- 著者
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星野 晋太郎
楠瀬 博明
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.71, no.1, pp.27-33, 2016-01-05 (Released:2017-04-22)
- 参考文献数
- 53
低温で電気抵抗が突如として消失する超伝導現象は,その発見から今日に至るまで多くの人々の心を惹きつけている.この現象の本質は1957年に提出されたBardeen-Cooper-Schrieffer(BCS)の理論によって解明され,物理学全体に影響を与える重要な概念となっている.例えば,2012年から翌年にかけて標準理論の最後のピース,ヒッグス粒子が発見されたことは記憶に新しいが,その着想にBCS理論が多大な影響を与えたことをこ存じの方も多いだろう.超伝導の研究分野では,ヒッグス場の役割を果たす電子ペア凝縮体の多様性が大きな興味の1つであり,その中でもひときわ風変わりな超伝導状態が本稿の主題である.超伝導は,格子振動などによって媒介される引力によって結びつけられた電子のペア(クーパー対)が位相をそろえて量子凝縮した状態と考えられている.ヒッグス粒子のスピンはゼロと同定されたようだが,BCS理論で想定されたクーパー対も等方的な(s波)スピンゼロ(1重項)状態である.この状態は元素で言えば軌道やスピンなどの自由度をもたない希ガス(閉殻構造)にあたる.周期表には内部自由度をもつ遷移元素や希土類元素もあり,多彩な物性の源になっている.局所的に強い斥力が働く系では,粒子はお互いに避け合って空間的に離れたクーパー対ができやすく,その波動関数は2つの粒子の相対座標の原点に節をもつ(異方的超伝導).実際,銅酸化物高温超伝導体や液体^3Heではd波1重項やp波3重項のペアが実現していると考えられている.では,空間的にではなく時間的に避け合ったペアは可能だろうか?このような新しいペアは1974年に液体^3Heを対象としてBerezinskiiによって提案された.そのペア波動関数は時間方向に節をもつ奇関数であり,そのフーリエ変換は奇周波数成分によって特徴づけられるため,奇周波数超伝導と呼ばれている.ペアの結びつきが時間とともに振動し,同時刻では消えてしまうという奇妙な状態である.奇周波数超伝導という物質の新しい量子状態には様々な驚きが潜んでいると思われ,これまでに理論・実験両方の観点から議論されている.しかしながら,この時間方向に「異方的」なペアに対して従来の超伝導理論の処方箋を適用すると,熱力学的に不安定で,かつ従来とは逆符号の電磁応答を示すなどの非物理的な解が得られることが指摘され,研究者を悩ませてきた.本稿では超伝導体に対して通常仮定される2つの条件を個別に見直すことにより,熱力学的不安定性の問題が解決されることを示す.第一に見直す点は,ペアを特徴づけるギャップ関数に対して暗に仮定されている「エルミート性」である.これにより,奇周波数超伝導は熱力学的に安定な状態となり,正しい電磁応答係数を得ることができる.また第二の解決策は,「エルミート性」の仮定はそのままに,クーパー対の重心運動量がゼロという通常用いられる条件を見直すことである.実際に,局所電子相関を厳密に取り扱う手法を用いて重い電子系のモデルを解析することで,有限の重心運動量をもつ奇周波数クーパー対が安定に存在することが示される.このように最近の研究の進展によって,奇周波数超伝導の本質的な理解を妨げていた問題点が解決されるとともに,その特異な物性が具体的なモデル計算により明らかになりつつある.