- 著者
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岡 奈理子
- 出版者
- Yamashina Institute for Ornitology
- 雑誌
- 山階鳥類研究所研究報告 (ISSN:00440183)
- 巻号頁・発行日
- vol.26, no.2, pp.99-108_1, 1994-10-30 (Released:2008-11-10)
- 参考文献数
- 20
- 被引用文献数
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3
5
明治初期から昭和中期にかけて,日本の幾つかの海鳥繁殖地で,無秩序な採集圧が海鳥個体群を絶滅,あるいは減少させたことが知られているが,オオミズナギドリめ最大の繁殖地の一つ,伊豆七島の御蔵島では,長期にわたる島民の採集圧で個体群規模が縮少した傾向はみられない。島民がオオミズナギドリ採集を始めた時期と,個体群規模を減らさないで採集した方法とその利用法,および天然資源の持続的利用哲学を生み出した島の社会的背景を,聞き取りと文献調査で明らかにした。オオミズナギドリの御蔵島での採集利用は,文献の残る1700年代前半以降,捕獲の大幅規制が開始された1978年までの少なくとも250年間の長きにわたり,数万羽規模で毎年行われてきた。江戸時代は,島の男性が,その後は病人,幼児を除く島民全員が島の共同作業の一つとして参加した。島民はオオミズナギドリを採集するにあたり,次の主な狩猟規則を島社会の不文律として設けていた。1)雛のみ採集する。2)採集日を巣立ち期前の11月初頭の,毎年2日間(1960年以前は3日間)に限定する。3)採集日以外に巣穴に干渉して,繁殖妨害をしない。この規則に違反すると,採集した鳥は没収され,その家族と共に,以後3年間,採集を禁止された。こうした不文律の採集規則が乱獲や密猟の発生防止に大きく寄写し,数百年にわたる採集圧にも関わらず,日本でも有数の繁殖個体群規模が御蔵島に維持されたと考えられた。オオミズナギドリの秩序ある採集の背景には,生活物質の公平な配給を受ける見返りに,島のあらゆる作業を共同で行う普持米制度の伝統がある。また,独自の家株制度の施行で人口が明治初期まで比較的低く抑えられたことも,資源の食いつぶしの回避をはかる資源管理型御蔵島社会の一つの事例としてあげられる。採集された雛は,各家庭で精肉され,肉,皮,内臓,骨に至るまでのほとんどの体部が伝統的保存法で数カ月間保存され,自家消費された。一部の塩蔵肉や塩辛は隣島の三宅島島民との食料,物資の交換に使われた。島の生計は世代を継いだ全島民による営林事業が主体であったが,今世紀前半からの柘植(つげ)材の用材価値の低下につぎ,1978年からのオオミズナギドリの伝統的採集の外圧的廃止は,森林生態系の永続的利用を実践し,共生してきた村人に,伝統的な生活習慣を断っことを強い,最近にみる急傾斜地への大型道路敷設事業導入による森林破壊と,オオミズナギドリの生息地の破壊を引き起こす背景になっていることを指摘した。生態的知識に基づく自然物の秩序ある採集は,自然との共存文化として温存すべき理由を,鳥島や北海道の渡島大島などにみる出稼ぎ的採集で海鳥の繁殖個体群を衰亡させた略奪的自然利用に対峙して見いだせる。