- 著者
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比嘉 理麻
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.79, no.4, pp.357-377, 2015-03-31 (Released:2017-04-03)
- 被引用文献数
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本論の目的は、沖縄の豚肉専門店が林立する市場の一角において、いかに人びとが自らの感覚を総動員して(あるいは、そうするよう促され)商品を弁別し、豚肉の品質や特徴を把握し、売買を成立させるかを記述することである。そのために、市場研究と「感覚の人類学(anthropology of the senses)」の議論を接続し、身体・感覚を用いた売買のプロセスを理解する枠組みを設定した。感覚の人類学は、人間の知覚や感覚が単に生理的なメカニズムに規定されるものではなく、社会的・文化的に形成されることを主張した。しかし、感覚の人類学は、感覚の重要性を理論的に示したのみで、詳細な民族誌的事例を提示したわけではない。とくに、においの研究は理論的な言及や断片的な記述にとどまり、詳細な民族誌的記述は他の感覚と比べて一層少ない。本論は市場の文脈で、感覚記述の人類学へ迫る実践例として、嗅覚をはじめとする感覚の民族誌的事例を提示し、この批判を乗り越えることを目指す。また感覚の人類学がもつ別の問題点として、感覚を静態的に捉え、同一社会内の成員間の感覚を等質的に捉える傾向がある。それに対して本論では、感覚を歴史的に変化する動態的なものと捉え同一社会の成員間にみられる差異に目を向ける。具体的には、市場を訪れる高齢の買い手に特徴的な感覚が、若年の買い手とは共有されておらず、感覚の使い方において世代差があることに注目する。感覚の次元にみられる世代差は、商品の選択や売り手との関係構築において差異を生み出している。このように、人びとの感覚を一枚岩に捉える傾向への批判は、非歴史的アプローチへの批判と重なる、本論では、沖縄における養豚の産業化の歴史を辿り、現在の市場で観察できる感覚をめぐる事象を歴史的な変化に位置づけて理解する。