著者
林 暲
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.6, no.6, pp.475-476, 1964-06-15

さる3月24日,虎の門の付近に所用があつてタクシーで米大使館にそつた霊南坂を下りかけると坂下の方に車や人が集まつて何やらあわただしい空気である。いそぐままに坂下近くで車をすてて歩きながら聞くともなしに耳にしたところではライシャワー大使が刺されたという。虎ノ門病院に近い目的のビルについて,病院に収容されたこと,傷は脚で全治2週間くらいという話をきかされた。午後1時ごろのことである。夕刊で犯人は精神障害者らしいということを見てやれやれそうかと思つたが,さて問題はそれからであつた。国会会期中のことでもあり,当然本件についての質問が集中しそこに当局の思いつきのような逆行的な答弁の現われる傾向も見られた。新聞,週刊誌などには例によつて患者をすべて野獣視する野放しということばを用い,責任の追求はこれまで精神衛生的施策をなおざりにした厚生当局よりも警察,治安対策の方面に集中し,政府も早川自治相兼国家公安委員長に詰腹を切らせることで当面を糊塗した。また犯人の実態についての確かなことの解らぬままに,変質者,精神異常,分裂病,また精神薄弱といつたよび方がされ,また林髞氏のような非専門家が例のごとき変質者危険論,隔離論を語る始末で,全体として警察行政的な対策のとびだす恐れも十分うかがえたので,3月26日に厚生省精神衛生課長をつかまえて,このさい精神衛生審議会にこの事態についての対策を諮問するなり,あるいは審議会が独自で意見の具申をするようにできまいかと申入れた。とくに厚生省としては犯人の患者の実態,家人が一度精神病院に入院させながらその後家庭看護に終始してきた事情などについてよく調べておくべきであり,犯人の身柄は検察庁におさえられて専門家に見せられないにせよ,家人の協力を得て発病以来の経過をきぎ,家人が最初の入院以后精神病院に不信の念をいだくようになつたらしい事情などを確かめる必要があるといった。課長はいずれの提案に対しても難色があり,どうなるかと思つたが,審議会はともかく4月2日にとりいそぎ開催されることになり,これには厚生大臣も出席するということになつた。
著者
秋山 里子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.74-79, 2005-05-01

1.はじめに 秋山里子の自己病名は「人間アレルギー症候群」である。「人間アレルギー症候群」とは、自分も含めた「人間」に対して起きるアレルギー反応である。抗原-アレルゲンと化した人間に接するとさまざまな症状が出現し、生きていくことが困難になる。そして、外敵から自分を守る「免疫のシステム」が混乱を来たし、敵味方の識別ができなくなり、無差別に人間に反応する。その結果、この8年間で仕事を12回、転居を14回行ない、常に自分の居場所を探し求め続けてきた。 この人間アレルギー症候群は、図1のような多彩な症状をもたらす。その症状のベースには、巨大な自己否定の感情が地下水脈のように張り巡らされている。だから生きるテンションが低い自分がみんなの中にいると、周りの人間のテンションも低くしてしまうように感じて申し訳ない気持ちになり、職場の輪の中にいられなくなる。 人をまるで「異物」と感じ、はじこうとする身体の反応を明らかに意識するようになったのは、19歳のときであったが、今思うと高校1年生のときにすでにその兆候があり、みんなが楽しみと思うことを楽しむことができない自分がいた。そのとき以来、脳裏には常に「死」という言葉が浮かび、周りに合わせることで必死になっていた。 秋山里子は朝日新聞の連載で浦河を知り、昨年10月に来町し母と2人で暮らすようになった。浦河に来ても相変わらず引きこもる自分に、母は「自殺行為」を恐れ、外出するときにはいつも包丁をバックにしまい家に置かないようにしていた。 しかし、しだいに秋山里子は1人でいる時間が虚しくなり、自然と人が恋しくなり、日赤病院のデイケアに通い、ベてるのメンバーと触れ合うようになる。そして同じような苦労をかかえている仲間と出会うなかで、「人間アレルギー」というテーマが見えてきた。
著者
西丸 四方
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.64-67, 1958-04-15

狂信者というのはある考えの正当さを確信して,その考えのために活動することが非常に熱心であるような一種の熱心家のことです。熱心であるというのは人間の美徳の一つであり,価値の高いものです。これの逆はのらくらもの,なまけものです。多くの人間は多かれ少なかれなまけもので,あまり熱心に何かに打ちこむことができないのが,普通の人間です。熱心に勉強するとか仕事をするという場合には熱心ということは価値の高いものです。しかし凝り性という形の熱心家になると価値が高いとばかりいえないことになります。この場合は熱心さの内容,何をするのに熱心であるのかのその内容に価値がないのでしよう。のらくら者がパチンコをやる場合にはただひまつぶしにやるくらいのものですが,凝り性の人はどうやれば球がうまく入るかを寝食を忘れて研究します。釘のまげ方,力の入れ方などをくわしくしらべ,球の入る回数を統計的にしらべ,もしパチンコ学というものがあればその大家になれるくらいに研究に熱中するのですが,しかしこの場合にはあまり人にほめられません。熱心さには価値があるにしても,パチンコという内容にはあまり価値はないからであります。このようなパチンコ学に凝つて本職をおろそかにする人があります。碁,マージヤン,トランプに凝る人,ラジオの組立てや軽音楽に凝つて学校で落第する生徒などもこれです。

2 0 0 0 セルライト

著者
尾見 徳弥 沼野 香世子
出版者
医学書院
雑誌
臨床皮膚科 (ISSN:00214973)
巻号頁・発行日
vol.69, no.5, pp.148-150, 2015-04-10

summaryセルライトは肥満とは異なり,主に女性皮膚の体表に現れる皮膚の凸凹の変化で,臨床的な形状では‘orange peel appearance’として知られている.臨床像や病態生理的観点からも,セルライトと肥満は異なっている.疫学的には女性や白色人種に多く,また過度の炭水化物摂取制限なども要因として挙げられている.ホルモンのアンバランス,加齢変化,アルコールの過度の摂取なども関連すると考えられている.セルライトの病態生理学的な形成に関しては,末梢の循環不全,代謝不全に伴って脂肪組織内に線維化が生じ,線維化により脂肪組織の代謝不全が亢進して脂肪組織が変性をきたすとともに周囲組織も線維化した状態と考えられ,脂肪細胞や血管内皮細胞でアポトーシス所見もみられる.セルライトの治療においても,単純なマッサージや近赤外線レーザーの照射などでは大きな効果はみられず,radio frequencyやmicrowaveの波長など深部への影響が必要とされる.
著者
赤崎 兼義
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.50-52, 1975-01-01

ルードウィヒ・アショフ教授は近世における最も有名な病理学者ルードルフ・ウィルヒョーの孫弟子に当たっている.教授は病理解剖学の領域で傑出していたばかりでなく,実験病理学や病態生理学についてもその基礎をきずき,また病理学と生化学や免疫学など近接医学との関係にも深い関心をはらうという,きわめて幅広い視野を持つ病理学者であった.教授の病理学,広くは医学全般への貢献は,ウィルヒョーの業績にも十分比肩しうるもので,20世紀前半における病理学者の最高峰に位置づけてもよかろう.特に日本人にとって忘れてならないことは,教授が無類の日本人びいきであり,日本病理学の発展に絶大な貢献をされたことである,アショフ教授の教室に留学し,その指導を受けた日本人の数は,故長与又郎教授の調べによると,実に51名の多きに達し,そのうち23名までが病理学講座の主任教授となっているという.これほど多数の日本人学者を育てた外国人の学者が他にあるであろうか.筆者は寡聞にして知らない. 筆者はアショフ教授の最後の日本人門下生として,1年間をフライブルグで過ごし,つぶさにその学者としての研究態度を観察する機会に恵まれたので,この機会に教授について見聞したところを述べたいと思う.