著者
康 純
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University
巻号頁・発行日
no.5, pp.3-10, 2012-11-01

[要旨] ギリシャ神話の「変身物語」や平安時代の「とりかえばや物語」に描かれているように、異なる性別で生きることを求める人は昔から存在していたと考えられる。 19世紀中頃から、解剖学的性やその性の役割に対し違和感を表現する人々に対し、医学的な枠組みの中で報告され始めた。しかし、1950年頃までは同性愛やフェティシズム、性同一性障害などが混同されていた。ハリー・ベンジャミンは身体的性とは反対の性であると確信している人々に対して性転換症(transsexualism)という用語を用い、ジョン・マネーらは性分化疾患の性意識を研究して、ジェンダー(gender)概念を提唱した。ここから解剖学的な性とジェンダー・アイデンティティとの不一致を性同一性障害という精神病理学的状態と位置づけるようになった。一方、自分の性に対する表現は自分の生き方の問題であるとして脱病理化を表現するトランスジェンダーという言葉で自らを表現する立場もある。このような状況の中、アメリカ精神神経学会や世界保健機関も診断基準の見直しを進めており、性同一性障害の概念は変遷していく課程にあると考えられる。
著者
孫 漢洛
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要
巻号頁・発行日
no.3, pp.95-105, 2010-10

[要約] 年間の自殺者が3万人を超え、同時に自傷行為を繰り返す人達が増え続けるなかで、自傷する側の論理、治療する側の論理で自傷行為を考え直し両者の溝を埋める必要がある。自傷行為は決して「生きるため」だけの行為や「気を引くため」の行為ではなく、自殺関連行動である。我々は自傷を繰り返す彼・彼女らに対して、自傷=境界性パーソナリティ障害といった迷信にとらわれてはいけない。自傷行為じしんを治療対象と考えるのでなく、自傷を繰り返す彼・彼女らの"クール"な援助者(サポーター)になることを目指してもいいのではないだろうか。
著者
人見 佳枝
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University (ISSN:21868921)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.65-79, 2013-11-01

[要約]「父の娘」とはユング派の女性分析家によって1980 年代に提出された概念である。この言葉は「父権制の娘」、即ち、個人的な親子関係を越えて「父なるもの」の強い影響下にある女性を意味する。この概念自体は普遍的なものであり、昔から存在するものであるが、新たに脚光を浴びた背景には、女性の社会進出や社会的成功、そしてそれに伴って生じた心理的問題などがあった。それから数十年が経過し、女性の進学や就職は当たり前になった。これに伴って、「父の娘」の課題はすべての女性にとって、より避けて通れないものとなったように見える。本論ではこの概念についてあらためて振り返り、昔話や実際に起った事件などを参考にしながら、現在における「父の娘」について詳細に論じた。 [Abstract]“Father’s daughter” is a concept which was suggested by female Jungian analysts in 1980’s. This means “daughter of patriarchal society” which is like woman under the strong influence of patriarchy. Although this motif is universal, it was paid attention because women started working outside and some of them became successful in the society at that time. While they succeeded in the patriarchal society, they suffered from psychological problems. After a few decades, it is quite normal for women in developed countries to go to school and to work outside. Therefore, the problems of father’s daughter become more unavoidable for every woman in civilized society. In this paper, father’s daughter in current society is discussed in detail through a fairy tale and a real murder case.
著者
人見 佳枝
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of Center for Clinical Psychology, Kinki University (ISSN:21868921)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.23-30, 2012

[要約] 我が国には古くからリサイクルの文化が根付いており、その歴史は1000年以上前まで遡る事ができる。とりわけ江戸時代には徹底したリサイクルがなされ、いわゆるゴミと言う物は存在しなかったという。人の定住とゴミ問題とが切っても切れない問題となったのは、戦後の大量生産、大量消費時代の到来後である。この頃から廃品回収業者は我々になじみの深いものとなった。また回収するごみの内容も当初は紙が中心であったが、時代とともに変遷し、現在ではオートバイや家電製品などが中心となった。ごみは定住によって生じる負の側面の一つであり、それゆえ、廃品回収業は人間の定住に伴う影の部分と縁の深い業種であると言えるかもしれない。また昨今、環境問題への高い関心を背景に再びリサイクルが脚光を浴びるようになり、現代を象徴する職業の一つとも言える。時代とともに変遷していくのは、環境問題だけではない。テクノロジーの進歩、急激な都市化やそれに伴う人間関係の希薄化などに伴い、妄想の対象やその内容はその時代背景に強く影響される事が知られている。例えば近年における被害妄想の特徴として、想像上の生物などに対してよりは、隣人などの身近な人物により抱きやすくなったと言われている。廃品回収業者も、我々の日常生活においてなじみの深い人たちである。このたび、廃品回収業者に対する妄想から自殺企図に至った症例を経験したため報告する。前述の、定住に伴う負の側面を担う人たちという面に注目し、ユングの「影」の概念に触れつつ、それぞれの個人的および集合的な精神病理について、おもにユング心理学的な見地から考察した。
著者
康 純
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of Center for Clinical Psychology, Kinki University (ISSN:21868921)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.3-10, 2012

KOH, Jun[要旨] ギリシャ神話の「変身物語」や平安時代の「とりかえばや物語」に描かれているように、異なる性別で生きることを求める人は昔から存在していたと考えられる。 19世紀中頃から、解剖学的性やその性の役割に対し違和感を表現する人々に対し、医学的な枠組みの中で報告され始めた。しかし、1950年頃までは同性愛やフェティシズム、性同一性障害などが混同されていた。ハリー・ベンジャミンは身体的性とは反対の性であると確信している人々に対して性転換症(transsexualism)という用語を用い、ジョン・マネーらは性分化疾患の性意識を研究して、ジェンダー(gender)概念を提唱した。ここから解剖学的な性とジェンダー・アイデンティティとの不一致を性同一性障害という精神病理学的状態と位置づけるようになった。一方、自分の性に対する表現は自分の生き方の問題であるとして脱病理化を表現するトランスジェンダーという言葉で自らを表現する立場もある。このような状況の中、アメリカ精神神経学会や世界保健機関も診断基準の見直しを進めており、性同一性障害の概念は変遷していく課程にあると考えられる。
著者
人見 佳枝
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University
巻号頁・発行日
no.4, pp.31-43, 2011-10-01

[要約] 臨死体験に関する記述やモチーフは、古くから洋の東西を問わず、文学作品や絵画などに散見される。しかしオカルトの類と関連づけられやすく、長い問、これらが研究の対象となることはなかった。キューブラー・ロスが1975年に出版した『死ぬ瞬聞』は世界中でベストセラーとなった。これ以後、さまざまな臨死体験に関連する書籍が出版され、臨死体験を含む「死」についてもオープンに語られるようになった。典型的な臨死体験の内容はほぼ共通している。そのうちのある部分は、その人の属する文化、宗教観などに影響を受ける。しかしながら核となる体験においてはほぼ共通した特徴が認められ、従って臨死体験は個人的な内容と、普遍的な内容との二重構造になっているといえる。臨死体験後、体験者に起こる変化も興味深い。臨死体験後には「宗教的というよりスピリチュアルになる」「特定の宗教にとらわれなくなり、自分の内なる神を信じるようになる」などといった変化が起こることが報告されており、これは体験者の文化や宗教の違いを問わない。分析心理学の創始者であるC.GJungは最も有名な臨死体験者のうちの一人である。臨死体験はその後の彼の人生に強い影響を与えており、それが彼に人聞の本質についてのより深い洞察をもたらし、新しい世界観(dieWeltanschauung)を与えたことが推察される。このように、臨死体験は分析心理学において極めて興味深いテーマであり、論ずるべき内容を多く含んでいる。分析心理学においては夢やイメージなどを無意識からのマテリアルとして重要視するが、臨死体験も同様の見地から考察することが可能であると考えられる。 [Abstract] Description and motifs of near death experience (NDE) can be seen ancient literatures and paintings but it was not an object of research for long time. This theme was never talked openly because everyone was afraid that they were regarded as psychotic or occultist. "On Death and Dying ″ was published by Kubler Roth in 1975. This book triggered a tendency that NDE can be discussed openly. After "On Death and Dying ", a lot of books about NDE were published and researches were also started from various field. There are a lot of interesting contents in NDE. Some of these contents depend on each culture, race and religion. However, core contents are quite common among the whole human beings. So NDE has dual contents, personal and universal. It is also interesting what will happen to people after NDE. Generally, it is known that people become more spiritual rather than religious. They come to feel inner God, but they are not prepossessed with particular religion any more. Jung had NDE when he was 69 years old. It is tremendous dynamic experience and it changed the rest of his life dramatically. That is to say, he got deeper insight of essential human beings and new worldview. Thus NDE includes quite important essence for religion and analytical psychology. Although NDE and dream are discriminated, it is possible to discuss on the same ground. Even if pattern of experience is different, both of them come from unconscious.
著者
直井 愛里
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University
巻号頁・発行日
no.2, pp.35-40, 2009-09-01

[要約] トップアスリートは、成功するために身体的、精神的に自分自身を追い込むため、怪我をしたり、慢性の痛みに耐えながら競技を続けることが多い。本論文では、アスリートのストレッサーの1つであるスポーツ傷害を心理的な側面から考察した。まず、スポーツ傷害の発生に関わる心理的要因について、ストレスー傷害モデルを用いて説明し、受傷後の心理的反応、怪我をしたアスリートへの心理スキルトレーニングの効果、復帰後の心理的反応について検討した。さらに、アスリートに対する心理サポートを充実させるために必要な環境や教育について検討した。
著者
人見 一彦
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University
巻号頁・発行日
no.2, pp.65-73, 2009-09-01

[要約] 身体化障害を呈した2老年期女性の現病歴、既往歴、生活歴を紹介し、治療関係にみられるドクターショッピングの背後にある両価性の精神病理を明らかにするとともに、最終的に治療の転機となった性的欲求不満のエピソードについて、それが彼女たちの長い人生行路を通じて用意されてきたものであることを明らかにした。このような精神身体症候群にみられる性愛の病理について考察し、最後に愛の本質について触れた。
著者
孫 漢洛
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University
巻号頁・発行日
no.3, pp.95-105, 2010-10-01

[要約] 年間の自殺者が3万人を超え、同時に自傷行為を繰り返す人達が増え続けるなかで、自傷する側の論理、治療する側の論理で自傷行為を考え直し両者の溝を埋める必要がある。自傷行為は決して「生きるため」だけの行為や「気を引くため」の行為ではなく、自殺関連行動である。我々は自傷を繰り返す彼・彼女らに対して、自傷=境界性パーソナリティ障害といった迷信にとらわれてはいけない。自傷行為じしんを治療対象と考えるのでなく、自傷を繰り返す彼・彼女らの"クール"な援助者(サポーター)になることを目指してもいいのではないだろうか。
著者
人見 佳枝
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of Center for Clinical Psychology, Kinki University (ISSN:21868921)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.31-43, 2011

[要約] 臨死体験に関する記述やモチーフは、古くから洋の東西を問わず、文学作品や絵画などに散見される。しかしオカルトの類と関連づけられやすく、長い問、これらが研究の対象となることはなかった。キューブラー・ロスが1975年に出版した『死ぬ瞬聞』は世界中でベストセラーとなった。これ以後、さまざまな臨死体験に関連する書籍が出版され、臨死体験を含む「死」についてもオープンに語られるようになった。典型的な臨死体験の内容はほぼ共通している。そのうちのある部分は、その人の属する文化、宗教観などに影響を受ける。しかしながら核となる体験においてはほぼ共通した特徴が認められ、従って臨死体験は個人的な内容と、普遍的な内容との二重構造になっているといえる。臨死体験後、体験者に起こる変化も興味深い。臨死体験後には「宗教的というよりスピリチュアルになる」「特定の宗教にとらわれなくなり、自分の内なる神を信じるようになる」などといった変化が起こることが報告されており、これは体験者の文化や宗教の違いを問わない。分析心理学の創始者であるC.GJungは最も有名な臨死体験者のうちの一人である。臨死体験はその後の彼の人生に強い影響を与えており、それが彼に人聞の本質についてのより深い洞察をもたらし、新しい世界観(dieWeltanschauung)を与えたことが推察される。このように、臨死体験は分析心理学において極めて興味深いテーマであり、論ずるべき内容を多く含んでいる。分析心理学においては夢やイメージなどを無意識からのマテリアルとして重要視するが、臨死体験も同様の見地から考察することが可能であると考えられる。 [Abstract] Description and motifs of near death experience (NDE) can be seen ancient literatures and paintings but it was not an object of research for long time. This theme was never talked openly because everyone was afraid that they were regarded as psychotic or occultist. "On Death and Dying ″ was published by Kubler Roth in 1975. This book triggered a tendency that NDE can be discussed openly. After "On Death and Dying ", a lot of books about NDE were published and researches were also started from various field. There are a lot of interesting contents in NDE. Some of these contents depend on each culture, race and religion. However, core contents are quite common among the whole human beings. So NDE has dual contents, personal and universal. It is also interesting what will happen to people after NDE. Generally, it is known that people become more spiritual rather than religious. They come to feel inner God, but they are not prepossessed with particular religion any more. Jung had NDE when he was 69 years old. It is tremendous dynamic experience and it changed the rest of his life dramatically. That is to say, he got deeper insight of essential human beings and new worldview. Thus NDE includes quite important essence for religion and analytical psychology. Although NDE and dream are discriminated, it is possible to discuss on the same ground. Even if pattern of experience is different, both of them come from unconscious.
著者
厚坊 浩史 森川 優香 住田 千明 渡辺 晋吾 東 陸広
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University (ISSN:21868921)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.159-170, 2013-11-01

[要約]こころのSOSサポートネットは、自殺予防活動を行うゲートキーパーの養成を目的として、2010年に和歌山県で設立された。活動開始後、和歌山県における自殺者は低減しており、ゲートキーパー養成の意義があることが窺える。一方、本養成講座が自殺者数減少に直結するというエビデンスは証明できていない。しかし希死念慮を持つ1 人の人を救うことは、地道な作業が必要である。様々な立場で今、出来る事を頑張っている団体や個人とコラボレーションを行いながら、今後も活動を継続したいと考えている。 [Abstract] The SOS Support Net of the Heart was established for the purpose of the training of a suicide preventive active gatekeeper in Wakayama at 2010. After an activity start, the suicidal attempt in Wakayama decreases and it is indicated that the gatekeeper training is important. On the other hand, I cannot prove the evidence that this training lecture is directly connected to for number of the suicides decrease. However, it needs steady work to save one person with a suicidal idea. I want to continue activity in future now in various situations while performing collaboration with a group and an individual trying that I can do it hard.
著者
朽原 京子
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of Center for Clinical Psychology, Kinki University (ISSN:21868921)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.11-22, 2012

[要約] 本研究では、乳幼児を育てる中で、母親が体験する乳幼児期の「ポジティブな追体験」について、その内的体験を探索的に調査した。結果、母子一体感の中で追体験が生じ、その中で母親は、自身の母親の子育てや幼き自分に肯定的な思いをはせることで、我が子への愛情や責任を再確認し、母親を介して母親像モデルを探求しながら、気持ち新たに子育てへと取り組むこと、さらに世代性の意識へとつながっていくことがわかった。つまり、自身の乳幼児期のポジティブな追体験」によって、理想的な母子像が内在化され、母親は、自身の子育てへの支えや指針を得ていると想像できた。またそのプロセスは心理療法の本質と重なる体験であると考察された。
著者
人見 佳枝
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University
巻号頁・発行日
no.3, pp.49-59, 2010-10-01

[要約] 切腹は日本人が普遍的に心に抱いてきた、名誉を重んじる自死の象徴である。これは「死によって自己の最終責任を果たす」という日本人に共通の民俗のもとになったとされている。その象徴的な意味とその変遷について、主に千葉徳爾氏の著書を引用しつつ、腹部刺創による自殺企図患者について検討を行い、その共通点について論じた。腹部刺創における自殺企図患者においては、相手の目の前で企図する、企図後の精神科的援助を拒否することに特徴があり、これらは男性に顕著であった。これらは切腹が本来もっていた「誠意を示す」「分かってもらう」といった意味合いと共通点を示す一方、彼らなりの「男とはこうあるべき」という、いわゆるmachismoとの関連も伺われた。切腹と現代の腹部刺創を単純に比較することはもちろんできないが、民俗学的な見地からながめた場合、切腹の象徴的な意味は自殺企図全体に通底していており、腹部刺創も例外ではないものの、日本人の切腹に対して持つイメージが変わっていくにつれて減少していくのではないかと推察される。
著者
人見 佳枝
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University
巻号頁・発行日
no.1, pp.29-40, 2008-09-01

[要約] Jungのアルコール依存症に対する基本的な考えを紹介し、特徴的な症状や病態について分析心理学的な立場から考察した。すなわちアルコール依存症とは否定的な女性性にとらわれた混沌とした状態のなかで起こっており、そこから抜け出すためには「切る」という言葉に代表される男性的な力を必要とする。 Jungは個性化について「人が心理学的な個体になることであり、分割できない統一性(in-dividual)、全体性に至るプロセス」であると定義しているが、断酒そのものが個性化に至ろうとするプロセスそのものであるといえる。従ってアルコール依存症患者とは「霊的な渇きの低い水準の表現」を捨ててより高い水準への変容を目指す人々と考えられた。
著者
康 純
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of Center for Clinical Psychology, Kinki University (ISSN:21868921)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.3-10, 2012

[要旨] ギリシャ神話の「変身物語」や平安時代の「とりかえばや物語」に描かれているように、異なる性別で生きることを求める人は昔から存在していたと考えられる。 19世紀中頃から、解剖学的性やその性の役割に対し違和感を表現する人々に対し、医学的な枠組みの中で報告され始めた。しかし、1950年頃までは同性愛やフェティシズム、性同一性障害などが混同されていた。ハリー・ベンジャミンは身体的性とは反対の性であると確信している人々に対して性転換症(transsexualism)という用語を用い、ジョン・マネーらは性分化疾患の性意識を研究して、ジェンダー(gender)概念を提唱した。ここから解剖学的な性とジェンダー・アイデンティティとの不一致を性同一性障害という精神病理学的状態と位置づけるようになった。一方、自分の性に対する表現は自分の生き方の問題であるとして脱病理化を表現するトランスジェンダーという言葉で自らを表現する立場もある。このような状況の中、アメリカ精神神経学会や世界保健機関も診断基準の見直しを進めており、性同一性障害の概念は変遷していく課程にあると考えられる。KOH, Jun
著者
榛木 美恵子
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University
巻号頁・発行日
no.2, pp.25-33, 2009-09-01

[要約] 内観法の創始者・吉本伊信が、内観体験のすばらしさを世界中の人々に紹介したいと、私財を投げ打って内観普及に励んで、半世紀以上となる。本年は、奈良県で開催された日本内観学会に、中国から27名が参加し、5論文が発表された。また、9月には、中国山東省で第二回中国内観療法学会が開催される。このように、1993年に中国に内観が導入されて以来、その後の発展と研究の進歩は、著しい。 さて、仏教は538年、中国・韓国を経て、日本に渡来した。この頃、わが国は中国・隋との交易や朝鮮半島との交流が始まった。このような日本の国際社会化の中で、聖徳太子(574年-622年)は『三宝興隆の詔』(仏・法・僧)を発令して、仏教を保護し、神道との融合をはかった。やがて、渡来した仏教は日本の風土・文化の中で独自に発達し、多くの人々の精神的な支えとなっていった。吉本伊信の内観法は、鎌倉時代、日本の土壌中のから誕生した仏教、浄土真宗を礎に1939年、師匠の駒谷諦信とともに開発した。その後内観法は、事業・教育・矯正教育・医学・家族関係の各方面に普及し、現在では、精神療法としても海外でも高く評価をうけるようになり、人間性の回復、社会生活復帰、心の養生として広く応用されている。本論では、この内観法の誕生と国際化について報告する。
著者
松岡 弘道 村上 佳津美 小山 敦子
出版者
近畿大学臨床心理センター
雑誌
近畿大学臨床心理センター紀要 = Bulletin of center for clinical psychology Kinki University (ISSN:21868921)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.3-17, 2014-11-01

[要約] 心療内科で扱う心身症の患者によくみられる特徴に, (1)失感情症, 失感情言語化症 (Alexithymia) : 自分の内的な感情ヘの気づきとその言語表現が制約された状態, (2)失体感症(Alexisomia) : ホメオスターシスの維持に必要な身体感覚 (空腹感, 満腹感, 疲労感など)への気づきが鈍い傾向, がある. このために過剰適応となり, 様々な身体の不調をきたす心身症ヘと発展していく. したがって, 心身症治療の中心は, これらの病態--「心身相関」への気づきを促し, 患者自身に新しい適応様式を獲得してもらい, セルフコントロールできるようにすることである. 代表的な心理療法として, 自律訓練法, 交流分析・ゲシュタルト療法, 認知行動療法について概説するとともに, 日本ではまだあまり知られていないが, 最近, 筆者らが渡独し, 開発者から直接研修を受けたオートノミートレーニングについても詳述する. 近畿大学では, 今後, 幅広い患者ヘ心身医療を提供していく.