- 著者
-
肥爪 周二
- 出版者
- 日本言語学会
- 雑誌
- 言語研究 (ISSN:00243914)
- 巻号頁・発行日
- vol.164, pp.1-16, 2023 (Released:2023-08-19)
- 参考文献数
- 31
平安時代,平仮名・片仮名による日本語表記が定着した後,そのシステムでは表現できない要素(撥音・促音のような新音韻や,外来語音)を,どのように組み込もうとしたか,特に「書き分けない」という選択をした事例に着目して考察した。 清濁を書き分けないことについては,「にごり」が持っているプロソディ的な性質と結びつける解釈が行われてきた。本稿では,促音・量的撥音便の撥音が零表記であったのも,音長というプロソディの範疇の性質を持つためと考え,さらに,守護国界主陀羅尼経長保頃点の,開拗音・合拗音全般を直音表記する方式も,「拗」の要素をプロソディ的に把握したものであった可能性を指摘した。つまり「書き分けない」要素は,いずれもプロソディに類する性質を帯びたものであって,たとえ外来音・新音韻など,既存の仮名の外側にある要素であっても,プロソディ的な把握に馴染まないものは,表記を工夫して書き分けることを志向すると推定した。