著者
福井 俊哉
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.156-164, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
8
被引用文献数
2

【要旨】遂行(実行)機能とは、「将来の目標達成のために適切な構えを維持する能力」と定義され、具体的には、1) 目標設定、2) 計画立案、3) 計画実行、4) 効果的遂行などの要素から成り立っている。換言すると、1) 意図的に構想を立て、2) 採るべき手順を考案・選択し、3) 目的に方向性を定めた作業を開始・維持しながら必要に応じて修正し、4) 目標まで到達度を推測することにより遂行の効率化を図る、という一連の行為を指す。 遂行機能の総合検査法には、簡便なものとしてFrontal Assessment Battery (FAB)、詳細なものとしてBehavioural Assessment of the Dysexecutive Syndrome (BADS)などがある。さらに、遂行機能を包括的な機能と捉えた場合、その一部を構成する下位脳機能(とその検査法)として、分割注意、複数課題の処理能力(かなひろいテスト、Trail Making Test)、思考セットの変換(Stroop Test)、思考スピード(語想起)、帰納的推測(Wisconsin Card Sorting Test、Tower of Hanoi)などがある。遂行機能障害は前頭葉または線条体前頭葉投射系の障害で生じる。遂行実行機能障害の発現に直接関与する投射系は背外側前頭前野投射系であるが、外側眼窩前頭葉投射系の障害は脱抑制的・無軌道な行動を生じ、また、前部帯状回投射系の障害は無為・無関心を生じ、いずれも遂行機能を間接的に障害する可能性がある。
著者
福井 俊哉
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3+4, pp.159-163, 2015 (Released:2016-06-17)
参考文献数
9

【要旨】認知症と認知症疾患の包括的理解を目的として、主に本邦における認知症概念と認知症を取り巻く医学的・社会的背景の変遷について述べた。現在では認知症が脳疾患の症状であるという認識が浸透しつつあるが、歴史的には一貫して、避けることのできない老化現象の一部として捉えられていた節がある。神話の時代における認知症と精神疾患は畏敬と脅威の対象であったが、8世紀になると、認知症を患ったものは「狂(たぶ)れており、醜(しこ)つ」ものであり、神識(心の働き)迷乱して狂言を発すると捉えられた。平安時代では年を取ると「ほけほけし…ほけりたりける人」となり、鎌倉時代には、「老狂」に至った者は社会的に何を仕出かすかわからないと考えられていた。江戸時代になると老いによる身体認知機能の低下は「老耄」と称せられ、老耄は老いの不可避的現象なので逆らわずに受け入れるようにとの教訓が残されている。このように、一般的には認知症の原因は加齢に基づくものと考えられていたが、古代唐代の医書では「風」(ふう:外因の邪気)が皮膚から侵入することが、また、中世元代の医書では老年期の精血減少(虚)が健忘、恍惚、狂言妄語を生じる原因であると記載されている。さらに、江戸時代には脳障害や老衰病損、明治時代には老耄、進行麻痺、動脈硬化、卒中発作、昭和時代には老耄性痴呆・動脈硬化性精神病・アルツハイメル氏病が認知障害の原因であるとされ、次第に現代の考え方に近づいている様子がうかがわれる。
著者
長谷川 幸祐 諸星 利男 福井 俊哉 河村 満 杉田 幸二郎
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.69-78, 1997-02-28 (Released:2010-11-19)
参考文献数
30

パーキンソン病の運動及び知的精神機能障害には数多くの修飾因子が関与している.今回, われわれはパーキンソン病の臨床症状に関わる諸因子; (1) パーキンソン病患者の生活機能予後の悪化に関与する因子, (2) 痴呆を伴うパーキンソン病患者にかかわる因子, (3) 死因について, 1992年~1996年の4年間にわたり追跡し, 検討を加えた.対象は昭和大学神経内科に受診中のパーキンソン病患者, 49例, 平均年齢67.9歳 (51~89歳) .男性16例, 女性33例 (男女比1: 2.1) である.方法は (1) 1992年時に初発症状, 罹病期間, Hoehn-Yahr重症度, 抗パーキンソン病薬の内容と用量, X線CT上の脳萎縮所見, MRIT2強調画像上の高信号病変 (大脳基底核は除く) , 及び知的精神機能を検討し, 1996年の生活機能を障害程度から5段階に区分し, 上記諸因子と生活機能予後の関連性について重回帰分析を用いて分析した. (2) 4年間の観察期間中に, 新たに痴呆が発症した群における上記諸因子の特徴, 死亡例の死因を検索した.4年間の追跡の結果, 加齢, 高い重症度, かな拾いテストの低得点が生活機能予後を悪化させる要因であった.受診時高齢者・高齢発症者に痴呆の発現率が高く, 運動機能の低下に伴い知的機能が平行して高率に低下した.死亡例は10例, 死因発症前のHoehn-Yahr重症度は, いずれもIII度以上で, IV度以上が50%を占めていた.直接死因は肺炎6例, くも膜下出血2例, 転倒による急性硬膜下血腫1例, 麻痺性イレウス1例であった.以上よりパーキンソン病の予後悪化には, 加齢や運動機能の低下の他に前頭葉機能の低下が関与すると結論づけられた.
著者
武内 透 杉田 幸二郎 佐藤 温 鈴木 義夫 福井 俊哉
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.32, no.5, pp.362-369, 1995-05-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
20
被引用文献数
4 6

本邦では, 高齢発症の重症筋無力症 (以下MG) は最近, 増加傾向にあるが, 臨床的に検討した報告は極めて少ない. 我々は60歳以上で発症した高齢者全身型MG 11例の臨床像, 誘発・増悪因子, 合併症, 治療上の問題, 予後などを検討した. 初発症状は眼瞼下垂, 複視などの眼症状, 球症状が高率で, これら所見は非高齢者MGと同様であるが, 他覚的所見に対する訴えの乏しさが特徴的であった. 11例の内訳は, 当科初診時にMGと診断された2例のほかは, 6例 (54.5%) は脳血管障害, 1例は頭蓋底腫瘍疑いと診断されていた. MGの誘発・増悪因子では, 嫁姑関係, 夫の死亡, 老人ホームへの入所, 農作業の高齢化などの家庭内のトラブル5例 (45.5%) と高齢者MG例に特有な要因が認められた. 抗Ach-R抗体は, 11例中10例 (90.9%) に明らかな上昇を認めた. 頭部CTでは全例とも加齢による萎縮所見のみで, 知的機能は, 11例中1例に軽度の低下を認めるのみであった. 合併症では, 胸腺腫4例 (36.4%) のほか甲状腺疾患の合併が5例 (45.5%) と多く, その内訳は, 橋本病は3例, バセドウ病に伴う甲状腺眼症, 単純甲状腺腫がそれぞれ1例認められた. その他, 陳旧性心筋梗塞, 消化管潰瘍, 高度な変形性脊椎症, 前立腺肥大などの合併を認めた. 治療としては抗ChE剤に加えて, 副腎皮質ホルモンを5例 (うちパルス療法2例), ガンマグロブリン療法を1例, 胸腺腫に対する放射線療法を3例, 胸腺摘出術を1例に施行した. 10年間の経過追跡では, 11例中7例 (63.6%) が死亡し, その内訳は, 肺炎・気道閉塞が4例, うっ血性肺水腫, 胸腺摘出術後十二指腸穿孔, 胃癌の全身転移がそれぞれ1例であった. 非高齢者MGと異なり, 高齢者MGでは老人一般の管理に加えて, 環境因子にも充分に注意し, 治療法の選択においても, 非高齢者MGとは異なった観点から検討すべきと思われた.
著者
松井 豊 望月 聡 山田 一夫 福井 俊哉
出版者
筑波大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2009

惨事ストレスへの耐性に関するプロアクティブな予測を行うために、消防署に配属された新人消防職員を対象にして、1年の間隔をおいて、心理検査・神経心理学的検査・脳科学的な検査を継時的に行った。2回の検査を受けたのは、消防職員7名と対照群として男子大学生2名であった。各神経心理検査得点について,大学生と消防職員を比較するために,Mann-Whitney検定を行った結果,各神経心理学検査得点には有意な差はみられなかった。職場配属から検査実施までの間で,衝撃をうけた災害へ出動経験があった消防職員が存在したので,被災体験があった消防職員(N=4)と被災体験がなかった消防職員(N=3)の神経心理学的検査得点を比較するために,Mann-Whitney検定を行った。その結果,Tapping Span(逆)に有意差傾向がみられ(p=.057),被災体験があった消防職員は,被災体験がなかった消防職員よりも得点が低かった。Tapping Span(逆)以外の神経心理学的検査得点には,被災体験による有無により,有意な差はみられなかった。また、効率的な検査実施のために、タブレット方パソコンを使って、検査過程を自動化するソフトの開発も行った。なお、研究協力者のスケジュールの調整がつかず、平成23年5月に検査が延びたため、研究終了が延期された。