著者
伊野 良夫
出版者
早稲田大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1994

日本海側の最大積雪1.5m以上の地域にはヒメアオキ、ユキツバキ、エゾユズリハなお、太平洋側に近縁種をもつ常縁低木がブナ林床などに分布している。これらは多雪環境に適応して太平洋側の近縁種より小型、ほふく型になったと考えられている。平成3年度〜4年度の一般研究(C)「多雪環境に生育する常緑低木の生理生態学」において、それらの光合成活性と生育環境を近縁種アオキ、ヤブツバキと比較し、機能面から環境適応を考察した。1.5m以上の積雪による圧力は大きなものであり、これら常緑低木は積雪期間を地表に押しつけられた状態で過ごしている。しかし、春になって、積雪量が少なくなると、上部の雪をはね除けて直立し、常緑葉で盛んな物質生産をおこなすことが判明している。秋には雪をかぶるとひれ伏し、春には雪をはね除けるということは茎の弾性が冬の間に変化するか、弾性にある閾値が存在するかを示している。本研究ではこの茎の弾性の季節変化とそれに関わる構造炭水化物量の季節変化について、ヒメアオキ、ユキツバキ、エゾユズリハとアオキ、ヤブツバキを比較し検討した。ヒメアオキ、ユキツバキでは11月あるいは12月と5月の茎の性質(重さと曲がりの関係)はあまり違わなかった。しかし、アオキ、ヤブツバキでは生重の増加に対する曲がりにくさの増大は大きく、枝の肥大が木化とつながっていることが明らかであった。一方、エゾユズリハでは12月の枝はやわらかさがあったが、5月の枝では著しく曲がりにくくなっていて、雪に埋もれている間に枝に構造上の変化があったことが推測された。茎に含まれる炭素は細胞壁などの成分となっている構造性のものと、移動可能な非構造性のものとに分けられる。非構造性の炭素は主に澱粉とスクロース、グルコースの形態とをとている。トータルの炭素含有率は年間で大きな変化は認められなかったが、非構造性炭素含有率は変化し、多雪地の種類で雪解け前後にその含有率が高かった。少雪地の種類では冬前のトータルの炭素含有率が高く、非構造性炭素含有率は低かった。これらのことから構造性炭素の含有率が茎の曲がりやすさと関係あることが推察された。
著者
内藤 靖彦 ELVEBAKK Arv WIELGOLASKI フランスエミル 和田 直也 綿貫 豊 小泉 博 中坪 孝之 佐々木 洋 柏谷 博之 WASSMANN Pau BROCHMANN Ch 沖津 進 谷村 篤 伊野 良夫 小島 覚 吉田 勝一 増沢 武弘 工藤 栄 大山 佳邦 神田 啓史 福地 光男 WHARTON Robe MITCHELL Bra BROCHMANN Chirstian ARVE Elvebak WIELGOLASKI フランス.エミル 伊村 智
出版者
国立極地研究所
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

北極の氷河末端域における生態系の変動は温暖化に強く関連するといわれているがあまり研究はなされていない。とくに今後、北極は4〜5℃の上昇が予測されているので調査の緊急性も高い。本研究では3年間にわたり(1)植生及び環境条件の解明、(2)繁殖過程の解明、(3)土壌呼吸と温度特性の解明、(4)土壌節足動物の分布の解明、(5)人工環境下での成長変化の解明を目的として調査、観測が実施された。とくに気候変動がツンドラの生態系に及ぼす影響を、遷移初期段階である氷河モレーン上に出現する動物、植物の分布、定着、生産、繁殖、移動について研究を行った。調査、観測は海洋性気候を持つスバールバル、ニーオルスンの氷河後退跡地で実施した。初年度は植生及び環境条件の解明を目的として6名の研究者を派遣した。氷河末端域のモレーン帯の植物の遷移過程の研究では、氷河末端域から約50メートル離れたモレーンに数種の蘚類が認められ、これらはパイオニア植物として考えられた。種子植物は100メートル過ぎると出現し、地衣類の出現はむしろ遅いことが明らかになった。また、遷移段階の古いチョウノスケソウ群落は立地、土壌中の窒素量の化学的特性の違いによって7個の小群落に区分された。2年度は植生と環境条件の解明を引き続き実施すると共に、遷移初期段階における植物の繁殖、土壌呼吸と温度特性、土壌節足動物の生態の解明を目的として実施された。現地に6名の研究者が派遣された。観測の成果としては昨年、予備的に実施したスゲ属の生活形と種子繁殖の観察を踏まえて、本年度はムカゴトラノオの無性繁殖過程が調査された。予測性の低い環境変動下での繁殖特性や繁殖戦略について、ムカゴの色、大きさ、冬芽の状態が環境の変化を予測できるという実装的なアプローチが試みられた。パイオニア植物といわれているムラサキユキノシタは生活型と繁殖様式について調査され、環境への適応が繁殖様式に関係しているなど新たな知見が加わった。また、氷河末端域の土壌呼吸速度は温帯域の10%、同時に測定した土壌微生物のバイオマスはアラスカの10%、日本の5%程度であることが始めて明らかにされた。土壌節足動物の分布の解明においては、一見肉眼的には裸地と見なされるモレーン帯にもダニ等の節足動物が出現し、しかも個体数においては北海道の森林よりもむしろ多いなど興味深い結果が得られた。最終年度は2年度の観測を継続する形で、6名の研究者を現地に派遣した。実施項目は氷河後退域における植生と環境調査、土壌と根茎の呼吸調査、および繁殖生態調査が実施された。観測の成果としては植生と環境調査および土壌と根茎の呼吸速度の観測では興味深い結果が得られ、すなわち、観測定点周辺のポリコンの調査では植物および土壌節足動物の多様性が大きいことと、凍上および地温に関する興味深いデータが取得された。また、土壌および根茎の呼吸速度の観測では、実験室内での制御された条件での測定を行い、温度上昇に伴って呼吸速度は指数関数的に上昇するが、5度以上の温度依存性が急に高くなり、これは温帯域のものより高かった。これらを更に検証するためにより長期的な実験が必要であるが、今後、計画を展開する上で重要なポイントとなるものと考えられる。さらに、チュウノスケソウの雪解け傾度に伴う開花フェノロジー、花の性表現、とくに高緯度地域での日光屈性、種子生産の制限要因についての調査では、生育期間の短い寒冷地での繁殖戦略の特性が明らかにされた。初年度および最終年度には、衛星による植物分布の解析し環境変動、北極植物の種多様性と種分化について、ノルウェー側の共同研究者と現地で研究打ち合わせを持った他に、日本に研究者を招聘して、情報交換を行った。最後に3年間の調査、観測の報告、成果の総とりまとめを目的として、平成9年2月27、28日に北極陸域環境についての研究小集会、北極における氷河末端域の生態系に関するワークショップが開催された。研究成果の報告、とりまとめに熱心な議論がなされた。