著者
井上 直彦 幸地 省子
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.95, no.3, pp.305-324, 1987 (Released:2008-02-26)
参考文献数
38
被引用文献数
1

東京大学総合研究資料館の近世アイヌの頭蓋標本を観察したところ,125例中19例に,いわゆる風習によると思われる抜歯痕が見られた。抜歯された歯は主として上下顎の中切歯および側切歯で,その数は,上顎22本,下顎25本であった。地域別に見ると,北海道の太平洋岸では49例中8例,16.3%,日本海岸では30例中2例,6.7%,オホーツク海岸では34例中7例,20.6%で,全体では15.2%であった。とくに興味深いのは,抜歯が中切歯と側切歯に集中していたことで,これは,北海道の繩文時代人とも,本州以南の繩文および弥生時代人とも異なる様式であり,近世アイヌが,いわゆる北方文化の強い影響を受けていたことを示すもののように思われた。
著者
井上 直彦 郭 敬恵 伊藤 学而 亀谷 哲也
出版者
Japanese Society for Oral Health
雑誌
口腔衛生学会雑誌 (ISSN:00232831)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.90-97, 1981 (Released:2010-03-02)
参考文献数
17

歯と顎骨の不調和 (discrepancy) の, 齲蝕に対する病因性を検討する目的から, いくつかの時代に属する日本人古人骨について, 齲蝕の調査を行った。そのうち, 今回は主として後期縄文時代における齲蝕の実態について報告し, すでに発表した鎌倉時代, および厚生省による1975年の実態調査の結果と対比して考察した。齲蝕有病者率からみるかぎり, 縄文時代の齲蝕は, 鎌倉時代よりも少く, 現代よりはるかに少いが, 齲歯率, 喪失歯率, 重症度別分布などからは, むしろ現代人に近い商い頻度と, 重症度をもっていたことが知られた。これに対して, 鎌倉時代は, 日本人が齲蝕に悩まされることが最も少なかった時代であったと考えることができる。縄文時代には, discrepancyの程度がかなり低かったことは, すでに著者らが報告したが, 今回の調査における, 歯の咬合面および隣接面の咬耗の様式からも, このことが確かめられた。そして, 齲蝕の歯種別分布の型からみても, この時代の齲蝕は, 口腔内環境汚染主導型の分布であると考えられた。これに対して鎌倉時代および現代における齲蝕は, それぞれ, discrepancy主導型, および複合型の分布と解釈された。以上の他, 縄文時代および鎌倉時代の食環境についても若干の意見を述べたが, これらを含めて, 今後検討すべき課題は数多く残されているように思われる。
著者
幸地 省子 井上 直彦
出版者
Japanese Society for Oral Health
雑誌
口腔衛生学会雑誌 (ISSN:00232831)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.142-149, 1986 (Released:2010-10-27)
参考文献数
10

As one of the approaches for improving the maternal and child health care system, it was attempted to review the dental part of the maternal and child health handbook. Our recommendations are as follows:As a basic philosophy, all considerations regarding dental health should be on the same basis and at the same level as holistic health care. Therefore, the dental examination chart and the instructions for dental health care should be arranged in the same page as the general health examination and education at each stage of the physical and mental development.It is strongly advised to pay attention to the development and underdevelopment of occlusion. It is essentially important to start the dental health examination program specially refered to the type and pathogenic factors of malocclusion as early as possible, so that the developmental changes of maticatory system can be well understood. For this purpose, new criteria for the occlusal examination of deciduous dentition are presented. In the dental health education, instructions for bringing up the morphologically and functionally sound, and traumaresistant masticatory system should be most important, including the informations on effects of breast feeding to the basic growth of the masticatory system, and on the influence of the physical properties of foods on its growth in and after weaning period.The role of the maternal and child health handbook should be clearly defined as to record all the evidence through the developmental stages, as well as to motivate the mother and child complex towards the self care for health. The influences of mother's diseases and of the affecting stress caused by the treatment of these diseases should be mainly concerned about for fetus, rather than for the maternal body. Spaces must also be provided for recording the child's diseases and preventive care and treatment.Eruption times of all deciduous teeth have better to be graphically illustrated for the mother to compare her own child's tooth eruption with. Code numbers may be advisable for the easy and accurate extract of the data, when necessary epidemiological investigation would be carried out.
著者
井上 直彦 高橋 美彦 坂下 玲子 呉 明里 野崎 中成 陳 李文 亀谷 哲也 塩野 幸一
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.100, no.1, pp.1-29, 1992 (Released:2008-02-26)
参考文献数
24
被引用文献数
2 3

中華民国(台湾)中央研究院において,中国河南省安陽県殷墟の犠牲坑から出土した398体の頭骨標本の調査を行う機会を得た.侯家荘西北高における,1928年から1937年まで通算15回の発掘による標本の数は,1,000体におよぶものであったというが,当時の中央研究院が戦乱を避けて移動する間に,現在の数にまで減少したという.甲骨文字の解読による史実と,同時に出土した遺物との対照によれば,1,400~1,100BC頃,すなわち殷商時代の後半と推定されている.この標本群は,歴史的な裏付けのある資料としては恐らく最古のものであり,しかも,標本数も大きい点で,古い時代の形質と文化との関わりを知るための資料としてきわめて貴重なものと考えられる.この資料についての過去の研究の中でとくに関心がもたれた重要な課題は,殷商王朝の創建者はどのような人種であったのかという点であるという(楊,1985b).すなわち,本来の中国人というべきものがすでに存在していたのか,東夷あるいは西戎であったのか,また,単一民族であったのか,あるいは楊が指摘したように数種の異民族を包括して統治していたものかなどである(Fig.1~Fig.3).もし,複数民族の存在が事実であるならば,それは,同一の時間,同一の空間に異民族が共存していたという比較的まれな例であるということができる.本研究は,長年にわたる人種論争にあえて参加する立場はとらず,各群が,群として認められるに足りる形態学的な根拠をもっかどうかを検討し,さらに文化の影響としての歯科疾患が,同じ生活圏に存在したと考えられる異なる民族群においてどのように分布するかを知り,著者らがすでに指摘した形質と文化との独立性をさらに確かめることを目的とした.
著者
手島 泰治 永長 周一郎 横溝 正幸 高橋 美彦 坂下 玲子 井上 直彦
出版者
特定非営利活動法人 日本口腔科学会
雑誌
日本口腔科学会雑誌 (ISSN:00290297)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.889-897, 1989-10-10 (Released:2011-09-07)
参考文献数
22

To investigate the extent of oral diseases in the aged, a dental examination was conducted in combination with medical examinations of elderly inhabitants of Miyako district, Okinawa pref.Abnormal oral findings were noted in 1, 655 (29.19 %) of 5, 670 examinees. The incidence of oral disease tended to increase with age. Among the oral disease detected, oral mucosal diseases showed the highest frequency. Suspected malignant tumors were found in 0.14%, benign tumors in 4.36 %, leukoplakia in 1.29 % and diseases presumably due to insufficient oral care by dentists or patients in 8.77 % of the examinees. Evaluation of the state of disease revealed that a higher proportion of systemic diseases were under medical treatment as compared with oral diseases. Further detailed examination was indicated in 50 (0.88 %) examinees with oral diseases.
著者
井上 直彦 平山 宗宏 埴原 和郎 井上 昌一 伊藤 学而 足立 己幸
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1985

昭和60年度より3年間にわたる研究を通じて, 人類の食生活と咀嚼器官の退化に関する, 現代人および古人骨についての膨大な資料を蓄積した. これらについての一次データと基礎統計については7冊の資料集としてまとめた. ここでは3年間にわたる研究結果の概要を示すが, 収集した資料の量が多いため, 今後さらに解析作業を継続し, より高次の, 詳細な結論に到達したい. 現在までに得られた主な結論は次の通りである.1.咀嚼杆能量は節電位の積分値として表現することが可能であり, 一般集団の調査のための実用的な方法として活用することができる.2.一般集団におけるスクリーニングに際しては, チューインガム法による咀嚼能力の測定が可能であり, そのための実用的な手法を開発した.3.沖縄県宮古地方で7地区の食料品の流通調査を行ったところ, この地方では現在食生活の都市化がきわめて急速に進行しつつあり, すでに全島にわたる均一化が進んでいることが知られた.4.個人群の解析により, 繊維性食品の摂取や咀嚼杆能量が咀嚼器官の退化と発達の低下に重大な影響を与えていることが確認された.5.地区世代別の群についての解析では, 骨格型要因, 咀嚼杆能量, 偏食, 繊維性食品, 流し込み食事などが咀嚼器官の発達の低下に強く関連していることが知られた.6.古人骨の調査では, 北海道, サハリンなどに抜歯風習があったことが知られた. このことと関連して, 古人骨調査が咀嚼器官の退化や歯科疾患の研究のみではなく, 文化と形質との相互関係を知るためにも有効であることが知られた.7.今後の方向として時代的, 民族学的研究, 臨床的, 保健学的研究, 文化と形質の相互関係などが示唆された.