著者
樽野 博幸
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.31-55, 2022-03-31

淡路島北部東岸沖の大阪湾海底から,底曳き網漁に伴い,シカ類,イノシシ類,魚類,そして淡水貝類を含む,多くの種類の化石が引き上げられており,その年代は軟体動物の生層序,貝化石の母岩の花粉分析と,近接する陸地の地層の年代に基づき,後期鮮新世から前期更新世と推定される.それらの中のナマズ(Silurus)属の頭骨化石4点は極めて保存状態が良く,現在,琵琶湖淀川水系に固有のビワコオオナマズ( Silurus biwaensis)と同定された.この発見により,ビワコオオナマズは,過去には現在より広い分布域を持っていたことが明らかとなり,現在の分布は遺存的なものであるとする説(Kobayakawa and Okuyama, 1994)が追認された.またナマズ属の系統を明らかにするため,頭骨の各部分の形態(例えば矢状稜の形態,神経頭蓋を構成する各骨相互の隣接関係など)について,さらに詳細な比較形態学的研究が必要であることが示唆された.
著者
石田 惣 木邑 聡美 唐澤 恒夫 岡崎 一成 星野 利浩 長安 菜穂子 So Ishida Satomi Kimura Tsuneo Karasawa Kazunari Okazaki Toshihiro Hoshino Nahoko Nagayasu 大阪市立自然史博物館 いであ株式会社大阪支社 イシガイ研究会 イシガイ研究会 イシガイ研究会 イシガイ研究会 Osaka Museum of Natural History IDEA Consultants Unionids Research Group Unionids Research Group Unionids Research Group Unionids Research Group
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.69, 2015-03-31

淀川(大阪府)では,2010年頃からヌートリアがイシガイ科貝類を捕食している.2012年9月〜2013年8月にかけて,八雲ワンド(守口市)でイシガイ類(イシガイNodularia douglasiaenipponensis,トンガリササノハガイLanceolaria grayana,ドブガイ属Sinanodonta spp.)の生貝及び合弁死殻を月ごとに採集し,捕食サイズや捕食率等の推定を試みた.採集されたイシガイの死殻の約70〜90%近くに捕食によるものと推定しうる傷があり,傷有り死殻の殻長の平均はすべての月において生貝の殻長平均よりも大きかった.これらの傾向はトンガリササノハガイの通年合計でも同様だった.生貝に傷が見られた例数はいずれの種でも0–3%未満だった.正確な比率の推定は難しいものの,調査地付近のイシガイとトンガリササノハガイの死亡要因の多くをヌートリアの捕食が占めている可能性は否定できない.また,ヌートリアは比較的大型のイシガイ類を好む傾向があると考えられる.イシガイ,トンガリササノハガイともに死殻の傷は左殻側よりも右殻側に多かったことから,調査地付近のヌートリアはイシガイ類を捕食する際に右殻側を手前にして開殻することが多いのかもしれない.ヌートリアによるイシガイ類の捕食は河川生態系への悪影響が懸念されることから,早急な対策が求められる.
著者
横川 昌史
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.75, pp.107-111, 2021-03-31

2020年に入ってから,全世界的に新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている.日本国内 において,新型コロナウイルス感染症拡大防止のために,春の半自然草原の火入れを中止した地域が 多数見られた.感染症が草原の管理に影響を与えた記録は重要だと考えられるため,インターネット 上で見つけられた新型コロナウイルス感染症に関連した火入れの中止について記録した.2020年2月下 旬から5月中旬にかけて,Google や Twitter・Facebook などの SNS で,「火入れ」「野焼き」「山焼き」「ヨ シ焼き」「コロナ」「中止」などのキーワードを任意に組み合わせて検索し,新型コロナウイルス感染 症の影響で中止になった日本国内の火入れを記録した.その結果,14道府県18ヵ所の草原で火入れが 中止になっており,4県4ヵ所の草原で制限付きで火入れが実施されていた.これら,新型コロナウイ ルス感染症による半自然草原の火入れの中止は,草原の生物多様性や翌年以降の安全な火入れに影響 を及ぼす可能性がある.
著者
石田 惣 若ごぼう市民調査グループ
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
no.77, pp.11-27, 2023-03-31

大阪府八尾市の伝統野菜である葉ごぼうを対象として,市民に呼びかけて販売店舗(または非販売店舗)と産地の情報を提供してもらい,産地ごとの販売地点の分布を調査した.販売店舗報告943件のうち,大阪府産は741件(78.6%)を占め,大阪府産のうち八尾市産は少なくとも642件(86.6%)を占めていた.大阪府産の大半は大阪府だけでなく隣接府県でも販売され,その大半の市区町で大阪府産は80%以上のシェアを占めていた.全報告件数に占める販売店舗の報告件数の割合は,大阪府,阪神間,奈良県北西部で比較的高く,主産地の八尾市では89%だった.大阪府の葉ごぼうの主な生産地は依然として八尾市域であり,地元で消費される傾向は強いものの,消費地は拡大していると考えられた.大阪府の隣接府県における葉ごぼうの消費は旧来の伝世によるものとは異なる食文化であり,この形成には大手系列スーパーの商品展開が関わっているのかもしれない.本稿ではSNSを用いた調査手法の有効性,大阪府内の小規模産地の地域消費,及び他県産葉ごぼうの流通についても若干の考察を加える.
著者
横川 昌史
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.143-147, 2022-03-31

タシロラン Epipogium roseum(D.Don)Lindl. は熱帯アフリカ,熱帯.亜熱帯アジア,オセアニアに分布するラン科トラキチラン属の菌従属栄養植物である. 1970年代以降,日本におけるタシロランの記録が関東以西で増えはじめ,地域によっては生育地や個体数が増えている.大阪府においても 2000年以降に標本や文献,インターネット上の記録が見られるようになり,過去 20年ぐらいで生育地が増加した可能性が高いと考えられた.今後,大阪府のタシロランの分布拡大状況を記録していく上で,落葉層が堆積した湿った環境に注意を払っていく必要がある.
著者
原 巧輔 金澤 芳廣 林 昭次 佐藤 たまき
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.72, pp.61-79, 2018-03-31

香川県さぬき市多和兼割の上部白亜系・和泉層群引田累層から発掘され,大阪市立自然史博物館に寄贈された爬虫類11点,板鰓類12点の化石の記載を行った.大型のカメの縁板骨5点には,鱗板溝が存在しない,内縁が著しく発達する,内縁が波打つ,という形質が認められることから,原始的なオサガメ類Mesodermochelys undulatusと同定された.また板鰓類には2目4科4属( Chlamydoselachus sp., Hexanchus microdon, Paranomotodon angustidens, Protolamna sp.) のサメが含まれている.このうちP. angustidens は和泉層群では初記録となり,更に日本産の本属の中では歯牙高が最大であった.
著者
初宿 成彦
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.67-96, 2022-03-31

ヒメハルゼミの近畿地方における個体群産地を過去の利用可能な記録を含めて評価した.紀伊半島南部,淡路島南部,兵庫県西部・北部には多数の産地があるが,それ以外では社寺林に極めて局地的に分布する,または全く欠いているエリアもある.縄文時代からの森が現代まで途絶えることなく継続されてきた森において,ヒメハルゼミの個体群は存続してきた.古代以前の自然崇拝は現代では神社または寺院の形で受け継がれた.このような日本の伝統的宗教形態が深く関わっている.
著者
初宿 成彦
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.75, pp.53-77, 2021-03-31

外来甲虫3種の分布について,主にインターネットを用いた市民調査として行なった.ムネア カオオクロテントウ(テントウムシ科)は2014年から2020年まで東京および大阪周辺で分布を徐々に 拡大させていく様相を緻密に記録できた.3大都市圏におけるユーカリハムシ(ハムシ科)の,近畿 周辺でのヨツモンカメノコハムシ(ハムシ科)の,それぞれ分布の現況を記録し,これらがまだ到達 していない地域についても,注目すべき寄主植物の位置について記述し,将来的に分布拡大速度を計 算できるようにした.インターネット時代において市民調査を行なう際の留意点にも言及した.
著者
浜田 信夫 馬場 孝 佐久間 大輔
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.75, pp.29-34, 2021-03-31

2020年 7 月に発生した豪雨による球磨川氾濫で被害を受けた熊本県の人吉城歴史館の植物標本 を,乾燥・クリーニングする過程で,汚染カビの種類や性質について,14サンプルを調べた.最も多 く繁殖していたカビは,Trichoderma で,その他に,Fusarium,Penicillium などが検出された.いずれ も貧栄養な土壌中に一般的に見られる好湿性のカビであった.保存した植物標本に生育するカビには 好乾性カビは見つからなかったことから,いずれも洪水に由来し,浸水と同時に発生したカビと思わ れる.これらの汚染カビは,十分な乾燥を数カ月行えば,消失すると思われる.あわせて,乾燥や酸 素遮断を優先するカビ被害への初期対処法の提言も行った.
著者
横川 昌史
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
no.77, pp.51-56, 2023-03-31

海岸植物のマツナ Suaeda glauca (Bunge) Bunge の大阪府における確実な分布記録はこれまで知られていなかったが,国立科学博物館植物標本室(TNS)において明治29年(1896年)に大阪府泉南郡岬町淡輪で松田定久によって採集されたマツナの標本を見いだした.この標本の詳細と合わせて,大阪府におけるマツナの分布記録の変遷についてまとめて報告した.
著者
奥村 潔 石田 克 樽野 博幸 河村 善也
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.70, pp.1-82, 2016-03-31

熊石洞は日本の代表的な後期更新世の哺乳類化石産地の一つである.この洞窟の化石堆積物の発掘調査は主に1965年から1981年まで行われ,保存のよい大型シカ化石を含む多数の哺乳類化石を産出した.本報告では,大型シカ化石の詳細な記載を行うが,これによりほぼ同じ大きさのヤベオオツノジカ(Sinomegaceros yabei)とヘラジカ(Alces alces)という2種の大型シカの区別を明確にする.日本においてこの大型シカ2種はしばしば混同されてきたが,骨および歯の特徴からこの2種の識別を行う.また,主に角の形態的特徴に基づき,ヤベオオツノジカが中国産Sinomegacerosの種とは別個の日本固有の種であることを確認する.さらに,歯の萌出と咬耗の程度に基づいて2種の大型シカの年齢構成も明らかにする.
著者
浜田 信夫 田口 淳二 佐久間 大輔
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
no.77, pp.29-36, 2023-03-31

博物館の乾燥菌類標本のカビ汚染について調査を行ったところ,カビはDNAとして検出されるが,現在生存していないことが明らかになった.そこで,過去に採集,乾燥,標本の作製,保存のどの段階で,どの程度カビ汚染が起きたかについて,博物館に収蔵されているAmanita属36標本のカサの部分を用いて検証した.手法としては,2種のカビの作成したプライマーを用いて,各検体のカビ数をリアルタイムPCRで測定し,その胞子数を調査した.得られた結果は次の通りであった.①両種の胞子数は標本ごとに桁違いのバラツキがあった.②検出されたA. penicillioidesの胞子数は,標本の乾重量100 mg当たり平均約1000個, Eurotium sp. は約7個であった.③結果は,採集時からの様々な過程で,湿り気が発生し,標本上にカビが一時的に発生したことを示唆している.なお,産出された胞子数は標本の古さ,あるいは目視でのカビの有無とは関係ないので,保存前の段階で汚染がしばしば起きたと推測される.
著者
首藤 光大郎 横川 昌史
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.72, pp.47-51, 2018-03-31

2017年9月に岸和田市久米田池において,大阪府新産となるリュウノヒゲモの生育を確認した.池南部を中心に調査を行った結果,本種は調査ルート沿いにおいて広く点在しており,特に南岸周辺で特に高い密度で生育していた.クローナル植物であるため正確な個体数は不明であるが,膨大な現存量をもつと考えられる.久米田池では過去に水生植物の生育が見られなかった時期があり,本種は過去の調査が行われた1989年以降に,水鳥によって散布・定着した可能性がある.
著者
奥村 潔 石田 克 樽野 博幸 河村 善也 Kiyoshi Okumura Shinogu Ishida Hiroyuki Taruno Yoshinari Kawamura 岐阜県博物館 大阪市立自然史博物館 愛知教育大学 Gifu Prefecture Museum Osaka Museum of Natural History Aichi University of Education
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.70, 2016-03-31

熊石洞は日本の代表的な後期更新世の哺乳類化石産地の一つである.この洞窟の化石堆積物の発掘調査は主に1965年から1981年まで行われ,保存のよい大型シカ化石を含む多数の哺乳類化石を産出した.本報告では,大型シカ化石の詳細な記載を行うが,これによりほぼ同じ大きさのヤベオオツノジカ(Sinomegaceros yabei)とヘラジカ(Alces alces)という2種の大型シカの区別を明確にする.日本においてこの大型シカ2種はしばしば混同されてきたが,骨および歯の特徴からこの2種の識別を行う.また,主に角の形態的特徴に基づき,ヤベオオツノジカが中国産Sinomegacerosの種とは別個の日本固有の種であることを確認する.さらに,歯の萌出と咬耗の程度に基づいて2種の大型シカの年齢構成も明らかにする.
著者
樽野 博幸 河村 善也 石田 克 奧村 潔
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
no.71, pp.17-142, 2017-03-31

中部日本に位置する熊石洞は,数多くの後期更新世の哺乳類化石を産出している.その中には,ヤベオオツノジカ(Sinomegaceros yabei)とヘラジカ(Alces alces)の2種の大型シカ化石が多量に含まれている.本稿では,体骨の詳細な記載と計測を行い,ヤベオオツノジカとヘラジカの体骨の識別点を初めて明確に示した.またヤベオオツノジカの肢骨を中国産のSinomegaceros 属の種,ならびにアイルランド産のMegaloceros giganteusの骨と比較した.その結果,ヤベオオツノジカは中国産のSinomegacerosよりもはるかに大きく,M. giganteus と同程度の大きさであることを明らかにした.
著者
樽野 博幸 石田 克 奥村 潔
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.72, pp.81-151, 2018-03-31

熊石洞は日本の代表的な後期更新世の哺乳類化石産地の一つで,29種が知られている.本稿 ではこれらの中で,ヒグマ Ursus arctos,トラ Panthera tigris,ナウマンゾウ Palaeoloxodon naumanni, カズサジカCervus(Nipponicervus)kazusensis,ニホンカモシカ近似種Capricornis sp., cf. C. crispusの 記載を行った.トラとカモシカ属の化石は,熊石洞からは初めての報告である.その中で,以下の 点について議論し見解を明らかにした.1ヒグマUrsus arctosとツキノワグマU. thibetanusとの上顎 第4小臼歯における識別点,2ナウマンゾウ Palaeoloxodon naumanni の第3・第4乳臼歯と第1大臼歯の 咬板数,3中型シカ類ではカズサジカ Cervus(Nipponicervus)kazusensis のみが産出し,ニホンジカ Cervus(Sika)nipponの産出は確認できない,4ニキチンカモシカNaemorhedus nikitiniはゴーラル属 Naemorhedus ではなくカモシカ属 Capricornis に属する,5日本の更新世のカモシカ属は,現生のニ ホンカモシカより大型である.