著者
澤 宗則 南埜 猛
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では、日本におけるインド人移民社会とネパール人移民社会を比較しながら、「空間的実践」を分析することにより、エスニシティと空間との関係性を明らかにした。急増するネパール人経営の「インド料理」は、日本人から見れば「インド料理」であるが、「伝統的インド料理」の枠組みを超え、日本人の味覚にあわせて現地化する。安価な食材を使用し、サラリーマン、大学生や家族連れ向けに昼は安い定食屋、夜は安い居酒屋の位置づけである。これに対してインド人経営者が「これは全くインド料理ではない」と批判するなど、両者は単に同一市場における競合だけではなく、アイデンティティに関する対立となっている。
著者
澤 宗則 南埜 猛
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p><b>1</b><b>.問題の所在</b></p><p></p><p>日本において, 「インド料理店」が急増している。しかし新規店舗は, ネパール人経営者と料理人であることがほとんどである。しかも, チェーン店化していてもあまり繁盛しているようには見えない。本発表ではネパール人経営の「インド料理店」が急増している理由・背景の解明を出発点として, ネパール人移民のエスニック戦略を神戸市を事例として明らかにする。</p><p></p><p>エスニック戦略とは, エスニックな社会集団の構成員が, そのネットワークを社会関係資本(Social Capital)として活用しながら, ホスト社会の中で独自に実践する方策である。</p><p></p><p>日本ではベトナム人とならびネパール人の移民が急増している。ネパール人は日本語学校の留学生(いわゆる「出稼ぎ留学生」 が多い), 「インド料理店」の経営者・料理人, および料理店関係者の妻子が主である。</p><p></p><p><b>2</b><b>.神戸市のネパール人</b></p><p></p><p>神戸市もネパール人は急増している。東灘区深江浜に食品工場(弁当・冷凍食品など), 中央区・東灘区に多くの日本語学校・専門学校が立地し, 両区にネパール人は多い。食品工場の労働者は, かつては「日系人」が主力であったが, 現在は日本語学校のベトナム人・ネパール人などの留学生や, ネパール人料理店経営者や料理人の妻子が主力となった。日本語学校は, 東日本大震災(2011年)以降減少した中国人学生の代替としてベトナム人とネパール人学生を積極的に増やした。人手不足のコンビニ, 食品工場, ホテルのベッドメーキングが, ネパール人留学生と料理人の妻子のアルバイト先となった。</p><p></p><p><b>3</b><b>.神戸市の「インド料理店」のエスニック戦略</b></p><p></p><p>神戸市のインド料理店も急増し, 新規店舗の多くはネパール人経営である。「インド料理店」とは, インドカレーを看板メニューにした飲食店であるが, 経営者がインド人, パキスタン人, ネパール人でその経営戦略が大きく異なる。①インド人経営の場合, 古くからのインド人集住地(中央区北野〜三宮)に集中し, インド人定住者向けの料理店を発祥とし, 現在は日本人(観光客を含む)向けのやや高級な非日常的なエスニック料理を提供する。食事も内装もインド伝統にこだわる。ウッタラカンド州のデヘラドゥーン周辺出身からのchain migrantがほとんどである。②パキスタン人経営の場合, 中央区の神戸モスク・兵庫モスクのそばにハラール食材店とともに局地立地。ムスリムが主な顧客で, ハラール食材のみ使用し, アルコール飲料も原則置かないため, 収益はあまり期待できない。経営者は, 中古車貿易業が主であり, 料理店は食事面で不便なイスラム同胞のために開始したサイドビジネスであることが多い。印パ分離独立(1947年)にインドからパキスタン・カラチに避難したムスリムが多い。③ネパール人経営の場合, 駅前・郊外・バイパス・ショッピングモールなどに居抜きで出店(出店料を抑える)。昼はランチ1000円未満のセット(ナン食べ放題など)を提供する定食屋, 夜は飲み放題などの居酒屋として, コストパフォーマンス重視の戦略である。主な顧客は日本人である。経営不振の際は夜にもランチメニューを導入, さらには価格を下げることで対応しているが効果は薄い。経営赤字は妻子の収入(食品工場・ベットメーキング)で補填している。できる限りチェーン店化を進め, 兄弟, 親戚, 同郷者を呼び寄せる。チェーン店化が進むほど, チェーンマイグレイションが進む。山間部のバグルン周辺出身者がほとんどである。必ず実家へ送金し(料理人の月収は約13万円, 生活費3万円, 残りの10万円送金), 実家の子どもの教育に投資, さらには実家が平野部の都市・チトワンに移動する場合もある。日本のネパール人留学生が卒業後, 料理店を起業する場合も増加した。さらには, 出身地で「日本語学校」を起業する場合もある。</p><p></p><p><b>4</b><b>.エスニック料理店のエスニック戦略</b></p><p></p><p>「エスニックビジネス」としての「インド料理店」はそれぞれの地域の資源(顧客層)を独自に読み解きながら, エスニックネットワークを社会関係資本として活用し, 独自のエスニック戦略のもと経営を行っている。「エスニックビジネス」を単体のみで考えるのではなく, トランスナショナルな領域で形成されている社会関係資本の一部として考える必要がある。</p>
著者
澤 宗則 南埜 猛
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.70, 2020 (Released:2020-03-30)

1.問題の所在日本において, 「インド料理店」が急増している。しかし新規店舗は, ネパール人経営者と料理人であることがほとんどである。しかも, チェーン店化していてもあまり繁盛しているようには見えない。本発表ではネパール人経営の「インド料理店」が急増している理由・背景の解明を出発点として, ネパール人移民のエスニック戦略を神戸市を事例として明らかにする。エスニック戦略とは, エスニックな社会集団の構成員が, そのネットワークを社会関係資本(Social Capital)として活用しながら, ホスト社会の中で独自に実践する方策である。日本ではベトナム人とならびネパール人の移民が急増している。ネパール人は日本語学校の留学生(いわゆる「出稼ぎ留学生」 が多い), 「インド料理店」の経営者・料理人, および料理店関係者の妻子が主である。2.神戸市のネパール人神戸市もネパール人は急増している。東灘区深江浜に食品工場(弁当・冷凍食品など), 中央区・東灘区に多くの日本語学校・専門学校が立地し, 両区にネパール人は多い。食品工場の労働者は, かつては「日系人」が主力であったが, 現在は日本語学校のベトナム人・ネパール人などの留学生や, ネパール人料理店経営者や料理人の妻子が主力となった。日本語学校は, 東日本大震災(2011年)以降減少した中国人学生の代替としてベトナム人とネパール人学生を積極的に増やした。人手不足のコンビニ, 食品工場, ホテルのベッドメーキングが, ネパール人留学生と料理人の妻子のアルバイト先となった。3.神戸市の「インド料理店」のエスニック戦略神戸市のインド料理店も急増し, 新規店舗の多くはネパール人経営である。「インド料理店」とは, インドカレーを看板メニューにした飲食店であるが, 経営者がインド人, パキスタン人, ネパール人でその経営戦略が大きく異なる。①インド人経営の場合, 古くからのインド人集住地(中央区北野〜三宮)に集中し, インド人定住者向けの料理店を発祥とし, 現在は日本人(観光客を含む)向けのやや高級な非日常的なエスニック料理を提供する。食事も内装もインド伝統にこだわる。ウッタラカンド州のデヘラドゥーン周辺出身からのchain migrantがほとんどである。②パキスタン人経営の場合, 中央区の神戸モスク・兵庫モスクのそばにハラール食材店とともに局地立地。ムスリムが主な顧客で, ハラール食材のみ使用し, アルコール飲料も原則置かないため, 収益はあまり期待できない。経営者は, 中古車貿易業が主であり, 料理店は食事面で不便なイスラム同胞のために開始したサイドビジネスであることが多い。印パ分離独立(1947年)にインドからパキスタン・カラチに避難したムスリムが多い。③ネパール人経営の場合, 駅前・郊外・バイパス・ショッピングモールなどに居抜きで出店(出店料を抑える)。昼はランチ1000円未満のセット(ナン食べ放題など)を提供する定食屋, 夜は飲み放題などの居酒屋として, コストパフォーマンス重視の戦略である。主な顧客は日本人である。経営不振の際は夜にもランチメニューを導入, さらには価格を下げることで対応しているが効果は薄い。経営赤字は妻子の収入(食品工場・ベットメーキング)で補填している。できる限りチェーン店化を進め, 兄弟, 親戚, 同郷者を呼び寄せる。チェーン店化が進むほど, チェーンマイグレイションが進む。山間部のバグルン周辺出身者がほとんどである。必ず実家へ送金し(料理人の月収は約13万円, 生活費3万円, 残りの10万円送金), 実家の子どもの教育に投資, さらには実家が平野部の都市・チトワンに移動する場合もある。日本のネパール人留学生が卒業後, 料理店を起業する場合も増加した。さらには, 出身地で「日本語学校」を起業する場合もある。4.エスニック料理店のエスニック戦略「エスニックビジネス」としての「インド料理店」はそれぞれの地域の資源(顧客層)を独自に読み解きながら, エスニックネットワークを社会関係資本として活用し, 独自のエスニック戦略のもと経営を行っている。「エスニックビジネス」を単体のみで考えるのではなく, トランスナショナルな領域で形成されている社会関係資本の一部として考える必要がある。
著者
南埜 猛
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.3, pp.160-175, 2005-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
26
被引用文献数
1 1

本研究は,急速に都市化・工業化が進展している発展途上国の諸都市における都市用水の現状と課題を,インド・バンガロールを事例に,水資源開発と水利用実態の2側面から検討した.バンガロールが500万人もの人口を抱えるまでに発展できたのは,数次にわたる水資源開発が実現できたからである.現在では約100kmも離れたカーヴェーリ川を水源とし,500mも低い地点よりポンプアップし水を得ている.水利用において,水道局からの給水が不確実・不十分であるがゆえに,工場などでは民間水供給会社からの水の購入や自家用井戸の設置,また家庭では地下・屋上タンクの設置などの対応がみられた.このように,用水の確保に関わって水利用者による二重の投資がなされている.さらに都市用水に関わる費用負担については,水道料金体系の見直しにより貧困層の負担が増加し,またスクォッターなど水道契約をしていない者への給水を制限する状況にある.発展途上国では,貧困層が生存権として最低限の生活用水を確保できるよう十分な配慮がなされるべきことが求められる.
著者
南埜 猛 澤 宗則
出版者
兵庫地理学協会
雑誌
兵庫地理 (ISSN:13414054)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.4-15, 2005-03-31

科学研究費成果報告書(課題番号:17520535)
著者
南埜 猛
出版者
古今書院
雑誌
地理 (ISSN:05779308)
巻号頁・発行日
vol.49, no.6, pp.52-57, 2004-06