著者
井上 直彦 郭 敬恵 伊藤 学而 亀谷 哲也
出版者
Japanese Society for Oral Health
雑誌
口腔衛生学会雑誌 (ISSN:00232831)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.90-97, 1981 (Released:2010-03-02)
参考文献数
17

歯と顎骨の不調和 (discrepancy) の, 齲蝕に対する病因性を検討する目的から, いくつかの時代に属する日本人古人骨について, 齲蝕の調査を行った。そのうち, 今回は主として後期縄文時代における齲蝕の実態について報告し, すでに発表した鎌倉時代, および厚生省による1975年の実態調査の結果と対比して考察した。齲蝕有病者率からみるかぎり, 縄文時代の齲蝕は, 鎌倉時代よりも少く, 現代よりはるかに少いが, 齲歯率, 喪失歯率, 重症度別分布などからは, むしろ現代人に近い商い頻度と, 重症度をもっていたことが知られた。これに対して, 鎌倉時代は, 日本人が齲蝕に悩まされることが最も少なかった時代であったと考えることができる。縄文時代には, discrepancyの程度がかなり低かったことは, すでに著者らが報告したが, 今回の調査における, 歯の咬合面および隣接面の咬耗の様式からも, このことが確かめられた。そして, 齲蝕の歯種別分布の型からみても, この時代の齲蝕は, 口腔内環境汚染主導型の分布であると考えられた。これに対して鎌倉時代および現代における齲蝕は, それぞれ, discrepancy主導型, および複合型の分布と解釈された。以上の他, 縄文時代および鎌倉時代の食環境についても若干の意見を述べたが, これらを含めて, 今後検討すべき課題は数多く残されているように思われる。
著者
塩野 幸一 伊藤 学而 犬塚 勝昭 埴原 和郎
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.90, no.3, pp.259-268, 1982-07-15 (Released:2008-02-26)
参考文献数
9
被引用文献数
5 3

多くの歯科疾患に共通する病因として,歯と顎骨の大きさの不調和(discrepancy)の問題があることが INOUE(1980)によって指摘されている。この discrepancy の頻度は,HANIHARAetal.(1980)によれば,後期縄文時代人では8.9%こ過ぎなかったが,中世時代人で32.0%と増加し,現代人にいたっては63.1%の高率を示すという。ITO(1980)は日本人古人骨を対象として個体における discrepancy の大きさを計測し,その平均値が後期縄文時代人では+7.7mm であったものが,現代人においては-2.6mm となっていることを示し,また(+)側から(-)側へうつった時期は鎌倉時代以前であるとしている。Discrepancy はヒトの咬合の小進化の表現と考えられ,具体的には顎骨の退化が歯のそれよりも先行することによると考えられている。そのため顎顔面形態の変化の経過を明らかにすることが,discrepancy の成立と増大の過程を知るためには特に重要である。このような観点から KAMEGAI(1980)は,中世時代人の顎顔面形態の計測を行い,この時代の上下顎骨が現代人におけるよりも大きかったことを報告している。本研究は,discrepancy の増大してきた過程を知るために,顎顔面の時代的な推移を調査したものの一部であって,とくに後期縄文時代に関するものである。資料は,東京大学総合研究資料館所蔵の後期縄文時代人頭骨327体のうち,比較的保存状態がよく,生前の咬合状態の再現が可能な16体を使用した。これを歯科矯正学領域で用いられている側貌頭部X線規格写真計測法により分析し,KAMEGAI etal.(1980)による鎌倉および室町時代人と,SEINo et al.(1980)による現代人についての結果と比較した。顔面頭蓋の大きさ,上顎骨の前後径,上下顎骨の前後的位置には後期縄文時代人と現代人との間にほとんど差がなかった。しかし,顎骨骨体部の変化が著しくないにもかかわらず,現代人においては歯槽基底部の長径の短縮が認められた。後期縄文時代人の下顎骨は現代人に比較すると非常によく発達していて,とくに下顎枝,下顎体は現代人より大きく,また顎角も現代人より小さかった。このことは,後期縄文時代では咀嚼筋の機能が大であったことを示唆するものと考えられ,逆に,現代人における下顎骨の縮小は,食生態の変化に伴う咀嚼機能の低下によるものと思われる。上下顎前歯については後期縄文時代人では鎌倉時代人や現代人と比べて著しく直立しており,一方,現代人では著明な唇側傾斜が認められた。このことは上下顎歯槽基底部の前後的な縮小と関連するものと思われる。結論的には後期縄文時代の,まだあまり退化の進んでいない顎顔面形態は,頻度8.9%,平均値+7.7mm という discrepancy の小さかったことを表す値とよく一致するものと思われる。
著者
中山 二博 木佐貫 聡 黒江 和斗 伊藤 学而
出版者
一般社団法人 日本口蓋裂学会
雑誌
日本口蓋裂学会雑誌 (ISSN:03865185)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.339-348, 2001-10-30
被引用文献数
13

鹿児島大学歯学部附属病院矯正科は1980年4月に開設され,口唇裂口蓋裂を有する矯正患者についても治療を行ってきた.開設時から2000年3月までの20年間に受診した口唇裂口蓋裂患者の実態と経時変化を調査することを目的として,統計的観察を行い,以下の結果を得た.<BR>1.矯正科を受診した口唇裂口蓋裂の初診患者は624名で,同科の初診患者全体の7.8%を占めていた.ただし初診後に実際に矯正治療を開始した患者でみれば,その18.4%を占めていた.<BR>2.口唇裂口蓋裂の初診患者数には1980年度,1984年,1990年度,1995年度にピークがあったが,全体的には年を追って緩やかな減少傾向を示していた.<BR>3.口唇裂口蓋裂患者の初診時年齢は平均7歳6ケ月であったが,特に4歳児から7歳児までの乳歯咬合期後半と前歯群交代期の者が多かった.<BR>4.口唇裂口蓋裂の初診患者を,ほぼ乳歯咬合期に対応する0~5歳,混合歯列期に対応する6~11歳,永久歯咬合期に対応する12歳以降に区分して年次推移を見ると,最初の8年間は6~11歳の初診患者が多かったが後半の8年間では0~5歳が多くなっていた.<BR>5.口唇裂口蓋裂の初診患者の紹介元は,当院第一および第二口腔外科が8割以上を占めていた.<BR>6.裂型別頻度は,唇裂5.6%,唇顎裂21.4%,唇顎口蓋裂55.8%,口蓋裂17.0%であった.経時的には,唇顎口蓋裂が78.0%から36.1%に減少し,口蓋裂が6.3%から33.7%に増加していた.唇顎裂,唇顎口蓋裂の裂側は,両側20.1%,左側54.4%,右側25.5%であった.<BR>7.唇裂,唇顎口蓋裂では男子が多く,口蓋裂では女子が多かったが,唇顎裂では男女ほぼ同数であった.<BR>8.咬合異常は,反対咬合が68.8%,叢生が12.5%,上顎前突が10.4%であった.ただし,反対咬合は経時的に84.9%から44.6%に減少し,上顎前突は2.5%から16.9%に増加していた.
著者
井上 直彦 平山 宗宏 埴原 和郎 井上 昌一 伊藤 学而 足立 己幸
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1985

昭和60年度より3年間にわたる研究を通じて, 人類の食生活と咀嚼器官の退化に関する, 現代人および古人骨についての膨大な資料を蓄積した. これらについての一次データと基礎統計については7冊の資料集としてまとめた. ここでは3年間にわたる研究結果の概要を示すが, 収集した資料の量が多いため, 今後さらに解析作業を継続し, より高次の, 詳細な結論に到達したい. 現在までに得られた主な結論は次の通りである.1.咀嚼杆能量は節電位の積分値として表現することが可能であり, 一般集団の調査のための実用的な方法として活用することができる.2.一般集団におけるスクリーニングに際しては, チューインガム法による咀嚼能力の測定が可能であり, そのための実用的な手法を開発した.3.沖縄県宮古地方で7地区の食料品の流通調査を行ったところ, この地方では現在食生活の都市化がきわめて急速に進行しつつあり, すでに全島にわたる均一化が進んでいることが知られた.4.個人群の解析により, 繊維性食品の摂取や咀嚼杆能量が咀嚼器官の退化と発達の低下に重大な影響を与えていることが確認された.5.地区世代別の群についての解析では, 骨格型要因, 咀嚼杆能量, 偏食, 繊維性食品, 流し込み食事などが咀嚼器官の発達の低下に強く関連していることが知られた.6.古人骨の調査では, 北海道, サハリンなどに抜歯風習があったことが知られた. このことと関連して, 古人骨調査が咀嚼器官の退化や歯科疾患の研究のみではなく, 文化と形質との相互関係を知るためにも有効であることが知られた.7.今後の方向として時代的, 民族学的研究, 臨床的, 保健学的研究, 文化と形質の相互関係などが示唆された.
著者
中山 二博 濱坂 卓郎 大勝 貴子 梶原 和美 小椋 幹記 黒江 和斗 伊藤 学而
出版者
日本矯正歯科学会
雑誌
Orthodontic waves : journal of the Japanese Orthodontic Society : 日本矯正歯科学会雑誌 (ISSN:13440241)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.49-57, 2003
被引用文献数
7

近年,増加している成人女性の矯正治療に伴う問題点を調査するため,鹿児島大学歯学部附属病院矯正科では,就業女性の矯正治療モニターを募集した。矯正治療モニターに応募した123名のうち,モニター選考の口腔診査に参加した67名にアンケート調査を行い,矯正治療を受けようと決めた動機と矯正治療モニターに応募した経緯を分析した。矯正治療の動機は,歯並びの見た目が悪い97%,顔貌が気になる66%,歯磨きがしにくい64%などであった。歯並びが気になり始めたのは13〜15歳,顔貌が気になり始めたのは16〜18歳であった。対象の90%は矯正治療の未経験者で,治療を受けなかった理由は治療費が高い82%,治療期間が長い75%などであった。応募の動機は,モニター募集に触発された88%,治療費が減額される78%,大学病院だから安心73%などであった。治療を始めようと思った理由は,モニター募集があったから82%,経済的余裕ができた46%,大人でも治療できると分かった39%などであった。モニター応募者には10代から審美的改善への欲求があった。受療に至らなかった理由として費用,治療期間などのほか,成人は矯正治療できないと考えていた者が3割もあり,矯正治療に対する正確な情報が不足していることが明らかになった。矯正治療モニターの募集が,結果的に成人の矯正治療に関する情報不足の解消と,潜在的治療希望者に受療のきっかけを与えた。