著者
井上 大成
出版者
一般社団法人 日本昆虫学会
雑誌
昆蟲.ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.211-229, 2018-12-25 (Released:2019-12-25)
参考文献数
58

茨城県つくば市の森林総合研究所において,1997年から2016年まで,固定した3,300 mのルートに沿って歩行し出現したチョウの種と個体数を記録するトランセクト調査を行った.20年間で63種21,699個体が記録された.各年の4~11月までの調査で記録された総種数は36~43種で,このうち森林性種は21~28種,草原性種は13~18種であった.同様に各年の個体密度(調査1回あたりの個体数)は39.9~91.1個体で,このうち森林性種は8.1~25.0個体,草原性種は27.3~66.1個体であった.草原性種の種数,全種の個体密度および草原性種の個体密度は,年を追って有意に増加した.季節別には,4月,5月,6月,9月,10月の種数,4月,5月,6月,7月,10月の個体密度が年を追って有意に増加した.また全種の個体密度および草原性種の個体密度と,積算温度との間には有意な正の相関が認められた.最優占種は常にヤマトシジミであったが,その優占率は調査の初期よりも後期で低くなった.ヤマトシジミ以外に,10位までの優占種となった回数が10回以上と多かった種は,サトキマダラヒカゲ,モンシロチョウ,キタキチョウ,キタテハ,ベニシジミ,ウラギンシジミ,ジャノメチョウ,イチモンジセセリ,ツマグロヒョウモンであった.調査期間中に個体数が有意に増加したと考えられる種は13種(ツマグロヒョウモン,キタキチョウ,ジャノメチョウ,ベニシジミ,ヒカゲチョウ,ムラサキシジミ,モンキチョウ,ツバメシジミ,メスグロヒョウモン,ナガサキアゲハ,ムラサキツバメ,アカボシゴマダラ,ヒオドシチョウ)で,有意に減少したと考えられる種は8種(ヒメジャノメ,アオスジアゲハ,クロアゲハ,キアゲハ,コムラサキ,キマダラセセリ,トラフシジミ,ゴイシシジミ)であった.多様度指数(H′と1−λ)はそれぞれ2.057~3.710と0.466~0.836,均衡度指数J′は0.387~0.702で,森林性種と草原性に分けた場合,草原性種ではこれらの指数の値が年を追って高くなる傾向があった.密度と多様度指数との関係は,1990年代頃の「低密度・高多様度」から,2000年代頃の「中密度・低多様度」を経て,2010年代頃の「高密度・高多様度」の状態へと移行してきた.個体数が増加した種には,移入種以外では高茎草原・疎林を生息地とする種が多いことから,近年の「高密度・高多様度」は,草刈り頻度の低下および場所による草刈り時期のばらつきと,薬剤散布の中止によってもたらされていると考えられた.
著者
牧野 俊一 後藤 秀章 岡部 貴美子 井上 大成 大河内 勇
出版者
Forestry and Forest Products Research Institute
雑誌
森林総合研究所研究報告 (ISSN:09164405)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.121-128, 2021 (Released:2021-11-09)
参考文献数
17

茨城県北部の、林齢が異なる天然広葉樹二次林10か所(林齢1~178年)と、スギ人工林8か所(3~76年)においてマレーズトラップを用いた有剣ハチ類の採集を4~11月に行った。広葉樹二次林系列では1年間で合計12科167種3605個体、スギ林系列では11科136種2645個体が得られた。種数が最も多かったのはギングチバチ科で、クモバチ科がそれに次いだが、個体数ではクモバチ科がどの林分でも最も多かった。有剣ハチ類全体の種数と個体数は、広葉樹二次林系列、スギ人工林系列ともに林齢3~4年の林分で最多で、いずれにおいても林齢とともに減少した。有剣ハチ類の多くは若齢林分を好んで出現したが、より林齢の高い林分に偏って出現する種も見られた。
著者
井上 大成
出版者
森林総合研究所
雑誌
森林総合研究所研究報告 (ISSN:09164405)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.238-246, 2003-12

茨城県北茨城市の小川学術参考林とその周辺地域(小川地域)で、1996年~2002年までチョウ類相を調査した。成虫の主要飛翔時期に233日(約1135時間)の野外調査を行った結果、97種が記録された。科別の内訳は、セセリチョウ科16種、アゲハチョウ科8種、シロチョウ科7種、シジミチョウ科30種、タテハチョウ科23種、テングチョウ科1種、マダラチョウ科1種、ジャノメチョウ科11種だった。これらのうち、17種(森林性13種、草原性4種)は茨城県の、7種(森林性2種、草原性5種)は環境省のレッドデータリスト掲載種だった。また、生息場所として原生林を好むと考えられる種が6種、自然草原を好むと考えられる種が4種記録された。文献調査の結果とあわせて、この地域には現在約100種のチョウが生息していると推定されたが、これは実質的に茨城県でみられるチョウ全種の約94%にあたる。この地域がこのような豊富なチョウ類相をもつ背景とチョウ類の保護について議論した。
著者
林 典子 井上 大成
出版者
森林総合研究所
巻号頁・発行日
vol.13, no.4, pp.173-182, 2014 (Released:2015-03-30)

都市近郊において、造林地の管理状態によって、哺乳類の活動にどのような変化がみられるのかを明らかにするために、下層密度が異なる造林地および人工的にギャップを作成した地点に自動撮影カメラを設置し、けもの道として利用する哺乳類相の違いを定量評価した。下層密度が高い林分の方が、低い林分よりもけもの道として利用する在来哺乳類種の多様度は高かった。しかし、ハクビシン、アライグマ、イエネコなど外来生物においても、下層植生密度が高い地点を多く利用する傾向が見られた。また、人工ギャップを形成した時、下層が繁茂している林分では、ギャップを作成することによって、哺乳類の利用総数は周辺に比べて減少する傾向がみられたが、多様度はギャップの方が高い傾向が見られた。また、タヌキ、アナグマ、ハクビシンはギャップを通過する頻度がコントロールに比べて有意に低かったが、イノシシ、アカネズミでは有意な傾向は認められず、ノウサギではギャップの利用頻度がやや高かった。都市近郊造林地の下層植生を管理したり、小規模な人工ギャップを作成することによって、哺乳類の種ごとの行動に異なる影響が及ぶことが明らかになった。
著者
小山 達雄 井上 大成
出版者
日本昆虫学会
雑誌
昆蟲. ニューシリーズ (ISSN:13438794)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.143-153, 2004-12-25
参考文献数
30
被引用文献数
6

従来,近畿地方以西に分布していたムラサキツバメは,近年,関東地方のほぼ全域で発生している.現段階での本種の定着北限に近いと考えられる関東地方北部において,2002〜2003年に野外における発生経過と幼生期の捕食寄生者および随伴するアリ類について調査した.1.野外における成虫・卵・幼虫の個体数調査の結果から,茨城県つくば市では,本種は部分4化であることが示唆された.第二〜第四世代の卵数のピークは,それぞれ6月下旬〜7月上旬,8月下旬,9月中旬であった.また第一世代に相当すると思われる卵が4月上旬に発見された.2.これまで,本種は4齢幼虫が終齢であるとされていたが,飼育観察と野外で採集された幼虫の頭幅の測定結果から,蛹化するまでに5齢を経過することが明らかとなった.3.幼虫あるいは蛹化後の蛹には,7種のアリ類が随伴していた.4,本種の卵期における捕食寄生者はこれまでに報告されていなかったが,本研究によって少ないながら卵が寄生されていることが明らかになった.また,幼虫期の寄生は確認できず,蛹期の寄生も数例のみに限られた.
著者
井上 大成
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.23-28, 2008-01-05
参考文献数
14

2006-2007年にかけての冬に,茨城県つくば市でチャバネセセリの越冬幼虫を観察した.幼虫の密度は,建物の南側の壁に近い草地で高かった.ここではチガヤは冬の間緑色を保っており,幼虫は暖かい日中には活発に活動していた.直射日光の当たる建物の南側の越冬場所では,2月には日最低温度は0℃近くまで下がったが,晴れた日の最高温度は30℃前後にも達した.4月に野外から採集され網室で飼育された幼虫は,4月上旬-5月下旬に蛹化し,5月中旬-6月上旬に羽化した.幼虫は蛹化前に0-3回脱皮した。蛹期間は4月に蛹化した場合には22-35日で,5月に蛹化した場合には16-21日だった.また,野外の壁際の草地に設置したマレーズトラップでは5月中旬に雌成虫1匹が捕獲された.チャバネセセリは北関東の内陸でも,少なくとも暖冬の時には野外越冬していることが明らかになった.