著者
山口 正視
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.124-127, 2013-08-30 (Released:2019-09-10)
参考文献数
14

地球上には原核生物と真核生物の2つの種類の生物しか存在していない.両者の細胞構造の違いはあまりにも大きく,どのようにして真核生物が生じたかは,生物学上,最大のなぞの1つとされてきた.我々は伊豆諸島の深海から,電子顕微鏡を用いて,原核生物と真核生物の中間の細胞構造をもつ微生物を発見し,パラカリオン・ミョウジネンシスと命名した(一般名は「准核生物」).この生物の存在は「共生説」を支持すると考えられる.
著者
伊野家 浩司
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.139-145, 2020-12-30 (Released:2021-01-13)
参考文献数
22
被引用文献数
1

デジタルカメラを電子顕微鏡の像記録に採用することで,単に銀塩フィルムを置き換えるというだけではなく様々な応用分野が期待される.例えば,その場観察において高い時間分解能で経過時間と共に観察結果を記録する能力,クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析における自動像取得機能,デジタル画像の即時性を活用した自動アライメントなど,電子顕微鏡を用いた観察の様々な領域でデジタルカメラの果たす役割は非常に大きくなっている.本講座では電子顕微鏡に現在広く使用されているカメラの基本構造とその原理について解説し,クライオ電子顕微鏡観察において注目された直接検出型カメラとの違い,およびその応用分野の拡がりについて紹介する.
著者
安藤 敏夫
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.56-61, 2019-08-30 (Released:2019-09-07)
参考文献数
21

詳細ではあるが静止構造しか得られない従来の構造生物学的手法や,光学プローブを介して動態を間接的に可視化する1分子生物学手法の限界を破るべく,AFMを飛躍的に高速化するための技術開発が進められ,約10年前に高速AFMは確立した.この新規顕微鏡により,タンパク質分子の機能活動中の動的な姿を直接観ることが初めて可能になった.既に数十種類に亘るタンパク質系の高速AFM観察が行われ,分子の動画像が他の手法では得られない機能メカニズムへの深い洞察を与え得ることが実証された.現在この方向の研究が更に盛んに進められている.それと並行して,高速AFMの機能拡張に向けた更なる技術開発も進められ,高速AFMの対象が分子からオルガネラ,バクテリア,動物細胞へと拡大しつつある.本稿では,高速AFM技術とこれまで行われた応用研究を概説し,現在抱える技術的問題とその克服に向けた更なる技術開発の方向を示す.
著者
山内 洋平
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.23-30, 2021-04-30 (Released:2021-05-12)
参考文献数
22

ウイルスは5–300 nmほどの大きさの粒子状の感染性物質で,遺伝情報(DNAかRNA)をカプシドや脂質二重膜内にカプセル化した構造体を作る.感染された細胞は文字通り乗っ取られウイルス複製工場と化す.ウイルスは自己のみでは増殖することはできず,代謝や移動を宿主側に依存している.そのため細胞の裏表を理解し尽くしており,自由自在に操ることを得意とする.実際,分子生物学の重要な発見はウイルスまたはウイルスと宿主とのせめぎ合いから創出されたものが多い.ノーベル賞を受賞した逆転写酵素やCRISPR/Casなどが良い例である.ウイルスはその均一さと電子密度の高さから光学顕微鏡,電子顕微鏡,クライオ電子顕微鏡,原子間力顕微鏡などで観察するには格好の材料である.我々の研究室はウイルスと細胞との相互作用の仕組みに関心があるため,色々な手法で観察を行ってきたので,それらの研究を中心にウイルスの顕微鏡手法を紹介したい.
著者
西山 裕介
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.152-155, 2020-12-30 (Released:2021-01-13)
参考文献数
18

回折法と固体NMRを有機的に組み合わせるNMR crystallographyのアプローチおよびその基盤技術(microED,固体NMR,量子化学計算)の概略を紹介する.低分子医薬品における塩・共結晶問題への明瞭な解決策を提案する.microEDとの組み合わせは特に有効であり,微細な単結晶(1 μm以下)から水素原子位置も含めて結晶構造を解くことができる.
著者
豊岡 公徳 若崎 眞由美 宮 彩子 佐藤 繭子
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.7-12, 2020-04-30 (Released:2020-05-09)
参考文献数
14

植物研究分野において走査電子顕微鏡(SEM)は,葉や根など器官の表面の微細構造観察によく用いられてきた.近年,SEMの電子銃や検出器などの技術革新により,生物試料を包埋した樹脂切片をスライドガラスなどの平板上に載せ,反射電子検出器を用いてSEMで観察することで,透過電子顕微鏡法(TEM)と遜色ない切片電顕像を撮影できるようになった.これにより,TEMよりも厚い樹脂切片を用いて,広域に渡り容易に撮像することができる.本稿では,厚い切片でも高感度で帯電せずに撮像できるYAG(Yttrium Aluminum Garnet)-反射電子検出器を搭載した電界放出型SEMによる撮像条件の検討と,その応用として,植物試料の広域にわたる微細構造解析,連続切片を用いた3次元再構築解析,光-電子相関顕微鏡解析により得られた結果について報告する.
著者
森田 清三 杉本 宜昭 阿部 真之
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.51-54, 2010-03-30 (Released:2020-01-21)
参考文献数
9

原子間力顕微鏡による力学的原子操作について最初に説明し,つぎに,異種原子交換型垂直原子操作現象の発見と,これが探針先端原子を試料表面原子と室温で直接垂直交換できる夢の交換型単原子ペンであることについて明らかにする.最後に,原子埋め込み文字“Si”の組み立てにより,交換型単原子ペンによる室温での高速ナノパターンニングの可能性を示す.
著者
若本 祐一
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.86-91, 2015-08-30 (Released:2019-09-03)
参考文献数
21

クローン細胞集団内で観察される様々な表現型のばらつきは,多くの場合,置かれた環境での増殖能や死亡率といった個々の細胞の「適応度」と相関を持つ.このとき,注目する表現型の統計的性質を集団計測から正確に見積もることは原理的に不可能となる.細胞状態変化の本来の性質と,さらにそれらの状態と適応度との相関により決定される集団の性質を同時に理解するには,1細胞レベルの動態計測が必須となる.近年このような計測を実現するマイクロ流体デバイスが開発されつつある.本稿ではまず,細胞表現型の集団内多様性が細胞の適応度差と関係する例として「パーシスタンス現象」に着目し,その1細胞解析で得られた知見を紹介する.さらに,遺伝子発現量などの表現型が適応度と相関をもつとき,集団計測で得られる統計量が細胞の性質とずれることを簡単なモデルをもとに議論し,そのような差が,実際の長期1細胞動態計測で確認されつつあることを述べる.
著者
藤田 守 馬場 良子 熊谷 奈々
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.229-236, 2010-12-30 (Released:2020-01-21)
参考文献数
39

消化管,特に腸粘膜上皮の吸収上皮細胞は栄養素の消化と吸収に関して重要な役割を演じているが,哺乳動物においては,出生と離乳というタイミングで消化管の構造と消化吸収機構がダイナミックな変化を遂げる.乳飲期の腸吸収上皮細胞は成熟期とは異なり,部位によって機能的だけでなく,形態的にも分化しており,通常,離乳後には存在しない頂部細胞膜ドメインからの高分子物質の吸収機構(エンドサイトーシス)とそれらに関与するエンドゾームのネットワークが発達する.それらは電子顕微鏡や生物試料作製法の進歩によって初めて観察が可能となった構造であり,最近では多様な手法を用いたアプローチも可能となってきた.本稿では,出生直後から離乳に至る過程で生じる腸の形態および消化吸収機構の変化,特に吸収上皮細胞のエンドサイトーシスとそれに関与するエンドゾームのネットワークの変化について,我々のこれまでの成果も含めて概説する.
著者
鈴木 智子 後藤 友美 橋本 英樹 佐藤 繭子 豊岡 公徳
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.90-93, 2022-08-30 (Released:2022-09-07)
参考文献数
18

中性水圏に生息する鉄酸化細菌が作る酸化鉄について,特にGallionella ferrugineaが作るらせん状酸化鉄に着目し,HRTEM,STEM-EDX,STEM-EELSによりその結晶構造,構成元素,微細構造について明らかにした.さらに,菌体から酸化鉄が生成される場面について空間的に解析するため,アレイトモグラフィーによる3次元再構築を試みた.
著者
釜崎 とも子 上原 亮太
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.90-93, 2013-08-30 (Released:2019-09-10)
参考文献数
21

紡錘体は染色体を正しく二分するための構造である.機能的な紡錘体は,分裂期に微小管が高度に組織化されることにより形成される.これまでに,紡錘体微小管を生成する微小管形成中心として,中心体と染色体が知られてきた.近年,これらに加えて,紡錘体内部の微小管自身も,紡錘体微小管の生成・増幅に重要であることが分かってきた.このような微小管依存的微小管生成過程で中心的な役割を果たすのが“オーグミン複合体”である.我々はごく最近,ヒト紡錘体を電子線トモグラフィーおよび三次元モデリングにより解析した.その結果,オーグミン依存的な新規微細構造“エンドリンク”を介して微小管の枝分かれが形成されていることを突き止め,紡錘体における微小管依存的微小管生成過程に関する重要な知見を得た.
著者
八木田 和弘
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.80-82, 2012-06-30 (Released:2019-12-18)
参考文献数
17

概日時計(体内時計)は,約24時間周期の生体リズムである概日リズム(サーカディアンリズム)を司る内因性の自律振動体であり,バクテリアから人に至るまで地球上のほとんどの生物に備わる普遍的な生命機能の一つである.加えて,環境周期に同調する性質を持ち,周期的に変動する環境条件に生体機能を適応させることができることから,概日時計の生理学的意義が多岐にわたることが近年の研究の進展から明らかになってきている.本稿では哺乳類概日時計について概説し,特に概日時計の細胞自律性について述べる.
著者
仁田 亮
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.85-91, 2018-08-30 (Released:2019-08-01)
参考文献数
22

キネシンスーパーファミリータンパク質は,微小管上を一方向性に動く分子モーターである.その機能は,細胞内物質輸送に留まらず,染色体分裂の牽引,左右軸の決定,シグナル伝達の制御,線毛の長さの調節など多岐に渡っている.私はこれまで,X線結晶構造解析法やクライオ電子顕微鏡構造解析法を用いて,キネシンの多彩な機能を支える分子構造基盤を明らかにして来た.本解説では,微小管のプラス端方向へ順行性に動くKinesin-3,逆行性に動くKinesin-14,微小管を脱重合するKinesin-13,そして順行性に動き,かつ微小管を脱重合するKinesin-8の4種類の機能の異なるキネシンを取り上げ,それぞれの動作を支える構造基盤を概説する.キネシンは,微小管との結合・解離という基本の素過程を維持しながらも,微小管結合面の構造を改変したり,キネシンの動力部位の構造変化を増幅する構造を添加したりするなどして,多様な機能を獲得することができたと考えられる.
著者
馬水 信弥 田中 康太郎 安永 卓生
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.104-108, 2020-12-30 (Released:2021-01-13)
参考文献数
17

クライオ電子顕微鏡による単粒子解析では,試料中に含まれる複数のタンパク質構造を分類しながら解くことが出来る.ただし分類された構造間のダイナミクスの情報は類推するしかない.この問題について2020年に発表された三次元再構成およびクラス分類を行うための深層学習アプローチであるcryoDRGNは,離散的なデータ分割による構造分類を脱却し,連続的な構造分類を実現した.そこでは,オートエンコーダーをベースとし,入力粒子画像から投影パラメーターに依存する情報を分離して潜在空間を構築している.本稿では従来の構造分類と,cryoDRGNおよびその背景となる深層学習のトピックについて解説を行ったのち,構造分類のベンチマークとして6種類の複合体を有するGroEL/ESの実データについて三次元再構成とその分類を試みた.
著者
守屋 俊夫
出版者
公益社団法人 日本顕微鏡学会
雑誌
顕微鏡 (ISSN:13490958)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.114-119, 2020-12-30 (Released:2021-01-13)
参考文献数
30

生体高分子の近原子分解能での構造決定において,クライオ電子顕微鏡による単粒子解析法が現在急激に発展している.特に,本手法は構造のサイズ,構造の不均質性,組成の変動性のために他の構造決定手法が適用できなかった対象でも直接的な可視化を実現した.単粒子解析は画像処理ヘビーな手法であるため,多種多様なアルゴリズムが試されて既に多くの手順が自動化されており,着々とその手順のルーチン化が進んでいる.しかし,過去の構造解析経験に基づいている人の汎用的な視覚認識や総合的な判断だけは自動化することがこれまでできていなかった.ところが近年になりAI分野に革命をもたらした深層学習技術がこの状況を打破しつつある.そこで本稿では,単粒子解析の様々な処理ステップにおける深層学習技術の応用例を紹介し,その中でも全自動化が実用レベルまで達している粒子ピッキングの代表例としてcrYOLOとTopazを少し掘り下げて説明する.