- 著者
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後藤 秀昭
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.100167, 2017 (Released:2017-05-03)
1. はじめに 中央構造線活断層帯は,四国だけでも190kmに及ぶ日本で最も長大な活断層であり,平均変位速度は10mm/yrにも達する可能性があるとされてきた(Okada,1980)。しかし,説得力のある変位基準で,高精度に変位速度を求めたものは極めて少ない。GPS による測量では,中央構造線の横ずれ変位速度は約5mm/yr(Tabei et al., 2002)や0~5.5mm/yr(Aoki and Scholz, 2003)とのされており,これらとの対比を行うためにも,地形学的な時間スケールでの高精度な変位速度の検討が求められている。 中央構造線の古地震学的な研究では,最新活動時期について,中世を中心に歴史時代の活動が多数の地点で報告されている(後藤ほか,2001など)。しかし,それより前の活動時期や活動間隔についてはほとんど分かっていない。地震危険度の評価において大きな問題となっており,高精度な変位速度の提示が求められているといえる。 一方,地形学の研究では,多視点の写真データから作成された高密度な点群データなど,デジタル化された地形情報が用いられるようになっている。人工改変の激しい地域では,撮影年代の古い空中写真を用いて地形を復元して分析することが可能となり,変動地形でも積極的な利用が進みつつある(後藤,2015など)。 本研究では,中央構造線の池田断層,父尾断層に沿って認められていた後期更新世の変位地形を,1970年代の空中写真を用いて数値標高モデルとして復元し,変位ベクトルを検討するとともに,堆積物から得た試料の放射性炭素年代測定値に基づき,高精度な変位速度の算定を試みた。 2.地形モデルの作成と地形面区分 1974年撮影の約8000分の1カラー空中写真(CSI-74-8および9)を20μm(1,270dpi)の解像度でスキャンした画像を用い,国土基本図を評点として1m間隔のDEMとしたものを用いた。空中写真を実体視したのと同じ程度の判読が可能な画像となるよう測量間隔やブレークラインが設定されている。 対象とした地域周辺では,後期更新世以降の段丘面は中位面,低位1面,低位2面の3面に区分できる。 3.池田断層の東部の変位速度 池田断層東部の馬来谷川付近では中位面,低位1面が変位を受け,中位面で43m,低位面で7mと累積的な上下変位量が認められる。中位面の段丘崖の横ずれが複数地点で確認でき,断層崖の両側で明瞭な段丘崖が認められる場所では数値標高モデルから145~155mの横ずれ量が計測された。断層に平行な地形断面図からは上下変位量は横ずれ量の8%であり,横ずれが卓越していることが解った。低位1面の構成層上部から得られた木片から17,212~16,792 cal BPの放射性炭素年代値が得られた。これらに基づけば,横ずれ変位速度は8.5mm/yrよりも大きいことになる。 4.父尾断層の変位速度 父尾断層中央部の日開谷川西岸では,後期更新世以降の河成段丘面が発達し,典型的な横ずれ変位地形をなす(岡田・堤,1997など)。徳島自動車道の建設によって変位地形は改変されたが,1974年の空中写真によって復元された数値標高モデルによる地形をもとに多段化した地形を詳細に検討した。その結果,低位1面および沖積面はそれぞれ2面に細分されることがわかった(ぞれぞれ,上位面,下位面とする)。これらの段丘崖の基部を基準にすると,上下変位量は横ずれ変位量の6~8%でほぼ同方向に変位してきたと考えられる。低位1上位面の段丘崖の横ずれ量は140~150mと計測された。 地形面の年代を示す新たな試料は得られなかったが,低位1下位面は急傾斜であり,日開谷川下流西岸で沖積面に埋没することから,最終氷期極相期の地形面と考えられる。池田断層の馬来谷川付近の低位1面に対比されるが,約35km下流に位置し,より早くに離水したと考えられることから,低位1面下位面は18ka以降,17,122~16,639 cal BPまでに形成されたと推定される。これらに基づくと,父尾断層の変位速度は7.8~9.1 mm/yrと算定される。 5.おわりに 池田断層,父尾断層の変位速度とも,測地学的な検討により求められた変位速度より優位に大きく,地形学的検討によってこれまでに提示されてきた値よりも大きい。最新活動時の変位量(岡田・堤,1997など)に基づけば,活動間隔はこれまでの想定よりも短い可能性がある。日本で最も長大な活断層の評価にはさらなる古地震学的な調査が必要性と考える。