国家鮟鱇 (@tonmanaangler)

投稿一覧(最新100件)

3 1 0 0 OA 玉葉

ふと思ったんだけど「多田行綱自山方寄、最前被落山手、云々」(『玉葉』)を行綱が山から山手(山よりの地)に下りてきたと誤読して、行綱が義経に変化していったなんてことは無いだろか? https://t.co/QcgCEZLzNg

29 0 0 0 OA 群書類従

さらにその元はこれだな。ただし「百万」は出てこない。いつどこで付加されたのかはわからない。 https://t.co/WwbwaQ9ueV
大谷吉継のエピの元は多分これだな。吉継・秀吉じゃなくて蒲生氏郷・稲葉一鉄だけど。 https://t.co/jheibrzryt

5 0 0 0 OA 直江兼続伝

『直江兼続伝』「第九章 兼續の逸事」 https://t.co/VNQkZtl5uU
『先哲叢談』「藤原惺窩」 https://t.co/cqGiJqvd6n

12 0 0 0 OA 常山紀談

「兼続惺窩先生に逢ひし事」『常山紀談』 https://t.co/F8rx0ilRTh

10 0 0 0 OA 和漢三才図会

「うきゝ」「まんほう」「楂魚」 https://t.co/BYwAPyMcg9 「そう たんぽぽのように」のAAみたいな

3 0 0 0 OA 尾張名所図会

『尾張名所図会』「惣五郎塚」 https://t.co/y5p6ET5mph 織田に攻められて云々はここにも書いてない。近代以降に独自研究的なもので加えられたのではないだろうか?

2 0 0 0 OA 尾張志

藪城の近くにあったとされてる安楽寺(城跡と説明するのもあるが誤解)は天文年間に兵火にあったと『尾張志』にある。 https://t.co/uOtdSEJWqM
この論文が少し詳しいな。『知多半島古代史像の追及・試論』 https://t.co/3121Vlu00R

1 0 0 0 OA 張州府志

『張州府志』の「藪城」に「在薮村花井惣五郎居此。今為田園。」とあった。 https://t.co/9JyM9d92WK

1 0 0 0 OA 張州府志

『張州府志』の「惣五郎塚」には城主だとも信秀に攻められたとも書いてなく、藪村の惣五郎が殺されて首が埋められたところとしか書いてない。 https://t.co/DzCeY5GKMM
血と膏(あぶら)で「膏血(こうけつ)」で「纐纈」と同音になるのは偶然か?なお血税一揆でも「血取」「油取」の流言があった。『廃藩置県と民衆』 https://t.co/NPnGYiDwIt

16 0 0 0 OA 和漢三才図会

駢拇(むつゆび)「按荘子云駢拇枝指是也。或手或足拇傍生如指者、赤子時可切去」 https://t.co/DwaphfNzV3

2 0 0 0 OA 弘法大師全集

『般若心経秘鍵』「于時弘仁九年春天下大疫爰帝皇自染黄金於筆端握紺紙於爪掌奉書寫般若心経一巻予範講読之選綴経旨之宗を未吐結願詞蘇生族于途夜変而日光赫赫是非愚身戒徳金輪御信力所為也」 https://t.co/oftJZrLzzO
文観が小野僧正と呼ばれるのは山科区小野の地名からか?東寺長者。また小野と東寺がつながる。気になってしょうがない。小野宮益仁というのは 崇光天皇のことかな? https://t.co/XtItvucm6K
「つくも髪」調べてたらすげートンデモ見つけた。 https://t.co/Nu6SW2nj7o 著者見たら、かの有名な木村鷹太郎だった。
@chika_kiseki @Toshirou_m すいません。『歴名土代』を直接見たのでなくて https://t.co/UiouCSpPmE を見ました。よく見れば「故在富卿子  実□」とありますね。
@Tdr_moeguti4065 @stage1997 「辱致」は用例から察するに「かたじけなく致」と読むのだと思います。 https://t.co/Q4cfPjmXFX
ただ、そもそも輪違紋に唐花が描かれてないという重要な指摘を加藤秀幸氏がしている。 武家肖像画の真の像主確定への諸問題(下) https://t.co/pUbWrqIbCQ

3 0 0 0 OA 集古十種

1800年頃成立の『集古十種』に輪違紋がはっきりと描かれてるから、加筆されたのならそれより前ということになるだろう。 https://t.co/KlRQAD0Iif
『日本史伝川柳狂句. 第17冊』(1944)に「髑髏盃」の文字あり https://t.co/5WqyaNgWP0 ただしこれは髑髏を酒肴にした盃(酒宴)という意味であろう
「貴婦人と一角獣」については中世ヨーロッパでは一角獣=キリストと解釈されてた模様。処女マリアとキリストという構図。 https://t.co/HNvvELLMVg
ユニコーンの角が男性器という説。インド神話ではそうかもしれない。ただこの場合は処女ではなく娼婦または王女だと思われ。 https://t.co/L8v03cABio

4 0 0 0 OA 維新史

これ見ると三岡八郎の駿遠三を与えるとする提案をし、その後に岩倉具視が駿府案と武蔵案の二案を出し、その後三条実美が江戸城で総督・参謀等と会議をして駿河70万石に決定したとあるな。 https://t.co/AK0ytPUzce
佐竹宗実は桐野氏や金子拓氏は吉田兼見の妻の兄としてるが田端泰子氏は妻の父としてる。 https://t.co/AyrTVqGEUU
黒田基樹氏の論文によれば関ケ原合戦以降の秀康の氏姓は不明とのこと。 https://t.co/GzhxfE0BG8
『吾妻鏡』に見える日蝕記事の検証 : 東国武家社会における日蝕の扱い https://t.co/tNZhKHrh2F ざっと見ただけだけど「起きてしまった」というのは一件もないのでは?
「明智光秀花押の経年変化と光秀文書の年次比定」(立花 京子 )なる論文があるそうだ。 https://t.co/H0ER3opB0P
『蔭凉軒日録』延徳4年9月20日条に「命福力、為日本一之黍団子」確かにあった。続き「予喫六一。衆皆喫両个餅子也」 https://t.co/JdxWYDbI23

4 0 0 0 OA 言継卿記

『言継卿記』大永7年12月21日。「源少将姉小路に成候由風聞候、治定也、一昨日相定也」。27日「姉小路今日改姓改名宣旨有之由候、改高綱と云々」なにこれ初耳。 https://t.co/YPZF5Wgsro

4 0 0 0 OA 言継卿記

『言継卿記』大永7年10月16日。眞性院(中御門宣増)上洛。どうでもいいけど「おみやげ」のことを「おみや」というのか。辞書には主に女性・幼児が用いるとあるけど。 https://t.co/4lyOOw9NIQ

4 0 0 0 OA 言継卿記

『言継卿記』大永7年10月13日。姉小路済俊が10月2日飛騨にて死去。 https://t.co/aVad8PHzZ1

4 0 0 0 OA 言継卿記

『言継卿記』大永7年8月11日。姉小路済俊が飛騨に下向す https://t.co/j5T24e7ozU

4 0 0 0 OA 言継卿記

大永7年4月23日、中御門宣秀、其子宣綱と共に駿河に下向す https://t.co/IeKFGkoDIR 中御門宣胤(大永5没)-宣秀-宣綱 宣胤-寿桂尼 宣胤-山科言綱室-山科言継

4 0 0 0 OA 言継卿記

『言継卿記』最初から読んで見ようかな。と見てたらいきなり気になる記述。大永7年正月21日「武田同朋竹阿彌」。竹阿弥って…武田ってどの武田だろう?読んでいけばわかるのか? https://t.co/AMryBixtH9

1 0 0 0 仏教と剃髪

なぜ仏像に毛があるのかという疑問で検索して見つけた論文 「仏教と剃髪」(定方 晟) https://t.co/806jbjsGBd
『アイヌの伝説と其情話』に「山の伝説と情話より」と出典が明記してあるので作者が誰かはすぐに判明する件。その「作品」が「アイヌ民族から聞いた話を基に」したものだと判明したというニュース。 https://t.co/i8En6TJXVu

4 0 0 0 OA 山形経済志料

『山形経済志料. 第2集』山形の鰻屋の証言。丑の日に鰻を食べる習慣はなかったが天保年間(1830-1844)から急に売れはじめ弘化・嘉永がピークだったという。ちなみに源内は1780年没。 https://t.co/1xi6y1CwLv

3 0 0 0 OA 魚の話

『魚の話』昭和23「土用の丑の日」 「ものの本に書いてあるところによると」と紹介。 https://t.co/Kk3Wlsmdgj
『人生百課事典 : 常識読本』昭和11「土用丑の日と鰻」 「俗説があります」と紹介。 https://t.co/lFfPZ1MNeq

4 0 0 0 OA 神田の伝説

国立国会図書館デジタルコレクション「平賀源内」で検索して土用丑の日の話が出てくる一番古いのは大正2年の『神田の伝説』 https://t.co/VtfvoOIKAS
@buqimingri 『信玄武将の起請文 : 重要文化財・生島足島神社文書』という本があるみたいですね。 https://t.co/uME7JZGRN3 どこの図書館にでもあるような本じゃなさそうだけど。

12 0 0 0 OA 大正名器鑑

@kirinosakujin 「東山殿御物は信長公へ伝へ、焼亡せしより」とありますが「本能寺」でとは書いてないようですね。 https://t.co/VnQ363xylM

お気に入り一覧(最新100件)

ウィリアム・アダムズと西洋船 https://t.co/nFQLbu3uea #CiNii ウィリアム・アダムズの日本人妻 : その出自と名前をめぐって https://t.co/NTS5dsgesU #CiNii メルヒオール・… https://t.co/YTpkFTv5D6
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6 1 0 0 OA 海録

「因に云、九十九神といふ妖怪の畫巻あり、是も土佐家の百鬼夜行には猶及ばで、たらぬといふ心なる柳べし、これも亭の同じ時の談なりき、乙未(天保六年)六月九日來話、」 山崎美成『海録』国書刊行会、1915(… https://t.co/OD4IbhA11z
この「大覚寺の宮」は、後宇多天皇の子である性円法親王であるらしい(https://t.co/XBPxwcPG4d)。 性円は大覚寺門跡。つまり真言僧。 https://t.co/X1zzNInKD0
室町末期頃の『連々令稽古双紙以下之事』に「幼童の修学」の際に「一段と学ぶべき書物」に『非情成仏絵』(上中下)が挙げられている。 https://t.co/IkUaXCV284

フォロー(12ユーザ)の投稿一覧(直近7日間)

RT @a_ri_no_ri: CiNii 論文 -  ウィリアム・アダムズの日本人妻 : その出自と名前をめぐって https://t.co/NTS5dsgesU #CiNii アダムズの妻は「おゆき」という名で紹介されるが、その初出は1973年の小説らしい。彼女の名は一次史…
大阪府柏原市にある横穴古墳群や、平城京の東の春日大社の裏の地獄谷の石窟仏像群(柳生街道)も、はるかに遠い三重県南部の大台ヶ原にあった「大台カルデラ」(巨大火山)から1400万年前に噴き出した火砕流が堆積して固まった「火砕岩」にあた… https://t.co/kyDXkChqct
CiNii 論文 -  ウィリアム・アダムズの日本人妻 : その出自と名前をめぐって https://t.co/NTS5dsgesU #CiNii アダムズの妻は「おゆき」という名で紹介されるが、その初出は1973年の小説らしい。… https://t.co/P6epLkzBxx
「ディルク・シナ」と日本 https://t.co/1muuyravQU #CiNii <論説>ウィリアム・アダムズの埋葬地は平戸か https://t.co/xinyJ9tTcc #CiNii ウィリアム・アダムズの論文メモ
「ディルク・シナ」と日本 https://t.co/1muuyravQU #CiNii <論説>ウィリアム・アダムズの埋葬地は平戸か https://t.co/xinyJ9tTcc #CiNii ウィリアム・アダムズの論文メモ
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ウィリアム・アダムズと西洋船 https://t.co/nFQLbu3uea #CiNii ウィリアム・アダムズの日本人妻 : その出自と名前をめぐって https://t.co/NTS5dsgesU #CiNii メルヒオール・… https://t.co/YTpkFTv5D6
RT @quiriu_pino: 高松 百香「中世の結婚と離婚 : 史実と狂言の世界」 武蔵野大学能楽資料センター紀要 (29), 41-57, 2018-03-31 https://t.co/nMOUuo3UMS pdfで公開論文。講演の書き起こしだけあって、中世の結婚が「イ…

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RT @washou3956: これについては池上裕子による書評(『史学雑誌』125‐7、2016年)も参照のこと。https://t.co/0ixJaFT5kj

12 11 11 0 OA チビ君物語

RT @okjma: 「すみません」の変化した形「すいません」の古例として把握できているのは、由利聖子『チビ君物語』の「どうもすみませんネ」 https://t.co/brkyGyFAEn 単行本は1939年。 『少女の友』への連載は1934-36あたりとのことだが、これは未確…
RT @a_ri_no_ri: CiNii 論文 -  ウィリアム・アダムズの日本人妻 : その出自と名前をめぐって https://t.co/NTS5dsgesU #CiNii アダムズの妻は「おゆき」という名で紹介されるが、その初出は1973年の小説らしい。彼女の名は一次史…
大阪府柏原市にある横穴古墳群や、平城京の東の春日大社の裏の地獄谷の石窟仏像群(柳生街道)も、はるかに遠い三重県南部の大台ヶ原にあった「大台カルデラ」(巨大火山)から1400万年前に噴き出した火砕流が堆積して固まった「火砕岩」にあた… https://t.co/kyDXkChqct
RT @quiriu_pino: 高松 百香「中世の結婚と離婚 : 史実と狂言の世界」 武蔵野大学能楽資料センター紀要 (29), 41-57, 2018-03-31 https://t.co/nMOUuo3UMS pdfで公開論文。講演の書き起こしだけあって、中世の結婚が「イ…
RT @KAN0U: 「校正畏る可し」の語源は『懐往事談』ではなくてその付録『新聞紙実歴』( https://t.co/7dhJYUHNto )。「珠筆」は「硃筆」の誤り。2文目の訳はパロディ元(『論語」子罕篇)に沿って「どうして朱筆(=校正者)が墨(=原著者)に及ばないと言え…