- 著者
-
井上 秀一
- 出版者
- 公益財団法人 牧誠財団
- 雑誌
- メルコ管理会計研究 (ISSN:18827225)
- 巻号頁・発行日
- vol.12, no.2, pp.19-37, 2021 (Released:2022-03-08)
- 参考文献数
- 36
本稿の目的は,医療機関の「会計化(Accountingization)」(Power and Laughlin 1992)におけるミドルマネジメントの役割について,in-depthのケース・スタディを採用し,そのプロセスを明らかにすることである。
会計化は,現場が会計コントロールによる影響を受けた結果,現場の活動が本来の姿から歪められてしまうような状態を意味する。会計化に対し,ミドルマネジメントは「吸収役(Absorption)」(Laughlin et. al. 1994ab;Broadbent and Laughlin 1998)と「双方向の窓(Two-way windows)」(Llewellyn 2001)という2つの役割を果たすことが指摘されている。
「吸収役」は,トップマネジメントから現場に対する会計の影響を吸収し,現場が活動に集中できるよう保護する役割である。「双方向の窓」は,ミドルマネジメントがトップマネジメントの示す会計情報を翻訳し,現場に浸透させる一方で,現場の意見を集約し,それをトップマネジメントにフィードバックする役割である。
本稿では,「医療機関のミドルマネジメントは,トップマネジメントからの会計的な圧力に対し,どのように吸収役や双方向の窓の役割を果たしているのか」というリサーチ・クエスチョンを設定し,ある政令指定都市の中規模私立総合病院を対象としたインタビューおよび参与観察を実施した。調査の結果,以下の3点が明らかとなった。
⑴ミドルマネジメントは,現場への会計的な圧力によって現場の本来の姿が歪められてしまうことを防ぐために,吸収役としての役割を果たす。この場合,管理会計システムと現場の活動はルース・カップリングあるいはディカップリングの状態で維持される。
⑵業績悪化をトリガーとして,ミドルマネジメントは吸収役を維持できなくなり,双方向の窓に役割が切り替わる。この場合,管理会計システムと現場の活動の連動が図られる。
⑶各診療科別の損益データをはじめとした粒度の細かいデータをタイムリーに現場に提供することによって,ミドルマネジメントの役割が吸収役から双方向の窓に切り替わる可能性がある。
本稿は,Power and Laughlin(1992)で議論されている会計化の概念を拡張したうえで,上記⑴,⑵,⑶という経験的なデータに基づくプロセスベースの知見を加えたことに貢献がある。