著者
新名 隆志
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学教育学部研究紀要. 人文・社会科学編 = Bulletin of the Faculty of Education, Kagoshima University. Cultural and social science (ISSN:03896684)
巻号頁・発行日
no.70, pp.11-22, 2019-03-11

英語圏のニーチェ研究を牽引する一人であるブライアン・ライターは,ニーチェ道徳思想の自然主義的特徴とその意義を強調する一方,ニーチェの価値転換の思想の意義を貶める議論を展開している。その議論を受け入れるかどうかによって,ニーチェ思想全体の解釈の方向性は大きく変わる。本稿は,ライターの議論を大きく二つの点で批判し,ニーチェの価値転換思想の意義を再確認することを目的とする。第一に,ライターは,論理的に飛躍のある議論によって,ニーチェが依拠する力という価値の規範的特権性を奪い取ってしまう。第二に,ライターは,やはり論理に飛躍がある推論に基づいて,価値転換の議論が不合理でレトリカルなものにすぎないと主張する。彼はこのような議論により,極端に価値相対主義的な立場をニーチェに帰することによって,力という価値に依拠した価値転換という,実質的で規範倫理学的なニーチェの議論の理論的意義を破壊してしまうような解釈に至ってしまっている。
著者
新名 隆志
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学教育学部研究紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:03896684)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.11-26, 2017

本論文では,2007年のN.フセインの論文に端を発する,ニーチェ思想の虚構主義的解釈をめぐる議論を概観し,この解釈の妥当性と問題点を検討する。現代メタ倫理学における(改革的)虚構主義とは,道徳は実在しない虚構であるが,それを有効なフィクションとして利用すべきだとする立場である。フセインは,この立場をニーチェに帰することによって,ニーチェ思想を整合的に理解できると主張する。 A.トーマスやB.レジンスターは,このフセインの解釈に対する代表的な批判者である。彼らの批判の検討によって,虚構主義的解釈の本質的問題点が,価値一般の虚構主義的解釈それ自体では,ニーチェが提唱する力への意志の価値の優位性や価値転換を説明できないという点にあることが明らかになる。 しかしレジンスターやフセインは,この問題点を克服し,虚構主義的解釈の枠組みの中で価値転換を理解しうる道をいくつか示唆しており,それらの中には一定の説得力をもち得るものがある。 結論として,虚構主義的解釈は,それ自体で力への意志や価値転換の意義そのものを説明することはできないとしても,ニーチェが推奨する価値のメタ倫理学的地位と,価値転換を生じさせる誘因について, ニーチェの価値思想全体を最も整合的に理解させてくれるような説明を与えることができると言える。
著者
新名 隆志
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学教育学部研究紀要. 人文・社会科学編 = Bulletin of the Faculty of Education, Kagoshima University. Cultural and social science (ISSN:03896684)
巻号頁・発行日
no.71, pp.9-28, 2020

筆者はこれまでの研究成果において,力への意志の本質を,抵抗の克服活動における力の発揮の快が自己自身を欲するというあり方において捉えてきた。この解釈は,ニーチェの遊戯概念についてこれまでにない明晰な理解を可能にする。後期思想において,力への意志は生の活動,さらには自然界の運動一般の原理と考えられているが,このような活動の捉え方の原型は,1880年―81年の遺稿断片における,行為を遊戯として捉えるニーチェの行為論に見出される。力への意志説は,この行為論の発展形態として捉えることができるのである。萌芽的な行為論が力への意志説へと花開く過程で決定的なインスピレーションを与えたのが,初期の論考,「ギリシア人の悲劇時代の哲学」におけるヘラクレイトス思想の解釈である。抵抗の克服の遊戯として理解できる力への意志は抵抗の克服の遊戯として理解できるが,そのモデルは,初期のニーチェがヘラクレイトス思想の内に見た戦いの遊戯と考えられる。この戦いの遊戯としての遊戯観が,『喜ばしき学問』準備期のニーチェに大きなヒントを与え,以後の力への意志説の彫琢を可能にしたのである。
著者
新名 隆志
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学教育学部研究紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:03896684)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.1-21, 2013

Bernard Reginster が2006 年に著したThe Affirmation of Life は、独自の非常に説得的な解釈視点からニーチェ思想全体を包括的かつ体系的に捉える野心的な試みである。本論文の目的は、この著作のニーチェ研究史上の重要な意義を認めながらも、筆者自身のニーチェ解釈を踏まえつつその批判的検討を行うことにある。検討するのはReginster の解釈の幹となる部分であり、ニヒリズム、永遠回帰、力への意志という三つの主要思想とそれに関連する重要思想の解釈についてである。一では、ニヒリズムという問題の位置づけとその意味に関する彼の解釈について、いくつか問題点を指摘する。二では、永遠回帰肯定についての彼の解釈の問題点を指摘し、筆者がこれまでに公表してきた永遠回帰解釈がこの問題に解決を与えることを示す。三では、自己克服あるいは悲劇という問題についてのReginster の大きな誤解を指摘し、この誤りの本質が彼の力への意志の解釈の不完全性にあることを示す。
著者
新名 隆志 林 大悟 寺田 篤史
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.165-173, 2010-09-23 (Released:2017-04-27)
参考文献数
14

2009年7月13日に「臓器の移植に関する法律」が改正された。しかし、法改正に至るまでの国会審議には混乱があり議論が尽くされているとは言えず、その結果改正法にも、とりわけ第六条に関して疑問が残るものとなった。それゆえ本稿は、改正法やそれにまつわる議論の問題点を明らかにし、それに代わる臓器移植制度を構想する。一では、六条二項改正の問題を扱う。改正法が取り入れる「脳死は人の死」という考え方について、国会では説得力ある説明が提示されず、かえって問題点や不明瞭さを残す結果となったことを指摘する。二では、六条一項における臓器摘出の条件について、臓器提供の決定者に関する規定やそれに関する思想の変更等についての問題を提示する。三では、これまで無批判に前提され続けた善意(自発性・利他性)に基づく臓器提供に代わる制度の可能性として、互恵性に基づくオプトアウト型の相互保険的な臓器移植制度を提示する。
著者
中井 祐一郎 下屋 浩一郎 田村 公江 浅田 淳一 鈴井 江三子 中塚 幹也 新名 隆志 林 大悟
出版者
川崎医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011-04-28

出生前診断による選択的人工妊娠中絶について、無記名アンケートによる一般市民の意識を調査した。一般的な人工妊娠中絶については、母体外生存が不可能なことを条件として容認するという者が、男女ともにほぼ2/3であった。非選択的人工殷賑中絶との比較した場合の選択的中絶の道徳的位置付けについては、女性の半数以上がより問題が大きいとした。胎児の選択権については、女性の85%、男性においても75%が認めていないが、権利としては認めないが、状況によってはやむをえないとする回答が過半を占めた。新型出生前診断については、女性の70%、男性でも65%が、妊婦に対する情報提供を限定的にすべきであると回答した。