- 著者
-
若杉 準治
- 出版者
- 京都国立博物館
- 雑誌
- 一般研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1993
絵巻の中で、独立した詞書とは別に画面の中に書き入れられた文字を画中詞と呼ぶ。もともと画中詞は、長い画面に数場面を連続して描く絵巻の場面説明の「……するところ」という書き入れ文字から始まったと考えられるが、その後の画中詞は形式の上から三つに分類できる。第一形式は、連続画面の絵巻に用いられた場面説明や画中人物の会話を記すもので、鎌倉時代中期に華厳宗祖師絵伝や矢田地蔵縁起などに典型的にみられる。そして鎌倉時代後期の天狗草紙においては、場面説明より会話が主体となっている。第二形式は、鎌倉時代末期の尹大納言絵巻等の白描物語絵にみられるもので、一段の絵が短く、時間経過を持たないものであるが、詞書には簡単な状況説明を記して、画中に登場人物の会話を画面の余白がなくなるまで、画中詞として記している。この会話のみの画中詞では「一」「二」……の番号を付してその順が示されるが、こうした方法はすでに華厳宗祖師絵伝で用いられているところから、第二形式は第一形式から派生したと考えられる。そして、第三形式は、室町時代の御伽草紙に典型的にみられ、上の二つの画中詞の形式を受け継いで成立したと考えられるもので、独立した詞書を持たず、というか本来詞書であるべき部分が画面のなかに書き込まれたものである。画中詞が、この順に派生したと考えることには無理がないが、絵巻全体の中で遺品の割合が低く、画中詞が一般的な形式にならなかった理由の一つは、絵画としての純粋さを保とうとしたことにあると考えられる。そして逆に、画中詞が用いられたものは、強いリーダーシップを持って絵巻制作に当たった人物の存在が想定される。すなわち、絵師以上に絵巻の画面に支配力を持つ人物の存在である。このことは、個々の作品の制作事情についての史料的裏付けを要する問題であり、今後研究を続けることにしたい。