でき,断層崖の両側で明瞭な段丘崖が認められる場所では数値標高モデルから145~155mの横ずれ量が計測された。断層に平行な地形断面図からは上下変位量は横ずれ量の8%であり,横ずれが卓越していることが解った。低位1面の構成層上部から得られた木片から17,212~16,792 cal BPの放射性炭素年代値が得られた。これらに基づけば,横ずれ変位速度は8.5mm/yrよりも大きいことになる。 4.父尾断層の変位速度 父尾断層中央部の日開谷川西岸では,後期更新世以降の河成段丘面が発達し,典型的な横ずれ変位地形をなす(岡田・堤,1997など)。徳島自動車道の建設によって変位地形は改変されたが,1974年の空中写真によって復元された数値標高モデルによる地形をもとに多段化した地形を詳細に検討した。その結果,低位1面および沖積面はそれぞれ2面に細分されることがわかった(ぞれぞれ,上位面,下位面とする)。これらの段丘崖の基部を基準にすると,上下変位量は横ずれ変位量の6~8%でほぼ同方向に変位してきたと考えられる。低位1上位面の段丘崖の横ずれ量は140~150mと計測された。 地形面の年代を示す新たな試料は得られなかったが,低位1下位面は急傾斜であり,日開谷川下流西岸で沖積面に埋没することから,最終氷期極相期の地形面と考えられる。池田断層の馬来谷川付近の低位1面に対比されるが,約35km下流に位置し,より早くに離水したと考えられることから,低位1面下位面は18ka以降,17,122~16,639 cal BPまでに形成されたと推定される。これらに基づくと,父尾断層の変位速度は7.8~9.1 mm/yrと算定される。 5.おわりに 池田断層,父尾断層の変位速度とも,測地学的な検討により求められた変位速度より優位に大きく,地形学的検討によってこれまでに提示されてきた値よりも大きい。最新活動時の変位量(岡田・堤,1997など)に基づけば,活動間隔はこれまでの想定よりも短い可能性がある。日本で最も長大な活断層の評価にはさらなる古地震学的な調査が必要性と考える。
著者
鈴木 允
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100352, 2017 (Released:2017-05-03)

本研究は,愛知県東加茂郡賀茂村(現豊田市足助地区の一部)の,大正年間の『居所寄留届綴』の分析から,当時の山村地域からの労働力移動の実態に関する知見を見出すことを目的としている. 明治・大正期の人口動態に関する研究は、統計資料の不正確性・不完全性ゆえに未だに多くの検討の余地を残しており、とりわけ人口移動の活発化に伴う都市化の進展の実態解明は大きな課題である。本研究はこうした課題に接近するため、人口移動や都市化の実態解明につながる知見を見出すことを狙いとしている.また,移動の実態を人口排出地域の側から明らかにすることは,大正年間に始まったとされる人口転換プロセスの解明にも寄与できる可能性がある.本研究においては,1915(大正4)年から1926(大正15)年の居所寄留届のこれらの情報をデータベース化し,寄留先や寄留者の属性,寄留の期間などを検討した.
著者
松尾 卓磨
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100301, 2017 (Released:2017-05-03)
被引用文献数
1

1.はじめに仮に、人・もの・カネの集中化の程度と空間的・社会的な変化の度合いとが著しく大きく、そうした集中化や変化によって生み出された活気ゆえに広く地域外から話題性を獲得している地域を「沸騰地域」と定義するならば、本発表でとり上げるブリクストン(Brixton)地区はまさにこの「沸騰地域」に相当しうる存在であろう。本発表ではかつてエスニックインナーシティであった同地区が「沸騰地域」へと遷移してゆく空間的・社会的過程を辿り、そうした過程と同地区において近年急速に進行しつつあるジェントリフィケーションの関連性について検討する。 2 .「沸騰地域」としてのブリクストン地区イギリス・ロンドンのブリクストン地区は、第二次大戦以降に西インド諸島出身者を中心とする移民が数多く流入したことで知られており、現在も「White British」以外の様々なエスニック集団が全人口(約79,000人)の約65%を占めている(2011年現在)。また同地区は近年人口流入が著しい地域でもあり、2004年からの10年間で総人口は約8,200人増加し、特に20代を中心とする若い世代の流入が多く20代の人口が全体の約4分の1を占めるようになった。こうした人口流入を促す要因として考えられるのはアクセス性の良い地下鉄駅の存在と同地区の多様な空間的構成である。同地区の中心部にある地下鉄ブリクストン駅は、ロンドン都心部のターミナル駅までの所要時間が15分程度ということもあり、平日1日あたりの乗降客数は2010年以降年次平均5,400人ずつ増加している。ブリクストン地区の空間的構成は中心地域の鉄道駅と幹線道路、その周囲300mの範囲に広がる商業空間、更にその外側に広がる住宅地により成立している。中心地域の商業空間には多種多様な小売店・露店、国際飲食チェーンの店舗、映画館、コンサート会場が集積しており、近年ではブリクストン以外から訪れる若い世代向けのカフェやバー、レストランなども相次いで開業されている。そうした所謂“おしゃれ”な店舗が集約化された「ブリクストン・ヴィレッジ」や「ポップ・ブリクストン」はロンドンの若者を惹きつけるスポットとなっており、こうした多様な空間的構成が人口流入と話題性の獲得に寄与していると言える。3.インナーシティからジェントリフィケーションの典型地へ同地区のこうした現状の歴史的背景となっているのは、1948年に始まるカリブ海系を中心とする移民の流入、1970年代頃から深刻化するインナーシティ問題、そして1980年代に発生する大規模な暴動である。第二次大戦以前より同地区には一般事務員や熟練労働者向けの住宅や低廉な下宿屋、公営住宅の建設が進められてきたが、そうした住宅環境が1948年に流入し始めたカリブ海系移民の同地区での定着を促してきた。その後1950年代前後からイギリス社会では特に就職や居住の機会における移民や有色人種に対する差別が社会問題化し、さらに1970年代の経済不況はそうした社会的・経済的地位の最底辺へと追いやられた人々へと大きな影響を及ぼした。人種差別、高い失業率、経済的衰退、そして犯罪多発化といった社会問題に苦しむ典型的なインナーシティとなったブリクストン地区であったが、1980年代には人種差別的な捜査を続けていたロンドン警視庁に対する不満が爆発し、中心地区において大規模な暴動が発生する。こうした暴動の前後期すなわち1970~80年代に発行された政策文書を分析したMavrommatis(2010)は、当時のオフィシャルな言説は人種を犯罪に結びつけ、エスニック集団とブリクストン地区をスティグマ化(社会的烙印を付与)していた、と述べている。かつて移民や低い社会階層の人々の流入を促してきた住宅環境は大きく変化し、1990年代後半頃からはジェントリフィケーションが急速に進行する地域として捉えられるようになる。2000年代に入ってからの10年間で同地区の民間借家の戸数は約2倍増加し、また1930年代に建設されたある住宅団地では建替え事業に際し住民の一部が立退きを強いられている。建替え後の団地の賃料が支払い困難な水準に引き上げられたため、他地域への転居を余儀なくされ、そこで賃料を支払うために住宅給付金を受け取らざるをえない状況に陥った例も報告されている。4.結果世界を代表するグローバル都市ロンドンにおいて、戦後以降ブリクストン地区では様々な歴史的契機を経て空間的・社会的な多様性が育まれてきた。その多様性を源泉とする魅力ある空間的構成や話題性は若者世代の流入、商業空間の改良、スティグマ化の部分的解消を促したが、一方でジェントリフィケーションの誘因ともなり、低廉な住宅や店舗を一度手放すと再入居が困難になる程度まで社会的状況は改変されつつある。
著者
松本 淳 財城 真寿美 三上 岳彦 小林 茂
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100131, 2017 (Released:2017-05-03)

1. はじめに 地球温暖化をはじめとする気候変動の問題は,地球の将来環境に大きな変化をもたらす懸念もあって,社会的にも大きく注目されている。気候変動の科学的認識には,気象観測データが必須で,人類の気候変動に関する知識は,正確な気候資料の有無に依存しているといっても過言ではない。正確な気候データの基礎となる近代的な気象観測は,17世紀にヨーロッパで始められ,300年以上の歴史がある(吉野, 2007)。一方アジアでは,主に欧米諸国の植民地化の過程の中で,19世紀後半から気象観測が継続的に行われるようになり,百数十年程度の気候データの蓄積がある。日本では1875年に気象庁の前身である東京気象台で気象観測が始まった。観測データは多くの国の気象機関で月報や年報などの印刷物として刊行・公開され,特に月別の統計値は,World Weather Records, Monthly ClimaticData for the Worldなど世界中のデータを網羅したデータとして刊行され,気候変動研究に活用されてきた。1980年代以降は,電子媒体での利用が一般的となり,CRU, GPCCなどでグリッド化されたデータが主に利用されるようになっている。しかし,アジア諸国では,1950年以前は多くの国が植民地だったこともあって,インドなど一部の国を除くと植民地時代の気象観測データは,ディジタル化が進んでおらず,気候変動研究に活用されていない。旧英領インドでも,現在のインド以外の領土(バングラデシュ,ミャンマーなど)の日データはディジタル化されていない。日本では,気象庁の区内観測所での稠密な気象観測データ日別値等はディジタル化されておらず,科研費等による日降水量のディジタル化が進められている(藤部他2008)。気象台とは別に,江戸時代に来日した外国人らによる気象観測が行われており,それらを活用した気候復元もなされている(Zaiki ,2006: 三上他,2013等)。明治時代には,灯台において気象観測が行われていたことも近年になって判明した。さらには戦前・戦中には日本の海外統治域のデータが多く存在する。そかしこれらのデータの多くはディジタル化されておらず,実態さえもよくわかっていない。小林・山本(2013)は戦時中のデータの実態を解明し,山本(2014, 2015)は戦前・戦中の大陸における気象観測の実態を明らかにした。このような古い気象観測データを掘り起こし,気候研究に利用できるようにする活動は,データレスキューといわれ(財城, 2011),国際的にも精力的に取り組まれている(Page et al. 2004等)。世界気象機構WMOのプロジェクトとして,Atmospheric Circulation Reconstructionsover the Earth (ACRE: http://www. met-acre.org/, Allanet al. 2011)が実施され,世界各地でデータレスキュー活動が進められている。このような状況を踏まえ,本シンポジウムでは世界各地に散在するアジア各国の戦前・戦中を中心とした気象観測データのデータレスキューの国内外での現状を整理し,今後の気候変動研究への活用について議論したい。2. シンポジウムの構成 本シンポジウムでは本発表に続き,まず東南アジアや南アジアにおける状況を2発表で概観する。続く5つの発表では,日本における様々の状況について明らかにする。最後にデータレスキューされた資料を活用した長期再解析の現状と課題を示す。別途,関連する発表を,グループポスター発表としている。これらを踏まえ,最後に科学史の立場から気候データレスキュー全般についてコメントを頂戴した後,総合討論を行う。参加者による活発な討論をお願いしたい。なお,本シンポジウムは,科学研究費補助金(基盤研究(S),課題番号26220202, 代表:松本淳及び基盤研究(B), 課題番号????????, 代表:財城真寿美)による成果の一部を活用して開催するものである。
著者
馮 競舸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100243, 2017 (Released:2017-05-03)

1.はじめに 近年、遠隔操作により無人で空中を進むことができるドローン(Drone)に注目が集まっている。従来ドローンは軍事用、農薬散布等の産業向けに使われていたが、近年の技術革新に伴い、商用物流ドローンの活躍にも関心が高まっている。 本研究では、現代都市地域の特徴と自然農村の特徴を兼ね備え、日本の先進技術を代表するつくば市を事例に、地理学の視点から、GISを援用した土地利用解析手法を用い、商用物流ドローンの配達航路と飛行リスクを解析する。 2.方法 本研究では、商用物流ドローンを配達する際に、飛行の安全及び離着陸に影響する因子を対象として、「飛行禁止空域」及び「離着陸禁止地域」を導出する。ユークリッド距離とラスタ演算解析により、因子の影響力を推定し、つくば市における飛行リスクコストを導く。新たな最小コストパス解析方法を導入して、配達状況と目的に応じて、多様な飛行航路モデルを構築する。 3.分析 「飛行禁止空域」と「離着陸禁止地域」に関する分析では、因子の影響範囲の面積が全体面積に占める割合を算出し、因子影響力を評価した。 研究対象地域の面積約293k㎡のうち「飛行禁止空域」が約79.6k㎡、「離着陸禁止地域」が約167.4k㎡を占める。特に、都市地域では、人口が集中しているため、「飛行禁止空域」と「離着陸禁止地域」が複雑に分布する。 飛行空域のリスクを求める際に、従来の一般的リスクコスト研究ではなく、本研究ではユークリッド距離を飛行リスクとして解析することで直感的に飛行リスクを地図化することが可能になる。計算も容易である。 ラスタ演算で影響因子を統合した「飛行空域のリスク分布」から、人口集中地域では飛行リスクが高いことが明らかになった。この分布をコスト評価モデルに適用し、コストパス解析手法を通して、商用物流ドローン配達航路の解析に応用した。そして、実用化に向けて実際の荷物を配達する際に発生する様々な状況を予測し、異なる目的と場面の配達航路をモデル化した。本研究では、特に緊急医療運送を対象に、コリドー解析手法による配達圏の解析を行った。 最後に、構築したモデルの有効性を実証するためにシミュレーション分析を行った。その際、最もリスクが高いと見られる都市中心部の人口集中地域において、複数の安全飛行航路をランダムに設定し、衝突が発生する状況を検証した。その結果、すべて安全航路で衝突が発生せず、本研究の有効性が実証された。 4.結論 本研究では、商用物流ドローンの配達において、「離陸」から「飛行」、続いて「着陸」、又は「帰着」のプロセル全体を視野に入れ、リスク分析による独自の航路解析モデルを考案した。 本研究で構築したモデルでは、他の地域においても応用が可能である。また、専用のプログラム構築により、自動的に飛行航路を計算することもできる。 商用物流ドローンの実用化に向けて、地域と配達の安全を守ることにより、商用物流ドローンに対する規制について検討することが重要である。