著者
富田 啓介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.2, pp.85-105, 2012-03-01 (Released:2017-02-21)
参考文献数
45
被引用文献数
1 2

湧水湿地の形成や維持に,その周囲における人の営為がどのような影響を与えていたのかを,里地・里山の中に存在する愛知県豊田市の矢並湿地を事例に論考した.事例地において,湿原内の植生分布,湿地周囲の環境変遷,堆積物の層相・層序と年代を調査し,総合的に検討した.その結果,砂防堤築造や水田造成などの人為的インパクトによって,湧水が地表を拡散して流れる地形が形成され,湿地が形成されたことが明らかとなった.また,矢並湿地の湿原植生の分布は地下水位とよく対応していたが,地下水位は周囲の里山の管理状況によって変化しうると考えられた.さらに,湿原内での採草行為や,未熟な植生が引き起こした湿地周囲の斜面崩壊も,湿原植生の遷移を抑制した可能性がある.このように,湧水湿地は,周囲における人の営為の影響を受けて形成され,その特徴的な植生を維持する場合がある.
著者
富田 啓介
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.6, pp.335-346, 2006-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
8
被引用文献数
2 1

都市近郊のため池密集地域である愛知県知多半島中部を事例にして,1998年から2002年の期間におけるため池の減少率を,それぞれのため池周辺に卓越する土地利用別に検討した.調査の結果,ため池は,圃場整備の行われていない農地や,農地に宅地が無秩序に進出しているような用途混在地に多く分布していた.そこでは受益面積のない貯水量の小さいため池が多くを占め,減少率が高かった.一方で,宅地や圃場整備の行われた農地ではため池の分布数は少なかった.そこに存在するため池は,受益面積が比較的保持され,貯水量が相対的に大きいという特徴を持ち,減少率は低かった.以上のことから,土地造成が行われていない地域において,利用価値の低下を理由として小規模なため池が放棄され消滅が進んでいること,宅地や農地のための土地造成が行われている地域においては,利用価値のある大規模なため池が選択的に残されていることが確認された.
著者
富田 啓介
出版者
日本湿地学会
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.51-58, 2021 (Released:2021-05-02)
参考文献数
23

湧水湿地が消滅した後も,湿地植物が土壌中にシードバンクを保持することを実生発芽法によって確認した.愛知県知多半島において,およそ 30-10 年前まで湧水湿地が存在し,湿性草原が成立していた場所 3 カ所と,湿性草原が現在も成立している湧水湿地 1 カ所の土壌を採取してまき出したところ,そのすべてから湿地植物が発芽した.湧水湿地の存在していた場所の土壌からは,トウカイコモウセンゴケ・イヌノハナヒゲ類・ミミカキグサ類・アリノトウグサが多数発芽したが,シラタマホシクサやヌマガヤのような主要な群落構成種を含む,過去に記録のある種の多くは発芽しなかった.現存する湧水湿地の土壌からも,地上部にみられた種の一部のみしか発芽しなかった.より詳細な調査が必要であるものの,湧水湿地に成立する湿性草原(鉱質土壌湿原)の構成種の一部は,地上植生の消滅後も長期間にわたり土壌シードバンクを形成するが,すべての種がそうではない可能性がある.
著者
富田 啓介
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.6, pp.470-490, 2008-07-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
26
被引用文献数
1

愛知県尾張丘陵および知多丘陵に分布する8ヵ所の湧水湿地 (湧水によって形成された湿地) を事例として, 湿地内にみられる植生分布と, 地形および堆積物との関わりについて検討した. 谷壁斜面にみられる湧水湿地4地点と谷底面にみられる湧水湿地4地点にベルトトランセクトを設置し, 区域内の植生と堆積物の厚さの分布を調べた. 堆積物は, 谷底面の湧水湿地では厚く, 谷壁斜面の湧水湿地では薄かった. 植生にっいては, 谷底面の湧水湿地ではヌマガヤの優占する植被率の高い植生が, 谷壁斜面の湧水湿地ではイヌノハナヒゲ類などからなる植被率の低い植生がそれぞれ卓越していた. 谷壁斜面の湿地でも, 堆積物の厚い部分ではヌマガヤの優占する植被率の高い植生が卓越することが多かった. これらの結果は, 湧水湿地では地形が堆積物の厚さに影響を与えること, 植生分布と堆積物の厚さが密接に関係する場合があることを示している.
著者
富田 啓介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.26-37, 2014-03-31 (Released:2014-04-23)
参考文献数
28
被引用文献数
1

西日本の丘陵地を中心に分布する湧水湿地は,希少種のハビタットであるのと同時に,地域社会の中で人の営為と関係を持ちながら存続してきた里山の湿地という特色を持つ.地域社会と湧水湿地の関わりを整理すると,空間的・心理的近さから生じる場所を介した関わりの中に,形成・維持に直接関与する生態的システムを介した関わりが存在する.今日の湧水湿地の保全・活用に関する活動もその関わりの構造を踏襲している.活動を担う主体は湧水湿地の存在する場所の地域社会の中に作られた団体であり,森林管理や草刈などかつての生態的システムを介した関わりが再現されている.地域社会が中心となった保全・活用は,湧水湿地本来の姿を維持するために今後も重要である.一方で,湧水湿地の関心層を増やして保全・活用をさらに推進するためには,個々の湿地の情報を広く発信することや,地場産業と結びつけた複数の湿地をめぐるジオツアーの実施のように,広域的視点での活動も求められる.
著者
富田 啓介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.2014, 2021-04-20 (Released:2021-07-12)
参考文献数
28

西日本の丘陵地を中心に広く分布する湧水湿地は、希少な動植物種のハビタットとして保全上重要な生態系である。しかし、行動範囲の広い哺乳類や鳥類の生活空間としての機能や、それらの行動が湧水湿地の生態系へ与える影響はほとんど知られていない。本研究では、東海地方の湧水湿地を対象に赤外線自動撮影カメラによるカメラトラップ調査を行い、上記の問題を議論するための基礎的データとして、湧水湿地に出現する哺乳類と鳥類の種組成、撮影頻度、行動を把握した。延べ 4,602日の撮影によって、 7箇所の湧水湿地とその隣接地から 13種以上の哺乳類と 19種の鳥類を確認した。哺乳類ではイノシシが最も多く出現した。湧水湿地に出現する哺乳類の種組成は、湿地周囲の森林とほとんど変わらなかったが、撮影頻度は、総じて湿性草原の成立する場所で低くなっていた。哺乳類と鳥類は湧水湿地内で採餌、泥浴びや水浴びを行っており、排泄行動も確認された。このことから、湧水湿地は広域を移動する哺乳類と鳥類にとって重要な生活空間であると考えられた。また、哺乳類と鳥類の行動は、植生の攪乱や種子散布を通じて、湧水湿地の生態系に少なからぬ影響を与えている可能性が示唆された。詳細な影響内容や程度の解明は今後の研究に委ねられるが、湧水湿地の生態系の保全・管理を行うに当たっては、哺乳類と鳥類の行動にも十分配慮する必要がある。
著者
富田 啓介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2014, (Released:2021-04-20)
参考文献数
28

西日本の丘陵地を中心に広く分布する湧水湿地は、希少な動植物種のハビタットとして保全上重要な生態系である。しかし、行動範囲の広い哺乳類や鳥類の生活空間としての機能や、それらの行動が湧水湿地の生態系へ与える影響はほとんど知られていない。本研究では、東海地方の湧水湿地を対象に赤外線自動撮影カメラによるカメラトラップ調査を行い、上記の問題を議論するための基礎的データとして、湧水湿地に出現する哺乳類と鳥類の種組成、撮影頻度、行動を把握した。延べ 4,602日の撮影によって、 7箇所の湧水湿地とその隣接地から 13種以上の哺乳類と 19種の鳥類を確認した。哺乳類ではイノシシが最も多く出現した。湧水湿地に出現する哺乳類の種組成は、湿地周囲の森林とほとんど変わらなかったが、撮影頻度は、総じて湿性草原の成立する場所で低くなっていた。哺乳類と鳥類は湧水湿地内で採餌、泥浴びや水浴びを行っており、排泄行動も確認された。このことから、湧水湿地は広域を移動する哺乳類と鳥類にとって重要な生活空間であると考えられた。また、哺乳類と鳥類の行動は、植生の攪乱や種子散布を通じて、湧水湿地の生態系に少なからぬ影響を与えている可能性が示唆された。詳細な影響内容や程度の解明は今後の研究に委ねられるが、湧水湿地の生態系の保全・管理を行うに当たっては、哺乳類と鳥類の行動にも十分配慮する必要がある。
著者
富田 啓介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.89, no.2, pp.53-67, 2016-03-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
14

自然保護地域の運営には,利用面の配慮が求められるが,都市近郊に位置する小面積の自然保護地域の利用実態は明らかではない.そこで,愛知県に存在する三つの湧水湿地保護区を事例に,利用者層・利用行動・利用体験の諸相を明らかにした.来訪者へのアンケートによると,来訪者の中心は,夫婦・親子・友人からなる2人または数人のグループで,その大半が近隣自治体に居住する50歳代以上の中高年者であった.主たる来訪理由は自然観察と散策で,滞在時間は短かった.こうした利用者の特性は,常時公開か否かといった公開方法や広報内容,公開時の運営手法によっても変わりうることが示唆された.利用者の満足度と満足内容を分析すると,保護対象についての知識や観察方法を適切にガイドすることが高い満足度に結びついていた.一方,湿原の植生遷移の進行や動植物の減少といった自然保護上の問題が満足度にも悪影響を及ぼしていた.