著者
桜井 芳生
出版者
九州地区国立大学間の連携に係る企画委員会リポジトリ部会
雑誌
九州地区国立大学教育系・文系研究論文集 = The Joint Journal of the National Universities in Kyushu. Education and Humanities (ISSN:18828728)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.No.13, 2013-10-01

この論文は「鹿児島大学法文学部紀要 人文学科論集」(第77号2013年p1-17)に掲載された論文を査読により加筆修正し、「九州地区国立大学教育系・文系研究論文集」Vol.1, No.1(2013/10)に採択されたものである。
著者
桜井 芳生 サクライ ヨシオ SAKURAI Yoshio
出版者
鹿児島大学
雑誌
人文学科論集 (ISSN:03886905)
巻号頁・発行日
no.66, pp.1-21, 2007

日本の現代の若者は,どのような交友関係をもっているのだろうか?。本論文,文末の【文献】にあげたとおり,日本人の交友関係について実証的に分析した研究はないことはない。しかし,「友人」の「双方」からデータをとった調査はほとんど知られていない。われわれは,さまざまな問題意識の者との「あいのり」調査(オムニバス調査)ではあったが,現実の「いま交友している友人たち(同性)」同士からデータを採集することができた。いまだ「探索的」段階ではあるが,非常に興味深い知見をうることができた。おもに,二点指摘できる。第一は,「友人同士」における「親の収入の類似」である。この現象を,「「収入」依存選択的「交友」仮説」と呼ぼう。われわれは,すでに,「恋愛中の両人」からのデータ収集を行い,そこにおいて,一見似てはいるが,異なった現象を見いだしていた(桜井2006)。すなわち,「交際中の恋人同士」は,その双方の家計の「不動産の所有の有無」が類似していたのであった。この現象を,「「資産」依存選択「交際」仮説」と呼んだ。「交友」はおもに同性の友人関係を,「交際」は恋愛関係を示すとする。以上の「交友←→収入依存」「交際←→資産依存」の対照的関係は,非常に興味深い。第二の知見は,「恋愛しているのに,性交渉をしていない」度合の,友人同士における類似である。少なくとも自己申告のアンケートから見る限り,恋愛をしていても性交渉していないカップルはある程度存在する。ただし,恋愛期間に依存するので,この恋人たちがずっとセックスレスであるとはがんがえるべきではない。友人たち同士は,この「恋愛しながらも未性交渉である」度合が,類似しているのである。ただし,この相関は,「年齢」で統制すると有意性をなくしてしまった。今後の大規模な調査が待たれる。この「恋愛しながらも末性交渉である」度合は,年齢以外にも,いくつかの変数から影響を受けている。もっとも注目されるのは,「経済的豊かさ」である。自己を「経済的に豊か」と感じている若者ほど,「恋愛しながらも未性交渉」である比率が高い。経済的格差の進行が云々される今日,この知見は非常に興味深い。
著者
桜井 芳生 サクライ ヨシオ SAKURAI Yoshio
出版者
鹿児島大学
雑誌
地域政策科学研究 (ISSN:13490699)
巻号頁・発行日
no.4, pp.109-125, 2007-02

Research was conducted into what kinds of students are successful in job hunting. A questionnaire was answered by students at a university in southern Kyushu, Japan during November and December 2005. Some of our findings are: 1. For male students, the level of dependency on their peers, the level of inferiority about their appearance, motivation, whether they had completed SPI study aids, and their physical strength all affected their success in job hunting to a sufficient significance level. Whether their parents' weddings were arranged also negatively affected it to a lesser extent. 2. For female students, their height, weight and empathy affected their success to a sufficient significance level. Whether they had been in a personal relationship, motivation, withdrawnness, and the level of dependency on their peers also affected success to a lesser extent. 3. These variables have never been empirically verified. However, we were able to obtain a comparatively strong explanation power (R-square=.644) by making these variables the independent variables.
著者
桜井 芳生
出版者
数理社会学会
雑誌
理論と方法 (ISSN:09131442)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.2_91-2_104, 1990-11-01 (Released:2009-03-31)
参考文献数
5

まず、柄谷行人が『探究II』でおこなったクリプキの可能世界論の援用への疑義を提示する(1節)。つぎにこの柄谷の可能世界論の誤用がかれらのいう「第二の論点」と関連していることを確認し(2節)、大澤のいう「世界」と「宇宙」という概念を導入することで、柄谷がいわば「世界間差異」と「宇宙的差異」との混同に陥っていることを指摘し、後者をめぐって柄谷とクリプキとが異なっていることを明示化する(3~5節)。我々の行ってきた議論を用いて、柄谷のいう「反復」の議論への接近を試みる(6節)。最後に、ここでの議論とルーマンの「脱トートロジー化」の議論との連関を示し、社会理論的含意を示唆する(7節)。
著者
桜井 芳生
出版者
関東社会学会
雑誌
年報社会学論集 (ISSN:09194363)
巻号頁・発行日
vol.1992, no.5, pp.49-60, 1992-06-05 (Released:2010-04-21)
参考文献数
11

ここでは民俗社会の分析として,「ハレ・ケ・ケガレ」の問題を扱う。まずハレ・ケ・ケガレを巡る諸説の対立点・弱点を概観する。次に桜井徳太郎の議論を拡張的に展開し, さらに精神分析理論を援用することで, 我々の「五極モデル」を提示する。最後に我々のモデルが, 諸説の対立点・弱点の克服にどれほど有効かを検証する。
著者
桜井 芳生
出版者
数理社会学会
雑誌
理論と方法 (ISSN:09131442)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.99-113, 1991

「権威」がいかに存立しているかに関しては、「社会外的根拠説」「社会内的根拠説」「自存説」に大別できるが、それぞれ不満点を含んでいる。我々は、AI(人工知能)研究者たちによって関心が持たれている「フレーム問題」を導きの糸とすることで、「権威」の存立への探究を試みる。まず、松原らにしたがってフレーム問題を概観し、それを参考に「一般化フレーム問題」を定義する。次に松原にしたがって「一般化フレーム問題」がAIにとっても人間にとっても「解決」不能であることを確認する。それゆえ「一般化フレーム問題」はその「疑似解決」が探究されるべきである。つぎに、我々の試案が提示される。我々は、以上の「一般化フレーム問題」の考察の帰結として「規範不安」の仮説を提示する。これを仮説すれば、ひとびとのあいだにオーソリティー・バブル(権威の信憑域の泡)が生じる蓋然性がたかまることを、微細なメカニズムとともに示す。このオーソリティー・バブルの蓋然的生成・再生産のモデルが「権威」の問題の解答たりうることを主張する。そしてまた我々のモデルが、「ひとびとがいかにして一般化フレーム問題を疑似解決しているか」という問いの一つの解答ともなりえていることを主張する。
著者
桜井 芳生 サクライ ヨシオ SAKURAI Yoshio
出版者
鹿児島大学
雑誌
人文学科論集 (ISSN:03886905)
巻号頁・発行日
no.71, pp.1-19, 2010-02

日本戦後社会における格差と教育について一つの仮説を提起する。昨今よく議論される格差社会の問題、とくに、格差と教育に関して、学知的コミュニケーション圏ではほとんど言及されていないとおもわれる一つの仮説を提起した。すなわち、「教育ゲームにおける、学力の主観的認知完了による勉強期待」仮説、である。もしこの仮説が成立していると、時代が経るにつれて「収入・職業威信などを統制したうえでの、本人学力→子供への教育意識」の影響力の強さは増加する、という反証可能な予測をたてることができる。SSM95データにより、この影響力の強さがどう変化するかを分析した。予想に即した結果を得た。最後に、主に二点にわたって、このアプローチの今後の課題を指摘した。
著者
桜井 芳生 赤川 学 尾上 正人
出版者
鹿児島大学
雑誌
挑戦的研究(開拓)
巻号頁・発行日
2017-06-30

分析はおもに以下の様な因果図式であった。遺伝子多型の値(ss,sl,ll,の三値)は、生得的に不変とかんがえ、つねに独立変数としてあつかった。[ジーン(×SES)→ネットワークタイ分析]すなわち、遺伝子の値(と当人の社会経済的変数)が当人のネットタイ形成(具体的には友人形成)に影響をあたえているのか。また、二者間の遺伝子変数の類似がその二者の友人形成を促進するのか。すなわち「(遺伝的)類が、友を呼ぶ」のか、の分析をおもに、ロジスティック回帰分析を利用して分析をこころみた。[ジーン×ネットタイ×SES→SES 分析]すなわち、第一波第二波第三波の時系列データを収集するので、これを利用する。すなわち、第一波時点におけるジーン・ネットタイ(だれと友人か)・SES(社会経済状態)が、第二波時点の当人のSES(社会経済的状態)ならびにネットタイの変化にどのように影響したのかを分析した。これはおもに第二波のSES ならびにネットタイの一つ一つを従属変数とし、第一波のジーン・ネットタイ・SES を独立変数とする重回帰分析によって解析した。さらに第一波で計測した遺伝子の値、第二波でのネットワーク変数(だれとタイをむすんでいるか。本人のネット中心性の値など)を独立変数とし、第三波のSES ならびにネットワーク変数を従属変数とし、同様の分析をこころみた。さらに個別の遺伝子の一塩基多型のタイプが被験者の社会行動に影響をあたえていないか、スマートホンアンケートとの同時計測の結果について相関分析を試みた。
著者
桜井 芳生
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿大史学 (ISSN:04511913)
巻号頁・発行日
no.41, pp.p1-12, 1993

我々が日常行っているコミュニケーションに関して,エスノメソドロジーは数々の知見をもたらしたが,その一つとして複数の「世界経験」の競合と,そこからの「選択」をめぐる「皮肉」の効力の発見をあげることができる。しかし,エスノメソドロジー自体は, 「皮肉」がなぜこのような効力をもつのかを説明していない。本稿は, 「意味不安」を仮説することで,この間題に回答を試みるものである。すなわち,ひとびとは,日常において「意味不安」をかかえつつもそれを抑圧して意味経験をしている。しかし,その独特な「ダブルバインド」性という仕掛けでもって「意味の両義性」へとひとを直面させてしまう「皮肉」をいわれることで,ひとは自らの「意味不安」を励起させる。しかも「皮肉」を発話する者は二つの意味を使用しているわけだから,皮肉者は両者の文脈をみとおしつつもなお自分の立派に立脚しているように,被皮肉者には映ずる。よって,皮肉者の意味使用の方が妥当性がたかいように被皮肉者には映ずる。その結果,被皮肉者は皮肉者の意味使用(=世界解釈)に服する蓋然性が高まる。このような仮説的回答案を我々は提起する。
著者
桜井 芳生
出版者
九州地区国立大学間の連携事業に係る企画委員会リポジトリ部会
雑誌
九州地区国立大学教育系・文系研究論文集 (ISSN:18828728)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, 2015-10

「社会学の危機」をめぐる論調のなかで、注目に値するもののひとつが、コスミデス・トゥービーによる、「標準的社会科学モデル(SSSM)」批判の議論だろう。彼らは進化心理学を基盤とし、自然科学と社会科学とをつなぐ試みを提唱した。社会学の伝統にある中核部分が、近代科学についてのある種の思いこみによって、不当に軽視されたきたのであるが、その部分を、まさに、現代ダーウィニズムを援用することで、再評価することができるのではないか、ということを、本稿で筆者は示してみたい。その中核部分とは、理解社会学的方略である。まさに現代ダーウィニズムを援用することで、理解社会学をはじめとする社会学的方略への、懐疑が、かなり軽減し・異なった様相でみえてくるということを示してみたい。
著者
桜井 芳生
出版者
九州地区国立大学間の連携事業に係る企画委員会リポジトリ部会
雑誌
九州地区国立大学教育系・文系研究論文集
巻号頁・発行日
vol.4, no.1,2, pp.No.25, 2017-03

見田宗介の『社会学入門』の中核部分を検討する。あくまで蓋然的な推量にすぎないが、見田は、彼の(修正)「ロジスティックス曲線」を記述した(2006a,b)さいに、古田(1998)自体、かつ・あるいは2005年以前の、古田(1996)系統の(諸)文献を典拠とし、そのさい、ロジスティック曲線の表記を、ロジスティック「ス」曲線と、誤写した。そして、「高原」(2014)論文にいたる、同主旨の数々の論文・講演でふたたび典拠にあたることはせずに自己引用に終始したと、わたしは思料した。以上がただしいかぎり、「安定」(2014:29)か「滅亡」(2014:29)かを「免れることはできない」(2014:29)とはいえない【結論】。
著者
桜井 芳生
出版者
鹿児島大学
雑誌
人文学科論集 (ISSN:03886905)
巻号頁・発行日
no.51, pp.25-58, 2000

社会学(者)の視点から,昨今の非協力ゲーム論・進化ゲーム論の発展を高く評価し,感謝しつつも,それに不満を感じ,その不満の克服をめざすフレームワークを構想した。社会ゲーム論と暫定的に呼んでみる。ゲーム論に対する大きな不満の第一は,選好関数の所与性である。第二の不満は,意味的事態の軽視である。われわれは,この不満の克服をめざす過程において,通常のゲーム論とは,異なるフレームワークを採用することになった。これは,既存の人気のある社会学諸理論に対しても,あまり類似的でない。われわれのフレームワークはおもに以下のような主要仮説に基づく。「長期効用関数の存在」「社会状態の,非協力ゲーム(ないし,進化ゲーム)的メカニズム(ナッシュ均衡)(ないし,ESS)による,「かなりの程度」の決定」「しかし人間は,選好によるゲーム論的メカニズムでまったく安心してしまうほど「ふつきれた」マシンではない」「すなわち,人間のゲーム・マシンとしての非安心』性」「その非安心性による,いくつかの問題の生起」「問題1,選好の自己不明証性」「問題2,均衡の非一意`性」「問題3,教育における,一見自明な規律,の発生」「問題をごまかすための「自他弁証」としての「意味」の生起」「意味の相互承認としての「物語」の生起」「ゲーム論と社会ゲーム論との検証可能な差異」「短期効用関数のシフトによる,ゲーム論的「均衡」値の移行」「新均衡値へのたおやかな移行が,物語・意味によって,障害せられる場合の存在」「その場合における,新「意味」「物語」の構築作業としての意味間闘争」「世代間「意味・物語」ギャップの生起場合の存在」「世代間文化闘争の,「非論理的」「時間的」決着」。おもに以上である。
著者
桜井 芳生
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.229-242,329*, 1991-12-31

我々は、ジンメルが展開した「同等化・差異化の欲求」論を拡張的に展開する試みをしている。ここでは、社会学的なアプローチがあまりなされていない「いき」と「通」のトピックにこの視点を適用する。「いき」と「通」に関する先行業績を援用すると「I通り者=意気=競い組」「II通」「III粋=いき」の三類型にまとめることができる。我々はそれぞれジンメルを参考に、「威信をめぐる闘争」「マニュアルを媒介にした流行」「二つの欲求の遊戯的形式での不安定的発散」として統一的視点から解釈することを提案する。最後に、「いき」の三徴表の相互関係と、「いき」の行く末への、ある示唆を行う。
著者
桜井 芳生 大山 小夜 新 睦人 片岡 栄美 加藤 源太 藤山 英樹 石川 洋明
出版者
鹿児島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

延10回程度、ネットワークデータを収集できた。まずは、ネット形成の要因を分析した。就活意識、使える金、階層意識、化粧代の類似が、友人が形成されるさいに、大きな影響をもっていることが確認された。ネット構築後分析に関しても、Christakisらと同様、われわれは、「ネットワーク指標」以外の具体的タイ関係を重視して分析を継承した。当初の予想と異なって、いわゆるネットワーク指標、とくにボナチッチ中心性が大きな影響をもっていることが確認できた。また、恋愛、髪の色、幸福感、英語学習意識の伝播が確認できた。
著者
桜井 芳生 サクライ ヨシオ SAKURAI Yoshio
出版者
鹿児島大学
雑誌
人文学科論集 (ISSN:03886905)
巻号頁・発行日
no.50, pp.11-41, 1999

本稿は,おもに三つの問題について,暫定的な回答案を提示することを目的とする。第一の問題とは,人間社会において,「選択肢」が「消滅」したり「発生」したりするのは,いかにしてなのか,という問題である。第二の問題は,人間社会における「当為(べき)性」の由来はいかなるものなのかという,問題である。第三の問題は,人が社会を生きている際に感じる悩みには主にどのようなものがあり,それの解決はいかになされるのか,あるいは解決できないものはあるか,という問題である。私が提案する回答が,これらの問題に関して「唯一にして,必要」であるということはありそうもない。しかし,私の提案する答案は,私の知る限りあまりいままで展開されていない。よって,一つの「取りかかり」として提起するのは,今後の探求の糸口になるように直観される。第一の問題のさらに第一下位問題すなわち,いかなる場合に選択肢は消滅するのかという問題。この問題に対する私の回答は,純粋ナッシュ均衡が成立しているとき,というものである。第一の問題の第二下位問題すなわち,いかなる場合に選択肢は発生し存続するのかという問題。この問題に対する私の回答は,純粋ナッシュ均衡が不成立となり,混合ナッシュ均衡が存在している場合,というものである。後者の純粋ナッシュ均衡が不成立で,混合ナッシュ均衡が存在している場合には,おもに三つの主要類型が考えられる。第一は,事態が,「非対称ゲーム」的である場合で,このときは,人々は「悩んで選択する」ことがありそうになる。通常いう「選択」のもっとも典型的ケースと思う。第二は,事態が「対称ゲーム」的である場合である。この場合も,論理的にはすぐまえと同様「悩んで選択」することもあり得る。が,典型事例としては,「階級分化(棲み分け比率が圧倒的でない場合)」と「一見自明な規律(棲み分け比率が圧倒的である場合)」とにおおむね類型できる。うえのもっとも後ろの類型の「一見自明な規律」が成立するとき,社会には「当為`性」が成立することがある,というのが,第二の問題に対する私の答案である。以上の論脈に即して人間の悩みの源泉も整理することができる。これが第三の問題への答案である。