- 著者
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南 隆男
浦 光博
稲葉 昭英
- 出版者
- 慶應義塾大学
- 雑誌
- 哲學 (ISSN:05632099)
- 巻号頁・発行日
- vol.86, pp.199-227, 1988
以上に述べてきた結果ならびに考察は,大略つぎの5点にまとめることができよう.(1)夫の単身赴任による家族システムの変化に対する適応の程度は,妻の価値観と高い関連を持つ.(2)特に家族適応に対する妻の評価は,夫の赴任期間がどの程度であるかに関わらず,妻個人の価値観によって大きく規定される.(3)妻個人の適応状態は本人の価値観とともに夫の赴任期間とも高い関連をもつ.夫の赴任期間の長い群の方が,短い群あるいは中程度の群よりも個人適応の程度が高くなっている.(4)夫の赴任期間が長い群で個人適応の程度が高くなるのは,妻のとった対処戦略が効果を及ぼしたと同時に,夫の帰宅日数が増加したことによって妻の負担が低減されていたことにもよる.(5)妻の価値観,適応状態と対処戦略の関係は一義的に決まるものではない.まず価値観が対処戦略を規定し,ついでその対処戦略が適応状態を規定するという関係性と,価値観が適応状態を規定し,つぎに適応状態が対処戦略を規定するという関係性の2つを想定することができる.以上の結果と考察は,遡及的な方法を用いて得られた調査データのうち,限られた変数間の関連のみを分析することによって導き出されたものである.したがってあくまでも仮説の域を出るものではない.今後,次のような諸変数を分析していくことによって,単身赴任家族の危機適応過程をより明確に理解することができよう.まず,問題のところで触れたように,状況的変数として家族システムの特性と社会的環境の特性とを分析する必要があろう.今回の分析では,妻の個体的特性として価値観の効果を検討した.そして,適応状態や対処戦略に対してその価値観がきわめて大きな影響を及ぼすことが示唆され,その影響のメカニズムについてはかなり複雑な因果関係が想定された.この妻の個体的特性である価値観の効果に加えて,家族システムの特性と社会的環境の特性の効果を検討することによって,個体(妻個人)-集団(家族)-社会の3つのシステムがいかに関連し合いながら家族や妻個人の適応を規定するのかをより明解な形で理解することができよう.また,人口統計学的な変数と適応過程との関連についても検討する必要がある.今回の分析結果からは,適応過程についての心理的な過程をある程度理解することは可能であるが,ここで得た知見を実際の単身赴任家族の危機適応に応用するためには,心理的過程と人口統計学的な変数との対応関係を明確にしておく必要があろう.さらに,単身赴任の状況そのものについてもより精しく検討する必要がある.今回の分析では,家族の危機適応過程として「単身赴任→対処戦略→適応」という過程を想定し,この過程に介在する諸変数の効果を検討した.しかし,夫の単身赴任が直ちに何らかの対処を必要とするほどの危機的状況をもたらすとはかぎらない.むしろ,夫の単身赴任によって家族システムが変化し,その状況において他の何らかの出来事が生じた場合にはじめて家族にとっての危機的状況が生じ,それに適応するための対処戦略がとられるものと考えるべきであろう(稲葉ほか,1986).したがって,対処戦略の効果を正確に理解するためには,夫の赴任期間中にいかなる出来事が生じ,それに対してどのような対処戦略がとられることによっていかなる効果が生じたのかというより具体的な過程を分析することが必要である.今回の調査で得たデータからは以上のような分析が可能であろう.しかし,それでも遡及的な方法を用いたことによる限界は克服されない.したがって,厳密な意味での因果関係については明確な結論を出すことはできない.また,単身赴任をしている夫の側の心理的過程や行動について明らかにならないかぎり,単身赴任家族の危機適応の全体的過程を理解することはできない.今後は,因果関係を正確にとらえることができ,また夫の側の心理的過程や行動も同時に分析することができるような方法を用いることによって,単身赴任家族の危機適応についての力動的かつ全体的な過程を明らかにしていく必要があろう.