著者
田村 直俊
出版者
Japan Society of Neurovegetative Research
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.63-70, 2023 (Released:2023-06-23)
参考文献数
50

体位性頻脈症候群(PoTS)の研究史を展望すると,その本態は理論的には解明済みである.現在のPoTSは英語圏のDa Costa症候群(1871),ドイツ語圏の迷走神経症(1892)・植物神経緊張異常(1934),スウェーデンの動脈性起立性貧血(1927)に相当する.英語圏・ドイツ語圏では,自律神経活動と情動の異常が共存する病態(心身症)と認識されていたが,心身症の解釈は両言語圏で異なり,前者では自律神経活動が情動の影響を受ける,後者では内受容感覚によって自律神経活動と情動が同時に惹起されると理解されていた.スウェーデンでは情動の問題を棚上げし,静脈循環の異常による静脈貯留症候群と説明されていた.現在,PoTSの情動異常が再認識され,原因として内受容感覚の異常が注目されている.内受容感覚の異常(亢進?)を想定すれば,PoTSの循環動態も心肺圧受容器反射のunloading過大で説明できる.
著者
田村 直俊 中里 良彦
出版者
日本自律神経学会
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.193-199, 2020 (Released:2021-01-21)
参考文献数
50

生理的味覚性発汗の本態について考察する.Brown-Séquard(1850)は学会でチョコレートを食べながら講演して,自らの生理的味覚性発汗を呈示し,本現象が1種の反射によること,全てのヒトにみられる訳でないことを指摘した.その後,本現象の断片的な記述が散見され,家族性の報告もある(Wende & Busch, 1909; Bepperling, 1959; Mailander, 1967).大多数は甘味・酸味で顔面正中部に発汗を示す.本現象はcapsaicin性発汗と同一視されるが,①本来の生理的味覚性発汗は非capsaicin性の味覚によること,②capsaicin受容体は温度覚受容体であることから,両者は異なる現象である.本現象は味覚発汗反射によると考えられる.味覚発汗反射は通常は何らかの機序で抑制されており,本現象を示すヒトは遺伝的にこの反射が脱抑制状態にあるヒトであろう.
著者
中里 良彦 田村 直俊 二宮 充喜子 山元 敏正
出版者
日本自律神経学会
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.94-99, 2020 (Released:2020-04-02)
参考文献数
30
被引用文献数
1

味覚性耳下腺痛を呈した42歳女性例を報告した.片側Horner症候群,harlequin症候群の存在から片側の頸部交感神経障害が推定された.繰り返す味覚刺激毎に,刺激直後から交感神経障害側の耳下腺に疼痛が生じ,数分で自然寛解した.また,同時に味覚性発汗を認めた.味覚性耳下腺痛は頸部交感神経節後線維障害による耳下腺の交感神経,副交感神経受容体の脱神経性過敏が原因と考えた.本現象は味覚刺激による反射性唾液分泌の亢進と筋上皮細胞の強収縮の結果,導管内圧が高まり疼痛を誘発していると推定した.MRIで脳,頸部,胸部には異常はなく,交感神経障害の原因は不明であった.味覚性耳下腺痛は耳鼻科領域でHaubrichら(1986年)を誤用してfirst bite syndromeとして報告されているが,Gardnerら(1955年)の最初の原著に従い味覚性耳下腺痛とするべきである.
著者
中里 良彦 田村 直俊 池田 桂 田中 愛 山元 敏正
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.263-270, 2016-03-01

Isolated body lateropulsion(iBL)とは,脳梗塞急性期に前庭症状や小脳症状などの神経症候を伴わず,体軸の一側への傾斜と転倒傾向のみが臨床症候として認められることである。iBLは脊髄小脳路,外側前庭脊髄路,前庭視床路,歯状核赤核視床路,視床皮質路のいずれの経路がどこで障害されても生じる可能性がある。本稿では,延髄,橋,中脳,小脳,視床,大脳において,どの病巣部位でiBLが生じるかを概説する。
著者
田村 直俊 光藤 尚
出版者
日本自律神経学会
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.162-169, 2019 (Released:2019-09-27)
参考文献数
50
被引用文献数
2

脳脊髄液(CSF)減少症の原因は,潜在的な外傷によるCSF漏出と説明されているが.1970年代以前はCSF漏出の有無にかかわらず,CSFの産生低下によって生じると推定されていた.Hosemann(1909),Haug(1932)は腰椎穿刺後CSF減少症の原因として,現在でいう体位性頻脈症候群(PoTS)による代償性のCSF産生低下を考察した.Schaltenbrand(1938,40)は自然発生性CSF減少症におけるキサントクロミーの存在を強調し,CSFの蛋白量は血管周囲腔由来のCSFの方が脈絡叢由来のCSFより高値のため,本症の原因は脈絡叢のCSF産生低下であると主張した.Geller(1940)はCSF減少症患者の大多数が基礎疾患としてPoTSを有することを報告した.最近,CSF減少症とPoTSの共存が示唆されており(Grafら,2018),1970年代以前の研究を再評価する必要がある.
著者
田村 直俊 中里 良彦
出版者
日本自律神経学会
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.155-161, 2019 (Released:2019-09-27)
参考文献数
50
被引用文献数
2

Ludwig(1850)は副交感神経が唾液分泌を惹起することを発見した.Bernard(1858)が唾液腺の副交感神経性血管拡張線維を発見したが,Heidenhain(1872)は分泌線維と血管拡張線維は別の線維であると証明した.Heidenhain(1878),Langley(1878)が補助的な交感神経性唾液分泌線維を発見した.Eckhard(1869)が導管収縮線維(交感神経)を証明した.一方,Bernard(1862)らが記述した副交感神経切断後に生じる逆説的な唾液分泌(麻痺性分泌)については,Emmelinら(1950)が脱神経過敏で生じること,唾液腺の脱神経過敏は adrenaline・pilocarpineの双方に対して非特異的に生じることを解明した.唾液腺の複雑な自律神経支配を考慮すれば,同じく腺組織である汗腺の自律神経支配は過度に単純化されていると思われる.
著者
田村 直俊
出版者
Japan Society of Neurovegetative Research
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.197-203, 2022 (Released:2022-07-16)
参考文献数
50
被引用文献数
2

情動と自律神経活動の因果関係について,自律神経活動の変化が情動を形成するとするJames-Lange学説(1884, 85)と情動が自律神経活動に影響を及ぼすとするCannon-Bard学説(1927, 28)があるが,両学説が正反対のことを述べているようにみえる原因は,「自律神経系には中枢線維も求心線維もない」と定義したLangleyの見解(1898)にある.Langleyの学問的ライバルL. R. Müllerは,情動と自律神経活動の因果関係は双方向性で(1906),両者ともに間脳の神経ネットワークで惹起されると述べていた(1929).PrechtlとPowley(1990)は臓器感覚(内受容感覚)の伝導路,すなわち自律神経求心路は脊髄視床路であると主張した.Craig(2002)は内受容感覚を伝達する求心線維と交感神経線維が脳内で中枢自律神経線維網(CAN)を構成することを解明した.
著者
田村 直俊
出版者
日本自律神経学会
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.105-109, 2022 (Released:2022-04-23)
参考文献数
32

Schaltenbrand(1936,53))は,脳脊髄液(CSF)が脈絡叢由来の液体と血管周囲腔由来の液体の混合物であること(二元産生説),CSF減少症が自律神経の異常によるCSF産生低下で生じることを記述した.Edvinssonら(1972,73)は,脈絡叢におけるadrenaline作動性とcholine作動性の二重神経支配を確認した.Pappenheimerら(1962)はトレーサーを加えた液体でCSF腔を灌流して,トレーサーのクリアランスからCSF産生量を算出する方法を考案し,Haywood(1976),Lindvallら(1978)は本法を用いて,交感神経刺激でCSF産生が低下することを示唆した.しかし,本法はCSFの産生部位が脈絡叢だけであるという誤った前提(一元産生説)によっていることが指摘されたので,1980年代以降,CSF産生の自律神経制御を検討した報告はない.
著者
田村 直俊
出版者
日本自律神経学会
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.64-69, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
44
被引用文献数
1

自律神経学を構築したLangleyとCannonの論述には疑問がある.(1) 自律神経と情動:JamesとLangeは自律神経活動が情動を惹起するとし,Cannonは情動が自律神経に影響を及ぼすとしたが.後者の見解は末梢神経だけを自律神経と定義したLangleyに由来する誤解である.情動の主座の間脳は中枢自律神経線維網の一部である.(2) 脊髄副交感神経:Langleyは胸・腰髄から起始する副交感神経を否認したが,呉らはイヌの脊髄後根を切断し,中枢側断端で変性を免れた遠心線維(脊髄副交感神経)を証明した.(3) 脱神経過敏:Eppingerらは交感神経緊張症でadrenalineに対する臓器反応が亢進すると主張した.この見解は脱神経過敏の法則(Cannon)に反すると批判されたが,Eppingerらの症例は自律神経不全症ではないので,脱神経過敏の観点からこの学説を批判するのは見当違いである.
著者
田村 直俊 島津 邦男
雑誌
自律神経 = The Autonomic nervous system (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.37, no.5, pp.549-556, 2000-10-15
参考文献数
98
被引用文献数
9