著者
西廣 淳 赤坂 宗光 山ノ内 崇志 高村 典子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.147-154, 2016 (Released:2017-07-17)
参考文献数
33
被引用文献数
4

種子や胞子などの散布体を含む湖沼の底質は、地上植生から消失した水生植物を再生させる材料として有用である。ただし、底質中の散布体の死亡などの理由により、地上植生から植物が消失してからの時間経過に伴い再生の可能性が低下する可能性が予測される。しかし、再生可能性と消失からの経過時間との関係については不明な点が多い。そこで、水生植物相の変化と底質中の散布体に関する知見が比較的充実している霞ヶ浦(西浦)と印旛沼を対象に、水生植物の再生の確認の有無と、地上植生での消失からの経過時間との関係を分析した。その結果、地上植生から記録されなくなった植物の再生の可能性は時間経過に伴って急激に低下し、消失から40~50年が経過した種では再生が困難になることが示唆された。散布体バンクの保全は、湖沼の生態系修復において優先すべき課題であると考えられる。
著者
山ノ内 崇志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2231, (Released:2023-09-08)
参考文献数
206

サトイモ科の浮遊植物ボタンウキクサは侵略的外来種として外来生物法の規制対象となっているが、琉球諸島には古い分布記録があり、外来性に疑いが持たれる。文献と標本記録に基づきボタンウキクサの外来性を再検討した結果、最も古い記録として、1854年にC. Wrightによって採集された標本と水田の普通種として記録した手稿が確認された。1950年代までの複数の研究者が、ボタンウキクサが沖縄島から八重山諸島にかけて分布し、水田やその周辺で在来水生植物と共に生育することを記録していた。1950年代以前は複数の研究者がボタンウキクサを在来種として扱っており、一方で外来種とした例はなかった。外来種とした最初の見解は1951年にE. Walkerらが標本のラベル上で示したものであり、1970年代以降に外来種とする見解が一般化したが、科学的な根拠を提示した例はなかった。園芸的な栽培・流通は1930年代に始まって1950年代に盛んになり、1970年代から日本本土での野生化が記録され始めていた。根拠が不十分であるにも関わらず外来種とされた理由として、1) 当時は未発表手稿など古い情報の取得が困難だったことと、2) アフリカ原産とする説など研究者の判断を偏らせるバイアスが存在した可能性が考えられた。以上のことから、琉球諸島に古くから分布していた系統のボタンウキクサを科学的根拠に基づいて外来種と見なすことはできず、最近の分子系統地理学的な知見を踏まえると自然分布の可能性を否定できないと考えられた。この系統は現在、生育地の縮小や、導入された系統との競争や交雑といったリスクにさらされている可能性がある。外来生物法による適切な取り扱いのためにも、分類学的な検討や識別法の確立、現状の把握が必要である。
著者
曲渕 詩織 山ノ内 崇志 黒沢 高秀
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2009, (Released:2020-11-10)
参考文献数
60

東北地方太平洋岸域の海岸林は東日本大震災で大きな被害を受け、現在、かつてない規模で山砂の搬入と盛土を伴う海岸防災林再生事業が進められている。生物多様性の劣化が懸念されるが、復旧事業直後の生物多様性に関する研究は乏しい。本研究では松川浦に面した砂洲である福島県相馬市磯部大洲において、施工直後の生育基盤盛土上の植物相と植生を調査した。造成完了から 3年以内で、植樹した翌年の生育基盤盛土上は、植被率が低く裸地に近い相観で、出現率が高かった植物の多くは一般に二次遷移の初期に出現するとされる夏緑性一年草や夏緑性多年草であった。木本は少なく高木性種はクロマツだけであり、海岸生植物は 3種類で被度も低かった。帰化植物は侵略的外来生物を含め 23種類(帰化率約 40%)であったが、被度は低かった。出現した維管束植物 58種類には震災前から林内や路傍で確認されていた種類が多く、生育基盤盛土の材料は砂岩由来で散布体に乏しいと推測されることから、これらは近隣から侵入したものが多いと思われた。本研究の対象地は限られたものであり、広大な復旧事業地の全域にわたる生物多様性の研究と知見の集積が望まれる。
著者
山ノ内 崇志 倉園 知広 黒沢 高秀 加藤 将
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1924, (Released:2020-05-15)
参考文献数
53

2011年 3月に発生した東北地方太平洋沖地震の津波被災地では新たに形成された湿地に希少な湿性植物の出現が見られたが、その後の復旧工事などで消滅した生育地も少なくない。特に多くの沈水植物がみられた宮城県野々島において小規模な湿地の沈水植物相を調査するとともに、地形や津波前後の土地利用を調査した。 2015年 8月には、沈水植物として沈水生維管束植物 4種、車軸藻類 1種を確認した。空中写真、衛星画像および都市計画図の判読から、この湿地は海岸浜堤の後背に位置し、少なくとも 1950年代から津波を受ける 2011年までの間は水田または休耕地であった。この湿地は 2016年までに復旧・復興事業にともなう埋立てにより消失した。災害復旧には迅速性が求められるため、災害後に出現した希少種の保全策を検討する時間を確保することは容易ではない。そのため攪乱後の希少種の出現傾向を予測し、災害に先だって情報提供や注意喚起を行うことが必要である。地形情報や土地履歴などの地理情報を活用した希少種の出現の予測は、災害やその後の復旧・復興事業に先だった情報提供・注意喚起の手段として検討の価値があると考えられる。
著者
山ノ内 崇志
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.23-30, 2022-03-31

奄美大島・加計呂麻島において 2018年のセイヨウミズユキノシタの帰化状況を調査した.奄美大島の中部に16集団が認められ,そのうち 2集団は1,000個体を越える大きな集団であった.本種の生育環境は光条件,水分条件ともに非常に幅広く,緑地,グラウンド,路傍,未舗装道路,溝,水路などに陸生,抽水および沈水状態で生育していた.各地で開花・結実と実生個体が確認され,本種は種子繁殖で分布拡大していると考えられた.セイヨウミズユキノシタは生態系被害防止外来種リストの掲載種ではないが,本研究の結果から亜熱帯気候下において侵略的にふるまう可能性が示された.今後の分布拡大を警戒するとともに,奄美諸島における生態系への影響に注意する必要がある.
著者
曲渕 詩織 黒沢 高秀 山ノ内 崇志
出版者
Pro Natura Foundation Japan
雑誌
自然保護助成基金助成成果報告書 (ISSN:24320943)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.249-261, 2020 (Released:2020-09-29)
参考文献数
26

東日本大震災の津波と地盤沈下により仙台湾沿岸の海岸林の多くは壊滅的な被害を受け,現在,復旧事業として盛土とクロマツの造林が行われている.一方,復旧事業の範囲外にある海岸林跡地にはクロマツの実生が自然更新し始めた場所もある.このような海岸林の植生を把握するために,本研究では仙台湾沿岸の自然更新地4カ所と比較対象として造林地4カ所の植生を調査した.種の在不在を用いたNMDSによる解析では,自然更新地と造林地はそれぞれでまとまり混在しなかった.このことは両地点の種組成が異なることを示す.自然更新地の構成種には高木,低木および海岸生植物の種類数が多く,造林地に比べ種組成の違いが相対的に大きかった.このような差異の原因として,攪乱からの経過年数の違いのほか,盛土を伴う造林地では種子の供給が乏しく,また均一化されていることが考えられた.このことは,自然更新地が海岸林生態系の種多様性の保全の上で重要であることを示唆すると考えられた.
著者
山ノ内 崇志 赤坂 宗光 角野 康郎 高村 典子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.135-146, 2016 (Released:2017-07-17)
参考文献数
44
被引用文献数
2

全国の湖沼の水生植物の種多様性を保全することを目的とし、得点化と相補性に基づき優先的に保全すべき湖沼を評価した。文献より植物相の情報が得られた全国361湖沼のうち、近年(2001年以降)の情報が得られた最大74湖沼について解析した。得点化による手法として、現存種数、希少性、残存性の3指標により順位付けを行った。評価の結果、いずれの指標でも類似した湖沼が上位に入る傾向があり、3指標それぞれで20位以内(以下、上位)となった全26湖沼のうち、14湖沼が全ての指標で上位に入った。このことは、一般的に現存種数が多い湖沼は絶滅危惧種が多く、残存性も良好な傾向があることを示すと考えられた。相補性解析では、近年の情報が得られた85種を最低1湖沼で保全する保全目標で評価した。1000回の試行の全てにおいて、20湖沼の選択をもって保全目標を達成し、得点化による指標で抽出された湖沼に加えて、種数は少ないが汽水性や北方系など特徴的な希少種が分布する湖沼が選択された。このことから、現在得られている情報に基づく限りにおいて、相補性解析だけでも現実的な湖沼数の選択が可能と考えられた。保全すべき湖沼の解析対象は近年の情報が得られた湖沼に限ったため、これを補う目的で過去(2000年以前)の情報のみが得られた湖沼を再調査の候補地として評価した。過去の種数および希少性を指標として湖沼を順位付けするとともに、近年の記録が得られていない種(現状不明種)28種の分布記録がある湖沼を抽出した。これにより、過去の記録種数・希少性指標での上位20湖沼と現状不明種指標で抽出された全湖沼として、計61湖沼が調査候補として抽出された。保全優先湖沼として抽出された湖沼は日本各地に分布しており、湖面積や最大水深に偏りは見られなかった。水生植物の保全を考える上では、大湖沼に限らず様々なタイプの湖沼に注目する必要がある。