著者
野末 悦子
出版者
社団法人日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科學會雜誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.146-154, 1966-03-01

わが国に於ける妊産婦死亡率は, 今尚文明諸外国に比し高率である. この原因を探求し死亡を減少させるには, 個々の例が如何なる条件のもとに死亡したかを分析しない限り充分ではない. そこで人口動態死亡票をもとにして死亡例を求め, 1957年1月から1959年12月迄の3年間に於ける神奈川県妊産婦死亡に関し実地調査を行ない, 諸条件を分析する事により, 如何にすれば死亡が予防可能であるかを考察した. 1. 妊産婦死亡数は分娩の多い25〜29才, 30〜34才に多いが, 死亡率は35才以上に高い. 2. 調査後, 死因を訂正すべきものが27.2%認められ, 妊娠中毒症は多く, 出血は少なく届出られている. 3. 死亡の時期で最も多いのは, 分娩後24時間以内で, 39.5%を占めている. 4. 医師を受診した回数の少ないものが多く, 特に生活程度下の群では, 死亡迄0〜2回しか受診しないものが85%を占めている. 初診が遅れるため, 妊娠中毒症の発見が遅れている. 5. 施設の利用は年々増加の傾向にあるが, 生活程度下の群では35%が自宅で死亡しており, 異常発生時初診者も, 専門医30%, 助産婦35%で医師受診率は低い. 6. 施設内死亡の中60.9%が入院後24時間以内の死亡であり, 79%が勤務時間外の死亡である. 7. 大量出血の55.3%は輸血が行われていない. 8. 子宮外妊娠死亡の初診者の73%が一般医で, 55%は手術前に死亡している. 9. 諸条件を分析した結果, 保健指導強化により14.8%が, 診療の充実により48.2%が, その両者により21%が, 経済状態その他の環境の改善により11.1%がそれぞれ予防可能である.
著者
春山 喜重
出版者
社団法人日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科學會雜誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.92-98, 1987-01-01

妊娠16週から41週までの妊婦に、延べ5、294回、また47例の正期産骨盤位分娩例に超音波断層法を施行し、胎盤付着部位と胎位胎向との関係を検討した。なお、子宮奇形、筋腫合併、卵巣嚢腫合併、多胎、早産、羊水過多、前置胎盤、未熟児、胎児奇形、狭骨盤などの異常妊娠は検査対象から除外した。得られた成績は次の通りである。1)妊娠各期を通じて、胎盤付着部は、中央付着が最も多く、その頻度は60.9〜74.0%におよんでいた。2)骨盤位の発生頻度は、妊娠16〜19週で48.2%であったが、妊娠28〜31週で16.0%、妊娠36〜41週では5.0%と激減した。また、胎盤付着部別の骨盤位の発生頻度は、妊娠16〜19週では、胎盤卵管角付着では38.0%、側壁付着では50.0%、底部付着では52.8%、中央付着では47.2%と大差はなかった。しかし、妊婦36〜41週の検討では夫々20.2%、 6.4%、 9.0%、 1.1%であり、中央付着での胎位変換率は他の部位より明らかに高かった(p<0.01)。3)正期産骨盤位では、その約60%が胎盤卵管角付着であった。以上の事実から、骨盤位発生の大きな原因は、本来の子宮腔の形状である逆三角形的な洋梨状形態が著明に変形した場合であり、胎盤が卵管角、側壁、底部に付着する時には、胎児の自己回転が障害されるためであると結論された。
著者
影山 惇彦
出版者
社団法人日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科學會雜誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.165-174, 1966-03-01

水は生体の主要構成成分の一つであり, 全ての生体反応の普遍的媒体として極めて重要な存在である. 特に新生児期においては, その動きが哺育面に及ぼす影響は極めて大きい. 吾が教室では, つとにこの点に注目し水出納の面から研究をすすめている. さてその内で重要な比率を占める不感蒸泄量を測定するため, 恒温恒湿室をつくり, その中に精密な直視式自動人体天秤を設置した. この装置によつて, 新生児の水出納が各種ホルモンによつて如何に影響されるかを検討した. 使用薬剤は4-Chlorotestosterone acetate (Macrobin), 17 β-Valerylonyandrostane 3〜one (Apeton Depo), 1-Methyl'Δ Androstenolone acetate (Primobalan), Norandrostenolone phenylpropionate (Durabolin), 17 α-ethyl-19-nortestosterone (nilevar)なる5種の蛋白同化ホルモンである. 投与法は1回限りの筋肉内注射とし, 使用量は前3者は10mg/kg, 他はそれぞれ5mg/kg, 1.5mg/kgとした. 尚測定条件は上記の恒温恒湿装置により25℃, 湿度70%の環境をつくり, 児を安静に保つため, 毎時10gr哺乳をしながら, 直視式自動人体天秤(秤量100kg, 感量500mg)により逐時的に体重測定を行い, 同時に毎時の尿量をも測定した. 実験の結果は次の通りである. (1)生後48〜60時間の成熟女児の安静時における不感蒸泄量は毎時約0.73±0.12gr/kgであり, 尿量は毎時1.44±0.46gr/kgである. (2)蛋白同化ホルモン投与後の不感蒸泄量の推移には2型がある. 第1型は投与直後より減少しはじめ, 4〜8時間で元の値に復元する. 第2型では概括的にみて直後一過性に稍々増加するが, その後次第に減少傾向を辿り, 12〜20時間で元の値にもどる. 尿量はいづれも投与後次第に減少するが一定時より復元傾向を示す. (3), (2)に於ける水排出量と, その間の哺乳量とを比較すると, 新生児の水出納は蛋白同化ホルモン投与により一過性ではあるが陽性平衡を示している. (4) 血清蛋白量, ヘモグロビン値はこの実験時間内では, 著しい変化をみとめられない. かくて, 新生児に対する, ホルモン哺育の意義に関しては, その蛋白同化面を全く否定するわけではないがそれによる体重増加が主として, 水貯溜に基くものであることが, 我教室の菊池等の実験と相俟つて確認された. (5)しかもこの際の水貯溜機序に於て, 不感蒸泄量と利尿量との間に対蹠共軛的な動きがみとめられ, 生体全体としてHomeostaticに水分量を一定量に保たんとしながら, 増減することが認められた.
著者
松尾 健志 石原 楷輔 菊池 三郎
出版者
社団法人日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科學會雜誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.43, no.6, pp.603-610, 1991-06-01
被引用文献数
1

妊娠中期に超音波検査で前置胎盤と診断される症例の頻度が分娩時に比し異常に高いといわれ, その理由はいまだ不明な点も多い. そこで経腹・経直腸および経腔の各走査法で本症診断の基本となる頚管像検出能を比較検討し, さらに妊娠中期に前置胎盤と診断された症例の超音波所見について経時的検討を行ない上記理由の解明を試みた. 1. 各走査法による頚管像検出能 : 1) 頚管像の検出率は, 妊娠12〜23週では経腹走査法52.0〜62.5%に比し経直腸・経腔走査法ではそれぞれ85.7〜87.5%, 100%であつた. 2) 経腹走査法では子宮峡部を同定できなかつた. 2. 前置胎盤と診断された症例における超音波所見の経時的変化 : 1)経直腸走査法による観察 (1) 妊娠16〜20週において, 経腹走査法で胎盤位置を診断した965例のうち低置, 前置とされた64例, 12例は, 経直腸走査法では低置43例 (4.5%), 前置4例 (0.4%)と診断された. (2) 前置と診断された4例は以後分娩時までその位置診断に変更がなく帝切時に前置胎盤と確認された. (3) 低置から正常位へ診断が変更された症例の頻度は妊娠32週未満では79.1%で, それ以後の11.1%に比し有意に高かつた (P<0.05). 2)経腔走査法による観察 (1) 妊娠13〜20週において胎盤位置を診断し, 261症例のうち低置および前置はそれぞれ18例 (6.9%), 13例 (5.0%)で前置は全例に峡部像を認めた. (2) 峡部が全例消失した妊娠22週までには前置は2例 (0.8%)のみとなり, 以後分娩時までその位置診断に変更はなく帝切時に前置胎盤が確認された.(3) 低置18例のうち分娩時までに診断が変更された症例の頻度は88.9%であつた. 以上より, 妊娠中期に前置胎盤と診断される症例の多くは, 頚管像検出能が低い経腹走査法により, 子宮下節伸展に伴い内子宮口との位置関係が変化しやすい低置胎盤を前置胎盤と誤認した症例であり, 一部に子宮峡部消失前の診断例も含まれていたと考えられた.
著者
小関 聡
出版者
社団法人日本産科婦人科学会
雑誌
日本産科婦人科學會雜誌 (ISSN:03009165)
巻号頁・発行日
vol.46, no.12, pp.1322-1328, 1994-12-01

HCV抗体測定法が開発されて輸血時のスクリーニング検査に導入されたことにより輸血後C型肝炎は激減したが, それ以外の感染経路については不明な点が少なくない. 今回その一つとされる母子感染の実態を明らかにする目的で, 当科ならびに関連病院を受診した4,801例の妊婦とその出産児を対象に, C型肝炎の母子感染の発生とその成立因子について検討し, 以下の結果を得た. 1) HCV抗体陽性者は4,801例中59例(1.23%), RT-semi nested PCR法によるHCV-RNA陽性者は25例(0.52%)であった. 2) HCV抗体陽性者のうち, 現在までに分娩に至った14例において, 分娩時臍帯血中HCV抗体は全例陽性であったが, HCV-RNAは全例陰性であり, 胎内感染と明らかに断定できる症例は存在しなかった. 3) 追跡中の13例の児のうち3例にHCV-RNAが検出され, 母子感染の発生率は全妊婦に対し0.06%, HCV-RNA陽性妊婦に対し23%であった. また, これら3例では, 妊娠末期の母体血清GPT値が軽度上昇を示したのに対して, 他の10例はすべて正常範囲内であった. 一方, HCV-genotype, 妊娠末期の母体血中HCV-RNAの半定量, HCV抗体価およびγ-GTP値と, 母子感染成立との間に関連性は認められなかった. 4) 児のHCV-RNAが陽性となった3例のうち, 1例は母体でのHCVとHIVとの重感染が認められたが, HIVの母子感染は認められなかった. 5) 母乳中にHCV-RNAが検出された症例が3例認められたが, これらの児からはHCV-RNAは検出されず, 母子感染における母乳の意義は不明であった. 以上より, C型肝炎の母子感染の存在が確認され, 母子感染成立の因子の一つとして妊娠末期における母体の肝炎の活動性が重要であることが示唆された.